番外編その3「Soul Link」
幼い頃から、蛇になる夢を見ることがあった。
白い体に紅い瞳。現実の私と同じ色をした夢の中の私は、やっぱり異端だった。
同じ蛇に襲われ、鳥に襲われ、とにかく生き延びることに必死だった。
目に入る全ては敵で、触れる全てに噛みつき、毒を流し込んだ。
それでも身を守り切ることはできず、突かれ噛まれて傷つき身動きもろくにできなくなった時。
ある少年と少女に出会った。
少女は気が強そうで、睨みつける私に怯えながらも睨み返してきた。
そうして私と少女が睨み合いを続けている内に、少年がどこからか持ってきた道具で私を治療し始めた。
最初は殺されるのだと思って、必死に抵抗した。傷だらけの体でも牙を立てるくらいはできる。だが、その私を少女が抑えつけてきた。
何か言っているようだが、蛇の私には言葉が分からない。ジタバタともがくが体の大きさによる力の差は如何ともしがたい。
そうこうしていると体に薬を塗られ包帯を巻かれ、私は解放された。
少女がふんぞり返って何か言っている。少年が優しく笑って少女の手を握り、後ろ髪を引かれる彼女を連れて去って行った。
良く分からない奴らだ。
とにかく、害はないようだ。
なら、どうでもいい。
そう思って、安全なねぐらを探して眠りについた。
それが、最初に見た蛇の夢だった。
それからも度々蛇になる夢を見た。
その記憶の中では少女が必ず現れた。少年の方はいつの間にか現れなくなった。確か、少女の家に住むようになった頃からだったと思う。
少女は意地っ張りで、頑なで、優しかった。
どこに行くにも私を連れて行き、私を襲おうとする敵を蹴散らしていった。
段々と、この少女のことが好きになっていった。
何故なら、彼女もまた孤独だったからだ。
同じ人間に襲われ、獣に襲われ、とにかく生き延びることに必死だった。
それでも身を守り切ることができず、突かれ噛まれて傷つき身動きもろくにできなくなる時もあった。
だから、私はこの少女の仲間になることにした。
敵を蹴散らし、攻撃を警戒し、彼女の身を守った。
それは、住処を守ろうとする本能だったのかもしれない。
彼女の懐はやたらと居心地がよく、ついうっかり眠りにつくこともあったから。
私と彼女は同じ異端だった。仲間のはずの同種から疎まれ嫌われる存在だった。
だから、身を寄り添い守りあうことが出来たのだと思う。
でも、私は彼女を守り切れなかった。
周り全部が嫌な臭いで満ち満ちて、私一匹では到底太刀打ちできなかった。
夢の最後はいつも、まっさらな彼女の笑顔で終わる。
少女から立派な乙女となった彼女はボロ切れをまとった姿で、断頭台に首を繋がれて。
ずっと共にいようと傍にいる私にそれはそれは綺麗な笑みを浮かべ、
「ありがとう」
と声に出さずに言うのだ。
この夢を見たときはいつも気分が最悪で、目につくすべてに噛みついてしまいたい衝動に襲われる。
現実の私は蛇でもないし牙も毒もないから、そんなことをしても意味なんてないけれど。
でも、鏡を見れば、色は夢と全く同じ私がいるのだ。
白い肌に紅い瞳。
先天性色素欠乏症。
眼皮膚白皮症とも呼ばれるその病気の最も一般的な呼称は、『アルビノ』。
夢でも現実でもこの呪いから逃れられない私の昔からの支えは、夢の中の少女だった。
もしかして。
もしかして、現実にもあの少女がいるんじゃないか。
夢と同じアルビノの私がいるんだから。
そんな笑ってしまうような下らない妄想が、私をこれまで生かしてきた大きな希望の一つだったのだ。
そして、ようやく見つけた。
夢と同じ匂いがする少女。
夢の中では蛇だったから見た目は良く分からないけど、匂いはよく覚えている。
弟もどこか似た匂いがするが、それとはレベルが違う。
あの少女の匂いだ。
私と同じ孤独を生きて、無残にも殺されてしまった彼女と同じ匂いだ。
もう逃がさない。
今度こそ守り切ってみせる。
夢と違って、現実の私は同じ人間なのだから。
私の名前は暮石 小百合。ペンネームはリリィ。
春史の姉で、それなりに名が売れてるイラストレーターだ。
別になりたくてなったわけじゃない。社会生活も集団行動も面倒極まりなくて避けまくってきた結果、そのくらいの選択肢しか残らなかっただけだ。
まぁまぁ才能もあったみたいで、今はそれなりに気に入っている。
時たま入る編集や出版社との打ち合わせが面倒だけど。
でもそのおかげで、いつでもあの子と会える時間を作れるから嬉しい。普通の社会人ならこうはいかない。
土曜日、あの子が私に会いに来る。
このままウチに住めばいいのに、と思う。
あの子一人養っていけるだけの甲斐性は持っているつもりだ。
カレンダーに〇をつけたのは生まれて初めてだった。
あの子が来る前日の金曜日。
飼い犬のタロウと一緒に弟の帰りを心待ちにしていた。
今、ウチにはペットが四匹いる。犬のタロウとゾフィー、猫のレオとアストラだ。
タロウはその中でも特に弟になついていて、いつも帰ってくる時間になると玄関の前で座り込んで待つのだ。
今日は私も聞きたいことがあったので、タロウと一緒に待つことにした。
タロウの体はふわふわで柔らかく、撫でるととても気持ちがいい。タロウも撫でられるのが好きで、抱き抱えると嬉しそうに甘えてくる。
活発で甘えたがりなこの子が、私はそれなりに気に入っていた。
拾われてきてすぐの頃は家の誰に対しても警戒して唸り声をあげていたとは思えないほどの変身ぶりだ。
それにしても、弟の帰りが遅い。
タロウで遊び始めてしばらく経つが、帰ってくる気配がない。
そうしている内に暇を持て余したアストラが仲間に入れてもらいに来てしまった。
くるくると私の周りを歩いたかと思えば、体をこすり付けてくる。軽く頭を撫でて喉をくすぐってやると、嬉しそうに鳴き声を上げた。
タロウが私の膝に飛び降りてアストラの顔を舐める。アストラは機嫌良さそうにされるがまま。
こんなことしてたらアイツが来るなぁ、と思っていたらやっぱり来た。
威風堂々とした姿で尻尾をピンと立て、キジトラのレオがのっしのっしと歩いてくる。
アストラの兄貴分であるこの猫は、とにかく弟分が気になるようで一時間も離れていることがない。
猫は気分屋だと思っていたが、個体差というのが大きいことを証明する一匹だ。
現れたレオは何をするでもなく近くで寝そべる。私がアストラを構っていると猫パンチを繰り出してくることが多いが、タロウの場合は基本的に何もしない。
この子もウチに来た当初はアストラに誰かが近づくだけで警戒心丸出しで威嚇していたものだが、随分と丸くなった。
タロウとアストラは私の膝の上で肉球の応酬をしてじゃれ合っている。乗っかったり乗っかられたり、舐めたり舐められたり。
この二匹はどちらも大人しく人懐こい。性格が合うのか、こうして一緒に遊ぶこともそれなりに多い。種族を越えた友情、というやつだろうか。
夢の中の私とあの少女にも、同じようなものがあったと思う。
だから、最期にあの子は笑ったのだろう。
じゃれ合う二匹の邪魔をしないように撫でると、二匹揃って嬉しそうに鳴いた。
それを聞いたレオの耳がぴくりと動き、のそのそと近づいてきて私に猫パンチを繰り出してくる。
適当にあしらっていると、廊下の奥からゾフィーまでが姿を現した。
ゾフィーはこの中でも一番の古株で、かつて飼っていたセブンという名の犬と同じ頃に拾われてきた子だ。
私と比べても大きな体でこの家の守護神を務めており、以前空き巣を捕まえたこともある。力も強く、私なんか簡単に吹き飛ばせるだろう。
勿論そんなことはしない穏やかな性格で、普段は家の見回りとタロウ達の面倒を見ている賢い子だ。
ゾフィーは私達の様子を眺めると、眠そうなあくびをして私の背中側で寝そべった。
まるで背もたれにでもしてくれと言っているようで、遠慮なくもたれかかる。ふわふわの毛皮が気持ちいい。
しかし、とうとう家の全員が玄関前に揃ってしまった。
外は雨。雨粒が奏でる音楽が家の中にいても聞こえてくる。
四匹の毛皮に包まれてなんだか暖かくて眠くなってきた。それもこれもハルの帰りが遅いのが悪い。
タロウとアストラが人の体をよじ登り、腕にくっついて丸くなる。膝の上ではレオが丸まっていた。
身動き一つ取れない。雨の音がざぁざぁと薄く響く。うとうとしてきた。
もう寝ちゃおうか。
ハルが帰ってくればすぐわかるし、悪くないかもしれない。
そんな流れに身を任せ、目を瞑ろうと、
「ただいまー……うわ、姉さんなにしてるの?」
「……ハル、おかえり」
玄関を開けた弟が驚いた顔で固まっている。
嬉しそうに吠えるタロウに飛び掛かられ、弟は硬直から抜け出した。
「ただいま、タロウ。元気してた?」
そう言って優しく撫でると、タロウは尻尾を千切れんばかりにぶんぶんと振って吠える。
ハルの機嫌が妙に良い。
普段はさっさと部屋に戻るのに、まだタロウの相手をしている。
珍しくアストラの喉を撫でて、レオの猫パンチをくらったりして。特にここ最近はそんな触れ合いも減っていたというのに。
よく見れば、髪の毛の先や肩のあたりが多少濡れている。またあの子に送ってもらったのかと思ったけど、それなら話し声とかがするはずだ。
でも、絶対に何かがあった。それは分かる。
「ハル」
「ん? なに?」
ゾフィーと挨拶を交わしている弟に話しかけ、
「学校で何かあった?」
肩をびくりと震わせた。
間違いない。弟は昔から隠し事が得意じゃなくて、かなり分かりやすい。
「別に何もないよ」
「嘘」
いつもの苦笑で乗り切ろうとするハルの逃げ道を塞ぐ。
私に隠し事をしようとするなんて、すごく怪しい。そして気に食わない。
ぐっと顔を近づけて、目を覗き込む。
ハルが前髪を長くしているのは、目を見られるのが苦手だからだ。それは、私のせいでもある。
姉の目は紅いのに弟の目は黒いと、よくからかわれたのだ。
子供っていうのは残酷で、気になったことを簡単に口にする。だから、ハルは目を見られるのが苦手になった。
黒い瞳は私と違うから。そのせいで奇異の視線に晒されてしまうから。
長い前髪は、周囲の視線を遮断して気にしないようにするためのハルなりの生存戦略なのだ。
それは分かっているけど、今回は譲れない。
私にまで隠し事をした罰だと思って欲しい。
逃げようとするハルにもっと顔を近づけて、
あの子の匂いがした。
動きが止まる。
ハルからあの子の匂いがする。それも、とても強く。
かなり長い時間近くにいたはずだ。そうじゃなきゃ、こんなに匂いは移らない。
「あの子と何かあった?」
思ったことがそのまま口に出た。
ハルがびっくりした顔で私を見て、何か考え込むような表情をして、観念したようにため息を吐いた。
「ちょっと、トラブルがあって。んー……それで、あー……」
言葉を探すように虚空に視線をさ迷わせ、
「白峰さんと、仲良くなった……かな……?」
困ったように照れてみせた。
白峰。あの子の名前だ。確かフルネームは白峰 昼子。
仲良くなったんだ。その事が私の胸に暖かさをもたらしてくれた。
すごくいい匂いがする。ほっとするような、ワクワクするような。安心できる、そんな匂い。
ずっと、ハルが誰かと一緒にいると嫌な匂いがした。相手が女だと特に。
でも、あの子と一緒にいるハルはすごくいい匂いがする。
「明日、あの子はくる?」
「うん、大丈夫だよ」
尋ねる私に笑顔で頷く。
嬉しさが全身を駆け巡って、私もタロウみたいに吠えたくなる。
近寄ってきたアストラを抱え上げて、小走りに自分の部屋に戻った。
明日の為に今ある仕事の区切りをつけておかないと。
楽に仕事をするために買った大きめのチェアに飛び乗って、アストラを膝にのせてペンタブを弄る。
レオが机に登って猫パンチを仕掛けてくるけど、もう気にしない。
明日はあの子が、昼子が来るのだ。
ウキウキしながらペンを走らせる。
その日は、明日が楽しみ過ぎてあんまりよく眠れなかった。
翌朝。
起き抜けに顔を洗ってシャワーを浴びて鏡の前で身だしなみを整える。
髪の手入れなんかしたのは何年ぶりだろうか。
準備を万端整えて、ハルと一緒にレトルトの朝食を食べる。
「姉さん、仕事の方は大丈夫?」
心配そうに弟が聞いてくる。
大丈夫か、と聞かれると微妙なところだ。締め切りが近いのが二つほどあって、そのうち一つはペン入れも終わっていない。
だが、今日という一大イベントに比べれば些事だ。
「大丈夫」
すっぱりと答えると、ハルは訝しそうな顔をしながらも納得してくれた。
「あの子はいつ頃来るの?」
「お昼前くらいだよ」
言われて少し考える。
「お昼は一緒に食べる?」
「そのつもりだけど……ダメだった?」
ダメなんてあるわけない。大歓迎だ。
しかし、ウチはろくなご飯がないし私もハルも作れない。一緒に食べるというのに粗末な食事ではがっかりさせかねない。
「ううん。どこか行く?」
「姉さんが良ければ。出前かピザにしようかとも思ってるけど」
これは難問だ。
私は殆ど外食をしたことがない。見た目のこともあるけど、見知らぬ人たちがいる中で食事をするのが好きじゃないからだ。
だが、せっかく来てくれるあの子にいいものを食べさせてあげたい。出前やピザは美味しいけどどうかと思う。
それに、単価が高いところなら人も少なくていいかもしれない。
「……どこか高いお店行く?」
「んー……」
ハルが目をさ迷わせて考え込み、
「いいや、後で白峰さん達にも聞いてみよう。好みとかあるだろうし」
「うん」
流石ハル、いい考えだ。
相手の好みに合わせるのはデートの基本、とネットに書いてあった。デートではないけれど、もてなすなら好きな食べ物の方が良いだろう。
「それじゃ、白峰さん達が来るまで仕事してていいよ」
「いい、タロウ達と遊んでる」
この状況で仕事なんて手につくはずがない。
私がそう言うとハルは苦笑して朝食の片づけを始めた。
タロウやアストラ達と遊びながら、時計を確認する。もう来るかな、まだかな、もう少しかな。そう思って待つ時間は、ドキドキして楽しい。
そういえば、さっきハルは『白峰さん達』って言ってたけど、『達』ってなんだろう。
来るのはあの子だけじゃないのかな。
それは嫌だな……変な奴が一緒にいると匂いが良くない。
ハルに聞いてみようかと思ったけど、もう部屋に戻っていたので止めた。どうせもうすぐわかることだし、なんなら追い返せばいい。
呼んだのはあの子だけなのだ。他の奴はお呼びじゃない。
レオを猫じゃらしでからかっていると、玄関のチャイムが鳴った。
おもちゃを放り出し、玄関に向かう。すりガラスの向こう側に二人分の人影が見える。
サンダルに足を突っ込んで、思い切りガラス戸を開けた。
「……こ、こんにちは」
そこにいたのは引きつった笑顔をしたあの子だった。
あぁ、やっぱり。夢の中の少女と同じ匂い。
以前は捕まえて匂いを嗅いだから逃げられたので、同じ真似はしない。
逃げられないように目を見つめてぐっと近づく。
嗅ぎ慣れた幸せな匂いがする。夢と現実がごっちゃになるような感覚。
今は人間だから、匂い以外も良く分かる。
ほっそりした輪郭と切れ長の瞳。胸の少し上くらいまでの黒髪は艶やかで、唇は私の目とは違う健康的な赤で彩られている。
背は高く、すらりとしたシルエットで着ているノースリーブとフレアスカートがよく映えている。
色合いも落ち着いていて、下手をすると私より年上に見えるだろう。
綺麗、という言葉がよく似合っていた。
夢の中の少女も、こんな乙女になっていたのだろうか。
「あ、あの……」
控えめに声をかけられ、意識が現実に戻ってきた。
手を繋ぎたいのを我慢して、家の中に招待する。
「ようこそ、中へ入って」
私から返事があったことにほっとした表情をして、あの子が微笑んだ。
「お招きありがとうございます、白峰 昼子です。こっちは弟の夕太です」
小さく頭を下げ、隣にいたよく似た外見の少年を紹介される。
そういえばさっきからいたような気がする。まぁ、見た目も匂いもこの子――昼子に似てるからいいや。
「ようこそ、白峰さん、夕太くん。姉さん、そこにいると二人が中に入れないよ」
いつの間にか来ていたハルに促され、サンダルを脱いで上がる。
同じように靴を脱いで上がる昼子を待ちながら、今日は何の話をしようかと考える。
部屋に連れて行って仕事のことを話してもいいな。イラストレーターをしているというと大体の人はすごいとかなんとか言うけど、昼子も言ってくれるかな。
私の絵を、昼子は見たことあるかな。
それとも、モデルの昼子はすごいって話をした方が良いかな。
部屋にある昼子が載ってる雑誌のコレクションを見せたら、喜んでくれるかな。
前まで欠片も興味がないからファッション雑誌なんて見たことなかったけど、昼子と会ってから昼子が載ってるやつだけ集めたんだよ。
かっこいいね、すごいねって言ったら嬉しいと思ってくれるかな。
想像が膨らんで胸がドキドキして、靴を脱ぐ昼子から目が離せない。
「それにしても、バカみてぇに無駄にでかい家だな」
昼子の隣から声がした。
ちらりと視線を移せば、弟だとかいう奴がじろじろと無遠慮に家の中を見回していた。
「そうなんだよねぇ。両親が大きい方がいいって言うからさ」
「はっ、成金の考えそうなこった」
……なんだろう、このキャンキャン吠える生物は。
タロウと同じ犬種だろうか?
「夕太! 失礼なこと言わない!」
昼子が目を吊り上がらせて怒っている。
弟とはいっても、ハルと違って大変そうな子だ。
昼子は大変だ。ハルが弟だったらよかったのに。とってもいい子で、可愛いからずっと一緒にいたくなる。
「んー、犬猫飼ってるからね。両親もそこを考えてくれたんだと思う」
「はっ、人間に飼われるとは“野生”を失った獣なぞ哀れなものだ」
「夕太!」
仕方がない。
昼子も困ってるし、助けてあげよう。
その場から離れてタロウとアストラを連れて戻る。ゾフィーは連れて行けないし、レオは勝手についてくるからこれで良し。
「うぉっ!? なんだ!?」
タロウは新しい人を見つけて嬉しがって吠え、アストラも好奇心で目を輝かせている。
この調子なら問題はなさそうだ。
「タロウ、アストラ、遊んでおいで」
二匹を離すと、我先にと昼子の弟に突進していった。
「ま、待て、落ち着け! うぉぉっ!?」
タロウに飛び掛かられバランスを崩し、アストラに爪を突き立てよじ登られる。
新しい玩具を与えられた二匹は喜び勇んで構い倒した。
「夕太くんは動物にも好かれるんだねぇ」
「……ほんと、人懐っこいのね」
にこにことタロウ達が戯れる様子を見守るハルと、どこか呆れた様子で眺める昼子。
二人が並んでいる構図は、私の心に安らぎをもたらしてくれた。
昼子の弟には少しだけ感謝してもいいかもしれない。こんないいものを見せてくれたから。
「おいこら暮石! なんとかしろ!!」
「んー、二匹ともすごくはしゃいでるから、落ち着かせるのは難しいね」
「なんではしゃぐんだ!?」
「夕太くんが構ってくれそうだって思ったんだろうね」
「オレを勝手に決めつけんな!!」
暴れまわる二匹相手に翻弄される昼子の弟だけど、乱暴な手段を使わないところを見ると優しい子なんだろう。
変に口が悪いだけかな。
「オレは今日姉ちゃんを守る為にきてんだ! お前らに構ってる暇はねぇ!!」
タロウとアストラをふん捕まえて歯をむき出しに威嚇する昼子の弟。
うん、この子はいい子だ。夕太、だっけ。
「……何から守るのよ」
「暮石から!」
迷いなく断言する夕太に、昼子が額を抑えてため息をつき、ハルが苦笑する。
なんだか悪くない雰囲気だ。
気分もいいし、嫌な匂いもしない。
今日は、すごく素敵な日になりそうな気がする。
「お茶、飲む?」
頷く昼子とハル、レオに猫パンチをされている夕太。
タロウとアストラを抱えて居間に向かうと、後ろから全員がついてきた。
タロウとアストラが楽しそうに鳴く。
とりあえず家の中を案内しよう。最近あんまり見ない和風の家だって話だから、きっと昼子も夕太も珍しがるはずだ。
あんまりない話題を探しながら、おーいお茶と生茶を人数分のコップに注いだ。
そしてその後、私は衝撃的なお昼を迎えることになる。
夢と違って人間で良かったと、本当に思った瞬間だった。




