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プロローグその二

 晩餐会が行われる宮殿は、この国の中心そのものである。政治と文化の全てがこの場所に集約されている。ゆえにその威容は見るものを圧倒する。


 王都のどこにいても宮殿を見上げるながら生活することになる。ある意味、王都に住む民はこの偉大なる宮殿に抱かれて生活してると言っても過言でない。


 特に今日は特別な日だ。長らく魔王軍と戦争していた王の帰還を祝う晩餐会である。クローディーヌ王女様この国の王族どと有力者が全てがこぞって参加する。

 本来ならばそれは王族としての名を広める絶好のチャンスなはずである。


 しかしクローディーヌ王女様はそのようなことに一切興味を示さない。今も人体の構造を説明する本に熱中している。

 嫌われることをまったく恐れてはいない。

 そのおかげで私があれこれと気を揉むことになるのだが。


 宮殿に近づくにつれ、他の出席者の馬車と行き交う。その全てが私たちの馬車よりも大きく、豪奢である。中には馬車の形を見ただけで、主の名前が思い浮かぶものさえある。

 馬車を止める場所も超満員である。まるで馬車の森に迷い込んだようだ。


 御者がその端っこに私たちの馬車を止める。

 私は先に降り、クローディーヌ王女様の手を取る。


 クローディーヌ王女様は小さく欠伸をする。


 「王女様。不作法でございます」


 「いいじゃないの。まだ晩餐会は始まっていないもの。心配しなくとも始まったら、いつものように目立たないように笑っているわ」


 クローディーヌ王女様は王族といえども、その権力は皆無に等しい。王の子供は多く存在し、その末子である。王位継承順位は3桁を優に超える。


 多額の金額が支給され大切にされているように見えるだろうが、実際は将来の政略結婚の駒としか考えられていない身分である。それゆえにクローディーヌ王女様には自由というものが著しく制限されている。


 もっともそれをクローディーヌ王女様を都合が良いと考えてるふしがある。自分の邸宅に籠っていれば思う存分に関節技の訓練ができるから。王族としての最低限の規律さえ守っていれば、国から干渉されることもあまりない。重要人物ではないから。放置されている。



 日が翳り、徐々に夜の帳が降りてくる。 


 宮殿への道すがら、数十人の騎士の群れとすれ違う。その中心にいるのは王の長女。クローディーヌ王女様と同じ金髪と美貌であるが、高慢な雰囲気が漂っている。

 護衛の騎士の数が、この国での重要度を表している。この戦争の中、数十人の護衛を引き連れることが許されているのは、この国広しといえど数人しか存在しない。


 「ごきげんよう。お姉さま」


 クローディーヌ王女様は頭を下げ、最上級の礼儀を持って挨拶をした。


 しかし相手はクローディーヌ王女様を完全に無視したまま、目の前を通り過ぎていく。付き従う騎士にも侮蔑の色が混じっている。まるで穢れたものを見てしまったかのように。関節技に狂う王女などほとんどの騎士は認めようとしない。


 それでもクローディーヌ王女様もその態度を気に病んだりはしない。いつものことだから。

 ただ無駄とわかっていても、挨拶をしないのは論外だ。相手の権威を傷つけることになる。権力とは常に多くのものに跪かれることで維持できるのだから。


 クローディーヌ王女様の住む世界はそういうルールで成り立っている。


 そのルールの中でクローディーヌ王女様は嫌われ、放置されている。

 剣さえ持ったことのない王族が大多数である。クローディーヌ王女様は異端中の異端だ。誰も認めようとはしない。露骨に嫌うか、無視するかである。



 宮殿の前は晩餐会に出席する人、あるいは私のように従士によってごった返していた。

 漏れ聞こえくる話題はやはり戦争に関することが多い。その他には今夜の晩餐の内容や王の近況など。


 完全に日が落ちたにもかかわらず多くの灯りが周囲を照らし、まるで昼間のように明るい。これほどの油を惜しみなく使用できるのはここだけだろう。

 クローディーヌ王女様の美貌もここでは、さほど目立つことはない。むしろドレスや宝飾品が貧素にさえみえる。


 突然クローディーヌ王女様が立ち止まり、華奢な両腕を組む。そして私の方に振り返った。


 「ねえ。モイモイ。この晩餐会はお父様も臨席なさるのよね?」


 「はい。間違いありません。それがどうかしましたか?」


 それを聞いて、クローディーヌ王女様はニコリと笑顔になった。普段の笑顔とは少しだけ違う。その表情は16歳という年齢よりも幼くみえる。


 長くお仕えした私だからわかる。あれは何か悪いことを思いついた時の笑顔だ。しかも間違いなく関節技がらみの。そもそもクローディーヌ王女様は関節技以外でわがままをまったく言わないのだから。そうに決まっている。


 それまで生気のなかったクローディーヌ王女様の青い目が輝いている。


 「せっかくお父様がいらっしゃるのだから、お願いしたいことを思いついたの。少しくらいのわがままは許されるでしょう?1年に1度会えるかどうかなんですから」


 嫌な予感がした。それも特大の。


 王はクローディーヌ王女様を甘やかしている。王族の中では唯一の味方といってもよい。50歳を超えた年齢でできた子供であることもあるし、地位も与えずに放置している負い目も恐らくあるのだろう。


 「それはそうですが。何をお願いするつもりでしょうか?」


 クローディーヌ王女様は唇に人差し指を当て笑った。


 「内緒」


 それ以上何度聞いても、クローディーヌ王女様は黙ったままであった。ただ楽しそうである。いやそれどこかいっそ好戦的でさえある。戦いに赴く乙女。そんな馬鹿な。


 結局そのままクローディーヌ王女様そのまま宮殿の中へ一人で行ってしまわれた。


 身分の低い私では特別な許可がないかぎり、宮殿の中に入ることは許されない。当然、晩餐会も出席することはできない。そのかわり身分の低い騎士は晩餐会が開いている時間は、宮殿の外で警護する役目が与えられている。


 その間クローディーヌ王女様を警護するものがいなくなるが、その点については私は心配はしていない。そもそも宮殿そのものが主と共に来た従者に警護されて、怪しいものは近づくことさえできない。


 さらに王の警護がいる。この国の最高の騎士たち。騎士である私からみても化け物揃い。あの最強の騎士たちが宮殿内の狼藉を許すはずがない。

 そもそもクローディーヌ王女様の価値は晩餐会で暗殺するほどの危険に見合うものではない。嫌われてはいる。しかし仮にクローディーヌ王女様を暗殺したとしても得るものなどないに等しい。


 私が警護を指示されたのは宮殿の中庭、その窓の下であった。通常であれば警備の必要すらない場所。あまりにも多くに人数が晩餐会に出席しているため、警備の人数も余っているらしい。


 静かであった。微かに背後の壁から嬌声が響いて来る程度。

 クローディーヌ王女様は晩餐会で上手く立ち回れているだろうか。


 もちろん気は抜けない。だがこう一人きりだと色々な考えが頭に浮かんでしまうのを止められない。


 クローディーヌ王女様は王に何を願うつもりなのだろうか?


 関節技がらみであることは間違いない。

 新しい訓練の相手を願うつもりだろうか?

 しかしそれは以前に試したことがある。そして期待通りにいかなかった。


 クローディーヌ王女様の訓練の相手を務めるのは、至難の業なのである。強すぎればクローディーヌ王女様を傷つけてしまう。弱すぎればクローディーヌ王女様に壊されてしまう。

 クローディーヌ王女様は関節技に関しては一切の妥協はない。実際に何人も壊して、新しい相手を呼ぶことが国から禁止された。


 それもこれもこの世界に関節技の専門家が存在しないことが原因だ。


 だが考えてみて欲しい。関節技というものは相手に極めて接近しないと戦うことができない。実践は常に密着した状態から始まる私との訓練とはまったく違う。

 そして一般的な人間が用いる武器は剣と魔法。戦う間合いが違いすぎる。魔法は遠距離、剣でも素手で叩くよりもはるかに広い間合いを持つ。

 そして万が一接近された場合でもわざわざ相手の関節狙う必然性はない。ナイフ一本持っていれば、十分に戦える。


 一応騎士の技の中には関節技もあることはある。しかし余技。余技のなかの余技。剣の修行に飽きた時、遊び半分に学ぶようなものだ。

 実戦で使おうなどとは誰一人考えようともしなかった。


 それを、その遊びをクローディーヌ王女様を極めようとしている。


 それは間違いなく。

 合理性の欠片もない愚行である。


 だからこそ関節狂いの王女と蔑まれる。あるいは王族のお遊びとして無視される。


 それらの中傷に対して私は反論できない。確かにクローディーヌ王女様の行動には合理性が欠片もない。


 だがそれでも私だけはクローディーヌ王女様を信じる責任がある。


 過去私はクローディーヌ王女様繰り返し問うた。


 「なぜ関節技に固執するのですか?戦闘技能としては他にいくらでもあるはず」


 クローディーヌ王女様の答えはいつだってたった一つ。


 「固執?いいえ違うわ。炎よ。内なる炎が私を燃やし続けるの」


 それはもはや狂人の領域。

 不合理の極み。


 だが自分自身ですら制御できない衝動をいったい誰が止められようか。

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