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僕と彼女と

僕と彼女とあの歌と

作者: 山川空海

初めて彼女を見たのは、終電後の駅前だった。

彼女は誰もいない空間に向かって、語りかけるように歌っていた。

知らない歌だった。

でも、何故だか涙が出ていた。

僕は泣きながら、邪魔をしないように息をひそめて彼女を見ていた。

やがて歌い終わった彼女は、ひとつ息を吐いてから少しだけ笑った。

どこかへ帰って行くのだろう彼女を、僕はそのまま見送った。


次の日も、彼女はそこで歌っていた。

昨日と同じ、僕の知らない歌だった。

僕は泣いた。

涙を拭って、僕は彼女の歌を聞いていた。

彼女は歌い終わると、やっぱり少しだけ笑った。


何日も、そうして彼女を見ていた。

僕が知らなかった歌は、知っている歌になった。

涙はもう出なかったけれど、代わりに笑顔を出せるようになった。

彼女は歌い終わるといつも、少しだけ笑ってから帰って行った。


ある日、歌い終わって少しだけ笑った彼女が僕を見た。

彼女は驚いたように目を丸くすると、走って行ってしまった。


彼女がもうあの場所で歌ってはくれない気がして、僕は寂しくなった。


次の日、彼女はやっぱりそこにいた。

僕を見つけると、彼女は僕に駆け寄った。

驚いた僕に、彼女は笑った。

昨日のお詫びと、歌を聞いたお礼の言葉をくれた。

僕が歌ってほしいと言うと、彼女は照れたように笑った。

そして、僕の隣で歌ってくれた。


それから彼女は、毎日僕の隣で歌ってくれた。

そうして、いろんな話をした。

彼女がプロの歌手を目指していること。

でも自分の歌に自信がないこと。

だからここでひとり歌っていたこと。


僕に歌のアドバイスはできなかったけれど、彼女の歌が好きだと伝えた。

彼女は、嬉しそうに笑ってくれた。

僕は彼女の歌だけじゃなく、彼女を好きになっていた。


その日も僕は、彼女の歌が聞けると思っていた。

けれど、彼女は来なかった。


次の日も、次の日も、次の日も。


随分たって、駅の近くのテレビ画面で彼女を見かけた。

彼女は、画面の向こうで歌っていた。

歌い終わって、彼女はやっぱり少しだけ笑った。

僕は泣きながら、彼女を見ていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼の独白が胸に響きました。 切ない……でも、その分だけ、二人の思い出の分だけ彼女の歌はより輝くそんな気がしました。
[一言] 切ないお話でした(´;ω;`) 『僕』は『彼女』がデビュー出来て嬉しい反面、手の届かない存在になってしまって、とても淋しかったと思います。 女の子は、どうして何も言わずに来なくなったのか…
[一言] 甘酸っぱい青春。そこから始まるラブストーリーはどこですか! 彼はマネージャーになって、一緒に武道館を目指したりはしないんですか! 
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