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51.大寧寺 【地図あり】

兵部卿宮様 = 大内義隆の官職名。

真如院様 = 東向殿です。

 


1551年 9月8日(天文二十年 長月)



 周防に向けて出陣する者は


 [一門連枝衆] 東小路教行

 [血縁] 加久見宗頼

 [家老] 土居宗珊

 [仁井田五人衆] 志和宗貞、西原重助、西宗澄、東忠澄

 [一条殿衆] 岡源次郎、佐竹義之、義直、一円隼人、入交助六左衛門、大岐政直、片岡茂光、和井舎人佑 他


 それに加え九曜の警護衆となった。




 御所にて兵の到着を待つ間にもやる事が多いようだ。

 宗珊が言うには兵糧や軍需物資を先んじて送る必要があり、それらの差配を頼んだ。


 中村御所より小舟にて初崎村の対岸に位置する下田浦の青砂島へと一旦移送され、そこから安宅舟に積み込み海に出て土佐の最南端である蹉跎(さだ)岬を迂回し宿毛へと運輸される。これだけで二日から三日を要すことにはなるが兵が集うまでには十分だ。


 兵数が多くないため行軍に影響は無いとは思うが、ある程度の兵が集まったら順次移動させることになった。豊後から戻った者達には宿毛での舟・兵糧の確認や宿とする屋敷の手配を頼んだため、いち早く御所を発ったてもらった。


 自家に一度も戻れず、すぐに発たせてしまい申し訳ないと思う。

 これが無事終わればそれに報いるだけの恩賞を用意しよう。





 いよいよ、俺も戦場に赴くことになる。

 始めは行軍に参加しない方がいいと言われたが、ここにいると房通に何を言われるか分からないし俺に続けみたいなこと言っちゃったし後には引けなかった。逃げる者への助力とは言っても、それ相応の覚悟をしなくてはならないだろう。



 宿毛までは普段と同じ狩衣姿でいるが、向こうに着いたら俺の背丈に合わせて拵えた具足へと着替える。


 具足を付ける前には、(ふんどし)も割り褌へと変える。

 先分かれした端を股下から首の後ろまで伸ばし緒として結ぶ。狩衣の下袴も股下が割かれた物を着用しているため、首後ろの結び目を解き緩められた褌を横にズラすことで鎧を脱ぐことなく用を足すことができる。


 まぁ、用は足せるが着物や褌は必ず汚れるものらしい。

 だから戦場から戻った者たちは、吐き気を催すほどクサイのだろうな。


 これは容易に脱着できる鎧を造らなければならないだろう。

 以前に嗅いだあの臭いは、それこそ命に係わる問題だ。

 …… うっ、思い出しただけで気持ちが悪い。

 すぐにでも、新しい鎧が欲しい。




 だが、やはり一条家だ。

 一般の兵でも揃いの腹巻鎧で、小具足の双籠手(もろごて)臑当(すねあて)も付けている。将ともなれば、これらに加えて面具や膝鎧もあるし、咽喉輪(のどわ)佩楯(はいだて)満智羅(まんちら)脇当(わきあて)甲掛(こうがけ)も備えている。



 刀も将と兵では違う。

 一般兵らが()いているのは太刀ではなく打ち刀だ。

 腰刀と柄は右手側を向け、それと交差するように打ち刀が左手側の前方を向き腰帯に挿されている。


 腰刀も将は藤丸造(ふじまるづくり)に対して、菊造(きくづくり)とこちらも反りが小さいものだ。室町時代になってから、打ち刀が太刀に代わりつつある。

 特に一般兵は打ち刀が多い。


 理由を九曜の武者小路に聞いてみると、太刀は将が馬上にて使う物で鞘から引き抜く際に斜め上へと高く抜刀しなければならない。それに対し打ち刀は徒歩の兵が使う物で反りが小さいため水平に抜刀し、その勢いのまま相手の右側面へ切りつけられる。


 相手が太刀であれば、一手早く攻撃できるため先手を取りやすい。だから敵兵と直に対峙することが多い者ほど打ち刀であり、九曜の者たちも打ち刀と鎌倉時代より使用されてきた直刀の脇差を挿している。


 何はともあれ、具足姿の将兵らが大勢集まると頼もしい。





 後続隊の兵が集ったのは六日後だった。

 予定よりもかなり早い。


 早く集まれた理由を聞くと、遠くの者は馬ではなく銭を払って舟で行き来したようだ。そこまでして急いでくれたことに少し感動した。御所へ戻りしだい支払った舟銭を補填してやらなければならない。忘れてしまいそうなので、(いくさ)目付役の加久見へ伝えておこう。


 今回は周防まで安宅舟での行軍となるため、予め兵糧と軍需物資は御所から持ち出しており、各将兵は物資を気にする必要がない。兵糧の確保や小荷駄を運ぶ必要がないというのも集合日数が早まった理由の一つかもしれない。



 移動経路は、平田村の東辺りまで向川を遡上し、山間の小高い丘を越え牛背川の上流まで出る。そこから更に宿毛村まで川を下って行く。御所から乗ってきた小舟を担いで山間を歩くことになるが、舟の他にも俺を乗せた輿を担ぐ者がいる。本当に申し訳なく、自分で歩いた方がいいんじゃないだろうかと思わなくもない。




挿絵(By みてみん)




 宿毛村に着くと、一条殿衆の佐竹が待っていた。


「万千代様、宿と舟の手筈は整っておりまする」

「すまなんだな、土佐に戻うたばかりで頼んでもうて」

「いえ、御下知とあらば些かも障りは御座いませぬ。ときに、お伝えしたき儀が御座いまする」

「何ぞ?」

「はっ、一刻ほど前になりまするが、大内家の御方々が村上勢の手により宿毛へとお越しになられました」

「そうか、ご無事であられたか」


 船着場から少し歩き村に着くと、そこには周防から避難した者達で溢れていた。


 その避難民の中でも華美な衣装の一際目立つ集団がいる。

 傍らには直衣姿の公家たちの姿もある。


 その一団から侍女と思しき女性がこちらに近づいてきた。


「一条様の御一行とお見受けいたします。妾は大内家は兵部卿宮様の室であられますおさい様にお仕えしている侍女でありまする。どうか御所様へお取次を願いとう存じます」

「少々、お待ちを」


 それを受け、同道していた加久見が答えた。

 まぁ、普通に聞こえてたしお見受けするも何も俺は輿に乗ってるからお互いすぐに気がついていた。儀礼として取次が必ず間に入るのは分かるが、時折、面倒に思うこともある。


「万千代様、大内家のおさいの方に仕える侍女が目通りを(ねご)うておりまする」

「あい分かった。案内(あない)するよう伝えてたもれ」

「はっ」


 おさいの方の御前まで侍女に先導してもらうと、他にも側室の方や見知った顔の公家もいた。


「これは、お方々。ようご無事で」

「い、一条の若御所様(わかごっさん)、良くぞ助けて下された」

「陶の痴れ者が兵を差し向け周防の町は荒らされてもうて」

「逃げられる者は、皆が舟に乗り逃れて参ったのよ」

「ほんに危ういところでしたわ」

「もうここの宿に二日もおってのう。早う中村の御所に案内して給う」


 おさいの方たちに言ったつもりが、二条尹房を始めとする公家が口々に喋り出した。


 頷きながらも『二日』という言葉が気にかかった。

 大内の者は一刻前に着いたと聞いたのだが、どういうことだろう?

 と同時に義隆の姿が無いことにも気がついた。


「ときに兵部卿宮様は何処(いずこ)に?」

「それは妾から。一条の御所様、お久しゅうございまする」


 聞くと同時におさいの方が割って入ってきた。


「お久しゅうに、ご無事であられ何より。して、兵部卿宮様もご無事か?」

「…… 兵部卿宮様は、追手から逃れ一度は館の南にある法泉寺へと身を寄せておりました。そこから舟にて逃げることも出来たでありましょうが、折しも真如院様がお倒れになられたことを知り、妾ら室と共にお(さじ)を真如寺へと遣わされました」


 少しの沈黙の後に、またゆっくりと語り始めた。


「然れど、室と御子を逃がすために御自らは囮となりて北の大寧寺へと向かわれ…… 妾らは真如寺から妙喜寺に逃れておりました」

「そうであられたか」


 囮って…… 兵も多くないだろうに大丈夫か?


 あれ?

 真如院様って周防に行った時は会えなかったけど、俺の曽祖母に当たる東向殿(ひがしむきどの)じゃないかな?

 


「あのお方は?」

「あちらにおわす御方こそ兵部卿宮様のご生母様であられる真如院様です」


 おぉ、もしかしてとは思ったけど、やっぱりあの人がそうなのか。

 結構なお年のようだが大丈夫か?

 とりあえず挨拶をしておこう。



 大きな石に腰を下ろしている真如院様の御前まで歩くと、その傍らに義隆の側室も何人か見られ更にその周りを侍女や女房衆が取り囲んでおり総勢四十人を下らない。



「お初にお目にかかりまする。土佐一条家の万千代に御座りまする」

「身共は真如院と申します。こ度は、一条家御所様のご温情にお縋りしとう御座います」

「お気になされますな。今宵は宿でお休みになられ、翌暁に麿の輿を使うて中村御所へと参られませ」

「お気持ち、ありがたく。(かたじけの)う存じます」


 手配してくれた佐竹には悪いが、宿は大内家の者たちに譲ろう。

 明日は中村御所へ先導する為の兵を二十人ほど残さなければ。



 日が沈む前に周防から来た者から情報を集め、皆と軍議を開く必要がある。



挿絵(By みてみん)

 

 

 

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