★【拝啓、素朴な貴方へ】
声劇タイトルは
【はいけい、そぼくなあなたへ】と読みます。
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♂2:♀0:不問1
亀八郎 ♂ セリフ数:22
〈中堅の語り部。手の掛かる年下を見捨てなかったのは、自分でも良く分からないけれど。見捨てなくて良かったとほんのちょびっと思っている〉
茂木 ♂ セリフ数:23
〈新参の語り部。正直嘗めて掛かってた語り部の道を極めようと思った理由はいつだって彼であった。けれどまあ、極められるかは別の問題〉
ナレーション 不問 セリフ数:13
[あらすじ]《7分半程度》
風に追われる雲のように。ミツバチを誘う花のように。人々を魅了し、霧のように去っていく。語り部達は其の音を途切れさせぬよう、未来にタネを残してゆく―――。
【亀八郎】
…………、
【ナレーション】
大きな樫の木の根元。
平凡な男は傍らで顔を隠すようにして眠る青年を小突いた。
【茂木】
――っ、い゛でっ。な、っにすんですか…。
【亀八郎】
るせェ。気が済むまで寝かせてやったろ。有難く思え。
【茂木】
…ああ、もう朝ですか…。
【ナレーション】
男に起こされた青年は掠れた声でそう言って、漸く顔を起こした。
寝汗をかいたのか、少しだけ濡れた茶髪が、朝の風に揺れる。
彼の名は茂木。
良家の生まれであったはずの青年は、自らの意思で敷かれたレールを捨て、語り部という道を歩みかけていた。
【茂木】
ししょ〜…今日はどこまで、行くんですか…。
【亀八郎】
今日中にヒラグ地方に着かなきゃならねぇ。休んでるヒマはねぇぞ。
【茂木】
うぇぇぇ……。
【ナレーション】
情けない声を出してノロノロと支度を始めた茂木を見遣る男は、樫の幹に背中を預けて古びた本を開く。どうやら茂木の支度が終わるまで待つようだ。
彼の名は亀八郎。
語り部好きならば、彼の名は知っておくべき。なんて物好きのセオリーが伝えられているほどの人物である。
【亀八郎】
泣き言言うなィ。
ヒラグに着きゃあ、ちったぁ落ち着けらァ。
路銀も減って来た事だし、あそこで語りでも開くかい。…良かったなィ、仕事が出来て。
【茂木】
…仕事つっても、オレの稼ぎはほぼ無いじゃないですか。
【亀八郎】
客引きしか出来ねェ奴に稼ぎの一割も分けてやって、メシも宿も、寝床も用意してやってんだぞ、何か文句あっかい、アァ?
【茂木】
ぃぃいでででででっ! 脹ら脛を抓るのは無しでしょう!
【亀八郎】
抓りやすい脹ら脛してんのが悪ィ。そんな事より手を動かしなぃ。昼にはこの地方を抜けるぞ。
【茂木】
はぁ〜…い。
【ナレーション】
寝癖のないサラサラした髪をぐしぐしと掻き乱して、茂木は支度の手を早める。
亀八郎はそんな茂木をチラリと見遣るだけで、あとの視線は本に戻してそれきりだった。
〈間〉
【ナレーション】
ガヤガヤと喧しい商店街。
少しでも客を多く入れようと、それぞれの店がそれぞれの客引きをやっている。
亀八郎は茂木を商店街の外で待たせて、自分は食べ歩き系の軽食を買っていた。
自分より倍は食べる、年頃の茂木のせいで食費は嵩むし、目を離せば顔が良い弊害ですぐに女共に囲まれる。
【亀八郎】
そのクセ、女のあしらい方もまるでなってねぇ。弟子って奴ァ、いつになったら一人前になるんだい。
【ナレーション】
亀八郎は自分から語りの道を学ぶ、不出来な弟子にため息を吐く。
そうして振り返った先の人混みにまた息を漏らして、適当に買った軽食を籠箱と呼ばれる魔法カバンの中へ仕舞い込んだ。
〈間〉
【茂木】
でも、ししょー。ヒラグ地方に何しに行くんですか。語り開くんだったらここらの地方のデカい街でいいじゃないですか。
【亀八郎】
語り部の暗黙。
【茂木】
っえ。
【亀八郎】
お前っ、また忘れたなィ!?
【茂木】
ぅ、ごめんなさい…!
【ナレーション】
亀八郎にそう怒鳴られて、茂木は思わず軽食を落としかけた。喧騒から遠く離れた森の中。
魔物も殆ど居らず、キレイに整備されたそこは、目的地であるヒラグ地方に向かうには良い近道だった。
【亀八郎】
“若い語り部が道を譲る”、“自分の近くに語り部が居ないか調べる”。
開いた場所で、別の語り部が。しかもあっしより語りの長い奴だとしたら。
…嫌なウワサは広まるのが早い。不安なモンは取り除いちまった方が良いんだい。
【茂木】
誰か、居たんですか。
【亀八郎】
……将戡。最古参の一人だ。お前だって名前くらいは聞いたことあんだろい。
【茂木】
もしかして、四大語り部の?
【亀八郎】
…………、まぁそういう事だ。離れるなら遠い方が良い。幸い、ヒラグの周りに語り部は居ないようだからない。
【ナレーション】
長い沈黙の後で、亀八郎はもう将戡の話題には触れたくないとでも言うようにわざと話を逸らした。
【茂木】
ししょー。
【亀八郎】
あ?
【茂木】
あれ、何ですかね。
【ナレーション】
最後の一欠片を口へ放り込んだ亀八郎。その後ろから指を差す茂木。
亀八郎は指されたものを見て「うげ、」と声を漏らす。
そうしてぎゅむ、と茂木の頬を摘んで引っ張る。
【茂木】
ぃ゛ぃ゛ぃ゛でででででっ!!
な、な、な、何なんですか急にぃぃ゛…!
【亀八郎】
“アレ”を見るな、触るな、気付くな。
取られちまう。
【茂木】
と、取られるって何が…?
【亀八郎】
―――、心。
【ナレーション】
自分の頬を引っ張ったまま、ずんずんと前を歩く亀八郎に茂木はヒュ、と喉を鳴らす。
そうして顔ごと、“それ”から視線を逸らして二人は近道の森を抜けたのだった。
〈間〉
【茂木】
ししょー、アレって結局何なんですか。
【亀八郎】
さぁてねぃ。
【茂木】
っえ。
【亀八郎】
名称なんて知りもしねぇが、あういうのが〈在る〉って事だけは知っときなぃ。
“アレ”らは、人の理解を超えた、人にはどうする事も出来やしない何かでぇ。
……、魔物とも、妖怪とも違う。
人とは違う軸に生きる、“何か”。
【茂木】
…人とは、違う軸…。
【亀八郎】
戦う術を持てねぇなら知っとけ。
自分を殺そうと悪意を持って近づく奴らだけが害じゃあねぇ。
“きっとそうあって然るべきだ”なんていう、曖昧で明白な意思が、近づくお前を消し去っちまう。
…そんな理不尽がこの世には〈在っ〉ちまうんだからな。
【ナレーション】
亀八郎の言葉に茂木は神妙になる。正直に言ってしまえば、語り部なんて職は簡単なものだと思っていた。
信憑性のあるような、無いような話を面白おかしく語って金を得るだけの、簡単な職だと。
【亀八郎】
茂木、あっしの弟子なら無様な死に方はすんない。
学べ、語り部を。世界を。
お前は、それがちゃんと分かる奴だろぃ。
【ナレーション】
茂木はこの時、初めて知ったと語る。
【茂木】
…師匠って、
【亀八郎】
あ?
【茂木】
案外オレの事、ちゃんと見てくれてたりします?
【亀八郎】
……はぁぁ。…今更なんでぇ、気色悪ィ。…さっさとヒラグに急ぐぞ。
【茂木】
あっ、ちょっと待って下さいよ、師匠! オレ、もっとちゃんと勉強するんで! 語り部の事も、世界の事も! だからっ…!
【亀八郎】
うるせぇ。……早く来ねぇと置いてくぞ。
【茂木】
……っはい!
【ナレーション】
亀八郎が自分の事をちゃんと、見ていてくれた事を。
彼が自分の事をちゃんと、〈弟子〉であると認めてくれていた事を。
茂木はその日、初めて。
亀八郎の事を心から〈師匠〉と呼ぶようになったと懐かしそうに語るのだった。
STORY END.
一人用声劇台本ページの語り部シリーズより。
それぞれ初登場台本を掲載しておきます。
語り部亀八郎〜生い立ち編〜
https://ncode.syosetu.com/n0087fo/9/
語り部茂木〜鉢合わせ編〜
https://ncode.syosetu.com/n0087fo/30/
*修正 2021/06/18
茂木のセリフを表記を変えました。
内容に変更はありません。




