プロローグ
肌を刺すような寒さを纏った夜風を切りながら、男は夜道を走っていた。
軍服のような上着を夜風にバサバサと靡かせながら走り続ける。
目的は『敵』だ、自分に連絡があったのはつい数十分前のことだ。
通報によれば、『敵』が一匹、民間人の少女を一人攫い森の中に逃げ去ったらしい。
一緒にいた友人はたまたま離れた位置にいたらしく、被害者の女性が森に引きずられていく光景に恐怖しながらもなんとかその場を逃げ出し、通報。
そして自分が出向いたというわけだ。
『敵』は危険だ、どんな能力を持っているか?どんな見た目をしているか?人間とは違い、同じ種族であっても個体によって様々なのだ。
すぐに用意を整えて、少女が連れ去られた森の入口に向かったのがつい数十前の出来事。
やがて到着した町外れの森は、少し先の景色すら分からないほど、夜の闇に包まれていた。
(森に入って行くべきか…)
自分の『能力』は、今この状況には向かない
どんな『敵』なのか、姿も能力も戦闘力も分からない、しかも敵地で真夜中の森の中、一方的な不意打ちを敵はさぞやりやすいだろう。
自分の『能力』は接近戦を得意とするのだ
もしも敵が遠距離攻撃を得意とするタイプであれば最悪、いい的だ。
そう分かってはいても時間がない、今この瞬間にも少女がどんな目にあっているか分からないのだ。
殺される、敵が悪辣だった場合には殺される前に「お楽しみ」が待っているだろう
今自分が行くしかない。
(この力を誰かの役に立てたいと決意したから、俺はここに居るんだ)
男はそう覚悟を決めると己の『能力』、黒色の鋼を生み出す能力を発動させる。
ブン……と低い音を鳴らしながら、男は上着だけを残して、頭の先からつま先まで己を鋼で包んでいく。
数秒後、そこには黒色の鎧を身に纏った者がいた。
両目の位置には紫色の光が灯り、上着だけは変わらず風に揺れている。
夜の闇に黒の鎧が溶け込み、二つの紫色だけがはっきりと光っていた。
こうして男は戦闘態勢を整えると、森の中に走っていった。