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第一話

――自分が死ぬ瞬間。

 そんな記憶がある人は、ほとんどいないだろう。

 私にはある。自分が死ぬ瞬間の記憶。

 重たい鉄の音と、肉を切り裂く音。頭が何かにぶつかる音。

 痛みはない。というか、何も感じない。そのくせ目だけは動いて視界だけは働く。

 暗闇に落ちる前に見えたのは、真っ赤な血を噴き上げる首のない私の体だった。


 それが、私の前世の記憶。


 いわゆる悪役令嬢だった頃の、最期の記憶だ――



「おはよー」

 適当に挨拶して教室に入る。何人かが挨拶を返してきた。

 高校二年の春。教室内では薄っすらとグループが構築される頃合だ。

 出遅れた世渡り下手達が右往左往して、受け入れてくれるグループがないか探す時期でもある。

 私はといえば、どのグループにも所属する気はなかった。面倒だし、その必要もないし。消し去りたい過去のおかげで私をイジメようなんて根性の入ったヤツもいない。


 白峰 昼子(しらみね ひるこ)、十六歳。セミロングの黒髪とシャープな輪郭がそれなりに自慢な高校二年生。スカウトされて読モもやってるので、どちらかといえばイジメる側かも。目つきも釣り目気味なんで、だいぶそれっぽい。

 しないけどね! そういうのは前世で懲りてるんで!


 そう、前世。私は前世の記憶を持っている。

 違うからね! 危ない人とかおかしい人とか中二病とかそんなんじゃないから!

 マジで!! マジであるの、前世の記憶!!!


 前世での名前はヒルダ・シャミーニ。爵位は侯爵。領地もそれなりに持っていて、結構な権勢を誇っていた。歴史と伝統ある貴族ってやつです。

 こことは違う世界、違う時間。私は確かにヒルダとして生きていた。そこで私は、今風に言えば悪役令嬢みたいなことをしていた。

 まー、典型的なヤツだ。婚約者を寝取られ、それを恨んで直接・間接的な嫌がらせの数々を行い、最終的に処刑された。

 嫌がらせの中には、一歩間違えば命を奪う仕掛けもあった。本当に、それくらい腹が立ったのだ。

 しかし、悪には必ず報いが訪れる。その結果は、死ぬ瞬間の記憶として焼きついている。


 ……正直、私も悪かったと思う。

 何もそんなに怒らなくて良かったし、話し合いとか別な手段だってあったはずだ。

 当時の状況を思えばそんな悠長なことが出来たかといわれると無理っぽいけど、でもあそこまで徹底的に敵対することもなかった。

 平和な現代に転生したから言えることなんだけどね。

 この国で暮らした十六年で、私もすっかり毒気が抜けてしまったみたいだ。


 窓際、後ろから三番目の席。鞄を机のフックに引っ掛けて、スマホを取り出す。

 中世の悪役令嬢が、今となってはフリック操作する女子高生ですよ。ふっふっふ、前世から物覚えはいい方だったから、こんなもん楽勝です。

 ……記憶が戻った直後は色々混乱したけどね。あぁ、消し去りたい過去。


「おはよ~、ひーちゃん」


 声をかけられて振り向けば、とんでもない美少女がいた。

 小さな顔に大きめのくりくりした瞳。ロングの茶髪はゆるくウェーブがかっている。背は低めで、色んなパーツが小さくまとまっていた。デフォで萌え袖なんてこの子くらいじゃないだろうか。

 この庇護欲を刺激して止まない美少女は、小町 花梨(こまち かりん)。見ての通り十六歳の高校二年生で、私の幼馴染。ちょっと天然入ってるマイペース女子だが、それが可愛いと評判だ。

 ていうかね! 私が外見に気を使うの、半分以上この子のせいだからね! 隣を歩いても恥ずかしくないようにって頑張った結果が今だから!!

 可愛いから許すけど。


「さっき別れたばっかでしょ。いつもの飲んでくからって」

「あ、そうだったね」

 ぽん、と花梨が手を打つ。くそう、可愛いな。

 この子は夜更かしした翌日はいつもミルクティーを飲んで目を覚ますのだ。普段は一緒にいるんだけど、今日はいつものベンチに花梨の友達もいたし、事務所から連絡がきたこともあって別行動にした。

 それをあっさり忘れるのが小町 花梨という子である。

 可愛いから許すけど!


「事務所の人はなんて?」

「次の撮影の話。あとでちゃんと話すから」

「うん、分かった~」

 にこにこと花梨が頷く。

 その笑顔を見ながら、ため息を漏らす口元が緩む。


 花梨は私と同じ読者モデルだ。同じ事務所に所属している。いや、正式には所属してなくて、準所属とかそういうのなんだけど面倒だから省く。

 二人一緒に街を歩いている時にスカウトされた。つまり、私はおまけみたいなものだ。

 雑誌の表紙を飾るのも、三回に二回は花梨だし。

 まぁ、それはどうでもいい。花梨の方が可愛いのは分かってる。

 釣り合いが取れない私みたいなのが彼女と一緒にいるのには、それなりの理由がある。

 ……忌まわしい過去とくっついているから言いたくないんだけど。


 鞄から教科書やノートを取り出しながら、花梨が話しかけてくる。

「そういえばね、ひーちゃん。今日転入生がくるんだって」

「そうなの? ……そういえば、そんなこと言ってたっけ」

 昨日のHRで担任が言ってたような気がする。教室の机も一つ増えてるような。

 昔からそうなんだけど、興味ないことはすぐ忘れちゃうんだよなぁ。悪役令嬢だった頃はそれでもよかったけど、現代だと少し問題だ。

 生まれ変わっても根本的なものは変わらないのかも。花梨みたいに性格の良さが変わらないのはいいことなんだけど。


「どんな人が来るんだろ~?」

「さぁね」

「男の子かな? 女の子かな?」

「花梨はどっちがいいの?」

 そう尋ね返すと、可愛い私の幼馴染は手を止めて考え込みだした。

 腕を組んで目をつむって、真剣に悩んでいる。

 適当に答えればいいのに、なんだってこの子はそうなのか。前世もきっと同じような感じだったに違いない。


「そんな悩むこと?」

「だって、どっちがいいかわかんない……」

 困り顔の花梨は可愛い。ほんとに。

 でも、困らせるのは本意じゃないので質問を変えることにした。

「じゃ、どっちが来ると思う?」

「う~ん……男の子かなぁ」

 今度はあっさり答えた。

「なんで?」

「なんとなく。いいこと起きそうな気がするもん」

 そう言って笑う花梨に、そっか、と相槌を打った。

 いいことが起きそうな気がする、で男の子を選ぶあたり花梨も年頃の乙女なのだろう。いつかこの子も彼氏が出来て私から離れていくのだ。


 寂しぃぃぃぃぃぃ……!!

 いや、しょうがないけどね! そういうもんだから! そうなったら応援するけど!

 ていうか、今まで花梨に彼氏ができてないことが奇跡なのだ。こんな子、男なら放っておかない。……その奇跡の半分くらい、私のせいな気もするけど。


 鞄から一冊のノートを引っ張り出して、花梨が「あ」の形に口を開けた。

「これ、ラルフくんに返さなきゃ」

「今から? 今日すぐ使うやつ?」

「ううん、大丈夫だと思う」

 首を振る花梨から目線をスライドさせてノートを見る。

 普通のA5サイズのノートだ。数学用、と書かれている。

 時計を見れば、朝のHRまで三分もなかった。

「後でいいんじゃない? どうせ一緒にお昼食べるでしょ」

「うん。今日はお天気いいから中庭で食べたいな」

「はいはい」

 雑に頷くと花梨は嬉しそうに笑う。

 この子の笑顔は心をぽっと温かくする力がある。前世の私とは正反対だ。そりゃ、私が悪役令嬢になりますわ。


 その後は適当に他愛ない話をして、担任が入ってきたのを見て切り上げた。

 お決まりの挨拶をして、連絡事項が右から左に流れていく。窓の外は春らしい透明な青空と羽毛に包まれるような陽気。

 中庭でお弁当を食べたら、きっと気持ちがいい。お昼が楽しみだ。


「それじゃ、転入生を紹介する。入って来い」


 視線を向けたのは、花梨と話したせいで少し興味が湧いていたからだ。

 扉が開いて柔らかな足音を立てて転入生が入ってくる。


 その姿を見た瞬間、私の時間がぎゅっと巻き戻された。


「暮石 春史です。よろしくお願いします」


 くれいしはるふみ。その名前が頭の中でぐるぐる回って、別の名に置き換わる。

 アルフォンス・トレイル。それが彼の名前だって、本能に近い何かが教えてくる。

 忘れていた記憶が鮮明によみがえり、胸の奥がかっと熱くなった。

 私がまだヒルダだった頃。悪役令嬢なんかになってしまう前の思い出。恋にもならない淡い想いを抱いていた。

 間違いない。暮石春史。彼の前世はアルフォンス・トレイル……古い私の幼馴染。

 かつての人生で、私が唯一取り繕わない笑顔を見せることができた人だ。

 なんで、こんなところに。


 もたっとした長い前髪のせいで顔立ちがはっきり分からない。背は高い方だと思うけど、暗めの印象が拭えない。前世の彼は、気弱だけど明るいタイプだったのに。

 それでも私には分かる。

 彼がアルフォンス……前世の私にとって初恋の人であること。

 そう、初恋。あれは多分、そう呼ぶべき気持ちのはずだ。

 彼と一緒にいるのは楽しくて、二人でこっそり大人の目を盗んで出かけたこともある。幼い頃から肩肘張っていた私に、優しく笑いかけてくれた。


 当時は分からなかった感情。

 私は、彼のことが好きだった。


 前世では家の都合で別れてそれっきりだったのに、まさか今世で再会するなんて。

 こういうのを、運命と呼ぶのだろうか。

 花梨の言うとおり男の子が来たし、いいことも起きた。

 そこでふと気になって、隣を見た。


 花梨が瞳をキラキラさせてアルフォンス――春史くんを見つめていた。


 ――ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇ!!!!


 声に出すのは何とかこらえて、胸の内だけで叫ぶ。

 目! 目が! なんかすごいことになってる!! 星とか飛んでる!! こんな楽しそうで嬉しそうな花梨見るの初めてなんですけどぉ!?


 これは、まさかアレなんだろうか。

 今世では花梨と春史くんがステディな関係になるということなんだろうか。

 今世でも私は悪役令嬢のポジションから逃れられないということなんだろうか。


 やめて! もうやめて!! ちゃんと前世で処刑されたじゃない!? もう悪役令嬢なんてやりたくないの!! 今世では令嬢じゃないけど!


 こういうのを、運命と呼ぶのだろうか。

 ほんと、悪いことはするものじゃない。来世にまで影響するんだから!

 花梨と争う気なんてないし、そういうのは前世で懲りている。第一、勝てる要素が欠片もない。

 花梨のウソつき! いいことなんて起きてないよ!


 あー……いや、いいことは起きたか。花梨に想い人ができるのはいいことだ。大切な幼馴染に好きな人が出来て、それがアルフォンス――春史くんなら私も安心できる。

 前世とはちょっと違うみたいだけど、きっと根っこは変わってない。


 担任が何か話しているのを右から左に聞き流し、春史くんの方を見る。

 真面目そうな手つきで筆箱とノートを机に並べていた。

 胸の奥がじんわり熱を帯びていく。

 目を離せない自分に気づいて、ため息をついた。


 今世では悪役令嬢、したくないです!!

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