第九話 便り
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主人であるゴトーの書記机の一角に、小さな箱が新たに置かれるようになった。中は半分に区切られていて、一方には便せんがたくさん入っていて、もう一方は空っぽだ。空になっている側の底じきには魔法陣が描かれていた。
たまにメリッサがどこかからこの箱宛に手紙を送ってくるようで、彼がそれを読んでいる姿が伺える。
「ゴトーさまは手紙に返信しないのですか?」
部屋を掃除しながら、机の脇に積み重なった手紙をちらりと見ながらゴトーに聞いてみた。
「俺はROM専だ。というか、返信したくても俺たちは魔法が使えないから送りようがないだろ」
「だったら誰かに頼んで送ってもらえばいいではないですか。ドリスおばさんとか、冒険者のキースにわたくしからお願いすれば送ってくれると思いますよ」
ゴトーはうーんとしばらく何かを思い出すような素振りを見せてもう一度口を開いた。
「送る本人が知っている場所か受信先に本人の魔法陣がないと送れないらしい。確かこの間メリッサがそう言っていた」
「そうなんですね。それはEmailを送るときにアドレスが分からないと送れなかったり、リンクが貼られてないとアクセスできなかったり……みたいな状況というわけですか」
「そういうことだな。なんにせよ、今度ドリスに魔法陣を書いてもらってそれをメリッサに持って帰ってもらえばいいだけだ」
「なるほど。リンクできれば手紙のやり取りができるわけですね。そう思えば通信技術は魔法よりも優れていますね」
ミレーは数カ月前まで当たり前のように使っていたスマホやパソコンのことを思い浮かべながら、通信技術の素晴らしさを噛みしめた。
手紙程度の質量の物は子どもでも扱える魔法のようで、このように魔法でやり取りされる。
そのため郵便配送業というものはかなりマイナーな仕事で、利用料金もかなりかかる。その上会員システムを取っていて誰でも利用できるわけではない。それにたとえ会員になれたとしても一度の配送で金貨1枚はさすがに支払えない。
一般的な収入で約4年間飲まず食わずでやっと貯まる金額だ。
「こんなサービス誰が利用するんですかね」
ミレーが利用料金を聞いて驚いた。
「この料金には信用料金が含まれてるんだろう。例えば今まで交流のなかった者が新たに交流を築きたい場合に、富豪や貴族御用達のサービスで手紙が届けられたら箔がつくんじゃないのか。」
「後ろ盾がつくということですか」
「そういうことだな。信用というのは自分で証明するよりも、もうすでに信用のある者の手を借りた方が手っ取り早いからな」
「うーん。上手くできていますね」
新しく知った仕組みについて納得していると、ゴトーがミレーを見ながら口を開く。
「俺は基本的に上の立場だったからな、こんなシステムを使う側ではなかったのだ。何せ勝ち組だったのだ」
椅子にのけ反りながらそう豪語して、自分の存在価値をアピールする。その自信満々の姿はもう何度も見てきた。はっきり言って見飽きた。
「はいはい、勝ち組は過去の栄光で今は完全なる負け組だということをいい加減理解しろ。この勘違い底辺が」
ミレーが主人の部屋の掃除を終えて下の階に降りていくと、商人が何人か宿の部屋を取りに来ていた。
ひと月前に旧街道の料金値下げが交付されてからここを使う商人がかなり増えた。施行はまだされていないが、新しい経路の確立や、新しく使うことになる道の確認のために先行投資しているのだろう。
今の季節は冬で、青果を運ぶのにも日数をかけられる。将来的にこのルートをル要するか検討する商人が流れてきているのだ。
黄昏館に訪れた彼らを各部屋へ案内して、宿泊料金を受け取った。
金庫の小銭袋を揺すればちゃりちゃりと子気味のいい音をたてる。そこに今支払われた銀貨も追加した。
おかげさまで金庫に入れてある貨幣はたまる一方で、嬉しい限りである。もっともこれらのお金はいずれメリッサに支払うこととなるものだ。
外では凍てるような風が吹いているが、ミレーの心は春の日差しのように凪いでいた。立てた計画が上手く運ばれているのを感じて、彼は幸せそうにふふん。と笑みをこぼした。
「さて、しょうがないご主人様にまた冷えたパンとミルクを差し入れてやりましょうかね」
食堂へ入ると、ドリス他にもう一人村の若い女性が一緒にきていた。ふたりは少し似た顔立ちをしているところを見ると親子だろうか。
「あぁ、ミレーちゃん、丁度よかった。この子私の娘のジリアン。最近この食堂も私たち二人じゃとてもじゃないけど、回らなくなってきただろう。だからこの子もここで雇ってくれないかい?」
見た感じ14、5歳といった感じだろうか。幼さが残る顔立ちをしていた。
「初めまして、ミレーです」
ミレーは相変わらず外套を被ったまま、小さく礼をした。ドリスとジリアンは首を垂れる姿を変わったものを見る目で見つめた。恐らく丁寧にあいさつをしているということは伝わっただろうが、それに対してどのように反応をしていいのか分からなかったのだろう。
その様子に気づいて、彼は慌てて右手を差し出し、改めて握手をした。
今度は見慣れた挨拶に安堵して同じように彼女の右手を差し出した。
「初めまして、ジリアンです。ジルと呼んでくださいね」
顔一つ分背が高いジリアンを見上げて彼はにこりと笑った。そしてここで働く上で注意してほしいことを彼女に伝えた。
「ドリスおばさんにはお伝えしていますので、聞き及んでいることかと思いますが、ここで働く上で、注意していただきたいことがあります」
「えぇ、母さんから聞いているわ。貴方の外套のフードを脱がせたり、頭に不用意に触ったりして欲しくないということでしょう」
設定上大きな傷があるのでそれを見られたくない。ということにしている。不用意に触られたりフードを脱がされたりして角を見られれば一環の終わりだ。いくらミレーのことを信用してくれているドリスとは言え、奇怪な姿を見れば、近寄らなくなることは目に見えている。
「あと、主人の部屋へは立ち入らないようにしてくださいませ。主人のゴトーは心に病を抱えていまして、人と会いたがらないのです」
「あら、そう……それは残念ね。母さんもお世話になっているから、ご挨拶をしたいと思っていたのですが、そういうわけにはいかないのですね」
ゴトーは精神疾患を患っていて人とは会えない。という設定だ。
自分以上に人外な姿をしている主人を人前に晒すことは断じてできない。
「ドアの前から声を掛けていただければ、返事はするかと思いますので、そうしていただければ助かります」
「まぁ、それはいい考えです。ではさっそくご主人に挨拶をしに行きましょう」
無邪気な笑顔で嬉しそうにはしゃぐジリアンを見て、この子もそのうちゴトーのことを受け入れてくれるようになればいいなぁ、という考えを巡らせていた。
コンコン。
ドアをノックして部屋の中の主に声をかける。
「なんだミレーか? 入ればいいだろう」
ドアの近いところで話している声が聞こえる。おおかた書記机でメリッサからきた手紙をまた読んでいたのだろう。
「先ほど下の階にドリスの娘さんのジリアンが同じくここで働かせてくれないかと尋ねてきたのです。これから多忙になってくるのは目に見えていますので、彼女を採用いたしました」
「……そうか」
はっきり言って全く興味が無さそうな返事が返ってきた。
「それでですね、彼女らがゴトーさまに挨拶をしたいと言いうことで今部屋の前まで連れてきていますので、お話を聞いていただけますようお願いいたします」
そう言ったミレーに促されて、ジリアンと母親のドリスは一歩ドアに近づいた。
ふたりは緊張しながらも主人に挨拶を済ませると、部屋の前から去ろうとした。
「ジルと言ったな」
中から少し興味ありげな声が返ってきた。
「はい、何かご入用でしょうか」
ジリアンはもう一度部屋の方に踵を返して、ドアの前に立った。その瞬間ミレーはゴトーが言いそうなことが大体予想できた。メリッサに会ったときの第一声が頭の中でこだました。
「愛でろ」などと14、5歳の無垢な少女に吐き捨てていいセリフではないのだ。
その言葉が発せられる前にドアをドンと叩いて少し威嚇した。
「ご主人様。犯罪です」