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失楽園の美女と魔獣  作者: 織田 智
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第七話 再会

 「お金がありません」

 「分かっている。俺も少し焦っているのだ。」

 「テメーが先週わたくしの作った帳簿を丸めて捨てたから何か策があるかと思ったのですが、まさか……。―——となると、策なし、金なし、能なしの3なし主人ですね。情けないで――……あうっ!」


 ミレーはゴトーに頭をはたかれた。


 「違う。メリッサが戻って来ないという事態になればまた策の練り直しだ」


 メリッサがここを訪れたのが一週間以上前だ。こんな電話もない場所で連絡の取りようがないため、あちらがこの黄昏館に再び足を運ぶのを待たなければならない。

 いかんせんこの3なしコンビは町には出られない。

 彼女を信じて待つのか、はたまた最初から彼女はいなかったものとして新しいプランを進めるのか、ミレーには主人がどのように考えているのか分からなかった。


 「ここまでかけた時間は惜しいが、損切ができずに金は稼げない。今日あの女が来なければ最初からあいつはいなかったものとして切る」

 「了解しました」


 そうだ。メリッサとの繋がりは惜しいが、事態は緊急を要した。

 家計は火の車なのだ。

 

 ミレーはゴトーが書記机に置いてある本を一冊手に取ったのを見て、口を開いた。


 「今日も読書ですか?」


 ここに来てもうじき4カ月だ。たまに館を出てどこかにふらりと散歩に出かけることはあるが、ここにいればゴトーは基本的にずっと自室の長椅子に座って魔女が残した本を読んでいる。


 この世界に来た時から感じていた疑問だが、この国の者との会話もこの国の言語を読むのも問題なくこなせている。これは魔女の魔法の効果だと解釈している。


 書斎には本棚に入りきらいぐらいの本が所狭しと置かれている。主に魔法に関する本が多く、読んでいる分には面白いが、いかんせん自分たちは魔法が使えない。


 言葉の壁を取り払ってくれたのなら「魔法も使えるようにしてくれたら良かったのに」と何度も思ったが、もうそろそろ諦めがついてきた。

 使えないものは、使えないのだ。


 「いや、今日は気分転換に森へ散歩にでも行ってくるか……」


 ゴトーは手に取った本を机の上に戻して、窓の外に目をやった。外は北風が強く吹いていて、枯葉が乾いた音をたてながら空を舞っている。


 「引きニートのゴトーさまがお出かけとは……」


 また頭をはたかれそうになったが、今度はそれを回避して部屋からとっとと退散した。


 階段を下りていくと玄関に人の気配を感じた。慌てて外套のフードで角を隠して客人を迎える体制を整えた。


 「ようこそ黄昏館へ」


  ◆


 「メリッサ! メリッサ・ルカノルム」


 名前を呼ばれて振り返ると、騎士団長のウィリアムが自分の姿に気づき呼んでいた。


 「お前が先日持ってきた議題に関して審査が終わった。早速商人を中心に触れを出して、次の春から施行されることになった」

 「えぇと……。旧道関所の料金引き下げに関してですか?」


 一瞬何の話か迷ってしまったが、先週彼と話したことの記憶を辿りながら確認を取った。


 「そうだ。お前がそれ以外の有義な提案をしたか?」

 

 この人はいつも一言多いのだ。だからこそメリッサが団長を苦手な理由のひとつでもある。頭の中で反抗的な態度を取ってみせるが、それが口に出されることはない。


 「よかったです。これで活気が少しでも戻ってくれば、旧街道の方たちの生活が楽になりますからね。議題に出していただいてありがとうございました」


 ウィリアムのことは苦手だが、言ったことは実行する行動力と、望んだものを手に入れる能力は素直に尊敬できる。一言で言えば有能だ。

 だが凡人のメリッサにはその有能さが恐怖に映っていた。


 「わたくしは今日で中央騎士団への務め任務が終わりますので、明日にでも村の様子をまた見てきますね」


 そうだ。あれから10日が経ってやっと自分の領地に戻ることができる。首都エレスでの任務もさほど苦ではないが、四六時中中央の騎士団員と過ごさなければならないという点は好きにはなれない。領地に不利になる発言や行動をしないように気を張り続けるのがメリッサには向かないようだ。



 翌朝メリッサの領地であるルカノルムから交代の騎士が領地の館に到着し、メリッサの上洛任務は終了になった。

 長期任務が終了すると10日間の休暇が与えられるため、他領に観光に行ったり社交に勤しんだりする者が多いが、彼女には行くべき場所があった。


 「メリッサさま、このまま領地に直帰されるのですか? どこかに寄られるのでしたら、わたくしめもお供いたします」


 メリッサの付き人であるエマは基本的にどこにでもついて回り、身の回りのすべての世話をしてくれる。


 「えぇ、先日お話しした「黄昏館」という宿屋に寄ろうと思っています」

 「それって、奇怪な魔獣がいると仰っていた場所ではないですか? そのような危険な場所にお嬢様をお一人で向かわせる訳には参りません! わたくしも参ります!」


 中央に滞在するために持って来た荷物をすべて自領に転移させて領地に送ると、出発の準備は完了だ。

 荷物は魔法陣で送ることは出来ても人間や生きている生物を送ることはできない。転送中に絶命する場合があるらしいので、生きたものを転送することは法律で禁止されている。なので移動は結局馬頼みになる。


 また、一般人の魔力は大人が抱えきれるぐらいの箱に入るものを、1日1,2回転移するのが限度で、大規模な運搬は魔力がかかりすぎるため転移することができない。


 転移魔法は便利なように見えて実は送れないものがあったり、輸送コストがかかりすぎたりと、融通が利かない側面も多い。

 たくさん荷物を抱えた商人は結局のところ人力で荷物を運ぶのが一番安く済むのだ。


 ミルド村まではゆっくり歩いても夕方までには着く距離だ。時間はたっぷりあるので、街から出る前に冒険者ギルドを覗いてみた。

 ギルドの扉を開けると一気に喧騒に包まれた。

 依頼を受けたい人・依頼を完了させて報酬を受ける人・依頼をする人。まだ朝の早い時間だというのに、大人数の人が押し寄せていた。


 「ここは相変わらず賑わっていますね」

 「騎士尞の周りで生活をしているとこんな人ごみを見る機会がないので少々驚きました」


 騎士尞がある城の周りは貴族街になっていて市街地に出るには一枚壁を隔てている。

 貴族街は清潔で落ち着いた場所で、メリッサも貴族であるが故首都に住んでいてもこのような騒がしい場所はなかなかお目にかかることはない。

 城壁を出ると、市民が住む区域になっている。城に近い居住区域ほど貴族が多く、外側の城壁に近いほど貧しい市民が多い。


 冒険者ギルドは貴族エリアより一般市民に近い場所に設置されていて、様々な人が行き来する場所となっている。


 「おい、聞いたか。また新街道の方で魔獣が現れたらしいぞ。村人が見たって言ってたぞ」

 「あぁ、それでこの量の護衛任務だよ」


 話に聞き耳を立てながら依頼されている張り紙を見てみると、新街道を抜けるための午前中の任務が何枚も張り出されていた。

 おそらく商人が王都エレスから隣領の商業都市アッカザへの買い付けに行くために護衛を付けているのだろう。


 「街道の関所に加えて、護衛任務に無駄な料金を払ってたら物価が上がっちまうよ」

 「昔の街道がもう少し安けりゃ、何とかなるんだけどな」

 「だめだ、だめだ。あそこは時間ばっかり食って関所の料金は新街道とほとんど変わらないからな」


 しばらく話を立ち聞きしていたメリッサだったが、今回の関所料金引き下げで商業事情も少しは緩和されるのを感じた。


 「なるほど……」

 

 メリッサは腕を組みながらしばらく頭の中で考えを巡らせた。

 ギルドの様子を見終わってふたりは馬に乗って街を後にする。その足でミルド村に向かって歩き始めた。


 「メリッサさま、わたくし魔獣との対峙にまだ心の準備ができていません。そのように恐ろしい生き物を前にどのように振舞えばいいのか……」

 「心配することはありません。恐らく彼らは私たちをいたずらに傷つけるような真似はしないと思います」


 エマの顔を見るとだんだんと青ざめていくのが見て取れる。ついにゴトー達を見た日には卒倒してしまうのではないかと心中穏やかではいられない。


 街道に入ると関所が設けられている。通常は銀貨10枚を支払うが、貴族階級の者はその通行証を提示することで、国中の各関所で通教料金が免除されるようになっている。

 

 「エマ、関所を抜ければもうすぐ着きますよ」

 

 小一時間ほどさらに歩いて、小高い丘を通り過ぎると、麓に村があるのが見えた。


 季節はいよいよ冬で、昼下がりになるとかなり寒い。手綱を握る手が次第にかじかんできた。

 目的の場所は数日前に訪れた時と全く変わりなく、今日も訪れる旅人を待っているように見える。馬を小屋につないで宿の扉を少し開けた。相変わらず部屋の暖炉にはきちんと火が入れられていて、薪の焚けるにおいが鼻を燻ぶる。


 「ようこそ黄昏館へ」


 聞き覚えのある声が部屋の中から聞こえてきた。

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