表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/50

第十六話

「ほんっとーーーーーにごめんなさい!」

 朝っぱらから自分の席に着く前に、馴染みのクラスメイトから両手を合わせて謝罪されるのは流石に初めてだった。

 反応に困りますわよ、榎本さん。

 ……段々と前世の言葉遣いを忘れてるなぁ、とは自分でも思っている。



 気にしてないから、と言い添えて事情を聞いたところによると、真希が早速問題の動画を消した上で謝罪する動画を上げたらしい。

 それによると、私はたまたま帰りが遅くなったので知り合いに送ってもらっただけ『らしい』。断定しないところがなんかもう社長の入れ知恵くさい。


「まきちゃんも迷惑をかけたってことで数日動画投稿を自粛するって言ってて、私達もなんか変に騒ぎすぎたなって……」

 申し訳なさそうに眉根を下げる榎本さんにちょっと癒される。

 こういう純真な反応はなんだか心地良い。腹芸の応酬はもう前世でこりごりだ。……今世で業界に首を突っ込んでて言うことじゃないってのは無視する。


「気にしないで。慣れてるから」

 そう言うと、榎本さんは複雑そうに笑ってもう一度頭を下げてきた。

 本当に慣れてるからいいのよ、前世も合わせればベテランですから……なんてことは言えないけれど。


 適当に肩を叩いて、彼女を友達の元へと送り返す。その子達も軽く会釈してくれ、榎本さんを引っ張っていった。

 朝からなんか妙に疲れた気がする。鼻から息を吐いて席に着き、鞄をフックにかけたところで、


「皆分かってくれて、良かったね」

 花梨が嬉しそうに微笑みかけてくれた。

 あー、やっぱり一番の癒しはこの子だわ。衒いも何もなく、真っ直ぐに思ったことを言ってくれる。それが優しい言葉ばっかりってのは、育ちの良さか魂の御業か。

「そうね」

 自分でも少し素っ気ないんじゃないかと思う返しにも、顔を綻ばせて頷いてくれる。


 もしかしたら、とたまに思う。

 もしかしたら、前世でも出会いや状況が違えば、仲良くなれたんじゃないだろうか。あの世界でヒルダとキャスリンだった私達も、公爵家と婚約してなかったり両親が野心家でなかったりしたら。

 アルフォンスがずっと隣にいてくれたら、もしかしたら。


 横目に春史くんの様子を伺う。

 近くの席の人とお喋りしていて、私の視線には気づいていない。


 そりゃそうだよね、と思うと同時にふつふつと不満が湧いてきたりして。

 こんなんだから悪役令嬢なんだよなぁ、と我が身に呆れ返り、ため息をかみ殺して一時間目の準備を、


 ピンコーン。


 チャットの通知音を切り忘れていた。

 授業中には流石に鳴らないだろうけど、念の為に消そうとロックを解除して、


 春史くんの名前。


 心臓が一気に飛び跳ねる。

 目線だけで周囲を警戒し、こっそりと春史くんの方を見る。

 スマホを手に、近くの席の人と話していた。


 鼻歌を歌いながら一時間目の準備をしている花梨に気づかれないよう細心の注意を払い、通知をタップする。

 春史くんからのメッセージを読む。

 どういうことかは良く分からなかったけれど、とりあえず「了解」とだけ返事した。

 堅苦しくなかったかな、「分かった」とか「らじゃ」とかの方が気安くて良かったかな、なんて思うけれど送信した後に悩んでももう遅い。既読がすぐについてしまう。


 何気ない振りを装いながら画面を消し、鞄の中に放り込んだ。

 やたらとドキドキしてしまって、誰にもバレませんようにと祈ってしまう。

 何故そうなるのかは、私にも分からなかった。

 その後HRまで誰と何の話をしたのかは、一切記憶に残っていない。




 四時間目が終了し、昼休みがチャイムと共に訪れる。

 購買に向かう生徒達がドアをこじ開けて走り出し、弁当組が仲の良い友達と机をくっつけあう。


「ひーちゃん、ご飯食べよ~」

 いつものようにニコニコ笑顔で誘う花梨に、私は首を縦に振らなかった。

「ごめん、花梨。後で行くから、先にラルフと場所決めてて」

「え~!? どうしたの~?」

 驚きに眉根を寄せる幼馴染には申し訳ないが、どうしても外せない用事なのだ。

「少し用事があって。ごめんね」

「ん~、じゃ、終わったら教えてね~?」

「分かった」

 渋々と頷く花梨の頭を軽く撫で、スマホをポケットに入れて教室から出る。


 本校舎の廊下の突き当たりには、普段誰も使わない非常階段がある。一年に一度の避難訓練の日に説明は受けるものの、使うかどうかはその年によって違う。真昼間でも人目のない場所として、一昔前は不良のたまり場だったらしい。

 周囲に目を走らせて無骨な非常扉を押し開け、吹きさらしの非常階段に足を下す。さっと扉を閉めれば、昼休みの喧騒が一気に遠のいた。


 階段を下りれば、狭いものの踊り場がある。

 先に来ていた彼が振り向いて微笑んだ。


「お呼び立てしてすみません」

「別に」

 春史くんの顔を正面から見るのは何日ぶりだろうか。

 自分でも突っ込みたいくらい素っ気ない反応に、彼は苦笑するだけで気を悪くした風は少しもなかった。


 沈黙が落ちる。

 これはやっぱり私の方から何の用か聞いた方がいいのだろうか。いやでも、今口を開くと緊張しすぎて端的な物言いになりすぎる気もする。下手したら喧嘩腰だと思われかねない。それはちょっと嫌だ。

 丁寧な物言いを心がけて言葉を探していると、春史くんに先を越されてしまった。


「実は、ちょっとお願いがありまして」

「お願い?」

 首を傾げる私に、困ったような笑顔のまま頷く。


 なんとなく既視感を覚える表情に記憶をひっくり返すと、一昨日に春史くんの家の前で見た笑顔と良く似ていた。

 ……一昨日か。なんかもうすごい昔のことにように思えるけど、まだ二日しか経ってないんだった。

 そういえば、お姉さんについても何も聞いてないや。リリィの転生体なんだから仲良くしたい。


「今度、うちに遊びに来ませんか?」


 突然の急襲にひとたまりもなかった。

 頭が真っ白になり、言われた言葉を咀嚼できない。ウチニアソビニキマセンカ。うちにあそびにきませんか。りぴーとあふたみー。


 私の反応に何か誤解したのか、

「白峰さんが嫌でなければ、ですけど」

 申し訳なさそうに付け加えてきた。

 

 ――嫌だなんて誰も言ってないじゃん!?


 口から出かかった言葉を飲み込み、冷静になるようこっそり深呼吸する。急な襲撃にも慌てず対応、それが生き残る秘訣なのよ。前世で覚えた。

 とりあえずなんで急にそんな話になったのか、はっきりさせたい。昨日なんか目も合わせなかったじゃん。わざとじゃないかもしんないけどさ。


「誘われる心当たりがないんだけど」

 あぁー!! なんかめっちゃ冷たい言い方!!

 違うんだよ、ちょっと不思議に思っただけなんだよ、分かってくれるよね?

 分かるわけねぇだろ、と頭の片隅で自分に突っ込まれるも無視を決め込んだ。


「えぇ、そのー……姉が、もう一度会いたいと」

 言いにくそうに理由を口にする春史くんに、肩に入っていた力がすとんと抜けた。

 ……なるほどね、お姉さんが。なんかリリィの癖が残ってたし、私を見て思うところでもあったのかな。そうだったら嬉しいなー、今世でも仲良くなれそー。


 ハハ、と力のない笑いが漏れる。一体何を慌ててたんだか。護堂さんに告白されてからこっち、色々気を張りすぎてたかなぁ。

 なんにしても、お姉さんとお近づきになりたかったわけだし。一つも悪い話じゃないのは分かったから良しとする。


「分かった。いいよ」

「……本当ですか?」

 驚いてやや目を見開く春史くん。

 前髪越しでもなんとなく表情が分かるのは、彼が意外と顔に出る方だからかな。


「お姉さんとは、私ももう一度会いたかったから」

 そう正直に言うと、春史くんが泣き笑いみたいな形で顔を崩した。


「……姉が他人に、それも女の子に会いたいなんて言ったの初めてなんです。僕が家に呼ぶのも嫌がって許さなかったくらいで。だから、その……」

 言葉を探すように視線をさ迷わせ、

「一昨日は姉が失礼なことをしてすみません。でも、どうか、姉と話をしてあげてください」

 深く頭を下げられた。


 随分とお姉さんのことを大事にしているんだな、と思う。

 確かにとても人付き合いが得意そうには見えなかった。前世のリリィも私以外にはなつかなかったし、蛇仲間みたいなのも一切いなかった。

 そりゃ、家族としては気になるよね。私も夕太の事だったら気になるし。


 ふと、中二病を患う弟が頭に浮かぶ。あの子、ちゃんと学校で友達いるんだろうか。

 家に友達を連れてくるのを嫌がるという意味ではお姉さんと似てるかも。夕太も特に男友達を連れてくるのは嫌がる。だからラルフは未だにウチに来たことがない。


 そういえばお姉さんの名前ってなんだろう。ま、会った時に聞けばいいか。思えば自己紹介もまだだったし。

 とにかく、春史くんの頭をあげさせないと。


「私も会いたいって言ったと思うけど?」

 あぁーーーーー!!! 可愛げがないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!

 なんで私の口から出る言葉は挑発的なの!? ねぇ!? なんで!?

 違うの、違うんだよ。本当は「私も話してみたいと思ってるの。だから頭を上げて、お願いされて話すわけじゃないもの」とかなんとかそんな感じのことを言いたかったの!!

 なんか気が急くというか早く言わなきゃみたいな気持ちが空回っただけなの! 信じて!? いや口に出さなきゃ意味ないんですけどね!!


 春史くんが苦笑と共に顔を上げる。

 良かった、とりあえず目的は達成された。これでそっちもダメだったら泣くとこだったよ。心の中で。


「すみません。あと、ついでにタロウ達もちゃんと紹介してもいいですか?」

「タロウ? あの子犬?」

 幾分か気安くなった口調の春史くんが、はい、と頷いた。


 ふわふわした毛並みの可愛い子だったなぁ。人懐っこくて、撫でていると一生懸命手を舐めてくるんだよね。親愛の情の表現なんだろうと思う。

 春史くんの家に行くとあの子にも会えるというのは、ちょっと、だいぶ、嬉しいかも。

 私って動物にもあんまり好かれないから、懐かれるのは嬉しい。

 でも、『達』ってことは、


「他にもいるの?」

「えぇ、今は大型犬が一匹と、猫が二匹。どの子もいい子ですよ」

 満足気に微笑む春史くんに、こちらも釣られて笑顔になる。


 ペットのことになるとちょっと自信が滲み出るのは、なんだか可愛い。タロウがあれだけなつっこいなら、他の子にも邪険にはされないだろう……多分。

「そう、楽しみね」

 本心からそう言うと、春史くんが少し驚いた顔をした。


 ……前から思ってるけど、ちょっと失礼よね? なに? おかしい? 私あんまり好かれてないけど普通に動物好きよ?

 軽く睨むと慌てたように取り繕った笑みを浮かべ、


「僕も、白峰さんが来てくれる日が楽しみです」


 さらりと言ってのけやがりました。


 ――こっっっっっっっっっっっっんのヤロォ!!!!


 決して口にできない言葉を心の中で叫び散らかし、ふいっと視線を背ける。

 人を勘違いさせて楽しんでるの!? 何? アルフォンスはたらし属性でも盛り込まれて転生したの? 返して! あの純真だったアルフォンスを返してよぉ!!


 ……でも思えば、アルフォンスも天然でそういうことを言ってた気がする。普通に成長したらこんな感じだったかもしれない。

 ていうか悪意も何も感じない笑顔でそういうこと言うのはホント……どっかで女の子泣かせたりしてないでしょうね?


 家に友達を呼ばせなかったのは、お姉さんグッジョブ。勘違い乱発させかねなかったよ、この人。

 ため息の一つでもつきたいところだけど、ぐっと堪える。これ以上悪い印象を与えたくはない。


「それじゃ、今週末はどうですか?」

 春史くんが早速提案してくる。早くない?

 どうしようかな、と考えたところで、喉元に突っかかるものを感じた。

 なんかこのままじゃいけないような、何か忘れてるような――


 ――護堂さんへの返事。


 そうだ、忘れてた。いや覚えてたんだけど春史くんがめちゃくちゃ言うからうっかりしてた。

 このまま春史くんの家にお邪魔するのは、あんまりすっきりしない。返事を保留したまま友達とはいえ男の子の家に遊びに行くのは不義理に過ぎる気がする。


 ちゃんと断ってからにしよう。ほとぼりが冷めるまで撮影のついでってのはできないから、もう四の五の言ってられない。

 パスケースの中の名刺を使う時が来たようだ。プライベートな番号って言ってたから、他の誰かに勘付かれることもないはず。

 ……フる為に呼びつけるのは気が重いけど、背に腹は代えられない。


 そこで、はたと気づいた。

 呼ぶのはいいとして、どこにしよう?


 夕太の事もあるし、家はダメだ。もしまたパパラッチされたら言い訳利かないし。

 他の場所、と考えても学校は当然ダメだし、街中は会うのはいいとして返事をするのは流石に嫌だ。

 行きつけの喫茶店とかあればいいけど、あるわけもなし。

 あれ? 手詰まりじゃない? どうする!?


「……白峰さん?」

 声をかけられ、思考の泥沼から這い出す。

 顔を上げれば、春史くんが心配そうに見つめていた。

「……今週は、ちょっと」

「そうですか」

 言葉を濁して断ると、あっさりと引き下がってくれた。

 少し残念そうな色が声に含まれているのは、私の思い違いではないと信じたい。


 それが、またしても私のうっかりを引き出してしまった。

「来週なら、大丈夫」

「良かった。それじゃ、来週の土曜日に」


 やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 来週て! じゃあ今週末に決着つけなきゃいけないじゃん!? 放課後になんとかできるようなことじゃないし!!

 呼び出す場所さえ決まってないのにどうしろと!?

 でも、嬉しそうな春史くんの顔を前に「やっぱりなしで」とはとても言えない。


 考えるしかない。

 なんとかして日曜日までに頭を捻り場所を探し出し、綺麗さっぱりお断りするしか術はない。

 自分を追い詰めれば思いもよらぬ力が発揮されるって、スポーツ選手も言ってるし! その気持ちで頑張ればなんとかなる! ……はず!!


「週末は、読者モデルのお仕事ですか?」

 春史くんの言葉に一瞬反応できず、「は?」と返しそうになって飲み込む。

 ……私の予定が気になるのだろうか。

 いやまぁ、普通に社交辞令的な話題提供か。


「えぇ、まぁ」

 適当に頷いておく。

「忙しいんですね。読者モデルって、もっとこう……短期バイトみたいなものだと思ってました」

 なんとも言えないところに突っ込まれ、「そうね」とだけ返した。


 春史くんの認識もちょっと違うが、正直読者モデルというのはそんな忙しいものじゃない。

 バイト感覚って言うのも、実はそんな違うものじゃない。

 普通はスタイリストもいないし服も自前だしで、まさに『読者代表』としてリアルな流行を表現する存在なのだ。

 私や花梨も自前の服で撮影する場合もあるが、事務所から借りたり雑誌側が用意したりするときもある。


 というか、普通の読者モデルは事務所に所属していない。

 まさに一般人なのだ。


 じゃあ私や花梨は読者モデルじゃないじゃん! ってことになるけど、事務所所属の『自称』読者モデルはそれなりにいる。テレビに出たりタレント活動してたりしても『読者モデル』だったりする人も。

 まぁ、その、グレーが当然の業界なので。私や花梨は一応仮所属又は準所属という扱いで、正式所属じゃないからという言い訳を用意してある。


 社長としては普通に契約してモデル活動してほしいらしいけど、私が断った。花梨がどれだけ本気か分からないし、今のうちから将来の道を狭めたくもない。

 そこのところを説明するには煩雑だし、春史くんが良く思わないかもしれないし……こういうのはもっと仲良くなってから話すものでしょ、うん。


 通知音が鳴る。

 スマホを取り出してみれば、ラルフの我慢が利かなくなったみたいだ。ふと春史くんと目が合い、柔らかな微笑を向けられる。


「行きましょうか」

「えぇ。購買に寄る?」

 尋ねると、首を横に振られた。

「朝のうちに買いました。今日はどこですか?」

「えっと……ラルフの教室だって」

 頷いて階段を上がる春史くんの後ろにつく。

 朝のうちに、ってことはコンビニのパンかおにぎりかな。購買戦争に参加したくないみたいだし、もしかして今後もそうするのだろうか。


 もし。

 もし、今、「お弁当作ってこようか」と言えば。

 喜んで受け入れてもらえたり、するのだろうか。


 非常扉をくぐり、昼休みの喧騒の中に戻る。

 考えるだけで口にできない自分にこっそりため息をつき、春史くんと一緒に教室に戻った。

 今は一緒にお昼を食べるだけで満足しよう。

 兎にも角にも、まずは護堂さんの件を片付けないと。

 週末どうしようと頭を巡らせながら、ラルフの教室に向かった。




 良い案が何も浮かばないまま放課後になり、今日も花梨はおばさんの手伝いをするために足早に帰宅した。

 そろそろ私も手伝う時期かなぁと思うけれど、今週は護堂さんの対策に時間を使いたいので何も言わないことにする。


 一応、彼女達はギリッギリになるまで私に頼んではこない。その遠慮が少し前はよそよそしくてなんだかなぁと思っていたけど、今は有難い。

 パスケースを開いて、一つだけ別にしてある名刺に目をやる。念の為誰の名刺か分からないよう裏返しにして入れてあるけど、おかげでプライベート番号がすぐに目につく。


 どーしよ。

 できれば二人っきりになれて誰の視線も気にしないで、パパラッチもされない場所がいい。そんな都合のいい場所があるかい、なんてツッコミを入れられるまでもなく分かっている。

 分かってるけど、今の私にはどうしても必要な場所だ。

 カラオケ屋とか考えてみるけど、防犯カメラつきの個室で密会するのはバカすぎる。出入りするのも見られるのも嫌だし、できれば本題に入るまでは二人っきりになりたくない。


 自分で上げた条件のあまりの都合のよさに笑いが出る。

 そんな都合のいいこと、ネット小説でもあるわけない。

 幾つかの条件は諦めなきゃならないとして、場所の問題だけはどうしても妥協できない。フる現場を見られるのは本当に嫌だし、相手にも失礼だと思う。


 告白された時のエッジ――護堂さんのことを思い出す。

 真剣な表情で、いつもの遊び慣れた人って感じは少しもしなかった。真摯な思いには、こちらも真摯に応えるべきだろう。

 そこだけは、前世と似てると思う。


 エッジはいつでも真面目で真剣で、冗談を言われると戸惑うような人だった。

 私の護衛役になる前は騎士団にいて、爵位が低いのに腕が立つということでかなりやっかまれていたらしい。騎士位を賜るほどの功績を上げているのに、平の団員だったことを考えると相当だったと思う。

 騎士位というのは、功績を上げた人物に贈る一代限りの爵位だ。貴族に贈られた場合、二つの爵位を持つことになる。これは前世の国ではかなりの栄誉だった。


 私は、彼のことを結構気に入っていた。

 なにせリリィを見ても何も言わない。これだけで私としては合格点で、口数が少なくて腕が立つので満点だった。

 ジェラルドと一緒に街に繰り出す際もついてきてくれて、文句ひとつ言わず告げ口もせず護衛に徹してくれた。


 思い返してみれば、めちゃくちゃ良い護衛騎士だったなぁ。

 だから、私もこっそり両親に内緒で護身術を習ったりしていた。街に出たとき何かあったらいけないし、それでなくとも公爵家ともなれば必要になる時もあるだろうから。

 彼なら両親に何も言わずにいてくれると思って。

 そして本当に、最後まで彼はそのことは両親に言わずにいてくれた。


 ……いい人だったなぁ。捕まった直後の私はめちゃくちゃ恨んでたけど。面会に来てくれた時も親の仇かと言わんばかりに睨みつけた覚えがある。

 後の祭りだけど、ちゃんと話を聞けばよかったな。そうしたら、何か違う道があったかもしれないのに。


 昔を思い出したせいで、これからフるっていうのに更に気が重くなってしまった。

 いかんいかん、お世話になったからこそ、ちゃんと誠心誠意断らなきゃ。

 その気もないのに引っ張るなんて、悪役令嬢よりよっぽど悪いよ。


 そうして油断していたのがいけなかった。

「パイセーン!! お疲れっすー!!」

 ドアを開けて飛び込んできた弾丸にぶつかられ、椅子に座っているのに態勢を崩してしまう。

 なんとか持ち直してジロリと睨めば、弾丸が物欲しそうな笑みを浮かべていた。


「パイセン! あーしちゃんと言われた通りやったっすよ! 噂もすぐに消えるはずっす!」

 褒めてオーラ全開で見つめられ、重苦しい溜息をついて頭を撫でてやる。

 満面の笑みを浮かべられ、如何に自分が頑張ったかを滔々と語ってくれた。


 動画を消して、勝手にアップしないようにお願いして、動画に言及していた知り合いの投稿者達に労働力を提供する代わりに火消しを頼み、学校でも友人を中心に噂の火消しをした、と。

 これから数日は他の投稿者の動画編集を手伝ったり、勝手に動画が上げられないか監視するそうだ。自粛期間はそれにあてるらしい。


「頑張ったわね」

「うぃっす! あーし、言われた通りできたっしょ!?」

「そうね。上出来よ」

 そう言って軽く髪を梳いてやれば、嬉しそうに目を細めた。


 あー……取り巻きに囲まれていた前世を思い出すわぁ。あの頃もこうして私の評価を得ようと周囲の子達が張り切ってたっけ。

 直接言わなくても私が望めば我先に叶えようとし、その成果を見せびらかす。言い方は悪いけど、ネズミを捕った猫みたいだと思っていたこともある。

 まぁ、でも、真希くらい可愛くはなかったかな。色々と腹黒いやり取りが普通だったし、こういう慕われ方はされてなかったと思う。


 ……いや、だからって今世でも取り巻きはいらないからね?

 真希との関係性はもうちょっと考え直した方がいいかな。慕われるのはいいけど、前世の悪癖が出ないうちになんとか……ん?


「そういえば、真希はゲーム実況とかもするの?」

 ふと思いつくことがあって聞いてみる。

 真希はあっさりと頷いた。


「やることもあるっすよ。結構見てくれるんで、頻度はそこそこっす」

「親に怒られない?」

「んー、うち、あんまり親が家にいないんで。それに、防音してるんで結構声出しても大丈夫っすよ!」


 キターーーーーーーーー!!!!!

 ばっちりと思い付きがあたって、心の中でガッツポーズをとる。


 そう、動画投稿者と言えば防音部屋! 周辺住民の苦情がこないよう防音対策してるマンションに引っ越す人までいるくらいだもんね!

 しかも親が家にいることが少ないという最高の条件までゲットできた。ここまでおあつらえ向きの状況があるだろうか。


 取り巻きはどうかとか前世の悪癖とか言っていられない。

 背に腹は代えられないのだ。


「真希、一つ頼みがあるんだけど」

「なんっすか!? パイセンの頼みなら何でも聞くっすよ!!」

 ニコニコ笑顔で頷く真希に思わず頬が緩んでしまう。

 取り巻き最高!! 前世の私が戻ってきてる感覚がするけど気にする余裕はなし!


「部屋を貸してほしいの」

「? いいっすけど……?」

 首を傾げる真希に、唇の端をニンマリと歪める。


「今回の騒ぎを終わらせたいの」


 そういう私に、今世でも都合よく使われてしまっている子はこくんと頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ