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序章






 ここはデルヴィーユ帝国の帝都からかなり離れたルイーザ地方の果てにある辺境の村アカシアだ。

 喉かな村でこの地方では2月頃になるとミモザが咲き始め、この辺り一面が黄金に染まりそれはそれは美しい風景になる。

 

 私は、レオナルド・リアム・ロックハート。これでも良いところの家の次男で、今は家を出て自立している。正直、使用人がいるので完全に自立してるとは言いがたいが彼らは私が養っている。跡継ぎは私か妹しかいないのに領主より魔術師の道を選ばせて貰えた上に自由に暮らしていけるのは、寛大な両親とこの高い魔力のお陰だろう。不満などなく十分幸せだ。

気づいてしまったのだがこの世界は、何度も同じ時を巡っている―――――私は繰り返しと呼んでいる。

少なくとも私が生まれ、死ぬまで十七年だ。いつから始まりいつ終わるのか分からないが、少なくとも私が死んで目が覚めると赤ん坊から始まる。そして、殺される。長いようで短い約十七年のサイクルは巡っているのは分かっている。

私は誰が何の目的で起こしているのか分からないが何者とも知れぬ者のお陰で、色々な可能性を試す事はできた。今回で九九回目となれば、若いのに変に爺臭くなるし、多少のことで動じなくなった。

そして、自分は何度も繰り返しで分かった事だが、好きになる相手は現れなかった。つまり恋を一度もしていない。悲しい事だ。短い人生だし、伴侶を一度くらいと夢見たのに遠ざかる一方だ。まぁ遊びはしたけどな。





 

皇帝から国家魔術師の称号を賜りもう四年目、十一歳なった。

 国家魔術師になってすぐ帝都から離れたアカシア村の外れの森に居を構え、気心の知れた侍従と三人の程の使用人との生活も落ち着き仕事も軌道に乗り始めた頃に私の人生が変わるターニングポイントに直面する。

 

 最初は蝋印のされた封筒。

 ジェンナー辺境伯からの手紙が届くのだ。

 

 内容は伯爵の元国家魔術師の家庭教師さえお手上げの高い魔力を持つ愛娘のことだ。手紙は、娘を助けて欲しい。魔力を正しく使えるように教育して欲しい、というような内容だ。


 私は最年少で国家魔術師の称号を賜り、帝国一の高い魔力を持っている。とは言え、私がこの世界で魔力が高いというわけではない。


上には上がいて異国には、魔力だけではなく身体能力も化物級の怪物がいる。親戚がその国に住んでいて彼らも私と同じくらいの魔力の持ち主ばかり。

向こうの国では私のような者は、それなりいてくれるお陰で私は天狗にならずにすんだ。


先程話した怪物は、その国居て【勇者】なんて大層な呼ばれ方をしているのだ。私はその男が嫌いだ。


嫉妬といえばそれまでかもしれないが、彼には許せない事がある。その話はさておき。



 

 今はジェンナー辺境伯の愛娘の事だ。支度を終えた私は、館を出る。侍従のレスリー・カザン。私より五つ年上の少年だ。淡いオレンジ色の長い髪を後ろで三つ編みに編んで、前髪は真ん中で分けている。人の良さそうなタレ目気味の翡翠色をした優しい眼差しを私に向けてくれる優秀な男。

 

 無表情が売りだった私は、繰り返しのお陰で愛想笑いを自然とこなせるようになっている。

 一族の印である銀髪のストレートの短い髪が風に揺れる。そして、赤い瞳が目の前の馬車に捉える。

 皇帝から賜った国家魔術師のローブを靡かせて馬車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 一日かかる国の外れにあるジェンナー辺境伯の領地に魔法で僅かな時間で到着した。

 ここは帝国にとって最重要拠点――――ユラミラの要塞。ある聖女があの国の王を退ける為に魔法で出来た防御壁 (ユラミラの砦)


壁の向こうは砂漠が広がり、その遥か先にはこの国よりも大きい敵国がある。敵国の王は、五千年近く若い姿のまま生きていて膨大な魔力持ち魔物さえ操れるまさに()()。その力を得るために聖女の体(人肉 )を食したと専らの噂だ。とにかくそんな恐ろしい怪物が近くにいて同盟国と連携して、あの国にずっと睨みを効かし砦の監視を欠かせない。

 

 異国のノルンリードと呼ばれる一族が砦に定期的に結界を施していたが私の祖父の世代で何者かの襲撃で、たった1人生き残った――――因みに私の祖母だ。


 今では親戚や父が定期的に来て結界を施す役目を担ってくれてるが母方の祖父曰くやはり【聖女】とは質が違うとぼやいていた。とはいえ、やらないよりは遥かにいい。かくいう私もそのノルンリードの血が流れていて、いずれその役目を担う予定だ。

 

 その【聖女】とやらがどんなものなのか私には分からないがその違いは感覚でわかる。

 伯父の長女、私の従妹がそうなのだろうと思う。魔力の質が全く違っていた。もう別の生き物としか説明出来ないくらい彼女の纏う空気は月の光のように神秘的で心地いい。性格には、やや問題があるが優しくて真面目な少女だ。

 本物は知らないが、彼女ような存在が【聖女】なのだろう。伯父はクールな人で分かりにくいがその娘を溺愛している。内に秘めた溺愛の仕方だが、本当の溺愛というのものは、これから逢うジェンナー伯爵がそれだったりする。私も娘を持ってしまうと変わってしまうかもしれない。

 


 到着する前に、これからみる光景に違う印象を受けると思われるが彼の名誉の為に補足しておこう。今回の行動は、彼が娘を愛する故の苦渋の選択であることを忘れないで欲しい。彼がとった行動は、ある問題が発生した時に、とられる一番安全な対処法だ。けっして虐待ではない。

 


 この国は本当に魔力持ちは少ない。魔法属性は、表の五大元素と裏の五大元素が存在する。それらを全てを扱える人間は世界では一握り。

魔力持ちは本当に限られていてこの国ではごく一部の者しか使えず、ほどんどは、貴族に集中している。

それは貴族が魔力持ちの血を絶やさないようにした執念の結果だ。一、二種類の魔法が使える者が大半で、ジェンナー伯爵ももれなくその一人。そんな彼の娘は私に匹敵するほどの膨大な魔力の持ち主だった。



この国の子供の魔力回路は脆弱で暴発する事例が多い。下手をすれば周りも本人でさえ危険にさらされ、命を落とすこともある。ただでさえ桁違いの魔力持ちの彼の娘は凶悪だ。

 本来なら同等か上級の魔術が使える者が監督しなければ不安定で危険なのだ。抑えられるのは私しかいない。昨年のパーティーで営業していたのに一番最後だなんて。

 自慢ではないが私は一度も暴発したことはない。たぶん体質なのかもしれない。だが、こういう時の対策も師匠から学んでいるし、何度か暴発を抑えた経験がある。




 

 無駄話をしていたら、ジェンナー伯爵の屋敷に到着した。木造で壁は淡い黄色で塗られた可愛い雰囲気の屋敷。

 馬車を下りて階段の先にある大きな玄関扉を見上げた。愚かな私は未来に嘆く。


また始まってしまうのだ。

 

彼女と出会い弟子にして学園に送り出してから始まる破滅。彼女が悪い子なら嘆かなくてすんだのに。

手を伸ばしても断られ、何も出来ない。いなくなった後で、彼女ためと師匠面する。


 二回目で彼女に《結末》を教えたことがある。それでも、彼女は前向きで気を付けばいいと未来に進んでも同じ結末だ。最初は未来を変えようと躍起になっていた。けれど、他人の心は変えられない。恋心だと余計は、なおの事だ。なぜ起きているか分からないこの繰り返しは、今回で九十九回目。




 

 重厚な扉の前、ドラゴンの頭を模したドアノッカーを軽快にレスリーはコンコンと鳴らした。

 それから、一分も経たない内に使用人の男性が出てくる。確かロンとか言う名前だったか。

 

 夜闇が溶けたような黒髪をポニーテールにしているのと糸目以外になんの特徴のない印象の残らない年齢不詳の男。




丁度、応接間に到着して言われるまま豪華なソファを腰掛けた。

 

 待っているとすぐに当主のジェンナー伯爵が来られたので立ち上がり、彼のもとへ近づき掌を胸を当て頭を下げた。


 「お忙しいところこのような辺境の地にお呼び立てして大変申し訳ありません。レオナルド公子、お疲れでしょうお掛けになって下さい」

 栗色の緩い癖っ毛の髪を強引に整えた柔らかい表情の伯爵は、のほほんと緩く優しい雰囲気の男性だ。このような人畜無害そうな雰囲気だが意外にも武道派で国内でも有名な程、戦闘力の高い。本来なら皇帝の側に仕えさせてもおかしくないのだが、彼の希望でこの砦の守護と監視を任せられている。

 

 手を差し出され反射的に握手して、ビジネススマイルを向ける。

 「ジェンナー伯爵、お久しぶりです。昨年の夜会以来ですね」

 重なった手が離れ、伯爵に座るよう促されてソファーに腰掛けた。

 「そうだね。本当に君には頭が上がらないよ。娘と同じ年でもう自立してるんだ」

 伯爵も席に着いて感心したようにしみじみと言う。


 「買いかぶりですよ。これでも、よく実家にも戻っておりますし、侍従達に頼ってばかりです。ジェンナー伯爵が思われるより、まだ私は子供です」

 もう、何度も繰り返しすぎて精神年齢は仙人の領域などと言えるはずもなく謙遜しておく。


 「……それを聞いて少し安心しましたが、私からすれば、立派に見える。我が領地に駐在してる新人騎士にも見習ってほしいくらいだ」

 返答しづらく苦笑いを浮かべていると、このタイミングでコーヒーが運ばれる。

 侍女によって静かに置いた白いカップ。中にはインクを落としたような黒い液体が揺れる。

 正しくは黒ではないのだが、部屋には香ばしい香りが広がる。


 (コーヒーか、伯爵には悪いが苦手なんだよなぁ)

 砂糖とミルクも置かれて、私は迷わずスプーン二杯分の砂糖を入れてミルクを注ぎ、添えられていたティースプーンでかき混ぜる。黒はミルクキャラメルのような淡い色に変わる。

 

 「……さて、本題に入りましょうか」

 伯爵の顔は、眉を寄せて暗く沈んでゆく。そして、言葉を続ける。

 「手紙にも書きましたが……娘は暴発して二週間前になります。侍女にケガをさせてしまい、本人は大変気を病み魔法封じの枷を付けて部屋に引きこもっています」

 

 この国の魔力持ちの子供は、ある問題にぶつかる。魔法を覚えて使えば使うほど、魔力の質は向上していくのだが、器つまり身体と魔力回路はまだ成長に追い付かず受け止めきれずに突然、風船が破裂するように暴発してしまう。なので、魔力の質が似ている者またはそれを越える者に調律(調整)してもらわないと何度も起きてしまう。

 

 最悪、魔力が空になって死に至る事例もある。なので暴発した子供は魔力封じその①(手錠タイプ)を嵌めなくてはならない。そして、彼女は魔力が高いので魔力封じその②(首輪タイプ)も追加している。

 長時間つけていても命は保障されるが不便はないが魔力を封じれば、負担は僅かながらある。少し体力が落ちたり、体の何処かに痛みが生じたりする。




 「レオナルド公子のような最高位の魔術師にこのような事を依頼をするのは、大変恐縮でですが……公子には娘の魔力制御と調律をお願いしたくお呼び致しました」


(思うところもあると思うが、真っ先に依頼してくれれば……)

心の中で悪態をつきながら笑顔で返事をする。

 「分かりました。お受けします」


 伯爵は呆気にとられた顔をして、ぱぁっと花が咲いたように微笑む。

 「本当ですか?!」

 「ええ、これも魔術師として重要な役目の一つですから、お断りする理由がございません」

 「……ありがとうございます」

 ジェンナー伯爵は微笑み、目には涙が溜まる。

(泣くには早すぎますよ……伯爵)


 

 

 それから、ジェンナー伯爵に連れられて屋敷を出て広大な庭を馬車で移動してたどり着いたのは小さな納屋。古いドアを使用人が開ける。四角く開いたままの床下にある地下へと通じる階段が見える。中で待っていた武装した騎士と使用人が交代する。

 騎士はランプを片手に奥へ進み、その後にジェンナー伯爵と続いていく。

 

 石造りの薄暗い階段を降りて最後の一段を下りるとその先には廊下が伸びていて、私のすぐ左側には受付らしき小さな窓とドアが1つ。廊下の奥には金属製のドアがあった。

 「この先です」

 薄暗いが伯爵の苦痛に歪む横顔が見えた。

 

 金属製のドアの先には、牢が続いていて、一番奥に淡い証明の灯りが見える。

 

 近付いていくと他の牢屋よりも広く中には背もたれがついた椅子が背を向けて置いてあり、椅子からはみ出た栗色の子供の頭と白い足が見える。

 椅子の下には、回復薬の瓶がたくさん落ちていた。その床を覆い尽くす程の瓶が耐えた証のようにも見える。

 

 「ゴホゥッ……ゴホゥッ……うぅー……」

 

 奥へと近づくにつれ、少女の苦しそうな唸り声が聞こえる。

 「では、公子。娘を頼みます」

 伯爵は深々と頭を下げたので、私は会釈をした。そう話している間、騎士は牢の鉄格子の戸を開けた。

 「はい。念のため離れていて下さい」

 「わかりました」

 騎士は伯爵に付き添うように牢から離れていく。

 

 念のために彼らに当たらないよう結界をはっておく。そして、牢の中へ入っていく。

 

 ガタッと椅子が音をたてる。

 椅子に近づくと私は未来の弟子を見下ろし、目が合うと怯える彼女を安心させるように微笑む。猿ぐつわに魔力封じの手錠と首輪。

 

 猿ぐつわを付けられた彼女の虚ろな目は充血していて目の下はクマがある。白い肌は青白い顔で頬は血で汚れている。白いドレスの胸元辺りには水玉模様のように赤い飛沫が着いている。見ただけでも、かなり疲弊しているのがわかる。




 彼女の青空のように澄んだ青い瞳がこちらを怯えた瞳で見上げる。首を振り必死に訴えるようにしている。私が来る前に、ここへ来た家庭教師や魔術師にケガを負わせてしまったからだろう。

 彼女の首と手首には無骨な金属製の魔力封じの枷がつけられていた。

 



 私は彼女の頭を撫でて、安心させるように微笑み向かいにしゃがんだ事で今度は見下ろさせれ、頬についた血を指の腹で拭う。

 


 「初めまして、私はレオナルド・リアム・ロックハートと申します。これでも、国家魔術師をしています」

 そう名乗ると美しい青い瞳を大きく見開きじっとこちら見つめる。

 後頭部の猿ぐつわの留め具を外し、それを床へ置いた。


 「ダメっ!」

優しい彼女は掠れた声で叫ぶ。


私は安心させるように笑う。

 「大丈夫ですよ。君の名前を教えて頂けますか?」

 「え……ま、マリアンナ……」

 彼女は戸惑いながらも名前を教えてくれ、子供にするようにマリアンナの頭を撫でる。


 「マリアンナ、チョコはお好きですか?」


 「え?……好き、です」

 キョトンとした顔をしたマリアンナの目の前に手品でもするように指を鳴らす。

 弾いた指には一口サイズのボンボンショコラを摘ままれていた。マリアンナはあんぐりと口を開けて驚いていた。そのボンボンショコラを彼女の開いたままの口の中へ入れた。

 

 彼女は顔を真っ赤に染めて口を閉じる。 美味しかったのか蕩けるような瞳でふにゃりと幸せそうに笑う。


 その隙に首と手首の枷を外して、私の両手をマリアンナの両手に絡ませる。気づいた頃には遅く私の魔力回路と彼女の魔力回路を繋げて、魔力を流し込みながら簡単に使えないように術式を残していく。

 

 他人の魔力は異物感があって殆どの者が苦手だろう。これは他人の魔力で不安定な回路を鍛える訓練のようなものだ。何度か繰り返す内にそれも必要無くなる。

 マリアンナの魔力を掬いとり私の回路へ忍ばせる。異常が起きればこの魔力が知らせてくれる役割がある。

 

 誰にも話していないが、マリアンナと私の魔力は相性がいいみたいだ。彼女の魔力回路に私の魔力を巡らせるのも彼女の魔力を私の回路に入れるのも結構好きだった。

今、私を変態だと思っただろう。断じて違うぞ。この世界ではスキンシップで調律したりする人間もいる。親子でも友人でも恋人でも、そういうじゃれあいをする者もいるだ。誤解をするんじゃないぞ。

 

 今日は彼女の体力を考慮して絡めた手を離す。プツンと繋がった魔力が切れる感覚がする。

 「うん、今日は終わり。今は私の魔力で制御してるから、もう暴発することはないよ。お疲れ様、マリアンナ」

 「え?」

 何が起きたか未だに分かっていない呆然としたマリアンナをお姫様抱っこして牢を出た。

 

 

 伯爵の元へ連れていくとホッとした号泣したジェンナー伯爵に彼女を渡す。

 

 それから、マリアンナの魔力回路が安定するまでジェンナー伯爵家で暫く滞在して落ち着いていてから私は、アカシア村へと戻った。 


 

 

 

 

 

 

 書斎で従兄からの手紙を読んでいるとノックの音が響く。

 「はい」

 ドアか開くと甘い香りを纏わせて少女が入ってくる。栗色の髪を2つに分けて三つ編みにして、シンプルなワンピースにエプロンを付けた笑顔のマリアンナが一度、スカートを摘まみ会釈をしてをしてから入ってくる。

 「お師匠様、そろそろお茶にしませんか?」

時計を見るともう三時を指していた。

「……ああ、そうだな。お茶にするか」

そう言うと弟子は花が咲いたような眩しい笑顔をむける。ガッツポーズの無邪気な少女は、踊り始める。

精神的に老いた私は、そんな様子に微笑ましく思いながら手紙を元の状態に折り畳み封筒に戻してから、書斎机の引き出しにしまう。

 

 

 私達は14歳になった。

 マリアンナは二つ年上の第一皇子の婚約者になり、来年には三年制の貴族御用達の学校に通うことが決まっている。

 

 今が師匠と弟子として過ごす最後の時間だった。

 カウントダウンが近い。

 

 

 

 

 「ではお師匠様、行って参ります」

 アカシア村は黄金に染まって、マリアンナが輝いて見える。娘の門出を見送るような複雑な感傷を隠して、眩しい彼女を見つめる。

 「ああ」

 マリアンナは村の皆に好かれていて村人が見送りにしてくれた。一人一人挨拶して、ジェンナー伯爵が乗った馬車に乗り込む。

 ドアを閉めると、走りだした。


 窓を開けて身を乗り出して手を振る。

 「師匠、絶対来てくださいね!絶対ですよ!」

 はしたなく大声で叫ぶ彼女に苦笑いしながらも手を振る。

 「皆、また遊びにきます!また!」

 背中まで伸びた栗色の長い髪が風で揺れる。

 

 

 胸がざわつく。行かせなければ、何も起こらないのに今もここで楽しく過ごしていく筈なのに私の心はまだ足掻こうとしている。

 

 

 

 

 時が過ぎとうとう第一皇子アンドレアスが学園を卒業する日を目前に控えたニ月。

 親友から手紙が届く。正しくは親友の側近からだ。

 

 『マリアンナ嬢がありもしない罪で第一皇子に断罪される』

 その文字だけで私の心は再び怒りに支配される。



 私は変装をして、学園に着ていた。何処からどう見ても学園の地味な生徒。

 その日は卒業のプロムが行われていた。ホールに来ると生徒でごった返している。

 

 大勢の生徒がいるのに静かなホール。

中にはいると人の壁。茶番劇を観劇する生徒達。

 ホールの二階の貴賓席に空間移動という魔法を使い人だかりの中心を見下ろす。

 この席は本来皇族が使う席で今は誰も居ない。

 

静寂の中、演者が叫ぶ。

 「……それだけじゃない!お前はカトリーナに魔力を使って脅迫をしたり、殺害しょうとした!許されることではない!」

 第一皇子のアンドレアス・バージル・デルヴィーユは軽蔑するようにマリアンナを見下ろしている。特定の女しか頭にない皇子は演説するように声を荒げる。

 マリアンナの手には、書類の束 (ありもしない証拠)を持って青ざめた顔で見上げる。

 

 (お前は知らないだろう、マリアンナはお前と婚約者になれた事をどれ程喜んだか) 

 

 「うぅ……」

まるで、されたことを思い出したかのように口元を手で覆いわざとらしく泣き真似をする女がいた。

 爵位に似合わない豪華なドレスや装飾を着けた男爵令嬢カトリーナ・ハワード。

 鈍い金髪をツインテールにして、あめ玉みたいに大きなくりくりとした大きな琥珀色の瞳を潤ませて、怯えたようにアンドレアスの腕にしがみつく。

 「あぁ、可哀想なカトリーナ……」

そんな女を抱き寄せて頭を撫でる(バカ)

 

 (お前の為に振る舞いに気をつけ、寝る時間も惜しんで学園の勉強と同時にお妃教育もしていたんだぞ)

 

 繰り返しの中でもマリアンナに、この結末を話したことがある。彼女は戸惑っていたが前向きな性格のマリアンナは、自分の悪いところを気づいて直せばいい。彼のために出来る事を頑張ればいいと笑っていた。けれど、どう努力しても気を付けても結末は同じだった。

 

 今のように変装して私が秘かに関わってアシストしても変わらなかった。マリアンナがどう努力しても、献身的にアンドレアスに尽くしても同じ。

 

 アンドレアスの心は必ずカトリーナに向く。それが、二人の運命のように必ず想いを通じ合わせ、マリアンナは断罪される。やれることはもうすべてやった。だがマリアンナの恋心(気持ち)は変えられない。



 

 この数日後には、アンドレアスとカトリーナは結婚して翌日、ご健在だった皇帝が突然死。その後すぐにアンドレアスが皇帝になる。

 

 そんな幸せな彼らに対してマリアンナの最期は二つ。爵位剥奪され国外追放された先で皇子の刺客(何者か)に殺害される。最悪、民衆の前でありもしない罪を公言され絞首刑。

 ジェンナー伯爵家は没落。彼女が亡くなった後、この国だけではなく世界は、どんどん良くないが方向へ進む。

 

 他国でも同じような騒動が起きたり、父の故郷であるディローレンティス王国で大量虐殺、魔物の襲撃、横領、人身売買。それらに関与したとされる一人の令嬢が魔王と手を組み国を混乱に陥れ、魔王討伐と一緒にその令嬢も勇者が討伐したと情報が流れてきた。

 

 その悪の根元でもある令嬢は私の従妹だ。そのあとすぐにユラミラの要塞はなんの前触れもなく崩壊した。それにより敵国の人間が国内に侵入してきた。盗みや殺人も横行し治安は悪くなる一方。


そんな混乱の最中、マリアンナは無実だったと言い出し、ジェンナー伯爵に戻ってくるよう要請が入るが彼らは既に国を出ていった後だ。もし、いたとしても彼がアンドレアスに忠誠を誓うことはない。

 

 無実の娘を断罪し、連日酷い拷問を受けさせられて殺されてしまったのだから許せるはずがない。

 ここまでしておいて、間違いだったなんて許せるはずもない。

 

 そんな彼女を牢から連れ出してもマリアンナの心は相当なダメージを受け、嘆き悲しみ自害する。

 『お師匠様、ごめんなさい』と何度も謝ってだんだん衰弱していく彼女は見てられなかった。師匠として愛弟子になにも出来なかった。救えるタイミングは繰り返して全てやり尽くした。

 

 







 赤い瞳が愛弟子を追い詰める男を睨み付ける。

ここで割って入って逃がしたら逃げた先でマリアンナは隙をついて自害するし、マリアンナの家族も人質にとられる。最悪、ジェンナー一家は全滅。


 

 「睨むなら、助けてやらないのか?」


 低い声に現実へと引き戻され顔を上げる。輝くような金髪に赤い瞳の少年ーーディルク・チェイス・デルヴィーユ。第四皇子で王位継承権も末席の男。アンドレアスとは異母兄弟で私と同じ年。今は異国に留学している。

 私の親友。彼の兄や側近経由でマリアンナの状況を知らせてくれたのだ。魔力も私の次に高い。

 私とディルク、マリアンナは国内で魔力が高い事で有名だった。

 


 とは言え、ディルクは魔力の高さから本来なら皇位に近いだろうが、彼が玉座に興味ないのと母の爵位が子爵。アンドレアスの母は公爵という理由で上になるのは難しいようだ。

 魔力のないアンドレアスは、皇位を確実にものにするために取り巻きがマリアンナとの婚約を決めた。


 

 「はぁ……お前の兄だろう。あのクズを何とかしてくれ」

 「いやいや……末席の僕があの愚兄を何とかするなんて出来ないよ」

 まるでお手上げと言いたげに両手を耳の高さまで両手を上げてわざとらしく肩を竦める。諦め口調の親友の気持ちもわからなくもないのでこれ以上言うのをやめた。

 

 再び下のホールへ視線を戻す。


 「……見ろよ、近衛騎士団長の公爵令息に、あれは宰相ところの侯爵令息、大商会会長とこの子爵令息、グリフォン教団大司祭のご子息、愚兄の周りは権力の見本市だね。見てくれもいいし、並ぶと壮観だ」

 感心したようにそう言うが、童顔のディルクの顔は不快そうに歪む。

 

 「人付き合いは、あまり得意な方ではない愚兄があんな面子を揃えられるなんて不思議だね」

 騎士団長の子息は抜き身の剣をマリアンナに向けて、アンドレアスとカトリーナは後ろへ下がる。統率の取れた動きで、放心状態のマリアンナに商会の子爵令息が強力な魔力封じの枷を首につける。

 卑しい彼らは無力になった彼女に醜悪な笑顔を向ける。



 「……」

 「噂に聞いていたけれど、あの男爵令嬢……なかなか大物だね」

 呆れたように言いながら、ディルクは彼らを嫌悪感剥き出しで睨み付ける。

 「……あの女は婚約してから帝国の金で好き勝手するタイプの女だろ」

実際未来でこの女のせいで国が傾く。


 「それについてはもう既にアンドレアスのお陰で贅沢三昧だよ」

 不安そうなカトリーナは一瞬ニヤリとマリアンナを見て嘲笑う。 

 「……お前には悪いが、あのクズが皇位につくことがあれば、どんな手を使ってでもお前に座らせる」

 「それは、恐ろしいな……」

 そう言うディルクの目は氷のように冷たい眼差しで見下ろしている。

 「……」

 

 「でも、君には同情するよ。なんだっけ、『賢者様の教えに無実の弟子が傷つけられたら、師としてその者に報復を』だっけ?……野蛮だよね」

 知ってるくせに聞いた話のように言うと悪い笑みを浮かべ、私に視線を向ける。私達の師匠は同じ人で異国の方だ。様々な魔術にも詳しく笑顔の似合う爽やかな雰囲気だが、中身は腹黒で化け狸のような男だ。


でも、弟子想いの良い方だ。私が他人に害されれば全力で相手を排除してくれるだろう。想像するだけで、悪寒がする。


 「何故、他人事なんだ?お前の師でもあるだろう」

 「僕も許せないよ。レオの弟子は僕の弟子でもあるし……それに1人の女性を男が取り囲んで総攻撃するなんて……これでも、腸が煮えくり返ってるんだよ」

 

 「……」

 「僕はね、あいつらを殺したって怒りがおさまらない」

 

 








 マリアンナは不敬罪で処刑。

皇帝の突然死。


アンドヘアスは皇帝になった。

 

 そのあとは、水を得た魚のようにアンドレアス側の人間をディルクと殺し回った。

 謁見の間に演者が揃う。

 アンドレアスとカトリーナ、他の取り巻きは楽に殺してやらない。魔法で浮かせて宙吊りにし、痛め付けた。

 

 血塗れのディルクは黄金の玉座に座り狂ったように笑い助けを乞う愚かなアンドレアスにこう言い放つ。

 

 「無実のマリアンナの最期は潔かったぞ。僕らが処刑を取り止めて欲しいと父上に直訴した時、お前はなんと言った?」

 足を組み、右側の肘置きに肘をついてアンドレアスを見るその目は怒りに染まっている。

 

 『罪人を許してはならない』

 

 「ぐっ……」

 アンドレアスは思い出したのか顔を歪める。

 「こんなこと許されないわ!彼は皇帝なのよ!あたしはっ!!」

 状況が理解できないのかカトリーナはヒステリックに叫ぶ。

 「お前に喋る許可は与えてない」

 叩きつけるように宙吊りのカトリーナを落とす。

 「いっああああーーー!!」

 

 「お前は少しは反省しろ。庶民だけ税金上げやかって……あと武力は野蛮だから騎士を減らせ?頭イカれてんのか?てめぇはこの国の状況が分からねぇのか?」

荒い口調ではあるが淡々と喋るディルクは、冷酷な眼差しを向ける。

 

 「いっ……」

 「お前のお陰でこの国は隙だらけで、ダインスレイフ帝国の人間が入り放題、治安もそうだが情勢も悪化した。要塞も無くなったから、もうこの国は終わりだな。そのうち攻められて民は大勢死ぬ」


 「あたしは悪くない!アドバイスしただけ!決定したのはアンドレアスだもん!要塞もあたしには関係ない!!」

 痛め付けたのにまだ屈しないこの令嬢の精神力の強さには脱帽だ。皇帝のお陰であっさり宮廷騎士までに上り詰めた公爵子息は気絶してるというのに。


 「か、カトリーナ……」

 あっさりと見切られたアンドレアスはカトリーナの言葉に顔を青ざめる。。

 「……そうだな。このバカが悪いよな。だけど、お前が悪くない理屈は通らん。同罪だ」

 「……あたしたちを排除して貴方が皇位を継ぐの?

フッ……貴方に出来るの?皇位継承権最下位なのに?」

 カトリーナは、まだ嘲笑う元気があるみたいだ。


だがディルクは、こんな娘の戯れ言に動揺するような男ではない。

 「心配には及ばん。この国を潰して膿を取り除いてから、僕は新しい国を建国する」

 「え?!」

「ッ!?」

カトリーナとアンドレアス、騎士団長を除いた取り巻きは驚いて瞠目した。


 「もう別の地に鞍替えする準備は既に出来ておる。これは最後の仕事だ」

 「……」

 

眉を寄せ、困惑するアンドレアスは尋ねる。

 「なぜだディルク……お前は玉座に興味が無かっただろう?」

 青ざめた顔のアンドレアスは声を震わせてそう言った。

 「なぜもなにも、アンドレアス、お前が焚き付けたんだろう?マリアンナさえ殺さなければ、レオも僕もここまでしなかった」

 「ま、マリアンナ……!」

 「マリアンナはレオの弟子だ。レオは僕の兄弟弟子。レオと僕の師匠がさぁよく言っていたんだ。師は無実の弟子が誰がに傷つけられたら、徹底的に報復しろって教えられてんだよ。レオの弟子は僕の弟子だ。僕達は、その教えを守っただけだ」

 当たり前のように告げるディルクの言葉にアンドレアスは絶句する。

 「な……」


 「あの時あのホールでお前達の所業を見ていたよ。あの場で必ずお前達を八つ裂きにしてやる誓ったんだ。知らなかっただろ?」

 ディルクは怒りと憎悪に塗りつぶされた赤い目でアンドレアス達を睨み付ける。

 「ひっ!!?」

  

 レオナルドはディルクが座る玉座の空いた左側の手すりに腰掛け、手品でもするようにパッと出したボンボンショコラを親指と人差し指で摘まみ口の中へ放り込む。濃厚な生チョコとオレンジピールの爽やかな味で口内が満たされる。

 

 マリアンナに初めて会った時にあげたボンボンショコラにはビターチョコに包まれたイチゴミルクのガナッシュとイチゴのコンフィールの味で彼女の好物だった。

 

 私は、彼女はありもしない罪をでっち上げられ殺されて、後になって「あ、勘違いだった」なんて言われても許されるはずもない。人が死んだんだ。マリアンナだけではない。マリアンナの友人もその母親もマリアンナに近い人間は悲しみに耐えきれず水から命を絶った者もいる。


 だからとか殊勝なことは言わない。ただ弟子が無実の罪で殺された。師匠として出来ることは復讐だった。そう私の師匠に教わった。


 その命を守ろうと手を差し伸べても断られ、涙を拭うことすらもさせて貰えなかった。

 



 「くだらないわ」

 女の低い声が響く。最高級のドレスと豪華な装飾を身につけたカトリーナだ。


 「師匠?弟子?だから何?そんな些末なことで反乱を起こすの?あの女は運が悪かっただけ!ていうか、アンドレアスに疎まれてるのにも気付かず暢気に婚約者面したバカな女よ!魔力が高いからなに?無駄に高いくせに聖属性魔法も使えないのよ?」

 カトリーナは自力で捕縛していた魔法を解いて立ち上がる。いつの間にか彼女の手には、国宝の聖剣エターナルエクスカリバーが握られていた。


カトリーナは、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。

 この聖剣は、国が出来る以前にあの要塞の名前の由来ともなったユラという聖女が魔物に狙われやすかったこの地に結界としてその剣を置いていったのだ。五千年たった今でもその結界は健在だった。

 


 (……あれ、今回は早いな。いつもなら生かされたこの女が、新しく創設した国まで来てディルクを殺そうとして……)

 

 その場にいた全員が聖剣をもつカトリーナをみて目を丸くした。彼らはその光景に釘付けになり息を飲む。

 

 「か、カトリーナ……そ、それ……」

 青ざめた顔のアンドレアスの声は目の前のことが信じられず声が震える。

 「聖剣よ。()()()()()()()()()!何年もこの聖剣()は聖女を待ち続けた聖剣()!抜いてあげないと、魔物どころか魔王も滅ぼせないわ!」

 

 彼女の言葉に空気が凍りつく。カトリーナの取り巻きの顔は青ざめる。ことの重大さを理解できてないお花畑の女は、まだ勝ち誇った顔をする。

 

 「ハッ」

 ディルクは呆れて乾いた笑いを溢す。

 ユラミラの要塞が崩壊し、次は愚か者の手によって聖剣は抜かれた。抜かれた聖剣を元に戻せるのはユラと同じ聖女でなければ出来ないだろう。

 ディレクは静かな謁見の間でカトリーナに向かって盛大な拍手をした。

 「あーすごいすごい。()()()()()()だ」

 皮肉をいったつもりがカトリーナには理解されていないようだ。

 

 アンドレアスは頭を抱えて悔しそうに叫ぶ。

 「お、終わりだ……この国は……俺の代で………クソックソクソおおおお!!」


 「アンドレアス?本当に腑抜けね。カルロス、貴方に任せわ!反逆者を倒しちゃいなさい!」

 カトリーナの魔法で宙吊りにされた宮廷騎士にスピード出世した公爵令息を下ろすといつのまにか目を覚まし彼女のせいで放心状態になった彼に愚かにも命令した。床にうまく着地した彼はカトリーナの行動に困惑していると強引に聖剣を握らされる。

 「あ……」

 まるで喜劇を見せられてるようで頭が痛い。

 

 

 「はぁ……嘆かわしいよ。この国には貴族でありながら、歴史を知らないやつがいるなんて。僕はかなり驚いている。なぁレオ」

 ディルクはため息をつきながら私に投げ掛けるが、いつもと違う展開に少し驚いて反応がおくれてしまって戸惑いながらどの繰り返し(いつも )と違うカトリーナを見る。

 「……」

 変わった奴は好きだが、こんな展開望んでない。

 

 何の反応もしない私をディルクは、たいして気にしていない様子で言葉を続ける。

 「本当にお前は、碌なことしないな。何が聖女だ?笑わせるな。レオはお前より聖属性魔法が使える」

 「!!」

 カトリーナは驚き私の方を凝視した。

話の論点が逸れて現実に引き戻される。

 「そこは張り合うとこじゃないだろ?」

そういって眉を潜めた。


 「いやいや、この身の程知らずに一言言わないと気がすまねぇだろ」

 「なんだそれ」

 

 「何よそれ!聖女のあたしと張り合うの?負け惜しみじゃないの?」

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めてまだ強気にでる。私はあの自称聖女に手を差し出すように伸ばし、手のひらに五十センチくらいの杖を出してグリップを握り、杖を振った。


 キラキラと輝く光の粒子がカトリーナの回りに螺旋を描くように流れる。カトリーナは傷もドレスの汚れも綺麗さっぱり無くなる。

 「……え?」

 彼女は驚き両手やドレスを見る。


 だが、私はこの女に情けなんてかけるはずもない。

 再び杖を振る。今度は頭上から雷撃を落とす。稲光がカトリーナに直撃し強い光を放つ。

 

 「あああああああ!!!!」

 カトリーナの悲鳴が響く。落ちきるとカトリーナは衝撃で後ろへ倒れ、体はビクビクと痙攣し、強い痛みの名残に顔を歪め涙が溢れる。

 

 「煩い」

 私は杖を振りカトリーナの体を高く浮かせそのまま落とした。

 「……っ」

 「ノルンリードの聖女は亡くなったのに……聖剣を抜かれちまったらもう僕らが何もしなくても終わりだな。なんか、興が覚めた……帰るぞレオ」

 「ああ」

 ディレクは立ち上がってため息をつく。


 

 「ま、待ってくれ!ディルク!許してくれとは言わない!この国のためにお願いだ残ってくれ!俺達、兄弟じゃないか!」

 すがるようにアンドレアスは懇願した。

 ギロリとディルクの冷たい視線がアンドレアスを見下ろす。

 「マリアンナを断罪した日からお前は僕の兄弟じゃない」

  憎しみと怒りの籠った声が響き、私とディルクかつての母国―――デルヴェーユ帝国と最後の別れを。


 手向けのように魔物を引き寄せるの香水を落とした。それが地面に落ちる前に二人は消えた。

 

 

 

 

 あの後は慌ただしかった。

 新しい国を作るのは簡単ではなかった。

 忙しくて寛ぐ暇さえなかった。

 

 やっと落ち着いた新しい国、()()のディルク。

 「お疲れ、もうお前は休め」

 「ありがとう。だが、もう時間だ」

 名残惜しげにそう言うとディルクは首をかしげる。

 「時間?これから、まだなんかするのか?」

 

 「お前に昔、話したよな。この世界は、なぜか何度も繰り返してるって」

 その言葉にキョトンとした顔をして、少年みたいに無邪気にハッとして思い出したようだ。

 「あー!修行時代だっけ?あれ、よくわかなかったんだけど」


繰り返しの中で初めて親友に弱音をこぼした。

 「うん、次は百回目……業のように何度も何度も見せられて……俺は狂ってしまいそうだ。いやもう狂ってるのかもしれない。でも、また従妹や兄上に逢えるのは本当に楽しみなんだ」

枯れてしまった涙が零れることはないが、目尻は熱く胸も締め付けられて苦しい。

 「……レオ?」

 

 「ディルク……ありがとう。お前は最高の親友だ。だけど、ここからは俺抜きで楽しんで欲しい」

 不穏な空気にディルクの顔は曇る。

 「……おい」

 

 「じゃあな」


 グシュッ!

 勢いよく背中から斜めに心臓を目掛けてぶちぶちと中身を裂きながら押し込まれ、胸の辺りに血に濡れ銀色の刃が貫く。傷口から血が飛び散り目の前の親友は目を丸くした。

 

 根性で後ろへ倒れると、後ろに立っていた者が剣を引き抜いて後ろへ下がっていく。

 

 (ここも違う……いつもならカトリーナが堂々と正面から突破してくるはずなんだが……おかしい)

 

 まあ、ディルクならなんとかなるだろう。

 私は、早く逢いたい。それだけが、繰り返しの中の唯一の楽しみなんだ。

 身体は地面に叩きつけられズキズキと痛みも視界もぼやけていく。

 目を閉じて、私は九九回目の魔術師レオナルドの人生を終えた。

 

 

 目覚めれば、そこは。

  

 




 




 ここはデルヴィーユ帝国の帝都からかなり離れたルイーザ地方の果てにある辺境の村アカシアだ。

 喉かな村でこの地方では2月頃になるとミモザが咲き始め、この辺り一面が黄金に染まりそれはそれは美しい風景になる。


 私は、レオナルド・リアム・ロックハート。これでも良いところの家の次男で、今は家を出てこうして自立している。かといって領主より魔術師を選ばせて貰えたうえに自由に暮らしていけるのはこの高い魔力のお陰だろう。不満などなく十分満足している。

 国家魔術師になってもう四年目、十一歳なった頃だ。

 魔術師になってすぐ帝都から離れたアカシア村の外れの森に居を構え、気心の知れた侍従と三人の程の使用人との生活も仕事も軌道に乗り始めた頃に私の人生が変わるターニングポイントに直面する。


 最初は蝋印のされた封筒。

 ジェンナー辺境伯からの手紙が届くのだ。


 内容は伯爵の元国家魔術師の家庭教師さえお手上げの高い魔力を持つ愛娘に魔力を正しく使えるように教育して欲しい、というような内容だ。

 私は最年少で国家魔術師の称号を賜り、帝国一の高い魔力を持っている。とは言え、私が世界で魔力が高いというわけではない。上には上がいて、他国にはなるがこの国のよりも大国で魔力だけではなく身体能力も化物級の怪物がいる。親戚がこの国に住んでいて彼らも私と同じくらいの魔力の持ち主だ。彼らの国では私のような者は、それなりにいる。そんな私達をも遥かに越えてくる怪物を彼らは【勇者】なんて呼んでいる。

 だが、私はその男が嫌いだ。嫉妬と言えばそれまでかもしれないが……私は彼に対して許せない事がある。ただそれだけ、だ。その話はさておき。


 ジェンナー辺境伯の愛娘の事だ。支度を終えた私は、館を出る。侍従のレスリー・カザン。私より五つ年上の青年だ。淡いオレンジ色の長い髪を後ろで三つ編みに編んで、前髪は真ん中に分ける。人の良さそうなタレ目気味の翡翠色の優しい眼差しを私に向けてくれる。


 無表情が売りだった私の顔は、もう愛想笑いを自然と出せるようになっている。

 一族の印である銀髪のストレートの短い髪が風に揺れる。そして、赤い瞳が目の前の馬車に捉える。

 皇帝から賜った国家魔術師のローブを靡かせて馬車に乗り込んだ。





 1日かけて国の外れにあるジェンナー辺境伯の領地にたどり着いた。

この世界にとって重要な砦――ユラミラの要塞だ。

砦の向こうには砂漠がある。その更に奥には、この国よりも大きな敵国がある。

 その国の王は、五千年近く生きていて、さらに魔物を操る力を持っている。その王は、特別な力を得るために()()()()()()()()()()()()()()。とにかく恐ろしい怪物が住んでいて同盟国とあの国に睨みを聞かして砦の監視を欠かせない。


現在、私の父と伯父で結界の補強する役目を担ってくれてるが祖父いわくやはり【聖女】とは質が違うとぼやいていた。


 その【聖女】とやらがどんなものなのか私には分からないがその違いが感覚でわかる。

 伯父の長女、私の従妹がそうなのだろうと思う。魔力の質が全く違っていた。もう別の生き物としか説明出来ないくらい彼女の纏う空気は月の光のように神秘的で心地いい。性格には、やや問題があるが優しくて真面目な少女だ。

 確証はないが、彼女ような人が【聖女】なのだろう。伯父はクールな人で分かりにくいがその娘を溺愛(親バカ)している。普通の溺愛とは違うだろうが本当の溺愛(親バカ)というのは、これから逢うジェンナー伯爵がそうだ


 到着する前に、これからみる光景に違う印象を受けると思われるが彼の名誉の為に補足しておこう。今回の行動は、彼が娘を愛する故の苦渋の選択であることを忘れないで欲しい。


 この国は本当に魔力持ちは少ない。この世界には表の五大元素と裏の五大元素が存在する。それらを全てを扱える人間は世界では一握りだ。魔力持ちは本当に限られていてこの国ではごく一部の者しか使えず、ほどんどは、貴族に集中している。それは貴族が魔力持ちの血を絶やさないようとした執念の結果だ。

 そして、殆どが一、二種類の魔法が使える者ばかりだ。

 私の父は質は、ともかくそれら全てを使いこなしている。表の五大元素が使える事が当たり前の国出身で、裏の五大元素を得意とする家系だから使えるだけで、ここではちやほやされるが向こうでは何の特別な事はないと話していた。

 そよ風程度の風魔法しか使えない母が新婚の時までは無邪気に喜んでいたのに私が産まれたくらいから馴れたのかもう喜んでくれなくなったと父が遠い目をして語ってくれた事があった。


 ジェンナー伯爵は、火の魔法が少し使える程度でそんな彼らには強力な魔力持ちの愛娘の魔力が暴発すれば凶悪で教えることすら難しい。

 同等か上級の魔術が使える者が監督しなければ、危険なのだ。

 とはいえ、私は父がいたので暴発もしたこともなく魔力の使い方を教えてもらった事はない。体質なのかもしれない。心配しなくとも、こういう時の対策も師匠から学んでいるし、暴発を止めた経験も何度かしたことがある。


 無駄話をしていたら、ジェンナー伯爵の屋敷に到着した。木造で、壁は淡い黄色で塗られた可愛い雰囲気の屋敷。

 馬車を下りて階段の先にある大きな玄関扉を見上げた。

 愚かな私は未来に嘆く。これから会うジェンナー伯爵令嬢は、私の弟子になる。師匠として弟子の評価は真面目で素直な優等生。なぜ嘆くのかと言えば、これから起こる未来にある。彼女は……他人の悪意で破滅する。


 だからこそ私は彼の申し出は断れないし、だからといって未来(結末)を自ら変えるような事はもうしない。なにをしても結末は同じなのだ。

 二回目で彼女に結末(破滅の未来)を教えたことがある。彼女が気を付けていても、なお同じ。


私は諦めていても弟子が大事だ。それに、ここで断ってもなんの影響がない。だったら、仕事を受ける方を選んだ。これがきっかけで彼女が私の弟子になる、としても。



 もちろん、最初は未来を変えようと躍起になっていた。けれど、他人の心は変えられない。


それが、恋心だと尚更。

 

 こんなに大事に思っていても私は彼女に恋愛感情を抱いたことが、一度もない。おかしな話だが同い年の彼女を我が子をみるような感情で見ている。時に厳しく時に優しく師弟の絆は、いろいろあるだろうが私達が行き着いた関係性は“親子”だった。


  だから、私は弟子(我が子)のためにこの手を血で汚した。





 重厚な扉の前、ドラゴンの頭を模したドアノッカーを軽快にレスリーはコンコンと鳴らした。

 それから、一分も経たない内に使用人の男性が出てくる。確かロンとか言う名前だったか。


 夜闇が溶けたような黒髪をポニーテールにしているのと糸目以外になんの特徴のない印象の残らない年齢不詳の男。この男には、私より三つ上の娘がいる。その話はまた今度だ。

 丁度、応接間に到着して言われるまま豪華なソファを腰掛けた。


 待っているとすぐに当主のジェンナー伯爵が来られたので立ち上がり、彼のもとへ近づき胸に掌を当て礼をする。

「お忙しいところこのような辺境の地にお呼び立てして大変申し訳ありません。レオナルド公子、お疲れでしょうお掛けになって下さい」


 栗色の緩い癖っ毛の髪を強引に整えた柔らかい表情の伯爵は、のほほんと緩く優しい雰囲気の男性だ。このような人畜無害そうな雰囲気だが武道派で国内でも有名な程、戦闘力の高い。本来なら皇帝の仕えさせてもおかしくないのだが、彼の希望でこの砦の守護を任せられている。


 手を差し出され反射的に握手して、ビジネススマイルを向ける。

「ジェンナー伯爵、お久しぶりです。昨年の夜会以来ですね」

 重なった手が離れ、伯爵に座るよう促されてソファーに腰掛けた。

「そうだね。本当に君には頭が上がらないよ。娘と同じ年で、もう自立してるんだ」

 伯爵も席に着いて感心したようにしみじみとそう言う。

「買いかぶりですよ。これでも、よく実家にも戻っておりますし、侍従達に頼ってばかりです。ジェンナー伯爵が思われるより、まだ私は子供です」

 もう、何度も繰り返しすぎて精神年齢は仙人の領域などと言えるはずもなく謙遜しておく。

「……それを聞いて少し安心しましたが、私からすれば、立派に見える。我が領地に駐在してる新人騎士にも見習ってほしいくらいだ」

 コメントしづらく苦笑いを浮かべていると、このタイミングでコーヒーが運ばれる。

 侍女が静かに置いた白いカップ。中にはインクのような黒い液体が揺れる。

 正しくは黒ではないのだが、部屋には香ばしい香りが広がる。

 (コーヒーか、伯爵には悪いが苦手なんだよな ぁ)

 砂糖とミルクも置かれて、私は迷わずスプーン二杯分の砂糖を入れてミルクを注ぎ、添えられていたティースプーンでかき混ぜる。黒はミルクキャラメルのような淡い色に変わる。


「……さて、本題に入りましょうか」

 伯爵の顔は、眉を寄せて暗く沈んでゆく。そして、言葉を続ける。

「手紙にも書きましたが……娘は二週間前に侍女を魔法の暴走でケガを負わせてしまい……今は魔法封じの枷を付けて部屋に引きこもっています」


 この国の魔力持ちの子供は、ある問題にぶつかる。魔法を覚えて使えば使うほど、魔力の質は向上していくのだが、器つまり身体と魔力回路はまだ成長に追い付かず受け止めきれずに磨耗し突然、風船が破裂するように暴発してしまう。なので魔力の量が同じで、またはそれを越える者に魔力回路を鍛えて貰わないと同じことが起きる。その訓練をこの国では、【調律】と呼んでいる。


 最悪、魔力回路が完全に壊れて死に至ると言う事例もある。なので暴発した子供は腕輪タイプの魔法封じの枷を嵌めなくてはならない。

 それでも、負担は僅かながらある。人によって様々だが体力が落ちたり、体の何処かに痛みが生じたりする。


「レオナルド公子のような高位の魔術師にこのような事を依頼をしていただくのは、大変恐縮でですが……公子には娘の調律を頼みたいのです」



「分かりました。お受け致します」

 そう言うと伯爵は驚いた顔をしてぱぁっと花が咲いたように微笑む。

「本当ですか?!」

「ええ、これも魔術師として重要な役目の一つです」

「……ありがとうございます」

 ジェンナー伯爵は微笑み、目に涙が溜まる。


 

 それから、ジェンナー伯爵に連れられて屋敷を出て広大な庭馬車で移動してたどり着いたのは小さな納屋。古いドアを使用人が開ける。開いたままの床下にある地下へ通じる階段が見える。中で待っていた武装した騎士と使用人が交代する。

 騎士はランプを片手に奥へ進み、その後にジェンナー伯爵と共に地下へと降りていく。


 石造りの薄暗い階段を降りた。最後の一段を下りて、その先には廊下が伸びていて突き当たりに金属製のドアがある、あの先だ。

階段下りてすぐのところに受付らしき小さな窓とドアが1つあり中の者が伯爵と私に敬礼していたので会釈する。


「この先です」

 薄暗いがランプの灯りに照らされて伯爵の苦痛に歪む横顔が見えた。


 奥の扉の先は牢が続いていて、一番奥に淡い照明の灯りが見える。近付いていくと他の牢屋よりも広く中には背もたれがついた椅子が背を向けて置いてある。

その椅子から栗色の頭と白い足が僅かにはみ出ている。

 椅子の下には、回復薬の瓶がいくつも落ちていた。その床を覆い尽くす程の瓶が彼女が耐えた証のようにも見える。魔力封じの枷は、なぜか魔力を放出してしまう特性がある。暴発を防ぐ為に余計な魔力を抜ける設定なのだろうが、魔力がからだとかなり苦しい。

苦しむから回復薬を与える、枷のせいで魔力が抜ける、苦しい。終わりの見えないその繰り返しが本当に辛いだろう。だから、早く魔術の心得のある者が手を貸してやらなければならない。


「ゴホゥッ……ゴホゥッ……ふー……ふー」


 奥へと近づくにつれ、少女の苦しそうな声が聞こえる。

「では、公子。娘を頼みます」

 伯爵は深々と頭を下げたので、私は会釈をした。そう話している間、騎士は牢の鉄格子の戸を開けた。

「はい。念のため離れて下さい」

「わかりました」

 騎士は伯爵に付き添うように牢から離れていく。


 念のために彼らに当たらないように結界を貼っておく。そして、牢へ入っていく。


 ガタッと音をたてる。

 私は未来の弟子を見下ろし、目が合うと怯える彼女を安心させるように微笑む。


 猿ぐつわを付けられた彼女は恐怖で震えていて眉を下げ目は真っ赤に充血していて目尻は涙で腫れている。白いドレスの胸元辺りには水玉模様のように赤い飛沫が着いていた。


 彼女の青空のように澄んだ青い瞳がこちらを怯えた瞳で見上げている。

 首を振り必死に何かを訴えている。

 私が来る前に、ここへ来た家庭教師や魔術師を残らずケガをさせてしまったからだろう。

 彼女の腕と首には無骨なシルバーの魔力封じの枷がつけられていた。


 私は彼女の頭を撫でて、安心させるように微笑んで向かいにしゃがむ。彼女の白い肌は青白くて、頬は血飛沫で汚れている。美しい栗色の髪にも乾いた血がついていた。

 今度は見下ろさせれ、頬についた血を拭う。


「初めまして、私はレオナルド・リアム・ロックハートと申します。これでも、国家魔術師をしています」

 そう名乗ると美しい青い瞳を大きく見開きじっとこちら見つめてくる。

 後頭部にある猿ぐつわの留め具を外し、床へ置いた。

「っダメっ!」

掠れた声で取り返そうと枷のついた手を伸ばそうとするが届かない。

「大丈夫です、君の名前を教えて頂けますか?」

「え……ま、マリアンナ……」

 彼女は戸惑いながらも名前を教えてくれ、子供にするようにマリアンナの頭を撫でる。

「マリアンナ、チョコはお好きですか?」

「え?……好き、です」

 キョトンとした顔をしたマリアンナの目の前に手品でもするように指を鳴らす。

 すると弾いていた指には一口サイズのボンボンショコラを摘まんでいる。マリアンナはあんぐりと口を開けて驚いていて、私はそのボンボンショコラを彼女の口の中へ入れた。


 彼女は顔を真っ赤に染めて口を閉じる。 美味しかったのか蕩けるような瞳でふにゃりと幸せそうに笑う。


 その隙に首と腕の枷を外して、私の両手をマリアンナの両手に絡ませる。気づいた頃には遅く私の魔力回路と彼女の魔力回路を繋げて、魔力を流し込みながら磨耗した箇所を補強し、簡単に使えないように術式を残していく。


 他人の魔力は異物感があって殆どの者が苦手だろう。他人の魔力で不安定な回路を鍛える訓練ようなものだ。何度か繰り返す内にそれも必要無くなる。

 マリアンナの魔力を掬いとり私の回路へ忍ばせる。異常が起きればこの魔力が知らせる役割がある。


 誰にも話していないが、マリアンナと私の魔力は相性がいい。彼女の魔力回路に私の魔力を巡らせるのも彼女の魔力を私の回路に入れるのも結構好きだった。今日は彼女の今の体力を考慮して、手を離す。


プツンと繋がった魔力回路が切れる感覚がする。


「うん、今日は終わり。今は私の魔力で制御してるから、もう暴発することはないよ。お疲れ様、マリアンナ」

「え?」

 何が起きたか未だに分かっていないマリアンナをお姫様抱っこして牢を出た。伯爵の元へ連れていくとホッとして号泣したジェンナー伯爵に彼女を渡す。










 それから、マリアンナの魔力回路が安定するまでジェンナー伯爵家で暫く滞在して落ち着いていてから私は、アカシア村に戻った。 


 書斎で従兄からの手紙を読んでいるとノックの音が響く。

「はい」

 ドアか開くと甘い香りを纏わせて少女が入ってくる。栗色の髪を2つに分けて三つ編みにして、シンプルなワンピースにエプロンを付けた笑顔のマリアンナが一度、礼をしてから入ってくる。

「師匠、そろそろお茶にしませんか?」

「ああ、そうだな」

 手紙を元の状態に折り畳み封筒に戻してから、書斎机の引き出しにしまう。



 私達は14歳になった。

 マリアンナは二つ年上の第一皇子の婚約者になり、来年には三年制の貴族御用達の学校に通うことが決まっている。


 今が師匠と弟子として過ごす最後の時間だった。

 カウントダウンが近い。





「では、師匠行って参ります」

 アカシア村はミモザの黄金に染まっていて、マリアンナが輝いて見える。娘の門出を見送るような複雑な感傷を隠して、眩しい彼女を見つめる。

「ああ」

 マリアンナは村の皆に好かれていて皆見送りに来てくれた。一人一人挨拶して、ジェンナー伯爵が乗った馬車に乗り込む。

 ドアを閉めると、馬車は走りだした。

 窓を開けて身を乗り出して手を振る。

「師匠、絶対来てくださいね!絶対ですよ!」

 はしたなく大声で叫ぶ彼女に苦笑いしながらも手を振る。

「皆、また遊びにきます!また!」

 背中まで伸びた栗色の美しい髪が風で揺れる。



 胸がざわつく。行かせなければ、何も起こらないのに今もここで楽しく過ごしていく筈なのに私の心は、まだ足掻こうとする。彼女は例え未来を教えたとしても彼女は、第一皇子の婚約者として入学する。

天才魔術師と呼ばれている私でも、弟子の恋心(気持ち)を変えることはできない






 時が過ぎとうとう第一皇子アンドレアスが学園を卒業する日を目前に控えたニ月。

 親友から手紙が届く。正しくは親友の側近からだ。


 『マリアンナ嬢がありもしない罪で第一皇子に断罪される』


 私は分かっていたのに変装をして、学園に着ていた。何処からどう見ても学園の生徒。

 その日は卒業のプロムが行われていた。ホールに来ると生徒でごった返していた。


 大勢の人間がいるのに静かなホール。

人の壁、茶番劇を観劇する人で何が起きているの分からない。

 ホールの二階の貴賓席へ空間移動という魔法を使い人だかりの中心を見下ろす。ここには皇族用でまだ誰もいない。



「……それだけじゃない!お前はカトリーナに魔力を使って脅迫をしたり、殺害しょうとした!許されることではない!」

 第一皇子のアンドレアス・バージル・デルヴィーユは軽蔑するようにマリアンナを見下ろしている。特定の女の事しか頭にない皇子は演説するように声を荒げる。

 マリアンナの手には、ありもしない書類の束(大袈裟な証拠)を持って青ざめた顔で見上げている。


 (お前は知らないだろう、マリアンナはお前の婚約者になれたことをどんなに喜んでいたか) 


「うぅ……」

 爵位に似合わない豪華なドレスや装飾を着けた男爵令嬢カトリーナ・ハワード。

 鈍い金髪をツインテールにして、あめ玉みたいに大きなくりくりとした大きな琥珀色の瞳を潤ませて、怯えた様子でアンドレアスの腕にしがみつく。

「あぁ、可哀想なカトリーナ……」


 (お前の為に寝る時間も惜しんで婚約者の名に恥じぬよう首席をキープし続け同時にお妃教育を受けていた)


 この結末を話して彼女は戸惑っていたが、前向きな性格のマリアンナは、自分の悪いところを気づいて直せばいい。彼のために出来る事を頑張ればいいと笑っていた。けれど、どう努力しても気を付けても結末は同じだった。


 今のように変装して私が秘かに関わってアシストしても変わらなかった。マリアンナがどう努力しても、献身的にアンドレアスに尽くしても同じ。


 アンドレアスの心は必ずカトリーナに向く。それが、二人の運命のように必ず想いを通じ合わせ、マリアンナは断罪される。やれることはもうすべてやった。だが、恋心(マリアンナの気持ち)は変えられない。諦めてくれない。


 この数日後には、アンドレアスとカトリーナは結婚して翌日、皇帝が病死。その後すぐにアンドレアスが皇帝になる。


 マリアンナの最期は二つ。一つ目は、爵位剥奪され国外追放された先で皇子が雇った刺客(何者か)に殺害される。二つ目は、民衆の前で絞首刑。

 ジェンナー伯爵家は没落。彼女が亡くなった後この国は、どんどん良くないことが起こり始める。


 他国でも同じような騒動が起きたり、父の故郷であるディローレンティス王国で大量虐殺、魔物の襲撃、横領、人身売買。それらに関与したとされる一人の令嬢が魔王と手を組み国を滅亡しようと画策したとニュースになった。だが、魔王討伐と同時にその令嬢も勇者が討伐したと情報が流れた。


 その諸悪の根元でもある令嬢は、私の従妹だ。そのあとすぐにユラミラの要塞は、なんの前触れもなく崩壊した。それにより敵国の人間が国内に、いつの間にか侵入してきていた。盗みや殺人も横行し治安は悪くなる一方。

そんな混乱の最中、マリアンナは無実だったと言い出し、ジェンナー伯爵に戻ってくるよう要請が入るが彼らは既に国を出ていった後だ。もし、いたとしてもジェンナー伯爵がアンドレアスに忠誠を誓うことはない。


 無実の娘を断罪し、連日酷い拷問を受け続けられ殺されてしまったのだから許せるはずがない。

 ここまでして、間違いだったなんて許せるはずもない。


 そんな彼女を牢から連れ出してもマリアンナの心は相当なダメージを受け、嘆き悲しみ自害した事もあった。

 『師匠、ごめんなさい』と何度も謝ってだんだん衰弱していく彼女は見てられなかった。師匠として愛弟子になにも出来なかった。

まだこの目に焼き付いている。そして、この断罪の瞬間を見ると特に頭を過る。



 赤い瞳が愛弟子を追い詰めた男を睨み付ける。



「睨むなら、助けてやらないのか?」

 低い声に現実へと引き戻されて顔を上げる。輝くような金髪に赤い瞳の少年ーーディルク・チェイス・デルヴィーユ。第四皇子で皇位継承権も末席の男。アンドレアスとは異母兄弟で私と同じ年。今は他国に留学している。

 私の親友で同じ師をもつ兄弟弟子でもある。彼の兄や側近経由でマリアンナの状況を知らせてくれたのだ。彼らには助けられた。

魔力も同じくらい高くなんといっても気を許せる相手だ。この国は貴族の魔力持ちは重要なのだ。

それ故に私とディルク、マリアンナは国内で魔力が高い事で有名だ。


 ディルクの方は魔力の高さから、本来なら皇帝に近いだろうが、彼が玉座に興味ないのと母の爵位が子爵。アンドレアスの母は公爵という理由で上になるのは難しい。

 かといって魔力のないアンドレアスは、その地位を確実にものにするために取り巻きがマリアンナとの婚約を勧めた。


「はぁ……お前の兄だろう。あのクズを何とかしてくれ」

「いやいや……末席の僕があの愚兄を何とかするなんて出来ないよ」

 まるでお手上げと言いたげに耳の高さまで両手を上げてわざとらしく肩を竦める。諦め口調の親友の気持ちもわからなくもないので、これ以上言うのをやめた。


 再び下のホールへ視線を戻す。

「……見ろよ、近衛騎士団長の公爵令息に、あれは宰相ところの侯爵令息、大商会会長とこの子爵令息、グリフォン教団大司祭のご子息、愚兄の周りは権力の見本市だね。見てくれもいいし、こう並ぶと壮観だ」

 感心したようにそう言うが、童顔のディルクの顔は不快そうに歪む。


「人付き合いはあまり得意な方ではない愚兄があんな面子を揃えられるなんて不思議だね」

 騎士団長の子息は抜き身の剣をマリアンナに向けて、アンドレアスとカトリーナは後ろへ下がる。統率の取れた動きで、放心状態のマリアンナに商会の子爵令息が強力な魔力封じの枷を首につける。

 卑しい彼らは無力になった彼女に醜悪な笑顔を向ける。


「……」

「噂に聞いていたけれど、あの男爵令嬢……なかなか大物だね」

 呆れたように言いながら、ディルクは彼らを嫌悪感剥き出しで睨み付ける。

「……あの女は婚約してから帝国の金で好き勝手する類いの女だな」

この言葉は皮肉ではなく未来で起こることだ。

「それについてはもう既にアンドレアスのお陰で贅沢三昧だよ」

そう言って乾いた笑いを溢す。



 不安そうなカトリーナは一瞬ニヤリとマリアンナを見て嘲笑う。

「……お前には悪いが、あのクズが皇帝の座につくことがあれば、どんな手を使ってでもお前に座らせる」

「それは、恐ろしいな……」

 そう言うディルクの目は氷のように冷たい眼差しで見下ろしている。

「……」


「でも、君には同情するよ。なんだっけ、『賢者様の教えに無実の弟子が傷つけられたら、師としてその者に報復を』だっけ?……野蛮だよね」

 知ってるくせに聞いた話のように言うディルクは、悪い笑みを浮かべ私に視線を向ける。


私達の師匠は同じ人で他国の方だ。様々な魔術にも詳しく笑顔の似合う爽やかな雰囲気だが、中身は腹黒で化け狸のような男だけど、弟子想いの良い方だ。

私が他人に害されれば全力で相手を排除してくれるだろう。想像するだけで寒気がする。


「何故、他人事なんだ?お前の師でもあるだろう」

「……僕も許せないよ。レオの弟子は僕の弟子でもあるし、それに1人の女性を男が取り囲んで総攻撃するなんて……これでも、腸が煮えくり返ってるんだよ」


「……」

「僕はね、あいつらを殺したって怒りがおさまらない」



 数日後、マリアンナは不敬罪で処刑。すぐに皇帝の突然死。アンドヘアスは皇帝になった。


 そのあとは、水を得た魚のようにアンドレアス側の人間をディルクと殺し回った。


 謁見の間に演者が揃う。


 アンドレアスとカトリーナ、他の取り巻きは楽に殺してやらない。魔法で浮かせて宙吊りにし、恐怖して痛め付けた。


 血塗れのディルクは黄金の玉座に座り狂ったように嗤い助けを乞う愚かなアンドレアスにこう言い放つ。


「無実のマリアンナの最期は潔かったぜ?僕らが処刑を取り止めて欲しいと父上に直訴した時、お前はなんと言った?」

 足を組み、右側の肘置きに肘をついてアンドレアスを見るその目は怒りに染まっている。


 『罪人を許してはならない』


「ぐっ……」

 アンドレアスは思い出したのか顔を歪める。

「こんなこと許されないわ!彼は皇帝なのよ!あたしはっ!!」

 状況が理解できないのかカトリーナはヒステリックに喚く。

「貴様に喋る許可は与えてない」

 叩きつけるように宙吊りのカトリーナを落とす。

「いっああああーーー!!」

アンドレアスとその取り巻きは叫ぶ。

「「「カトリーナ(様)!!」」」


怒りに染まる赤い瞳がカトリーナを見下ろす。

「貴様はは少しは反省しろ。庶民だけ税金上げやかって……あと武力は野蛮だから騎士を減らせ?頭イカれてんのか?てめぇはこの国の状況が分からねぇのか?」

ディルクの氷点下まで凍りつきそうな怒りを孕んだ低い声が謁見の間に響く。


「ひっ……」

カトリーナの怯えた悲鳴が漏れる。

「お前のお陰でこの国は隙だらけ、ダインスレイフの人間が入り放題、治安も情勢も悪化した。要塞も無くなったから、もうこの国は終わりだな。そのうち攻められて民は大勢死ぬ」


「あたしは悪くない!アドバイスしただけ!決定したのはアンドレアスだもん!要塞もあたしは関係ない!!」

 痛め付けたのにまだ屈しないこの令嬢の精神力の強さには脱帽だ。皇帝のお陰であっさり皇帝付き騎士で宮廷騎士団団長までに上り詰めた公爵子息でも気絶したのにこの女はまだ喋れるらしい。


「か、カトリーナ……」


 あっさりと見切られたアンドレアスはカトリーナの言葉に顔を更に青ざめる。

「……そうだな。このバカが悪いよな。だけど、お前が悪くないわけないだろ。同罪だ」

「……あたしたちを排除して貴方が皇位を継ぐの?フッ……貴方に出来るの?皇位継承権最下位なのに?」

 カトリーナは、まだ嘲笑う元気があるみたいだ。


「心配には及ばん。この国を潰して膿を取り除いてから、もう一度新しい国を建国する」

「え?」

「もう別の地に鞍替えする準備は既に出来ておる。これは最後の仕事だ」

「「!?」」


「なぜだ!ディルク……お前は玉座に興味は無かっただろう?」

 青ざめた顔のアンドレアスは声を震わせてそう言った。

「なぜもなにもアンドレアス、お前が焚き付けたんだろう?マリアンナさえ殺さなければ、レオも僕もここまでしなかった」

「!」

アンドレアスは両目を見開き驚愕の表情を浮かべ、カトリーナは顔を歪めて舌打ちをした。



「マリアンナはレオの弟子だ。僕とレオは、同じ師を持つ兄弟弟子。レオと僕の師匠がさぁー、よく言っていたんだ。師は無実の弟子が誰がに傷つけられたら、徹底的に報復しろって教えられてんだよ。レオの弟子は僕の弟子だ。俺達は、その教えを守っただけだ」

 当たり前のように告げるディルクの言葉にアンドレアスは絶句する。

「な……」


「あの時あのホールでお前達の所業を見ていたよ。あの場で必ずお前達を八つ裂きにしてやるって決めたんだ。知らなかっただろ?」

 ディルクは怒りに塗りつぶされた赤い目でアンドレアス達を睨み付ける。

「ひっ!!?」


 レオナルドはディルクが座る玉座の空いた左側の手すりに腰掛け、手品でもするようにパッと魔法で出したボンボンショコラを親指と人差し指で摘まんだ。

 中には濃厚な生チョコとオレンジピールの爽やかな味で口内が満たされる。


 マリアンナに初めて会ったときあげたボンボンショコラにはビターチョコに包まれたイチゴミルクのガナッシュとイチゴのコンフィールで彼女の好物だった。

私の好む味は好きではないみたいだ。私は紅茶派で彼女はカフェオレ派。食の好みは合わない事が少し寂しい気もする。


品行方正、学園内の彼女への評判は悪くはない。投獄された彼女のために私のところへ持ち込まれた彼ら以外の全生徒の嘆願書の束。結局、生かすことは叶わなかった。私やジェンナー伯爵家、皆の願いは届くこともなく、ありもしない罪をでっち上げられあっさりと殺されてしまった。


後になって「あ、勘違いだった」なんて言われても許されるはずもない。そのせいで人が死んだ。マリアンナだけではない。彼女の母親も友人もその死が受け入れられず悲しみにくれ自ら命を絶った。

 だから、とか殊勝なことは言わない。ただ弟子が無実の罪で殺された。その事実だけが師匠として出来ることは復讐だった。そう私の師匠に教わった。

 その命を守ろうと手を差し伸べても断られ、涙を拭うことすらもさせて貰えなかった。

大事な弟子を殺した奴らだけは許さない。





「くだらないわ」

 女の低い声が響く。最高級のドレスと豪華な装飾を身につけたカトリーナの声だ。

「師匠?弟子?だから何?そんな些末なことで反乱を起こすの?あの女は運が悪かっただけ!ていうか、アンドレアスに疎まれてるのにも気付かず暢気に婚約者面したバカな女よ!魔力が高いからなに?無駄に高いくせに聖属性魔法も使えないのよ?」

 カトリーナは嘲笑いながら自力で捕縛していた魔法を解いて立ち上がる。いつの間にか彼女の手に国宝の聖剣エターナルエクスカリバーが握られていた。勝ち誇ったようにニヤリと笑う。

 この聖剣は、国が出来る以前にあの要塞の由来ともなったユラという聖女が魔物に狙われやすかったこの地に結界としてその剣を置いていったのだ。


 (……あれ、今回は早いな。いつもなら生かされたこの女が、新しく創設した国まで来てディルクを殺そうとして……)


 その場にいた全員が聖剣をもつカトリーナをみて目玉が飛び出るくらい凝視する。そのありえない光景に釘付けになり息を飲む。


「か、カトリーナ……そ、それ……」

 青ざめた顔のアンドレアスの声は目の前のことが信じられず声が震える。

「聖剣よ。あたしが聖女だもの!何年もこの聖剣()は聖女を待ち続けた聖剣()!抜いてあげないと、魔物どころか魔王も滅ぼせないわ!」


捲し立てるように叫ぶ彼女の言葉に空気が凍りつきカトリーナの取り巻きの顔は更に青ざめる。ことの重大さを理解できてないお花畑の女は勝ち誇った顔をする。


「ハッ」

 ディルクは呆れて乾いた嗤いを溢す。

 ユラミラの要塞が崩壊し、次は愚か者の手によって聖剣は抜かれた。抜かれた聖剣を元に戻せるのはユラと同じ聖女なければ出来ないだろう。


 愚か者の行動に凍りついた謁見の間。おめでたい思考回路のカトリーナに向かってディルクは盛大に拍手をした。

「あーすごいすごい。()()()()()()だ」

 皮肉をいったつもりが勝ち誇った顔のカトリーナには理解されていないようだ。


 アンドレアスは頭を抱えて全身がガタガタと震え取り乱す。

「お、終わりだ……この国は……俺の代で………クソックソクソおおおお!!」

「アンドレアス?本当に腑抜けね。カルロス貴方に任せわ!反逆者を倒しちゃいなさい!」

 カトリーナの魔法で宙吊りにされた皇帝付き騎士にスピード出世した公爵令息を下ろすとそう叫ぶ。床にうまく着地した彼はカトリーナの行動に困惑していると聖剣を握らされる。

「あ……」

 まるで喜劇を見せられてるようで頭が痛い。



「はぁ……嘆かわしいよ。この国には貴族でありながら、歴史を知らないやつがいるなんて。僕はかなり驚いているよ。レオ」

 ディルクはため息をつきながら私に投げ掛けるが、いつもと違う展開に少し驚いて反応がおくれて、戸惑いながらカトリーナを見る。

「……」

 変わった奴は好きだが、こんな展開望んでない。


 何の反応もしない私をディルクは、たいして気にしていない様子で言葉を続ける。

「本当にお前は、碌なことしないな。何が聖女だ笑わせるな。レオはお前より聖属性魔法が使える」

「!!」

 カトリーナは驚き私の方を凝視した。

「そこは張り合うとこじゃないだろ」

「いやいや、この身の程知らずに一言言わないと気がすまねぇ」

「なんだそれ」


「何よそれ!聖女は、あたしよ!負け惜しみじゃないの?」

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めてもまだ強気にでる。

 私はあの自称聖女に手を差し出すように伸ばし、手のひらに五十センチくらいの杖を出してグリップを握り、杖を振った。

 キラキラと輝く光の粒子がカトリーナの回りに螺旋を描くように流れる。カトリーナは傷もドレスの汚れも綺麗さっぱり無くなる。

「……え?」

 彼女は驚き両手やドレスを見る。

 だが、私はこの女に情けなんてかけるはずもない。

 再び杖を振る。今度は頭上から雷撃を落とす。稲光がカトリーナに直撃し強い光を放つ。


「あああああああ!!!!」

 カトリーナの悲鳴が響く。落ちきるとカトリーナは衝撃で後ろへ倒れ、体はビクビクと痙攣し、強い痛みの名残に顔を歪め涙が溢れる。


「煩い」

 私は杖を振りカトリーナの体を高く浮かせそのまま落とした。

「……っ」

「ノルンリードの聖女は亡くなったのに……聖剣を抜かれちまったらもう僕らが何もしなくても終わりだな。なんか、興が覚めた……帰るぞレオ」

「ああ」

 ディレクは立ち上がってため息をつく。



「ま、待ってくれ!ディルク!許してくれとは言わない!この国のためにお願いだ残ってくれ!俺達、兄弟じゃないか!」

 すがるようにアンドレアスは懇願した。

 ギロリとディルクの冷たい視線がアンドレアスを見下ろす。

「マリアンナを断罪した日からお前は僕の兄弟じゃねぇよ」

 憎しみと怒りの籠った声が響き、私とディルクかつての母国ーーデルヴェーユ帝国と最後の別れを。

 手向けのように魔物を引き寄せるの香水を落とした。それが地面に落ちる前に二人は消えた。





 あの後は慌ただしかった。

 新しい国を作るのは簡単ではない。

 忙しくて寛ぐ暇さえなかった。


 やっと落ち着いた新しい国、()()のディルク。

「お疲れ、もうお前は休め」

「ありがとう。だが、もう時間だ」

 名残惜しげにそう言うとディルクは首をかしげる。

「時間?これから、まだなんかするのか?」


「お前に昔、話したよな。この世界は繰り返してるって」

 その言葉にキョトンとした顔をして、少年みたいに無邪気にハッと思い出した。

「あー!修行時代にだっけ?あれ、よくわかなかったんだけど」

「うん、次は百回目……業のように何度も何度も見せられて……俺は狂ってしまいそうだ。いやもう狂ってるのかもしれない。でも、また従妹や兄上に逢えるのは本当に楽しみなんだ」

「……レオ?」


「ディルク……ありがとう。お前は最高の親友だ。だけど、ここからは俺抜きで楽しんで欲しい」

 不穏な空気にディルクの顔は曇る。

「……おい」


「じゃあな」

 グシュッ!

 勢いよく背中から斜めに心臓を目掛けてぶちぶちと中身を裂きながら押し込まれ、胸の辺りに血に濡れた銀色の刃が貫く傷口から血が飛び散り目の前の親友は目を丸くした。


 根性で後ろへ倒れると、後ろに立っていた者が剣を引き抜いて後ろへ下がっていく。


 (ここも違う……いつもならカトリーナが堂々と正面から突破してくるはずなんだが)


 まあ、ディルクならなんとかなるだろう。

 私は、早く逢いたい。それだけが、繰り返しの中の唯一の楽しみなんだ。

 身体は地面に叩きつけられズキズキと痛みも視界もぼやけていく。

 目を閉じて、私は九九回目の魔術師レオナルドの人生を終えた。




 目覚めれば、そこは。


 


操作がまだなれぬポンコツですが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

このような場で投稿するのは投稿するのは久しぶりなのでドキドキしてます。

年齢制限にするか悩みましたが(別の登場人物のせい)、レオナルドくんはちゃんとしてるので大丈夫でしょう……健全が一番です(^o^;)


あ、弟子ちゃんはこの後の登場はもっと先です。


よけれは、感想、評価、ブックマーク等どうぞお気軽にしてくださいね。


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