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第二話

 HRが終わって担任が去ってすぐ。

 私が近づく前に、クラスの社交的なグループが春史くんを取り囲んでいた。

 前の学校はどこかとか、なんでこんな時期に転入してきたのかとか。定番の質問に彼が誠実に答えている。

 そういうところもアルフォンスだなぁ、と思いながら。私はその輪に加わることもできず、頬杖をついて横目でじっとりと眺めていることしかできなかった。


 我ながらみっともない……!

 でも仕方ないじゃない!? こう、クラスでの私の立ち位置的に、気軽に話しかけることも難しいの!


 私は目立つ方らしく、忌まわしい過去――中学時代のやらかしが高校でもそれなりに知られている。おかげで、花梨と一緒にクラスで少し浮いた存在だ。

 友達がいないわけじゃないんだけど。女にとっての友達というのは、色々と複雑なのだ。

 花梨はそういうの気にしないから、あちこちに友達いるんだけどね。


「ひーちゃん」

「……なに?」

 呼びかけられ、顔を向ける。

 愛すべき幼馴染が真剣な顔で見つめてきていた。

「話しかけにいく?」


 ちょっと待て。

 それはどういう意味なの、花梨ちゃん?


 喉までこみあげた言葉を飲み干して、どう返すべきか考える。

 花梨がどういうつもりか分からない。いや、普通に考えれば春史くんが気になっているのだろう。話しかけたいけど、別のグループもいるし私に一緒に来てほしい……そういうことだと思う。

 親友の恋を応援するにはここで頷いて、春史くんを囲むグループを蹴散らして二人で話す時間を作ってあげるべきだ。


 待って。ほんとに待って。

 私だって乙女だ。

 前世での初恋の人に巡りあった偶然に運命を感じたりもするし、恋や愛に夢を見る年頃なのだ。

 もう少し気持ちを整理する時間がほしい。


 ていうか、私だって春史くんと話したい!! ほんとにアルフォンスかどうか確認したい! 話せば、なんかこう分かる気がする!


 諸々の気持ちを押し込めて、クールぶって視線をそらす。

 あぁ、前世から変わらない私の見栄っ張りなクセ。


「今すぐじゃなくていいでしょ。どうせ皆すぐ飽きるんだし」

「ほんとにいいの?」


 なんで食い下がるの、この子は。

 花梨の瞳はいつになく真剣で、真っ直ぐ見られるのが辛い。

 そんなに春史くんと話したいのだろうか。うぅ、応援したい。応援したい気持ちはほんとに全然ウソじゃないんだけど、今は勘弁して。


「花梨がどうしてもって言うなら」


 それが私にできる最大限の譲歩だった。

 ここでどうしてもと言われたら、もう仕方がない。連中を蹴散らして二人の時間を作りますとも、えぇ!

 けど、幸いにして花梨は引いてくれた。


「ん~……じゃぁ、あとにしよ」


 意外とあっさりした返事に、肩透かしをくらう。

 この子はいつもこの調子だから、気にしたら疲れるだけだけど。

 花梨に気づかれないよう、こっそり春史くんの方を見やる。

 愛想良く笑いながら、クラスメイトの好奇心を満たさせていた。


 なんとなくイライラする。私がこんなに大変なのに、ヘラヘラ笑っちゃって。

 そういうところも、アルフォンスそっくりだ。かつての別れの日、私は泣かないように必死だったのに彼は笑っていた。

 あー……思い出したら腹が立ってきた。


 別に彼は悪くないんだけど! こういう性格が悪役令嬢のままだって分かってるんだけどね!!


 予鈴が鳴るのに合わせて教科書を取り出して机に叩きつける。

 近くの席の何人かが私を見るけど、気にしない。

 春史くんが解放されたのは、一時間目の担当教師が入ってきてからだった。

 なんとなく、今日は話すタイミングがないんじゃないかと思う。


 悪い予感ばっかり、よく当たるのだ。



 昼休み突入のチャイムが鳴り、先生が教室から出て行く。

 結局、お昼になるまで春史くんの周りから人がいなくなることはなかった。

 今日はもう諦めた方がいいだろう。花梨も話しかけようと言ってこないし、無理することもない。

 チャンスが巡ってこないのは、前世の悪行のせいだろうか。


「ひーちゃん、おべんと食べよ~」

「はいはい。ラルフは?」

「そうだ、連絡しなきゃ」


 スマホを取り出して小さい手で打ち込んでいく。慣れた手つきが可愛らしい。

 私と花梨とラルフのグループチャットに新しいメッセージが表示される。兎のスタンプつきだ。口元が緩んでしまう。

 すぐにラルフの返事が来て、私も適当に書き込んだ。


「おっけ。自販機寄ってこうか」

「上の方は届かないから、ひーちゃん押してね?」

「はいはい。花梨の天敵だもんね」

「ひーちゃんみたいに背が高くてキレーになりたい……」


 苦笑してしまう。

 一応、私は女子にしては背が高い方で、花梨は低い方だけど。

 そんなもの関係ないくらい、圧倒的な差があるというのに。前世での功徳というのは、こういう風に出るのだと思い知ったものだ。


「花梨は可愛いからそのままでいいよ」

「も~、ひーちゃんはいっつもそればっかり」

 むくれる花梨が可愛くて、思わず頭を撫でてしまう。

 それですぐに笑ってくれるあたり、やっぱり花梨は人ができてる。私みたいになんかならない方がいい、絶対に。


 他愛ない話をしながら教室を出て、中庭近くの吹き抜けの廊下に向かう。

 三つ並んだ自販機から適当なものを買って、どこで食べようかと辺りを見回し、


 足早に下駄箱の方に向かう春史くんを見かけた。


「ごめん、花梨。ちょっと用事思い出した」

「え? うん」

 お弁当とジュースを半ば押し付けるように渡して、

「ラルフにこれ食べていいって。ほんとごめんね」

「大丈夫、いってらっしゃい」

 何も聞かずに笑ってくれる花梨に罪悪感を刺激されつつも、私はその場を後にした。


 校舎に入って下駄箱に向かう。

 もしかして、と思いながら彼の名前を探す。暮石、暮石……あった。

 靴がない。

 やっぱり外に出たんだ。今時昼休みに学校を出る子なんて珍しくもなんともないけど、アルフォンスはそういうことをするタイプじゃない。

 前世は前世、と思っていても。気になってしまう。もしかして、彼がアルフォンスだと思ったのは勘違いだったりして。

 あの感覚が間違いだなんて、思いたくないけれど。


 私も靴に履き替えて、ぐるっとグラウンドを見回す。いない。まぁ、そうだよね。

 校門から出て、どこに行くべきか考える。彼が行きそうな場所なんて分からないけど、普通はコンビニに買い物かな?

 学校近くには二軒、コンビニがある。どっちか迷って、とりあえず一番近い方に行こうとして、

 ふと、公園の木が目に入った。


 学校近くにはそれなりに大きな公園があって、放課後にはうちの学生がよくたまり場にしていた。芝生と滑り台と砂場とジャングルジムと、大体一通り揃っている。

 もちろん木も沢山植えてあって、四季折々に目を楽しませてくれる。


 そのうちの一本。背の高い木のところに、春史くんがいた。

 何をしているのかと思ったら、上着を脱いで登り始めた。


 ――なにしてんのぉぉぉ!?


 木登り!? 木登りが趣味なの!? アルフォンスも山で遊ぶのは好きだったけど、木登りはしなかったよ!?

 ちょっと自分の感覚に自信がなくなってくる。ていうか、公園の木って登っていいんだっけ?


 とにかく、ここからじゃ声もかけられない。

 道路を渡って、小走りに公園の中に駆け込む。

 目的の木の下についた時は、春史くんが細い枝に足を引っ掛けて片手を思い切り伸ばしていた。

 雑技団の真似でもしてるの? とか思うくらい奇妙なポーズだ。まるで伸ばした手で何かを掴もうとしているような。


「アルフォ――春史くん?」

 なるべく刺激しないよう声をかけたつもりだ。

 それでも、春史くんはびくりと全身を震わせて反応してしまった。


「え? う、わっ!?」

 足を乗せてた細い枝がぽっきりと折れ、バランスを崩す。そりゃそうなるよ!

 木から滑り落ちる直前、春史くんの右手が何かを掴んだ。

 めちゃくちゃ痛そうな音がして、反射的に身を竦ませる。


 ――ニャー!!


 にゃあ?

 聞こえた鳴き声に薄目を開ければ、尻尾を逆立てた子猫が走り去っていくのが見えた。

 事態を飲み込めずにいると、

「いっつー……」

 思いっきりぶつけたであろうお尻に手を当てた春史くんと目が合ってしまった。


 ――きまずぅぅぅっぅぅ!!


 なんだこれ!? 初めての二人きりのシーンがこれ!? 妄想してたのとなんか違うんですけど!

 もっとこう、ロマンチックというか運命的っていうか……いや、そんなこと言ってる場合じゃない。何か話さなきゃ。

 頭をフル回転させて必死に言葉を探して、

「……なにしてるの?」


 ちっがーーーーう!

 いや、間違ってないけど! 他に気の利いた言葉はなかったんかい!

 最悪台詞はそれでいいとして、もっと愛想良く言えないのか、私!!


「あの、子猫、見ませんでしたか?」

 我に返った様子で、春史くんが周囲をきょろきょろと見回す。

 子猫? さっきの子のことだろうか?


「……向こうに走っていったけど」

 さっき見た子が走り去っていったほうを指差す。

 春史くんは私が指差した方を向いて、

「怪我とか、してませんでしたか?」

「……元気そうだったわよ」

 少なくとも私が見る限りはどこも悪いところはなさそうだった。


 春史くんはほっと胸を撫で下ろし、

「良かった……」

 と嬉しそうに微笑んだ。


 流石にここまでくると私にも事態が飲み込めてくる。

 つまり、

「子猫を助けようとして木登りしてたの?」

 春史くんがびくりと肩を震わせて私を見上げる。ビンゴ。

 前髪で隠れてよくわからないけど、目を泳がせてるだろうことは気配で分かる。

 ぐっと喉を鳴らして、彼が口を開いた。


「……朝に、この木に登っているのを見かけたんです。その時は大丈夫だろうと思ったんですが、あのくらいの子猫はうっかり降りられない高さまで登ってしまうことがあるので……」

「それで気になって、お昼に学校を抜け出して様子を見に来たってわけ?」


 恥ずかしそうに春史くんがこくりと頷く。

 あまりのことに、私はつい吹き出してしまった。


 ――あぁ。


「え、あの、おかしい、ですかね?」

「ちが、ごめ、くっ、あははははは!」


 ――やっぱりこの人はアルフォンスだ。


 こんなお人好し、彼くらいしか私は知らない。

 子猫の為に学校を抜け出して、公園の木に登って。地面にぶつかって痛いだろうに、真っ先に子猫の心配をして。その子は恩知らずにもどこかに行ったのに、嬉しそうに笑って。

 現代じゃ絶滅危惧種だ。

 前世でもそうだったけど。

 自分の感覚に自信が持てた。

 運命っていうのは、多分、きっと、本当にあるんだと信じられる。


 笑う私に困惑して、春史くんは頭を掻く。

 その時、彼の手の甲に赤い線が見えた。

 一気に笑いが引っ込む。


「ちょっと見せて」

「え、はい?」

 彼の右手首を掴んで、ぐっと引き寄せる。

 見間違いじゃない。多分、あの子猫に引っかかれたのだろう。まぁ、あの状況じゃ無理もない。


「立てる?」

「えぇ、はい……あの、」

「保健室、行くよ。手当てしないと」

 驚かせた私のせいだ。猫のひっかき傷は細菌がどうとかで良くないらしい。ここが公園でよかった。水道がある。


「いえ、そんな! 一人で大丈夫です!」

「保健室の場所とか、わかんないでしょ。いいから言うこと聞いて」

 弟にやるように目を見て言い含めると、小さな声で「はい」と頷いてくれた。

 傷口を水で綺麗に流して、ハンカチで拭く。持ってて良かった! 今日はまだ未使用でほんとによかった!!


 彼が逃げないよう手首を掴んだまま学校に戻って、上履きに履き替えて保健室に向かう。

 先生がいなかったので、私が治療することにした。応急処置くらいならできるし。

「染みるけどガマンして」

「はい……」

 消毒してガーゼを貼って、ひとまずこれでいいだろう。


 一息ついて、そこでようやく気づいた。

 今、保健室には私と彼の二人きりだ。

 彼の手は、男らしく骨ばってごつごつしていた。私の手とは全然違う。

 冷静に考えると、私はとんでもないことをしたのではないだろうか? 手首を掴んで歩くのは、手をつないで歩くのとどのくらい同じことなんだろうか。


 ていうか、誰にも見られてないよね!? 傷をなんとかしなきゃって頭がいっぱいだったから、周り全然見てなかったんですけど!


 ヤバい。考えれば考えるほどわけがわからなくなっていく。

 この状況もだいぶマズいのでは? このまま二人して教室に戻ったら――間違いなくとんでもないことになる。


「じゃ、私は先に戻るから」

 めちゃくちゃ不自然だぞ私ぃ!!

 春史くんが残る理由なんて何もないでしょうが!!


「あ、はい」

 彼は何も疑うことなく普通に頷いた。

 すごく助かるんだけど、騙されて壺でも買いはしないかと彼の将来が心配になる。

 さすがにそこまでじゃないか。


 お言葉に甘えて、先に保健室を出る。なんとなく足元がふわふわして落ち着かない。

 二度目の人生で再会できたのは、神様からのプレゼントかも。

 できれば――今世こそは、私も幸せな結末を迎えたい。

 淡い夢だと分かっていながら、乙女としてはそう思わずにはいられなかった。


 教室につくと同時に予鈴が鳴る。

 彼が戻ってきたのは、本鈴の直前だった。

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