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第二章




 

 

 『もう、帰っていいよ』

 

 雨の日だった。

 ディルクと休憩時間にトランプで遊んでいるところにフラッと寝起きの師匠がやって来て突然、仰有られた。

 騒がしかった部屋には、雨の音だけが響く。

 

 『『……え?』』

 あまりにも唐突だったので間抜けな顔をしていたに違いない。

 “帰っていい”とどの周回にも言われるが、そのタイミングはいつも違う。苦しくも楽しい時間は、すぐに終わってしまう。

 

 

 師匠は、愛用の一人掛けソファに腰掛けると真面目な顔で言う。

 『……実績、何か功績を積み上げてきな。そうしたら、また指導してあげるよ』

 

 師匠の言葉に時が止まったかのように硬直し、何度も頭の中で言葉を復唱する。

 言葉で分かっていても理解が追い付かず、呆然と師匠を見つめる。

 この日々は、終わってしまうんだ。

 

 

 私の生涯が短すぎるせいで、()()()は来なかったが選んだ道に後悔はない。


  

 

 第二章

 

 

 

 決意を言葉にしてすぐその熱が冷めないうちにとレオナルドは部屋を飛び出していた。

 師匠に会いたい。師匠なら精霊のことも詳しいだろうし、以前は中途半端に終わった修行も今なら更にステップアップした指導をして貰えるかもしれない。

 

 反対されても強引に押し通すつもりだった。

 

 

 ニコラスの執務室に辿り着く。扉の前で落ち着かせるように深呼吸した。

 気持ちを落ち着かせてから、扉を軽くノックする。

 

 「はい」

 返事が聞こえ、すぐにゆっくりと扉が開いて驚きつつも優しい表情で迎えてくれるニコラスを見上げる。

 

 「ちちうえ、お話があります。今……後でもかまいませんのでお時間を頂けませんか?」

 一瞬、ニコラスの赤い瞳は寂しそうに細められた。

 「うん、いいよ。今、話そう」

 


 部屋にある応接セットのソファに腰掛ける。ここへ来るのは分かっていたのか、お茶とジュース、お菓子が準備されている。

 

 「朝食の後だから、食べられないかもしれないけどジュースはどう?」

 オレンジジュースの入ったガラスのコップを差し出す。

 「ありがとうございます」

 「うん」

  ニコラスはテーブルを見ながら、返事をした。

 

 「あの……ちちうえ、私……」

 「うん」

 

 「すぐにでも、賢者様ところでまじゅつの勉強がしたく……ちちうえに許可をいただきにきました」

 「うん……いいよ」

 そう静かに言った。

 

 「そうですよね……え?」

 遅れて本当の返事に気づいたレオナルドは思った反応と違って嬉しい反面、困惑している。五歳で魔術修行に送り出すときもずっと、自分の決断に迷っているような人だった。

 なのに、まだ三歳なのに承諾するニコラスの真意が読めない。

 

 「母が……正確にはノルンリードの九代目聖女様の予言なんだ。私には意味は分からないけど、『百度目の時を巡り、役割から外れし子の決意を阻んではならない』私はね、それをただのお伽噺のように聞いていた。まさか……自分の子供が……いや、お前が産まれた時点で気づいていた」

 そう言って、苦しそうに顔を歪める。

 

 「!!」

 まるで、今の状況そのものでレオナルドは、なんだか恐ろしくなる。

 「レオには、この言葉の意味が分かるんだな」

 「私はレオナルドとして生を受け死ぬまでを何度も繰り返してきました。どういう事ショウか分かりかねますが……今が、ひゃく回目になります」

 そう告げるとニコラスは目を丸くして顔を歪ませる。

 「そう、なのか……精霊の中には時を巻き戻す聖霊がいるらしい」

 「!、そのような……聖霊が……」

 「大聖霊は人の常識さえ超越する神に等しい存在だ。彼らはあまり人に手を貸す事は殆どない。……もしかしたら、これから良くない事が起こる前触れなのかもしれない」

 

 「……良くないこと」

 弟子が処刑されてから、世界は悪い方向へ進んでいく。ユラミラの要塞の崩落、植物が減り、魔法が使いづらくなり、魔物の増殖と新種の出現。今までの結界や攻撃が魔物に通じなくなったりとかなり世界は混乱した。

  未来の自分達が安穏と過ごせたのは、夢に現れた“誰か”に手渡された【神剣】のお陰だった。結界が国に施し魔物と敵の侵入を防ぐことができた。最悪な状況だったが、お陰で生き延びることが出来た。悪いことばかりでは無い。

 


 「……話が逸れたな」

 ニコラスの表情は暗い。

 「……はい」

 「レオナルド、賢者様に話をつけるお前は部屋に戻りなさい」 

 「わかりました」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオナルドは、庭に来ていた。

 小さな手を誰かに差し伸べるように手を出して、少し魔力を練る。

 手から水の塊が空へ向かっていく。

 (僅かな魔力でここまで……)

 

 だんだんと魔力量弱めて行くと水の質量を小さく形を変えていき、すぐに調節の匙加減が分かっていく。表と裏の五大元素は一通り試した。

次は特殊魔法。

 

 その殆どが師匠オリジナルのもの。

 まずは空間系。

 一つ目ーー仮想空間収納魔法

  ・これは物を魔法で生み出した空間に物や食料等を収納する魔法。

 頭のおかしい収納アドバイザーが考案した収納方法ではない。れっきとした魔法である。

 何もない別次元の空間に物を収納するスペースを複雑な魔術を編み上げて作り上げる高度な魔術。

 試しに使用してみる。その中身は、空っぽのクッキー缶のように空虚で何にもない空間が生まれた。

 

 

 ポケットを探って出てきた万年筆を空間に片付けてみることにした。もちろん掌には、万年筆は消えた。目の前に、本が出現して中身のリストが書かれていた。

 万年筆、それを選択すると掌に消えたはずの万年筆がそこにある。

 (……うん、出来た)

 

 二つ目ー空間転移魔法

  ・これは簡単だ。一瞬でA地点からB地点に移動する単純な魔法だ。

 だが、着地点の強いイメージが必要でしかも距離が延びれば伸びるほど魔力を消費する。

 

 とりあえず、近くの屋敷の外を着地する。

 その次に千㎞離れた帝都、まだ体力に余力あったので以前使えた魔術を一通り試していく。

 

 

 

 ルイーザ地方にあるアクシア村。

村に隣接する森の中。

 

 

 この辺りに両親から国家魔術師になったお祝いで住居兼工房を建ててもらった。


 この村が好きで毎回この場所を選んだ。この時期はアカシアの村がミモザの花で金色に輝く。その美しい景色は飽きることがない。

 


 森の中も金色に染められ幻想的で美しい。背後から気配がしたが、レオナルドは振り返らずにその景色を見つめた。

 「レオナルド様、こちらにいらっしゃいましたか……探しましたよ」

 アイテールは、わざとらしく疲れたような口調で話しているが、いつも迷わず主人のところへやって来ていることは、長い付き合いなので知っていた。

 「申し訳ない。この国を出る前に見ときたいと思ったんだ」

 

 小柄で顔も幼く可愛らしくともその表情は以前となんら変わらない表情で見つめている。そもそもどのレフリー・カザンもアイテールも同じ人物なのだ。変わることなんてない。


 「……この魔力量なら国外にも飛べそうだな」

 独り言のようにそう呟くと返事が帰ってくる。

 「そうですね、船を使わずに楽々でお師匠様のところへ行けますよ。あ、家から通いでも可能じゃないですかね」

 そう言って、にこにこと嘘くさい笑顔を向けてくる。


 「通い……あの鬼畜師匠なら魔力も体力をごっそり使わされて、帰る気力ゼロにされると思うんだが……」

 レオナルドの顔が青ざめて、あの地獄の修行時代を思い出してぶるりと震える。

 「……あの時のレオナルド様もなかなか目の保養でした」

 アイテールは、赤くなった頬を両手で添えてうっとりとした顔で。そんな様子の彼に慣れないレオナルドは苦笑いするしかない。

 

 「……先に弟子入りしたらアイツ怒るよな」

 と言いつつも勝ち誇ったような顔をするレオナルド。そんな彼にアイテールは主人への想いが溢れて顔面が崩れて酷いことになっていたので悟られないよう口を手で抑えた。

 「ぐふ、尊い……」

 顔面の緩みでは留まらず言葉も漏れてしまった。アイテールのレオナルドへの想いは抑えられないようだ。

 

 「……も、もう帰るか。ギルドにも行きたいし」

 「畏まりました」

 すぐにいつもの落ち着いた侍従の顔で恭しく頭を下げるとレオナルドの小さな体を抱き上げる。

 レオナルドが下ろしてもらおうと言葉にしようとした瞬間、内臓が重力に逆らって飛び上がるような嫌な感覚がした。目の前には美しいミモザの花ではなく簡素な石造りの建物があった。

 

 それは、レオナルドが住む領地内にある冒険者ギルドだ。

 

 

 「ありがとう。だが、自分で行ける」

 「いえ、どうしても……以前ならレオナルド様のお手を煩わせておりましたが、私もお役に立てる事を知って頂きたかったのです」

 瞳を輝かせて誇らしげに胸を張る。

 

 

 「大聖霊様、私の浅ましい行為に不快になられていましたか……申し訳アリマセンデシタ」

 レオナルドは申し訳無さげに、視線を逸らし眉をハの字にした。

 「レ、レオナルド様、私そのような事一切思っておりません!寧ろ私にとってご褒美でしたのでお気に病む必要ございません!」

 自信満々の様子の彼にちょっとした悪戯だったのにここまで取り乱されると申し訳ない気持ちになって目を合わせづらくなった。

 

 「……すまん。わ、わかった」

 「それにしても、レオナルド様のその申し訳なさそうなお顔も堪りませんねぇ」

 だんだんレオナルドの知ってるレスリー・カザンのイメージが崩れていく。こんな顔を隠していたなんて。

 

 

 

 

 

 アイテール抱えられたままギルドの扉をくぐる。

 すると、絵に描いたような筋肉粒々の屈強ないかにも戦士な男がレオナルド達に近づいてくる。

 

 男は眉を寄せてただ短く唸る。

 「ん?」

 そんな男にレオナルドは以前からの癖で挨拶した。

 「こんにちは」

 「坊主ここに何のようだ?」

 小馬鹿にするように尋ねる男に動じないレオナルドは素直に目的を話す。

 「冒険者とうろくの為に参りました」

 そう言うと男はタコのような顔で噴き出した。飛び散ってきた唾がこちらへ向かってきたが全て途中の見えない壁にかかる。

 結界を張った覚えのないレオナルドは、ちらりと犬のように威嚇剥き出しのアイテールを見つめた。

 「……殺すぞ、このカス」

 なんて物騒なことを口走る始末。レオナルドは大人なのでここで怒り狂ったりはしない。

 「では、私達は受付に行かせてもらいます。失礼」

 アイテールの肩を軽く叩くとその意図を分かってくれたのか男から離れて受付に目指してくれる。

 

 男は二人の背後に不快な言葉を投げつけた。

 「ハッここは乳臭いガキがくる場所じゃねぇんだよ。早く帰って母ちゃ」

ピクリとレオナルドの肩が反応し、振り返るとギロリと睨み付ける。

 「あ?それ以上不快な言語発すると、てめぇの駄肉削ぎ落として魔物の餌にしてやるぞ」

 子供から発せられたとは思えないほど怒気を孕んだ声がギルド内に響くの同時に息さえ出来ないほどの威圧を振り撒く。男は今まで感じたことない威圧に腰が抜け足がすくみ、恐怖に戦く。

 汗を吹き出しガタガタと震え、無様な姿が赤い瞳に移る。威圧を消した後、視線を戻す。

 「レス、行くぞ」

 「はい」

 

 いつも賑かな筈のギルドが珍しく図書館の如く静寂に包まれている。

 

 カウンターに到着すると早速登録をさせて貰うため、受付の女性に近づく。

 若い女性は、何故か青ざめた顔でガタガタと震えていた。その様子に怒りはすっかり消え去り、申し訳ない気持ちになる。

 

 震えながらも、丁寧だが震えた声の手続きの説明の後、登録用紙の記入を促され、側に置いてある羽ペンを掌で指し示し「羽ペンをお使いください」と言われペンを借りることにした。

 五秒も経たぬうちに彼女は硬直して可愛らしい顔はどんどん青ざめていく。

 

 「少々お待ち下さい!」

 勢いよく立ち上がるとぺこりと頭を下げて、奥の部屋に行ってしまう。レオナルドは、心の中で彼女に謝罪しながら、書類に目を通してから羽ペンを走らせる。

ちょうど書き終わったあたりで受付のお姉さんは戻ってくる。彼女の手には、トレーがありその上にガラスのコップがある。中は濃い紫色をしている。

コースターを置いて、ストローが刺さった葡萄ジュースを差し出した。

 

 そして、レオナルドは手を止めた。

 「……書けました」

 にっこりと可愛らしく微笑むと女性は、ポッと頬を一瞬赤らめたが、ぶんぶん首を振って何処からか掌サイズの石板を取り出す。

 「では、此方に手を置いて頂けますか?能力値やレベルを確認いたします。諸注意なんですが、未成年者の場合は、保護者の承諾が必要になります」

 「はい」

 何度も時を繰り返しているレオナルドにとっては既に知ってることだ。迷わず石板に手を置くと魔力が石板に吸いとられる感覚がする。

少しすると、魔力が吸われる感覚が無くなり受付のお姉さんが「もういいですよ」と言われて、手をそっと石板から離す。



 石板にはレオナルドの情報で埋まる。お姉さんは再び目を丸くしてぽかんと口を開けて驚いて固まる。

 (お姉さん、すごい顔になってるよ……)

そんなお姉さんの様子に苦笑いしていると、背後に見知った気配がした。


 「えっと……上司を呼んでまいり」

 「呼びにいかなくても良いみたいですよ」

 レオナルドは背後に立つ気配の主を、お姉さんに知らせてあげる。

 「へ?」

 お姉さんはキョトンとした顔をしてこちらをみるとすぐに視線は上へ登って、そこに立つ人物と目が合うとピシッと姿勢を正した。

 

 「ヨッ!レオ坊っちゃん」

 顔を上げると焦茶色の短い寝癖のついた髪、眠そうな男がたってる。

三十路くらいの年の男は、下は黒のゆったりとしたパンツを履き上半身は、程よく筋肉のついた肉体を見せびらかすように裸の上に青いコートを羽織っている。なんとも変態的な奇抜な格好の男は、まるで風呂上がりのおじさんにも見える。


 彼はジーク・エドワーズ。ニコラスの側近ではあるが、ここの冒険者ギルドの前任に気に入られて現在は、ギルド長をしている。ちなみにメリッサの父親でもある。


 「こんにちは、ジークさん。今日は、ギルド登録でおじゃまさせていただきました」

 座ったままだが、ぺこりとジークに頭を下げる。

 

 「ほうほう、そうか!今から坊っちゃんはトリプルSランクのライセンスを進呈しよう」

 どこかの偉い人みたいに冗談ぽく言うと賑かなギルド内はシーンと静まりかえる。ギルド内では一番偉い人なんだけど。

 賑やかにお喋りしていた人達は黙りこみ、こちらをじっと見ている。

 (怖い……みるんじゃないよ……)

 

 「え?ボス!?じょ、冗談は……あの」

 受付のお姉さんがギルド長ジークの真面目な顔に気圧されして次の言葉を言い澱む。

じっと彼の赤い瞳がレオナルドを見つめる。

 

 「……っ」

 「俺はこんなつまんねぇ冗談言わねぇよ。この方は俺の主君のご子息なんだ」

 ジークの赤い瞳がキラキラと輝く。

そんな期待された眼差しを向けられても正直、困る。

 「……」

 赤い瞳――――レッドアイと言われていて高い魔力の者だけが持つ証。これは一部のものにしか知られていないが“聖女ミラの祝福”と呼ばれている。赤い目はこの世界にはとても意味があるものだ。

 もちろん、ジークにもレオナルドのステータスが見えている。全てではないだろうけど。

 

 「……いきなり、そんな高いランク渡して良いんですか?」

 「いいぞ。強いやつなら、貰うべきものだ。坊っちゃんにこそ相応しい」

 まっすぐな視線向けて、レオナルドの頭を撫でる。

 「……ありがとうございます」

 「まー高ランクの魔物退治に付きもらって貰うからな」

 豪快な笑顔でガハハッと笑いながらジークはとんでもない発言をさらっと言って、レオナルドの顔はみるみる青ざめる。

 (高ランク魔物退治……って言わなかったか?……俺こんなレベルだけど……三歳なんだが……精神年齢は大人ではあるけど……)

でも、ニコラスの実家の子供は五歳で難関と有名なダンジョンに挑戦するという習わしがあるとかないとか恐ろしい一族なのでジークもその環境で育った為に感覚が普通よりズレてるのかもしれない。

冗談だったらどんなによかったかと思いながらも、目の前の張り切っているジークに嫌だと言えなかった。


 

 「まー以来はニコ様に経由で頼むから宜しくな!」

 ちなみにニコ様はレオナルドの父、ニコラスの愛称だ。

 「……あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 ご機嫌なジークに屋敷まで送ってもらい我が家へとついた。

 「まじか……いきなり高ランクの魔物退治」

戦闘はあまり得意でもないし、避けていたせいで戦闘経験も少ない。ましてや、魔物と戦ったことも数える程しかない。

(それが高ランクの魔物……でも、やるしかないよな……)

 

 ジークの誘いが来ない事を祈りながらその日は眠りについた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 翌朝、朝食の席で緩い笑顔のニコラスから告げられる。

 「レオナルド、早速ジークから呼びだしだよ。頑張ってね~」

 

 昨夜の願いは叶えられそうにないと確信しながら返事をした。

 「あ、はい……頑張ります」

 「うん、頑張ってね~」

 母、エレノアとリュクスはなんのことやらと首をかしげる。

 

 

 

 

 食事をすませ、いつ用意したのか魔術師用の魔法防具「クローク」が置いてある。生地に魔術を編み込んだ身を守る事の他に着用者の能力を少し向上出来る魔道具の一種。

 【フェアリークローク】これは妖精シリーズと呼ばれている。制作者は、ニコラスの母国で有名な魔防具。王宮御用達のお針子が気まぐれで作ったもの。

中々、手に入りにくいものなんだけど、これは明らかに幼児サイズの特注品。

 因みに国家魔術師のローブよりも上級のものだ。

 

 (なんで、こんなレアアイテムを……こんなあっさり持ってくるんだ父上……)

 

 クロークの見た目はローブのような感じではなく完全な服。色は漆黒、生地は光沢のある伸縮する不思議な布。袖のないコートのような長い裾の服に肘より眺めの手袋、短パンにニーハイのブーツ。ワンポイントにシルバーのラインが入っている。

 最後に魔法使いの帽子とマントを羽織る。飾りで前を止める。


 

 「ちょっと、恥ずかしい……これ」

 頬を赤らめて帽子を摘まみながら目の前の鏡を見ないようにする。

 隣にいるはずのアイテールはやけに大人しくて感想を聞こうとレオナルドは顔を上げた。

 

 「あ……」

 レオナルドはアイテールを見て呆気に取られた。

 鏡を見てあんぐりと口をあけて立ち尽くしていた。

 

 たらり。

 アイテールの可愛い鼻から真っ赤な雫が垂れる。

 「はぁぁー、いいぃー!これを作り出した者に精霊加護を授けたい!!控えめに言って神!これを着こなせるレオナルド様も神!!」

 ガッツポーズをして、号泣していた。

 

 

 (な、なにやってんだ……)

 レオナルドはドン引きした。ポタポタといまだ流れている。

「てぇ!?鼻血!!」

 《異空間収納》というアイテムを別の空間に保管する魔法。そこから、一瞬でハンカチを取り出して慌ててアイテールに渡す。


 「あ、大丈夫ですから!」

 手で鼻を覆い、笑顔で遠慮する今も溢れていく真っ赤なアレ。

 「いや、出てるから!」

 「大丈夫ですって!」

 そんなやり取りを何度かして人の親切を無下にする男に向かってジャンプした。

 

 「わっ!」

 抱きつくと両足をガバッと挟んで支えて受け取らないハンカチごと鼻を摘まむ。

 「煩い!黙って拭え!」

 「うおはぅな!ふぇるふぁまぁ、ファ!」

 

 傷を癒す聖属性魔法ヒールを施す。

 目には見えないが、傷は癒えたので床に着地する。

 

 「ふー」

 一仕事終えたレオナルドは清々しい顔で息を吐く。

 

 「さて、行くか」

 レオナルドは、クロークの入っていた箱の横に置いてあった回復薬や麻痺消し薬、それから魔術師のロット(兼槍)なのに物理もいけるロット。このロットは魔術師の中でも、これを持っているのは少数派。試しにくるくる杖を回してみた。

 (うん、軽い。この若草みたいな色はいいな!)

 

 薬と杖を《異空間収納》でしまう。

 

 振り返るとじっとこちらを見るアイテールと目が合う。

 「アイテールはどうするんだ?」

 「もちろん姿を消していていきます!」

 「んじゃ、行くぞ!レス」

 「はいぃいいい!!!」

 アイテールことレスリー・カザンは嬉しそうにでろでろの笑顔で号泣して返事をした。

 

 

 (いろいろ、うるさいな……)

 

 

  

 

 

 *

 

 

 

 

 「え?」

 

 

 

 「ギヒアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 目の前には書物を含めて見たことのない魔物?が咆哮する。四足歩行のメラメラと燃える炎のような黒いオーラを纏いながら黒ずんだ紫の怪しい色をした兎に角、巨大な何か。

 まるで、真夏の入道雲のような迫力。

 

 本来なら顔となる部分は、花が咲いたように割れていててろてろと濡れた赤い咥内が見える。花の縁にはギザギザと鋭利なキバがノコギリの刃のように並んでいる。

 

 崖の上に立つ狼とも違う怪物が森の木々の割れ目からその姿が見えた。向こうはこちらに気づいていない。

 

 「アレは穢れから生まれた怪物。ただ獲物を食らう凶悪な怪物……人も魔物も食らう。しかも、高濃度の聖属性の攻撃しか効かないやっかいな奴でとりあえず、魔獣って呼んでるな」

 

 「魔獣……」

 (そんなの百回繰り返して知らない……)

 「こいつのお陰で商人は商売上がったり……俺の好きな故郷の味のリンゴガレット……俺は禁断症状なんだ……食いたい」

 リンゴガレットは、ニコラスの出身地の郷土菓子でガレットの中に名産のリンゴジャムが挟んであるお菓子だ。

 レオナルドも食べたことがあるが、禁断症状になったことはない。

 

 

 「はぁ……美味しいですよね~」

 「だろ?ニコラスは、いい大人が菓子くらいで喚くなっていうんだぞぉ」

 悔しそうに語ってくれる。

 「は、ははは……」

 こんな状況だから特に愛想笑いしかでない。

 

 「まー取り敢えず、隙をつくるから坊っちゃんにはアイツの動きを聖属性の《捕縛》で動き止めて貰って、そっから一気に叩く!あいつ体力無限だから、時間はかけない」

 「む、無限って……」

 

 鑑定よりさらに最上級魔法《神の目》を使って敵の情報を読み取る。

 

 

 @●|々&'&εΩ

 HP:@●ε&@ MP:99♭¶▲★

  高濃度の瘴気で生まれた亡霊。

 聖属性しか効かない。他の属性の魔法物理含めて攻撃は吸収されエネルギーの一部に変換しさらに強くなる。

 

 「あ……とりあえず分かったことはこいつは亡霊です。聖属性以外の魔法や物理の攻撃はアレをつよくするエサになります」

 「……お、う。まじか……それで、ニコが弱いとか言ったり強いとか言ってたのねー」

 「……あはは」

 

 「でも、どうすっかな~俺の作戦、レオ坊っちゃんにとって足手まといじゃんかぁ……」

 「……よし、決めました。ジークさんが強いから頼みます。囮になって下さい」

 レオナルドはじっと怪物を見つめながら、そう呟く。呆気に取られたジークは反応が遅れる。

 「……え、おう。任せろ」

 

 

 「おれが消し炭にしますっ」

 

 

 

 ジークの背中に触れて、《身体強化》と攻撃を軽減されるよう《スピリチュアルオーラ》を付与する。

 

 

 そして、自分にも《身体強化》と《月属性魔法攻撃力アップ》、《スピリチュアルオーラ》を付ける。

 

 「気配を消して、いいタイミングで合図を送ります。聞こえた逃げて下さい」

 「……おう、任せろ!」

 口を開けてポカーンとした顔した顔をしたジークは白い歯を見せてニカッと笑う。

 レオナルドもつられて笑い姿を消した。

 

 

 ジークは《空間移動》で魔獣の前に現れる。何処に目があるのか分からないが頭が動き花に似た口をキバを更に鋭く尖らせ嗤うように歪んだ。

 

 「ギヒアアアアアアアア!!」

 

 「来んかぁあい!!デカブツゥウウウがぁ!!!」

 

 

 くるりと重力に逆らって回転すると魔獣の背後に着地し、叫ぶジークと魔獣は対峙する。


 

 もやもやとした黒い影から覗く光る赤い目がジークをその目で捕らえる。

体勢を変えると鋭いキバを見せたまま突進。



 森の中にパチンとよく響く乾いた音が響く。ジークはニヤリと笑い姿を消した。

カチッ!魔獣は凍らせられたかのように硬直した。

 突進した体勢のまま、剥製のように動きを止める。

 

 ヒラヒラ、揺れる漆黒のマントが風に靡き小さな子供が上空から魔獣を見下ろす。レオナルドだ。

持たされたロッドの頭を天に向ける。


  頭の中で直接響いてくる聞きなれた声

 『それでは、レオナルド様。先ほど教えた通りに。サン、ハイ』

 

 

 「《罪深き影に惑いし、悪霊よ

 我聖なる白き炎でその身を焼かれよ》」

 

 白い光の粒子が輝きなら体の周りを漂う。

 頭上にはキラキラと輝くクリスタルのような巨大な透明の物体が浮かぶ。

 杖を天に掲げ、振り下ろした。

 

 「《ホーリィバースト!!》」

 

 隕石のように高速で落ちて魔獣に落ちた。

 

 

 白い閃光が走り、魔獣に絡み付くように包まれて爆発した。

 グガシャーン!!!!

 

 

 破裂と同時に強い暴風が起こり、キラキラ光透明な小さな欠片が暴風と共に吹き飛ばされていく。それらはレオナルドを避けるようにすり抜けていく。

 

 

 (結界はっててよかった……)

 魔獣がいたところを見ると跡形もなく居なくなっていた。あれほどの衝撃だったのに地面には穴一つない。気配を探ってみたが完全に消滅したみたいだ。

 

 「瞬殺……」

 

 

 とんでもない力に思わず顔が引き吊る。

 

 『はぁ……素敵でしたよ。人間は嫌いですが、この技術は素晴らしい……』

 「え?」

 『動く絵を残す撮影機の話です』

 「それって未来の……」

なぜ、そんな物を持っているんだと問いただしたいが()()()()()()()()と同じだろう。

だが、そんな事はどうでといい。

「勝手に撮るなー!」

 『フヒヒヒ……』



 

 

 

 「坊っちゃん!!」

 呼ばれて振り返るとあの魔獣が居たところの近くに立っていて、ジークは両手を大きく振っている。

 レオナルドは地上に下りて、ジークの目の前へ。

 目が合うと乱暴にレオナルドの頭を撫でる。

 杖を《異空間収納》でしまう。 

 「すごいじゃん!レオッち」

 「へへへ」

 

 「んじゃ、帰るか!」

 「はい」

 返事をした瞬間空気の読めないお腹がぐぅっと唸る。大爆笑され、肩車をしてくれる。

 (うぅ……恥ずかしい)

 

 「よし、おやつでも食いに行くか!」

 「……はい」

 

 

 「やっぱ、坊っちゃんは知らねぇだろうけど、街にすげぇ旨いドーナッツの店があるんだせ?」

 「へ、へぇ……」

 (知ってます。繰り返しで何度も食べました……俺はグレーズドーナツが一番好きなんだよな~)

 あの粉砂糖を溶かしてドーナツにコーティングしたドーナツがレオナルドのお気に入り。

 

 「買って帰るか!」

 いつの間にか森から賑やかな街に戻っていた。

 「うん、メリッサとレスにお土産にしょう」

 ずんずんと進む速さが心地いい。 

 「坊っちゃんは、部下思いだなぁ」

 「普通だよ」

 「そうかぁ……ニコ様は毎回俺にくれた試しがないんだよな~」

 (コメントしづらいことをカミングアウトしないで欲しい……)

 

 「……ちちうえは、あまり甘い物が得意じゃないのでどれを選んでいいか分からないんですよ。ジークにいじわるをしてるわけじゃないですよ(違うけど)」

 「……そうだといいんだけどな~」

 (息子からの見解だと、貰えなくてショックを受けるジークを見て楽しんでるだと思う。あの人、性格悪いから)

 

 

 街のドーナツの有名店に着くとジークといろいろ選んで買った。

 メリッサは生クリームを中に入れた穴の空いていない丸くて砂糖をまぶしたドーナツとアイテールは緑に染まったマッチャ。

 

 ちなみにマッチャは、アサヒ国というこの国とは全く文化の違う国にあるお茶の葉を粉末状にしたものだ。ディルクは景色も食べ物も母国とは異なっていて面白いと手紙に書いていた。 

 

懐かしい、その思い出を話せる人はいない。

 (マリアンナは、確かピンク色の苺味のドーナツだった。贅沢なやつめ。苺は高級なんだぞ)

 

 

 レオナルドは懐かしい思い出が蘇り口元が緩む。








あのだらしない師匠にしては、珍しく返事は早かった。屋敷につくとニコラスに呼ばれ、その返事を聞いた。ただ「何月何日何時に来い」と短い伝言にあの人らしくて、思わず可笑しくて笑ってしまった。




いよいよ、師匠に逢える。


 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

良ければ、感想、ブックマークいただけると有難いですm(__)m

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