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失楽園の美女と魔獣  作者: 織田 智
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第四話 中央騎士と領地騎士

 メリッサはテラスの椅子に座りながら考え事をしていた。テーブルの上に置かれている皿には、数分前まで使用人のエマが作ったサンドイッチが乗っていた。

 食べながら昨日の宿屋での出来事を何度も反芻していたので、無意識のうちに胃の中へ押し込まれたサンドイッチの味は、あまりよく覚えていない。


 エマが空になったメリッサのカップに、おかりの紅茶を注ぎにやってきた。

 ポットを傾けると、そこからきれいな色の紅茶がメリッサのカップに流れ込む。紅茶の湯気が鼻をかすめると、花のような香りがふわりと漂った。

 彼女はそれだけで疲れが少し癒えるような気がした。


「メリッサさま、差し支えなければ昨日はどちらに泊まりになられたのかお教え頂けませんか?」


 紅茶を注ぎ終えたエマがポットを持ったままテーブルの脇に立ち、そこからメリッサを見下ろして、おそるおそる訊ねた。

 恐らく主人であるメリッサが屋敷に帰ってきてからずっと聞きたがっていたのだが、タイミングがつかめず聞くのが今になったのだろう。


 「昨日は旧街道にある宿屋に一泊したのです。心配をかけてしまいましたね」

 

 エマの表情は、どことなくまだ(いぶか)しんでいるように見えた。


 「そこでなにかあったのですか?」


 長年メリッサの側に仕えているエマには何か主人が肝心なことを話していないことを感づかれたようだ。

 メリッサは少し間を置いた後、彼女には昨日の出来事を話そうと決めた。


 「…宿屋で奇怪な魔獣に会ったのですよ」

 「……え? 魔獣ですか?」


 全く信じていないエマは、「魔獣」という言葉が何かの喩えなのかと模索した。


 「これは何の喩えでもなく、文字通り「魔獣」 でした。頭にヤギの角を持って、手が鋼鉄よりも固い鱗で覆われ、尻尾は蛇のような奇妙な魔獣です」


 まだ信じられないと言わんばかりのエマの顔を見上げる。

 まぁ、彼女が理解できないのも無理はないと思った。なぜなら一晩明けてみると、彼らを直接見た自分でもあれは夢だったのではないかと思えてしまう。


「それで……騎士団に動くように要請されたのですか?」


 エマの方に向けていた目線を離し、テラスから見える花壇に移した。そこには自分の好きな花ばかりが植えられていると、唐突に思った。


 「騎士団には昨日はやむを得ず旧街道に入り、そこで宿屋に泊まったこと伝えました。そこで何を見たかは伝えていません」

 「なぜです? そんな害悪そうな生物がいるのなら退治して、街道の安全を守るのが騎士団の役目ではないですか」


 「害悪そう」 と言い放ったエマと、昨日の自分の様子を重ねて考えてみる。


 「彼らが害悪な存在か否かは未だ判断できかねます。しかし、その「害悪」 というのは恐らくあなたが考えているような、原始的で野蛮なものではないと思います」


 テーブルの紅茶が入ったカップを唇に当てて、紅茶の香りを胸いっぱい吸い込むように堪能した。


 「私は彼らに政治的価値を見出します」

 「政治的価値……? とはどのようにしてですか?というより、そのような生き物とは対話が可能なのですか?」


 動揺しているエマを横目にメリッサはカップの中の液体を一口含み、喉の奥へと流し込む。じわりと体の中が温まるのを感じた。


 「彼らはなかなかに理知的なのです。使い方によってはわが領地、ルカノルム救済の糸口になるかもと考えているのですよ。国王軍や中央騎士は国が傾けば、私たちの領地をいつ切り捨ててもおかしくないのですから、期待が薄くとも彼らに望みがあるのなら何が何でも利用します」

 「そんなに信用できるものなのですか?」

 「信用できるかはまだわかりませんが、利用価値はあると思いますよ」

 「……わかりました。メリッサさまがそのように仰るのでしたら、従者のわたくしからはこれ以上差し出口を申し上げるわけには参りません」


 この王が統べる国、スカーチアの騎士は中央騎士と領地騎士の二つに分かれ、管轄を分担している。どちらも騎士団という組織に属してはいるが、中央騎士は王都エレスと王の為に尽力し、各領地騎士は己が領地の為に力を注ぐ。

 さらに領地騎士には交代で王都に上洛し、1カ月の間中央騎士の任務を請け負う義務が課せられている。メリッサはまさにその任期中で、他領の騎士団員との連携や王への忠誠心を強める目的で導入されている仕組みである。

 騎士の数はそれほど多くはないため、戦争の折には軍の兵士を導入して戦場に向かうことになる。しかし各領地は直轄の兵士を一個旅団数以上有してはならず、各領主は領地を守るためには国家の軍を借りなければならない。


 「私はあと10日ほどで王都勤務の任が解かれるので自由になります。そうすればエマにも彼らを紹介して差し上げますよ」

 「うぅ。それまでに心の準備をしておきます」


 メリッサはカップに残った紅茶を飲み干し、椅子から立ち上がった。


 「図書館へ向かいますので、私の剣をエントランスホールまでお願いします」

 「かしこまりました」


 メリッサの指示通りに、エマはその場を離れた。

 お腹も満たされ、おいしい紅茶を飲んだら少し元気になった。メリッサはうーん、と目いっぱい伸びをして、テラスを後にした。




 現在メリッサが滞在しているルカノルム領の騎士の屋敷を後にして、国立図書館に向かった。屋敷からはそこへは徒歩で約30分の距離にある。向かう途中に、地方では見ないようなきれいな髪飾りや、素敵なデザインのティーカップに目を奪われる。

 これらを歩きながら見る楽しみがあったので、30分の距離はもっと短く感じられた。


 国立図書館に入ると、まず入館証を受付に提示する。そのあとは目的の書籍が並べられている書架から本を1冊、また1冊と本棚から抜き取り、閲覧机に積み重ねた。

 席について、まずは分厚い本のひとつを開いた。普通に読めば1日はかかりそうな本だが、斜め読みをしているのでそこまで時間はかからない。最初の1冊を見終わり、2冊目の本をめくった時に、メリッサに話しかける声がした。


 「『魔法の歴史と現代の魔法』 ね。そんな難しい本何で読んでんの?」


 本に集中していたため気づかなかったが、向かいの席にはサマンサが座っていた。サマンサは昨日の護衛任務で一緒に駐屯地に向かった女騎士だ。


 「サム! 昨日は大丈夫だったの? ――ごめんなさいね。あなた一人で報告を任せてしまって」

 「いいわよ、それよりあなたも無事で何より」


 昨日物資補給隊の護衛任務の一切の報告を任せてしまって、彼女には多大な迷惑をかけた。彼女に会ったらまず謝らねば。と思っていたが、今日中に会えたのは良かった。


 サマンサはメリッサとは異なり、中央騎士団に属している団員だ。

 年のころもサマンサの方が21歳でメリッサが20歳と1つしか違わないため、このふたりの関係は単なる同僚ではなく友人という方がしっくりくる。


 「それより何か調べもの? 魔導士でもなし、こんな本読んで」

 「単なる興味です。もしかしたら国や領地のために、古い魔法で社会をよりよくできるものがないかと思ったのですよ」


 サマンサに話しかけられて、開いたばかりの本を閉じると、おもむろに壁にかかった時計を見た。どうやら図書館に入ってきて4時間ほど経っていたようだ。


 「サムはここに何か用事で来たのですか?」

 「私は単なる暇つぶし。詩集でも借りようと思って来ただけよ」

 「では外にお茶でも飲みに行きませんか。私の方もちょっと疲れてきたので……」


 3時になろうとしている時計を指さすと、サマンサも「いいわね」と言い、近くのティーサロンに向かうことになった。

 その前に、まだ読んでいない方の本を借りる手続きのために、受付の司書のところへ本を持って行った。

 本を差し出すと、司書は貸し出しの手続きを速やかに始めた。


 「準備ができました」


 司書が本を箱にしまうとメリッサはそこに手をのばし、じわりと魔力を込めた。こうすることで、魔力を込めた者の指定の場所へ品物を届けることができる。運ぶのが面倒な時や、貴重な品物を運ぶ際にこの国では誰もがこうしている。

 屋敷ではエマが荷物を確認して、メリッサの部屋の机の上に運んでくれていることだろう。

 サマンサも借りた詩集本を同じようにしてどこかへ送り、手ぶらになったふたりは心置きなくティーサロンに向かう。そこでそれぞれ好きなものをオーダーし、話題は仕事の話になった。


 「今朝ウィリアム団長に報告しに行ったの?」

 「そうです。でも私は団長が少しというか――結構苦手です。怖いというか……あの完璧主義が少しのミスも許さなさそうで、報告の際にはいつもビクビクするのです」

 「確かにね。――中央の私たちは団長の目が常にあるからもう慣れちゃったけど、新人の頃は怖かったわ」

「うぅ……。私は毎日顔を合わせるのは辛いです」

 

 苦手な上司の話や仕事の悩みを話しているうちに、話題は結婚や恋愛の話に変わった。


 「そういえば親から結婚相手を騎士団内で探せって言われて困ったよ。上位爵位の貴族と関わり合いになりたいってことだけど、私は両親の理想の為に結婚するんじゃないのよ」

 「まぁ、そうですね。私たちももう20歳を過ぎましたし、女騎士としては普通でも、世間的には少し遅咲きになるのですから、親が結婚を急かすのも分かる気がします」


 親からのプレッシャーに不平をいうサマンサとは打って変わって、メリッサはこの手の話題をあまり主体的に話そうとはしない。


 「メルは好きな人はいないの?」

 「……好きな人ですか? 好きな人は――良くわかりませんが、苦手な方ははっきりしています! 騎士団員の方たちで言えばウィリアム団長や、トルーマン侯爵家のザッカリーとか、ノースブルク領主の息子のローレン、このあたりの方々は絶対的に馬が合わないと思っています。あと……」

「あと?」


 メリッサの脳裏をかすめたのはゴトーの姿だった。

 

 「あと、横柄で自分が一番だと思っていて、根拠のない自信を振りかざして、私のことを馬鹿呼ばわりするタイプの男性も嫌いです」

 「ずいぶん具体的ね。誰かに言われたの?」


 昨日ゴトーに言われたことでよほど頭にきていたが、あの時は良く知りもしない彼らを前に、怒りを顕わにはできなかった。


 「いえ……こんな男性が過去にいたという話です」


 ゴトー達の話をするには時期尚早かと思ったので、彼らの話は現状伏せておく。


 テーブルの上の紅茶はすっかり空になってしまって、話もひと段落着いた。どちらから帰ろうかと切り出したわけでもないが、席を立ち店を出る雰囲気になった。

 

 「じゃぁメル、また明日ね」

 「はい。また明日」


 小さく手を振って別れたあと、互いの帰路についた。

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