第十四話
脳が理解を拒否し、返答に窮した私が出したのは、
「は?」
という、自分でも威圧的なんじゃないかと思う言葉だった。
怯えた表情でぺこぺこと頭を下げる彼女に、心の中で謝る。
ごめん、榎本さん。
貴女が悪いわけじゃないのは、分かってるから。
今朝の一件が効いたのか、それから私に事情を聞こうとする命知らずは出てこなかった。
それでも遠巻きに見られてはいたし、ひそひそ話をされるのはどうしようもない。
花梨は首を傾げながら、
「ひーちゃんとあの人が付き合ってるわけないのにね~?」
と不思議そうにしていた。
あぁ、やっぱりこの子は私のことを分かってくれる!
無条件に信じてくれる花梨が愛しくてたまらなくて、
「そうね」
なんて頷いて抱きしめた。
嬉しそうに私の胸に頭をこすりつける花梨がもうめちゃくちゃ可愛い。リリィには悪いけど前世の私は処刑されても仕方なかったと思うわ。
リリィと言えば。
昨夜、思い切り手を振り払って大脱走をかましちゃったけど大丈夫かしら。
人間に転生してることへの驚きと、それがよりにもよって春史くんのお姉さんってことで混乱してろくに話せなかったけど。
改めて冷静になると、ゆっくりじっくり話してみたいと思う。
前世のクセは残ってたけど、多分記憶とかそういうのはないだろう。あるなら違う反応をしそうだし。
今世のリリィはどんな人なのか。考えてみると、気になってしょうがない。
……昨夜のことである程度の人となりは分かる気もするが、それはそれ。話してみれば別の側面だって見えてくるはず。
そうして、できれば今世でも仲良くなりたい。
今度こそ、本当に心を許せる親友同士に。
前世は前世、今世とは無関係と分かっている。それでも、そう思ってしまうのが私の罪深さと言うやつなんだろう。
ヒルダの頃も執着心強かったしね、私。処刑台に立たされるくらいには。
その為にも、昨夜のことを春史くんと話し合わなきゃいけないんだけれども。
勇気をかき集め、お腹に力を入れて、彼の方をちらりと盗み見る。
こちらの視線に一切気づかない様子で、参考書を開いていた。
ため息をかみ殺す。朝からずっとこの調子だ。
珍しく春史くんの席には誰も近づかない。それはいい。でも、その理由が私にあるっぽいのでよくはない。
私と春史くんの関係が噂されているのは知っていた。無害だし牽制になるしで放っておいたけど、それがこういう影響を及ぼすとは。
今の春史くんは私や護堂さんと合わせてひそひそ話の登場人物だ。なんかこう、私からは近づきがたいものがある。
それに、昨日まではこうして視線を送っていればこちらを見てくれたのだ。それは、ただなんとなく視線に気づいただけなんだろうけど。
今日は一切見てくれない。隙を見ては話しかけるタイミングを伺っているんだけど、全然振り向いてくれない。
ここまで反応がないとわざとなんじゃないかって思ったりする。そんなわけないか、と自分で自分に突っ込みを入れて視線を外す。
どうしたらいいんだろう。眠れず布団の中で何度も繰り返した自問自答。
いやまぁ、どうしたらも何も、断って終わりなんだけど。それで全て元通りで、何もなく私は学生生活を送る。それだけ。
だというのに、私はまだ護堂さんに対してはっきりお断りしていない。
だって、断る為に電話かけるのもどうかと思うでしょ? そりゃエッジには多少思うところもあるけど、護堂さんとは関係ないわけで。だから、できればまた偶然会った時にでも、とか思うわけですよ。
でも、そうして引き伸ばしてるみたいなのは不誠実なんじゃないかと思いもするわけで。ちゃんと気持ちを伝えてくれた相手に対して、こちらも誠意を持ってお返しすべきなんじゃないかと思ったり。
ただ、その為にプライベートな番号に連絡して待ち合わせをして、というのはなんだか気が引けるというかなんというか。いやいや、やるべきだなぁとは思いますよ!? 思いますけど、またそれがパパラッチされたら嫌だなとも思うし、つーか誰だよまきちゃんって偶然にしてもタイミングよすぎでしょこっちはタイミングなくて悩んでるのに!!
頬杖をついて、遠い目になってしまう。
そう、タイミングだ。どうやって春史くんに昨夜のことを切り出そう。こうして視線も合わない現状だと全くその隙を見つけられない。
それに、仮に話せたとしてどう話す? 急に逃げ出してごめん? それもまたなんかおかしい気がする。護堂さんのことは誤解です? 言い訳から始めるとか後ろ暗いことありますって宣言に近いよね。
考えれば考えるほど手詰まり感が満載で、乾いた笑いが漏れそうになる。
どうしたらいいんだろう、とループする考えに気づかないふりをして校庭を見ていると、一陣の風が葉の生い茂る木々を揺らした。
風、か。
吹いてくれないかな。
この状況を変えてくれるような、木々を揺らして葉を遠い場所に飛ばしてくれる風が。
そんな他力本願なことを考えていると、昼休みになった。
昼休み。
いつもなら花梨と春史くんと連れ立ってラルフを迎えにいき、購買に寄って四人一緒に過ごす穏やかで楽しい時間。
けど、今日はとてもそんな時間になりそうもなかった。
朝から目の合わない春史くんに声をかける勇気はどこを探しても出てこず、無言でお弁当箱を掴む私を花梨が心配げに見てくる。
苦笑する私に頷いてみせ、花梨はいつもの笑顔を浮かべて、
「暮石く――」
その時だった。
「ちょりーっす! 白峰センパイいまっすかぁ?」
教室のドアが過去一音を立てて開き、明らかに脱色して染めた感じの金髪ロング少女が入ってきてマジキャパい……いやいや釣られてんな私。
驚愕と共に向けられる上級生たちの視線をものともせず、彼女はぐるりと教室内を見渡す。
茫然と見ていた私とばっちり目が合い、金髪少女は嬉しそうに笑った。
「白峰センパイっすよね! あーし、一年の真希って言います! お時間いっすか!?」
ずかずかと近づき、倒れそうなくらい前のめりに聞いてくる。ここが上級生のクラスなんてことお構いなしだ。
我が道を行くというか、怖いもの知らずというか。
呆れる暇もなく、キラキラした彼女の瞳に見つめられて言葉を失った。
それを了承と捉えたのか、真希と名乗った一年生は勢い込んで質問してくる。
「護堂さんと白峰センパイが一緒にいるとこ見つけちゃったのあーしなんっすけど、付き合ってるってマジすか!? ファンがメンブレしないよう、ここはガチマジにセンパイに聞かなきゃって!」
犯人はお前か。
あっさりした自白に肩の力が抜ける。そういえば、出所がどこかとか聞いてなかった。
我が身の間抜けさと目の前の少女の悪気のなさに頭が痛くなってくる。
風が欲しいとはいったけど嵐は望んでいない。これ以上余計なことは言わないで欲しい。
心の中でため息をついて、口を閉じさせようと強く睨んだ。悪役顔の私がこれやると本当に迫力があるので、普通はこれでなんとかなるんだけど……。
予想に反して私の視線にも一切怯まず、少女はまくし立て続けた。
「あーしのチャンネルで会見開くって案もあるんすけど、まずはセンパイの話を聞きたいなって! あ、センパイがどうしてもほかの人に知られたくないって言うならあーしだけ話を聞いて、あとは適当にゴマカすっすよ! 任せて下さい、あーしは約束は守る方っす!」
悪意0の笑顔でぐいぐい迫られて、反応に困る。
悪い子じゃないんだろうなぁ、とは思うんだけどなんていうか、興味と興奮が先走ってる。
相手が感情的だと逆に自分は落ち着くって言うけど、ほんとにそうみたいで、私は妙に冷静に彼女を見ることができた。
……おかげで、気づきたくもないことに気づいてしまう。
彼女も、前世の関係者だ。
三年前に前世の記憶が目覚めてから、私は周囲の人が前世の知り合いかどうか分かるようになってしまった。
デジャビュみたいな感じで、直接会って話したりしているとふっと思い出すのだ。記憶の中の別人の姿が目の前の相手と一致する感覚は、他人にはどうにも説明しづらい。
彼女は声も姿も違うし性格だって違うけど、間違いなく前世で私の取り巻きだった令嬢の一人だ。
最後の方まで残ってくれたけど、結局カーマイン公爵家に私を売った一人。
……いやまぁ、だからどうだってわけじゃないけど。
「センパイ! 黙ってたらなんもわかんないっす! 話してくんなきゃ、白峰センパイの味方になれないっすよ!」
ムッとした顔で言い募る真希。これは、彼女なりの説得なのだろうか?
あぁ、なんかそういうところは前世と似ている。遠い昔のことを思い出して、頬が緩みそうになるのを堪えた。
あの子も、かつて私にそう言ったっけ。
――ヒルダ様は何も話して下さらない。それでは、貴女と一緒に地獄へ落ちることはできません――
あの時は意味が分からなくて、ただ私を切り捨てる理屈づけだろうと判断したけれど。
思い返せば、あれは彼女なりの説得だったのだろう。
今、目の前でやっているように。
「……護堂さんとは付き合ってないわ。あれは、ただ送ってもらっただけ」
嘘を言うのも憚られて、可能な限り誠実な答えを返す。
前世の事を反省するというのなら、これもその一つだろう。誰にも本心を明かさず、侯爵令嬢として生きた過去。それに過ちがあったのなら、直せばいい。
今世は、前世とは違うのだから。
驚きに目を見開く真希の顔があの子と被って見えて、ちょっと面白い。
「マ!? じゃ、あの、なんで送って――」
留まることを知らぬ好奇心のままに尋ねようとした真希を、
「――鳥居 真希さん」
酷く真面目な声色が遮った。
私も真希も驚いて振り向く。
有無を言わさぬ笑顔の花梨がそこにいた。
「ひーちゃんはちゃんと答えたよね?」
マシンガントークが鳴りを潜めた金髪少女が引きつりながら頷く。
場の空気を支配しているのが誰か、流石に分かるらしい。
「じゃあ、もういいよね? わたしたち、お昼食べに行くから」
「りょっす! あ、じゃあ、あーしも一緒に、」
こくこくと頷いてから、いいことを思いついたように目を輝かせる真希の口を横から伸びた榎本さんの手が塞ぐ。
「まきちゃん! あたし達と一緒に食べよ! お話聞かせて!!」
「えっ!? ちょ、なんでキャパいんすか!?」
そのまま榎本さんと友達二人に真希が連れ去られる。
あっという間の出来事に茫然としていると、花梨に袖をつままれた。
「いこ、ひーちゃん」
上目遣いにうるうるした瞳で見つめられれば、私に否やはない。
クッッッッッッソ可愛い幼馴染に抵抗する術はなく、手を引かれるままにお弁当箱を掴んで椅子から腰を上げた。
春史くんの席の前を通る時、花梨がちらりと彼に視線を向ける。
まるで示し合わせていたように、彼は席を立って後ろをついてきた。
……いや、あんだけどう誘えばいいのか悩んでいた私はなんなのよ。
自分が酷くしょーもないことで悩んでいたような気がして、落ち着かない。袖をつまんだままの花梨も珍しく怒ってるみたいだし、なんて声をかければいいのか悩む。
そう。今の花梨は、怒っているのだ。
様子からして間違いない。花梨とは幼稚園からの付き合いだ。この子の怒り方は昔から変わらなくて、喋り方が普通になる。
いや、何を言ってるんだと思うかもしれないけど、普段の花梨は間延びした……穏やかでゆっくりした喋り方をしている。話を聞いていたら気が付けば一時間経っていた、というくらい。
それが、怒ると普通の速さになる。知っていればめちゃくちゃ分かりやすい。
花梨素人は真面目な話をしているときも怒っていると勘違いするが、話すテンポが違うのでそこで判別するといい。
そんな花梨ソムリエの私からすると、彼女は相当怒っている。
そんなに何を怒っているのか。その理由が思いつかない。
なのでされるがままになっていると、花梨が足を止めた。
うちの教室とラルフのクラスの間の通路。ぽっかりと人がいないその場所で、私の幼馴染は恐る恐るといった体で振り向いた。
潤んだ瞳は何かを恐れているようにも、抗議しているようにも見える。
「ひーちゃん、あの、あのね~……」
袖をつまんでいた指を滑らせて、私の手を両手で包む。
とりあえず声の調子が戻ったことで少し胸を撫でおろし、次の言葉を待った。
「あの子と~、友達になりたい~?」
……………………は?
割と真面目に何を言われたのかわからなくて、頭が真っ白になる。
花梨の思考回路は常々よくわからないと思っているけど、今日のは特大級だ。
うるうると見上げてくる視線に我に返り、言葉を咀嚼しようと頭を働かせる。
えー、まず『あの子』というのは真希のことでいいだろう。で、なんだって? 私が真希と友達になりたいか?
何をどうしたらそんな考えに至るか分からないが、花梨からの質問だ。適当にはぐらかすことはしたくないし、ちゃんと答えなければ。
「別に」
簡潔な返答に、花梨の顔がふにゃりと歪む。
冗談でもなんでもなく、それが私の正直な答えだ。
友達になろうと言われれば拒む理由はないが、積極的に関係を持とうとも思わない。確かに前世で私と彼女は関係があったが、それはあくまで前世。
今世での彼女は私に迷惑をまき散らかしたお騒がせガールでしかない。
悪い子じゃないとは思うんだけどね。
「ひーちゃん、ごめんね~」
泣きそうな顔をする花梨の頭を撫で、頬に手を添える。
「どうして?」
「だって、わたし、あの子がひーちゃんと楽しそうに話してるのがイヤだったの~……」
しゅんとする花梨を前に、頑張って微笑みをキープする。
楽しそう? 楽しそうだった、あれ? どっちかっていうとめちゃ困ってたけど!?
愛しの幼馴染の目にはどう見えていたのかと懸命に頭を回転させると、一つの仮説が浮かび上がってきた。
彼女――真希は、初対面の人とも距離を詰めてしまう系の人種だ。
そういう人達と私は相性が良くなくて、適当にあしらって遠ざけていた。花梨が最優先だからね、この子のペースを崩しかねない人の相手はしたくない。
けど、真希に関しては前世のこともあってマトモに対応した。それが、花梨の目にはそういうふうに映ったとしたら。
顔がニヤけてくる。つまり、花梨は、
あの子に嫉妬しているのだ。
私に対して馴れ馴れしい真希に怒っていたのだ。
そういうことか、と分かれば目の前の幼馴染が普段の十倍くらい愛しく見えてくる。
はぁ~、これはジェラルドもやられるわ。花梨とキャスリンは別人とはいえ、その魂は同じ。この可愛らしさは魂の輝きというやつなのだろう。
私の手を握る花梨の手を包み返し、目線を合わせる。
「私の一番の親友は花梨よ。これから何があっても、それだけは変わらない」
そう言うと、花梨はぱっと顔を綻ばせた。
花開くような笑顔、とはこのことを言うのだろう。あまりの魅力に意識が遠くなりかけた。
「うん! わたしもひーちゃんが一番だよ~!」
可愛さ余ってつい抱きしめてしまう。
花梨はえへへと笑い、
「ひーちゃんに新しい友達ができるのはいいことだもんね~、喜ばなきゃだよ~」
「いいよ、別に。作る気もないから」
花梨の頭を撫で、手を繋いでラルフのクラスに向かう。
新しい友達なんか、わざわざ作る気はない。今ある大切なものを守るだけでいっぱいいっぱいなのだ、これ以上抱えられるわけがない。
ただでさえ花梨とラルフに加えて、春史くんとそのお姉さんが追加されたのだ。面倒ごとの塊みたいな存在の真希まで面倒を見ていられない。
関係性が広がることの大変さは前世で思い知った。今世では楽しく慎ましく幸せになりたいのだ。
花梨と視線を交わしあい、くすくすと笑いあう。
あぁ、こういうのが幸せなんだよなぁ、としみじみ思う。
人間になったリリィもここに加われたらいいのに、と思って、そういえば今何歳なんだろうと初めて思い至った。
春史くんに後で聞いてみよう、と考えたところで急に思い出す。
そういえば、さっきからずっと後ろに春史くんがいたんだった。
さっきまでの全部見られてた!? 見られてたよね!? あぁぁぁぁぁぁぁなんかすごい恥ずかしいことをしたような気が!!!!
後ろを振り向いて春史くんの顔を確認したいような、したくないような。
どんな表情をしているか分からないのがめちゃくちゃ怖いけど、分かったら分かったで凄く嫌だ!!
胸の内を探し回っても勇気のひとかけらも残っておらず、ただ前だけ見て歩いた。
それが通じたのはラルフと合流するまでで、このバカに微妙な空気の読み分けみたいなものができるわけもなく、当然の面をして春史くんに話しかけるわけで。
なるべく彼の顔を見ないよう、視線を逸らし続けるしかなかった。
どうか不自然に見えてませんように、と神様に祈りながら昼休みは過ぎていった。
今日の放課後は幸いと言うべきか、全員別行動だった。
ラルフは部活、花梨はおばさんの手伝い、春史くんは図書室。
そして私はモデルの仕事だ。護堂さんがいればいいんだけど。
お昼に珍しくメールが入って、峯野さんが迎えにくるらしい。そんなことしなくても、とは思ったけど、心当たりがあったので素直に了解の返信をした。
クラスの子達が知ってるくらいだ、昨夜のことは社長達の耳にも入っているだろう。パパラッチ対策か何かは知らないけど、心配してくれてるんだと思う。
花梨を見送り、峯野さんから迎えの連絡がくるまでサッカー部を見学する。今日も鈴なりのファンクラブが黄色い歓声を上げていて、なんだか安心した。
いつもと同じ風景。軽く伸びをして、グラウンドと空を交互にぼんやり見つめる。
穏やかな時間を満喫していると、携帯が震えた。峯野さんが来たみたいだ。
頑張ってお仕事しますか、と気持ちを切り替えて校門に向かおうと、
「しっ、白峰先輩!!」
以前私に突っかかってきた一年のポニテ少女が走りこんできた。
後ろからおっつけやってきているのは友達だろうか。やたら必死に走っている。
嫌な予感はしていた。
切れ切れの息の隙間から聞こえたのは、私の予感を裏付けるものだった。
「さ、さっき、まき、ちゃんが……!」
あぁ、やっぱり。
昼に感じた頭痛が酷くなって舞い戻ってきた。
名前も知らないポニーテールの一年生がすごい形相で詰め寄ってくる。
「ま、きちゃん、まきちゃんが! 連れ去られて! 先輩、知りませんか!?」
真希の友達、なんだろう。
今にも掴みかからんばかりの少女の肩に手を置く。少しでも冷静になってもらいたくて。
「多分、知ってる。なんとかするから、大人しく待ってなさい」
言外に言いふらすなよという意味を込めたのだが、通じるだろうか。
真っ直ぐ目を見つめると、真剣な瞳で見つめ返して頷いてくれた。
軽く肩を叩いて、ようやく追いついたもう一人の子の脇を通り過ぎる。取り出した携帯に来ていたメールは、予想通り峯野さんからだった。
正門から出て少し歩いたところで、車を確認する。
窓を叩いてドアを開けてもらい、助手席に滑り込む。いつもは後部座席に座る私の妙な行動に、峯野さんがサングラスの向こうで眉を上げた。
「白峰さん?」
「事務所に向かってください。ビルの二階の方」
後部座席だと、ミラー越しにしか話ができない。それに、悪戯も。
峯野さんの眉がぴくりと動いた。
「どうしてです?」
「後輩を助けに行かなきゃいけないもので」
びくりと肩を震わせた。あたりだ。
あーもう! 社長も真希もほんっと面倒ごとばっかり起こしてくれて!
こうなったら二人まとめて説教してやる。こっちは護堂さんにどう断るかとか春史くんとの関係とか色々悩むことが山ほどあるってーのに!!
押し黙る峯野さんを横目に、ソケットに手を伸ばす。
「早くしてください。中のものを持って学校戻りますよ?」
「……分かりました」
有能なマネージャーさんは物分かりが良くて助かります。
『シガー』ソケットから手を離し、シートベルトを締める。峯野さんの運転する車は、実に紳士的に走り出した。
真希を迎えにいくのに迷いがなかったのは、自分でも少し驚いていた。