プロローグ
(――10年後のあなたが、幸せでありますように)
白い、一切の混じり気を感じさせない程の白い霧が、川のように流れては、町を包んでいく。
それは、穏やかな眠りに就く龍のようにうねると、優しく溶けるように広がっていった。
◇
――年の頃小学生くらいの、3人の少年と、同じく3人の少女が、胸の高さまで伸びた藪を掻き分けては、かしましく、そして勇ましく進んでいく。
体力と元気が有り余っている子供達にとっては、複雑に絡まった雑草は冒険ごっこの程好いアクセントに過ぎず、道が開ける度に市民プールではしゃぐかのように笑い合っていた。
「今回もラクショーだったな!」
先頭を進む少年が、手に持った木の枝を細身ながらも引き締まった腕で、縄跳びのごとくブンブンと振り回しながら、目の前にある蔦等を自信満々に切り裂いた。
そうして切り裂かれた草花が、少年と少女の頭に落ちては、祝福された花の冠のように彩っていく。
「とか言って、泣き虫まーくんは泣いてたけどな!」
やんちゃそうな犬歯が特徴的な、最後尾に居る気の強そうな少年が、先頭に居るまーくんと呼ばれた少年を飛び跳ねながらからかうが、しかしそこは負けん気が強い年頃の少年である。すかさず鼻を膨らませながら言い返す。
「な、泣いてなんかねーしっ! ちゃんと結果も出てるしー!」
「殆ど先生の教えのお陰だけどな」
気の強そうな犬歯の少年の隣で、眼鏡の位置を直しながら、呆れたように追い打ちをかける少年。
「そーニャ。才能頼りのご主人よりも、先生の方が偉大ニャ」
「ふぬぬぬむーっ!」
更にその横では、古典的な魔女を思わせるローブを体に纏って、真新しい黒色のトンガリ帽子のつばをいじりながら、猫と狐と人とを混ぜたような顔をした少女が、先頭のまーくん少年にトドメを刺していた。
誤魔化すには無理がある程の涙目で、顔を真っ赤にしながら突き進んでいくまーくん少年の心と歴史に、またしても新たな傷が刻まれたようだ。
実に血も涙もない少年少女たちである。
「もー! みんなやめてあげてっ。まーくんが泣いてるんだよーっ。はいっ、ハンカチ」
「もう。ルリもそんなストレートに泣いてるなんて事実を言わないの。ほら、誠がプルプルふるえちゃってるわよ? まるでプリンよプリン」
「ご、ごめんねっ、まーくんっ」
夜空に星の光を湛えたような、深い瑠璃色の瞳で覗き込みながら、まーくんこと誠少年の涙を拭ってあげている少女ルリが、側に居る勝気そうな少女に注意されて謝っている。
それを見ていた犬歯が特徴的な少年が、頭の後ろで手を組みながら、名残惜しそうに呟いた。
「あ-あ、次に来れんのはいつぐらいかなあーー」
「どんどん来れる回数が減ってるからな。次は1年以上は先だろう……」
呟きに応じた眼鏡の少年もどこか寂し気で、夢の終わりを望まない、そんな表情をしている。
「はーっ、そんなに待てねーっ」
「じゃあこっちに住めばいいニャ」
「オレらは先生やアイツらみたいにそこまで特別じゃねーの! ムチャ言うなよキメ子!」
「キメ子言うニャしっ!」
犬歯の少年と魔法使い風の少女が不毛な争いを始めた所で、涙を拭われて悲しみから立ち直った誠少年が、場の空気を変えるようにパンッと手を打ち鳴らした。
「じゃあさ、帰ったらみんなで会おうぜ! どっかで待ち合わせてさ! だって今まであっちで会ったことなかったろ!? 先生に止められてたしさー!」
「あーっ? じょ、女子と待ち合わせとかハズいしっ。先生こえーし」
「……俺はルリや先生が居ないならパスで。それに先生が怖い」
少年ズの結束力の無さに、悲しみから立ち直った誠少年が1分と持たずに再び悲しみに暮れ始めると、勝気な少女が助け舟を――
「じゃ、じゃあ私と誠の二人っきりで会うことになるワケ!? 嫌よ! そんな、で、ででで、デートみたいなっ!?」
泥船で突撃をかけていく。
「お、おまえらなー……。」
うなだれる誠少年の頭を、ルリが優しく撫でつつ、抱き寄せていく。
「わたしも、1年もまーくんやみんなに会えないのはさみしいな……」
「お、おうっ。どんなことがあっても、俺がぜったいに早くおまえらを迎えに行ってやるからっ! 約束だ!」
「あっ、テメー!? なにうらやまっじゃなくて、テメーっ!」
「そこっ! イチャついてんじゃないわよっ!」
「……しね」
「ご主人はママだけでなくルリのおっぱい離れもできないもやし野郎ニャ」
「おまえらさっきからヒドくない!?」
「えへへ。まーくん、どうどう」
これ以上引っ付いていたら、何を言われるか分かったものではないとばかりに、誠少年は慌ててルリを引き剝がす。
しかしブーイングは止まない。時すでに遅しというやつである。
「あーっ! うるっさい! そんなことより、みんなで住所を教えあって、どーやってすぐこっちに来れるか作戦会議する方が大切だろっ!?」
「でもバレたら先生がなあ」
「……そうだな、フルスイングだな」
犬歯が特徴的な少年と、眼鏡の少年がやや青い顔をしながら身震いをする。
「なーに、バレたらぜんぶご主人におっかぶせばいいだけニャ。そうすれば尻が三つに割れるのはご主人だけで済むニャ」
「「それだ」」
「オイおまえらっ!? そろそろ俺も本気でオコるからねっ!? ……ったく。バカなこと言ってねーで、とにかく決めるぞっ。集合場所と住所は――」
――少年少女たちは進んでいく。たゆたう霧雲をその身に纏い、切り裂いた道の後ろに、数多の異形の骸を残しながら――