48.乾田
1551年 8月(天文二十年 葉月)
鰹のたたきを堪能した。
俺だけ醤油をつけて食べるのも申し訳ないと思い、皆と同じように塩と薬味だけで食べた。あまり多くは食べなかったが醤油があればいくらでもいけそうだ。
食べ終えて御殿に入るやいなや、お祖母様が急ぎ足で駆けつけた…… かと思えばいきなり抱擁された。
やれうれしや。
「お祖母様、いかがなされました?」
「そもじ様が熊に襲われたいうて、もうきょうがるばかりで。大事ないのですか?」
「はい。大事ございませぬ」
袖をまくり腕を見せる。
「あ、あせが出ておりまする! ほんに、おきもじなこと」
「これくらい何とも御座いませぬ」
「およしよしの祈願をせんとあきません!」
おお、いつになくお祖母様が慌てている。
五歳の時以来だな、懐かしい。
いつもは俺が理解できるようにと御所言葉は控えてくれているのだが、今は全開だ。
お祖母様に連れられて、政所と御殿の狭間にある祖先が祀られた維摩堂でご祈願をした。
「いとぼい若御所様。いま一度おなしさせて」
久々の感触。
「しおしおえが、はもじの限りやわ」
なんだか嬉しい。
怪我もしてみるもんだな。
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安並家で行っている二期作では三度目の収穫が終わり、粒の大きさ・量ともに向上している。
稲作はかなり順調と言える。
いもち病対策として田から水を抜くことはあっても基本的には湿田だったが、そろそろ乾田に移行してもいいかもしれない。
乾田にするなら色々とやる事も増える。
まずは、中途半端に導入していた苗踏みの負荷と頻度を決める。一寸を超えたあたりから四、五日に一度くらいの頻度で稲を踏み刺激を与える。重さは大体一貫(3.8kg)から始めて三斤(1.8kg)づつ増やしていく。
回を重ねる度、徐々に掛ける負荷を増やさなければならないため微妙な力加減が必要だ。作業者の裁量に任せるような冒険はできないので、専用の道具を作ろう。
米作りで重要となるのは深水管理と雑草除去だ。
水と肥料で生育状態を調節しつつ中耕除草をする。
刈り取る前には溝切りを行い水を抜いて中干しする。これは船を模った木の角材を縄で引くことで泥濘に跡を付け、排水溝までつなげれば滞ることなく排水を行うことができる。中干しは根腐れを防ぎつつ土中の有害ガスを排出を目的としており、溝切りは適度な給水状態を保たせる事も出来る。
田に水を引く時は一度ため池を経由させ少しでも水温が上がった水を流したいが、現状は沢から直接引き入れている。多くの棚田が山の斜面に作られているため、まだ難しいかもしれない。
次に台風対策も必要だ。
土佐は台風が上陸しやすいため、防風・防砂用として樫や松・檜などを植え被害を少しでも軽減させたい。理想は20m前後の高さが欲しいが、あまり高すぎると陽の光を遮り稲の育成に影響がでてしまう。
強風により稲が倒伏したら直ぐに起こし、少しでも稲穂が水を吸収しないように注意する必要はある。
苗床に使用される油紙には蝋を塗り撥水性を向上させる。昨年は二回の使用で破損してしまったがどうだろうか。
筒状の竹稈を少し長くした簡易の噴霧器にて、水で稀釈したにがりを葉面散布する。それと併せて食材だけで作った天然農薬の散布も行う。
一回目の収穫である夏には稲の根株は残さないが、二回目の収穫後にはそのまま土と混ぜて田の肥料にする。
刈り取った稲は乾燥させるため稲架掛けする。
束ねた稲を木の棒に架けて十日から二十日ほど天日にて干す。稲刈り直後の籾は水分を多く含んでいるので、保存に適した水分量まで乾燥させる必要がある。
場合によっては、脱穀後の籾を筵の上に広げ籾掻で均一にならして天日干しする。そうして乾燥させることで長期保存が可能となる上に、脱穀時に粒が砕けにくくなるという利点もある。
藁選りも作ろう。
茎部分とはかまと呼ばれる細かい稲藁に類別する。構造は千歯扱きと同じで違いは歯の間隔が広いところだ。束ねた稲わらの根元側を揃えてから、藁選りに数回かけることで茎以外の部分が地面に落ち加工品に使えるきれいな藁束を選別できる。
茎は『笠、縄、筵、箕、ござ、草履、馬沓、米俵』など、作れる物は多くある。はかまは芋などの作物を育てる時に畝に藁を乗せて保温にも役立つし、牛馬の小屋に敷いたり餌や鰹を焼く時などの燃料にも使える。
籾摺り後に残った籾殻は、保温折衷苗代の苗床に使用するほか燃料・肥料・牛馬の飼料などにも利用できるし、精米した後に残る米ぬかは漬物の糠床にと稲は米以外の副産物も多い。
千歯扱きで比較的に脱穀が楽にはなっているが、すぐに次の田植えを行うため脱穀を労働としている寡婦の収入を奪うようなことにはならないだろう。むしろ収穫量が倍になるため、作業も倍となり年間の仕事量は増える。
それでも収入が減るのであれば羽毛や椿の実・菜種などを集めてもらえればいいし、他にも針仕事を提供することもできる。寡婦だけではなく希望者には製品作りの仕事も用意できる。
それ以外に、農具も必要となる。
田の荒起こしや代掻きのための備中鍬と馬鍬を。
草取りのために八反ずりか長尺の熊手を。
籾殻と玄米の選別を行うための揺り板と竹製のふるいを作りたい。
安並家の村で収穫したものを籾種として、湿田での二期作を領内全域に広め、問題がなければ農具が支給できた領地から乾田化していこう。
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身請けした者たちの家屋を大急ぎで建ててもらえるよう番匠へ連絡した。
今回は急ぎと言うことで普通の木造建築になると思う。土佐は銘木の産地としても有名であり、五畿七道は六十余州の寺社建立に利用されてきた。領内の木材は豊富なため建材に困るようなことはない。
だが、いずれは漆喰塗りの家屋が立ち並ぶ城下町を建設したいと考えている。断熱性に優れ、隙間風で凍えるようなことがない家がいい。
そこで問題になるのは、漆喰には石鹸作りにも必要な海藻を使用している。海藻は出来れば石鹸作りに回したい。
それも番匠に相談してみよう。




