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失楽園の美女と魔獣  作者: 織田 智
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第五話 ゴトーとミレー

 「ご主人様、また腕を見ているんですか? 眺めたところで魔女の呪いは解けないので、早く掃除をするなり、ごはんの用意をするなり何か手伝えよ」


 せわしなく動き回るミレーを完全に無視して、ひとり自室の長椅子に寝そべって感傷に浸っている。魔女に変えられてしまった右腕を眺めたり、左手で触ってみたりし始めてから、恐らく1時間は経っているだろう。そんなゴトーの態度にイラつき、ミレーの小言が一段ととげとげしくなる。


 「あの女騎士に切りかかられたとき、腕が落ちたかと思った。この腕ってそんなに堅かったんだな」


 散々ミレーの言葉を無視して何を考えていたのかと思えば、結局自分の事しか考えていなかったようだ。

 話を聞くに、メリッサが剣を振り上げた時、とっさに剣技を右手で庇ったら、思いのほか丈夫なことに本人が一番驚いているらしい。


 「それにしてもいきなり切りかかるとか、この世界にしてもなかなかないことだろ」


 彼女は自分の姿を見るなりいきなり剣を振りかざした。と今朝からメリッサの人柄について、否定的な事しか言わないゴトーに対して、ミレーはイラつきを通り越して、あきれたとしか言いようがなくなっていた。


 「好意的な態度の相手に向かっていきなり襲撃とか、あの女は本当に信用していいのか?」

 

 まただ。

 ゴトーは共感能力というか、他人の感情に対して一切の理解を示さない。何かあれば自分中心の意見しか言わないし、常に他人を馬鹿にして、どこか人間としての大事な部分が欠如しているのだ。

 口には出さないが、魔女がゴトーに「真実の愛を見つけろ」という呪いをかけたのにも正直納得がいく。


 この様子では、一生かかってもその呪いを解くことは不可能だろうなとも思う。


 「ゴトーさま、あなたは小学校の時に「自分がされて嫌なことは、人にもしてはいけません」 って教わらなかったのですか? メリッサさまからしてみれば、あなたは人外の姿をした化け物で、それが自分の部屋に入っていたら驚くのは当たり前でしょう。切りかかられたのは妥当な仕打ちだと思いますが?」

 「学校では教師も俺に傅かっていたからな。誰もそんなことは言ってこなかったな。全員が俺の手足で、望んだものは何でも叶う生活だったのだ。金の力でな」

 「なるほど、それでそのような腐った根性が出来上がったのですね。納得です。お前一回死んだ方がいいな」


 清々しいまでにクズだと思った。特に最後の「金の力でな」 と言ったときにこちらを見て、してやったり顔をしたのがそのクズさに輪をかける。


 「メリッサさまは信用に足る方だと思いますよ。こんな姿の我々を見ても普通に接してくれましたし……。優しい方なのではないかと思います」

 「あれは上辺だ。口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。それに俺たちと話しながら、ずっと何か目算立てているような強かな女だ」

 「またメリッサさまの文句ですか? そんな暇があったらお金を稼ぐ方法を少し考えてください。一週間に一人の宿泊客とレストランの収入だけでは生活費ですべて消えてしまいます」


 家計簿をつけた紙をちらつかせながら、ゴトーの目の前に突きつける。

 ゴトーはそれを鬱陶しそうに取り上げると、ぐちゃぐちゃに丸めて部屋の隅に投げつけた。


 「あ! 何をするんですか!」

 「大丈夫だ、あの女が俺の指示通りに動いていれば、そのうち金が入る」


 何かの計画を仄めかすような言いぶりだったが、どういった計画なのかは言わない。訊いてもどうせ無視されるのが関の山なので、昼食の準備と、宿の支度をするためにミレーはその場から去った。

 ゴトーの部屋から去り際に、丸めて捨てられた紙を拾い上げた。



 外套を羽織り一階のレストランに仕込みに行くと、ミルド村から手伝いのおばさんがすでに来ていた。


 「ミレーちゃん、ご主人の様子はどうだい?」

 「あ……ドリスおばさん、こんにちは。主人は今日も相変わらずで…」

「そう? あなたたちがここで宿屋を初めてもう3か月も経つけど、ご主人を見たことがまだ一度もないでしょ。だから、村のみんなで相当悪い病気なんじゃないかって心配してんだよ」


 ミルド村はこの宿屋も建っている3000人前後の人が住んでいる集落だ。ドリスおばさんとはご近所さんで、とてもよくしてくれている。

 村の人たちが、たまに買い物にくる小さなミレーの姿を気にかけたのが、ドリスと繋がるきっかけだった。

 宿屋の不用品を売りに行ったときに身の上話を聞かれ、とっさに「病気の主人を養うために宿屋を営もうと思っている」 と話したところ、不憫に思った彼女が宿のレストランで一緒に働いてくれることになった。

 ゴトーは病的に根性が腐っていると思っているので、病気は嘘ではないと言いきれる。

 ドリスにはそれなりに給金は支払うと申し出れば、彼女は仕事を快諾してくれた。ドリスだけではなく、この村の人たちが気を遣ってくれたおかげで、このスカーチア王国の常識は殆ど村のみんなから教わった。

 彼らには心から感謝している。ミレーは。


 この国には魔法があると聞かされたのは、初めて買い物に行った日だ。

 買ったものを奇妙な箱に入れたかと思ったら「魔力を流せ」 と促された。買ったものを任意の場所に転送できることを教えられて、箱に手をかざし「魔力」とやらを流す仕草をしてみた。

 しかし魔力の何たるかを知らないミレーには何も起きなかった。


 ゴトーにもその話をすると、魔力の気配すら感じないと言っていた。この国にいれば誰もが魔法を使えるようになると期待したが、どうやら魔法は血統でコントロールされた代物だそうだ。

 突然転移したゴトーとミレーに扱える代物ではなかった。この姿然り、極めて異質な存在なのだと再認識した。



 「ミレーちゃん、ご主人のお食事は何にするんだい?」


 優しいドリスおばさんは、あんな奴にも気を遣ってくれる。


 「食欲がないのでパン一切れとミルクで十分だそうです」

 「あぁ……そうかい、かわいそうにねぇ」


 嘘だ。

 部屋を出る際に、ゴトーが「腹が減った」 と言っていたのをミレーは聞き漏らさなかった。

 でもあいつにはこれくらいの制裁をしなければ、一生懸命つけていた家計簿を丸めて捨てられた恨みは晴れそうにない。



 日も落ちてきたところで、ランプに火を入れてレストランに来る客を迎える準備をした。少し前に空を見上げると山に霞がかっていたので、ここら近辺に雨が降り始めるのも時間の問題だ。


 「ミレーちゃん、ご主人のお食事ここに置いとくから持って行ってあげてね」


 トレーに一切れのパンとミルクが乗せられて、更にドリスおばさんの優しさでサラダと、温かいスープまで乗せられている。とんだ果報者だが、ゴトーは感謝などしないのだろう。

 それを持ってレストランから2階に上がるために、一旦エントランスホールへ抜ける。

 するとドアベルがチリンと鳴って、宿屋の扉が開いた。

 宿屋の扉のベルが鳴ったのは、3日前にメリッサが来て以来だ。ミレーは持っていたトレーを受付代の上に乗せて、客を迎えた。


 「いらっしゃいませ。宿のご利用でしょうか」


 入ってきたのはボロボロの服を着た旅人だった。入ってきた瞬間に、鼻を突く不潔な臭いも、その男から漂ってきた。


 「すみません。一文無しなのですが、一晩泊めていただくことはできませんか?」


 聞けば、ここで金を払ってしまっては次の関所を抜けることができなくなるという。更に外は今にも雨が降り出しそうで、湿った風がドアから吹き込んできた。

 そんな粗末な風貌の旅人にもミレーは少しも迷う素振りを見せず、ふたつ返事で旅人を迎え入れた。


 「わかりました。外は寒かったでしょう。お部屋にご案内いたしますので、こちらにどうぞ」


 受付の引き出しからカギをひとつ引き出し、二階の客室のひとつを彼にあてがった。

 部屋は閉め切ってあったので、温かい空気が充満している廊下と違ってずいぶんと寒い。

 ついでなので部屋の暖炉に火をくべてあげることにした。


 マッチを擦って小さな火種を藁に移す。少し大きくなった火を暖炉の中に置いてある細い薪に移るのを見届けると、ミレーは満足そうに「よしっ」 と言って、手を二回目はたいて、掌のごみを取り去った。

 ここでの生活にも慣れてきて、最初は苦戦していた作業だったが、今ではちょちょいのちょいだ。


 しかし旅人はその様子を不思議そうに眺めていた。


 「わざわざマッチで火を点けずとも、魔法を使えば早いでしょうに」

 「……魔法を使うのは得意ではないのです」


 確かにドリスおばさんや、村の人たちもマッチを擦って点火している姿をあまり見ない。だが、暖炉に火が入れば何で種火を点けようが問題ないのだ。



 ミレーは受付代の上に食事を置いたままにしてあったのを思い出し、それを持って旅人の部屋まで持って入ってきた。


 「あまり大したものは出せませんが、よろしければこちらをお召し上がりください」


 金がないと言っていたので下のレストランに行くつもりもないのだろう。もともとはゴトーに出すつもりで運んでいた夕食だが、何の躊躇いもなく旅人に差し出した。パンもスープもまだ温かいので、問題ないだろう。

 ゴトーにはまた後で冷えたパンとミルクを持って行ってやれば十分だ。


 「これはこれは。本当に何から何までありがとうございます。しかし、どうして私のような者を迷いなく客人として迎え入れてくださったのですか?」

 「主人の命令なのです。たとえ一文無しの旅人が来た際にも、丁重に迎え入れるようにと申し付けられているのです」


 ミレーはさらに暖炉に大きな薪をくべてから部屋を出て行った。その足で向かった先はゴトーの部屋である。


 「ミレー……お腹がすいたんだが、食事の用意はまだできないのか?」

「そんなことより無一文の旅人が来たので命令通り部屋の一室を貸しましたよ。ずいぶんとすり切れたぼろを着ている方でした」


 ミレーのその言葉にゴトーが素早く反応した。寝そべっていた長椅子から立ち上がると、ドアを開けて、客室が並ぶ廊下へと目を向けた。

 「どの部屋だ⁉」

 「え⁉ またメリッサさまの時と同じように、部屋に忍び込んで「愛でろ」 とでもいうつもりですか? 節操なさすぎだろ!」


 明らかにドン引きしているミレーの顔を見て「そうじゃない!」 と全力で否定した。


 「俺たちをこの変な世界へ追いやった、魔女かもしれない!」

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