80.綫香 / 御湯殿 女中
1552年 12月下旬(天文二十一年 師走)
夜も更けてきた頃、女官や侍女といった後宮で仕える者らが続々と集まり出した。
その中には当然、内侍司に属し准位を賜った方々もご臨席されている。その 典侍を始めとした高位の方々が座に着かれ、庚申待は始まりを告げた。
まず、本日の宿直役である諸大夫の代表が挨拶をしている。皆と同じように地に片膝をつき、後ろで控えているように言われたが、地面と接している膝から熱が奪われて脚が冷える。
口上が終わったようだ。
この後、朝まで清涼殿を中心に交代で見回る。雪が降ってもおかしくない寒空の下、動いていないと凍えてしまいそうだ。
女子衆の手前か、諸大夫の間での諍いもなく皆が温石を分け合っている。すぐに冷めてしまうが無いよりはいい。もっと持続するような温石に代わる物を作れないだろうか。今度、考えてみよう。
弓懸と襪にはボア素材を模擬した綿製の生地を内側へ縫い付けてみたが、それでもまだ冷える。暗がりだからと、一緒に作ったイヤーマフも着けている。見つかったら怒られるかもしれないが、背に腹は変えられない。
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「これ、そこな童。そなたは童殿上さんかえ?」
声の主を探して顔を向けると目があった。
「麿にありましゃるか?」
「そこもとじゃ」
あまりに退屈なのか、時折り諸大夫に話しかける女房がちらほらといる。が、いま話しかけてきたのは明らかに高位の女性だ。
兼頼がこっそりと、そのお方が典侍の国子様だということを教えてくれた。この者は宿直の役目に当たってついて来てくれた内の一人だ。
大叔父である一条房忠の嫡子で十五を迎え元服している。幾度となく宿直も務めているらしく、色々と教わることがあり面倒見もいい。涼やかな顔からは、頼れるお兄さんといった赴きが感じられる。
広橋家の国子様といえば、陶の謀反から逃れた公家衆を受け入れたことで、文のやり取りをした覚えがある。
退屈しのぎになるかは分からないが、少し戯れ言でもお聞き頂こう。
「麿は童殿上ではのうて、犬でありましゃる」
「犬とな?」
「はい。横におる猫を追いかけ昇殿したる犬にて」
「…… そちの名は?」
「翁丸とまゐらしまする」
周りの諸大夫らは「こいつ何言ってんだ?」という面持ちでこちらを見ていたが、沈黙も束の間、女子衆から一気に花開くがごとく、どっという笑い声が溢れ出た。
「ぷふふ、なれば横な者は『命婦のおとど』さんかえ?」
「ご明察の通りにあらしゃいます」
言うや否や、また一際大きな笑い声となった。どうやらお気に召したようだ。しかし、一頻りに笑った後、紡がれた言葉にぎくりとした。
「おっほほほほほ、あぁ可笑し。さようか、そなたが土佐の虎将さんやな?」
「…… はっ、土佐一条家が兼定でありまする」
見れば皆がうんうんと頷き、驚いている者は見当たらない。さすがは後宮でお仕えするため選りすぐられた才色兼備の女性たち。今の話だけで誰なのか察するのが早い。
命婦のおとどは、ときの帝である一条天皇がその昔に諸大夫と同じ官位をお与えになられた猫だ。ある日、翁丸という宮中で可愛がられていた犬が世話役にけしかけられ猫を追い立てたが、その様子を目にした帝が大層お怒りになった。あはれ翁丸は島流しにされてしまう。しかし、どうにかこうにか宮中へと戻りて帝に許されたという逸話がある。
この話の『一条』と『島(四国)』という文言から連想し、土佐一条家へたどり着いたのだ。更に言えば、隣にいるのは一条家の者ということと、幼くして昇殿が許されている者はごく僅かであり、先日の帝がお笑いになられた話と併せ確信へ至ったに違いない。
「なにゆえ、かようなお装束でおりやるんかえ?」
「急な御沙汰にて、恐れ多いことなれど借り衣を召してまゐらした由」
他の宿直の者らも、童殿上か同じ諸大夫くらいにしか思っていなかったのか驚いている。
宿直の役目は慌ただしく決められ、殿上の間に設置された出仕する者を示す日給簡に名前を掲げていないことには確認のしようもない。だからこそ、誰も知らないのも無理はなく、皆と同じ宿直装束を着ていれば尚更に疑うことはないだろう。
「今宵、おわっしゃられますお方々へ土佐より持って来やった品々を献じたく、その儀をお許しあそばされますよう、伏してお願いまゐりまする」
元々、この場で渡すことなく帰り際に置いていく方が正しいのだろうがらこれも退屈しのぎになればと申し出てみた。
周りの顔色を確かめつつ頷かれたので、侍女へと献上の品を渡す。中には、白粉などの化粧道具や爪切り、珊瑚や鼈甲で作られた装飾品に加えて、公家の贈答品として好まれる匂い綫香とろうそく、そのほか諸々を持ってきた。
喜んでくれるといいが。
この綫香は、摩利迦まで貿易に出向いた者らが製造方法を手に入れ、土佐で作らせたものだ。まだ、日本では作られておらず高価な品の上、香としても公家衆に好まれている。
ろうそくも高値で取引されているのだが、これも櫨の実から蝋を取り出して作っている。この二つは貿易品と比べ、原価で十倍以上もの差額がある。
取引上は高価であるため贈答品としての効果は大きく、それでいて原価は低いと言うこと無しだ。これらは商い品としては抜きん出た利益を生むだろう。
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ほんに良き日でありましゃったなぁ。
今日の出来事を御湯殿の草子に書き残そうや。
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御さか月まいる。ない/\。
女中。
おとこたち御さたにて。
をの/\さんせらるゝ。
御のう十五はんさせらるゝ。
大夫はんたゝいふものゝ子也。
とさの一てう殿よりひき。
わうこん十まい御しん上とて。
きねんいなかよりのほりたるとて。
すきはら十てう。
御あふきもちてまいらるゝ。
御物かたり御さたあり。
うすやう二そく。
御なか十はまいる。
おつめとり十。
おしろい。おいろ廿。
らつそく。せんこう十そく。
一てう殿、十一。
あいらしくて。
おもしろくて。
みな/\かんせらるゝ。
めてたし/\/\/\/\/\/\。
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御あふき=扇
うすやう=薄い色紙
おつめとり=爪切り
おいろ =口紅
らつそく=蝋燭
せんこう=線香
記載されている日記の内容は、実際に御湯殿上日記へ綴られたものの一部を引用しており、そこでは可愛い子らが警備に付いてめでたいと喜んでいます。
御所では繰り返し言葉が多く、日記には『くの字点(/\)』がよく使われています。今日の『WWW』と同じように『めでたし』に対するくの字点はその数によって感情が表されていました。
庚申待の話は、もうちっとだけ続くんじゃ。




