43.噴霧器
兵部卿宮様 = 大内義隆の官職名。
府内様= 大友義鎮のこと。この時点では官位・官職に就いていないため、館がある地名で呼んでいます。
舎弟 = 大友晴英のこと。義鎮の弟。
1551年 5月(天文二十年 皐月)
大友との謁見の間にて。
大友義鎮は髷を結い月代を剃って髭を生やした武家らしい二十歳そこそこの青年だった。背丈は五尺あまりで六尺は行かないほどの中肉。肌は白く一見ひ弱な印象を受けるが眼光鋭く、手足も太く逞しい。どうも毛深いと見え、手には濃い毛が生えている。
「ほう、そなたが一条家の跡取り殿か」
「ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます。お目にかかるは初めての事なれど、身共が土佐一条家を継ぎましたる万千代と申しまする」
「ふむ」
「御前に候う物をお納め頂きとう存じます」
「然様か」
「なんでも府内様は茶器を大層お好みであられるとか」
「我が茶器を蒐集しておることを存じておったか」
「はい。故に、御前の物に加えて茶器を一口お持ちした次第。こちらの茶器はお気に召すかと思うておりまする」
茶器が入った木箱を前に差し出す。
小姓が木箱を運び、茶器を取り出して義鎮の前へ置く。茶器を手に持ち、椀の外や内の表情を確かめるように眺めている。
「これは?」
「椀の内に星紋が羅列しておりましょう。…… それは、曜変の天目茶碗に御座いまする」
「何っ!? それは誠か?」
「はい。紛う事なき曜変の碗。府内様に釣り合う茶器に御座りましょう?」
ふっ、さすがに曜変天目茶碗は持ってないとみえる。よろしい、ならば差上げましょう。室町時代前から名器と謳われてきたその茶器を。
周防を出立する際に、義隆から『まだ有るから』と気前良く三口お土産として頂いた。大内家がどれ程の個数を保有しているかは分からないが、結構な数が有るのかもしれない。貴重な品であり、少しもったいない気もしないでもないが、上手くすれば巡り巡って義隆の為にもなるんだしいいか。
それからいろいろな茶器のことを楽しそうに語っており、それに相槌をうっていた。
「尊家も代替わりで怱怱にしておるかとは存じますが、今後も良き関係でありたいと願うておりまする」
俺が言い終わるや否や、先ほどまでとは打って変わって眉間にしわを寄せ不機嫌そうな顔つきになった。
「…… 然様か。まぁ、暫しの間は当家でゆるりとするが良かろう」
「有難う御座いまする」
あれ?
これで終わり?
◾️◾️◾️
会見はもう少し盛り上がるかと思っていたが、期待したほどではなかった。どうも義鎮の機嫌を損ねてしまったようだ。何が悪かったんだ?
今は用意された部屋で、ストローを咥えながら麦茶を飲んでいる。
麦茶は大麦の種子を水洗いし天日干しで乾燥させた後に煎るだけで簡単に作れるのだが、穀物を食べずに飲み物に消費するということは贅沢なのだ。今は、村ひとつとはいえ二期作が順調なため少しくらいならいいかなと思って作ってしまった。
苦汁と塩を少し入れれば夏バテ対策にもなるから暑い時の飲み物としては良いと思う。まぁ、常に作るわけじゃないし、味が付いた飲み物が欲しい時に作ろうと思う程度だから大丈夫。
ストローは、細竹で作った。
若竹を切り、湯を掛け火で炙って油分を抜きつつ真っ直ぐになるように曲がりを直す。天日干しで乾燥させた後に内部にある節を二回に分けて削り取る。
一度目に錐で粗方の節を削り、二度目でヤスリに変えて空洞を整えていく。削り終わったら水で洗い再度乾燥させて出来上がる。
結構な手間が掛かるが、使い捨てずに洗えば何度も使えるし、使い心地も少し太めのストローと思えば問題ない。もしかしたら、竹の枝であればもっと細いストローを作れるかもしれない。使われずに捨てられるくらいなら利用した方がいい。
これは、竹稈と名づけよう。
竹稈を咥えていて気がついたが、これが二本あれば噴霧器を作れる。
一つは口に咥えて逆側の筒端に半分かかるくらいにもう一本の筒を固定する。その筒は散布する液体を注いだ桶に浸かっており、その状態で勢いよく息を吹けば霧雨状の飛沫を飛ばすことができる。
咥えている筒は、液体へ漬けている筒の近い部分に蝋を垂らし空洞部分を狭くすることで吹いた時にベンチュリ効果が生まれる。この効果により気流の速度が増すため、少し強く息を吹くだけでも霧吹きを発生させることができる。全力で吹き続けて眩暈を起こすようなこともないだろう。
注意するのは風上から風下に向けて吹くことだ。それでも、目や口に入ってしまった場合はすぐに水で洗い流す必要があるくらいか。
この散布方法を使用するのは、水で稀釈したにがりを霧吹きして稲へ葉面散布する時と、虫よけ用の食材だけで作った天然農薬の散布の時にも役に立つ。天然農薬を霧吹きする時は刺激臭が強いため多少は我慢する必要があるけど、竹稈を長くすれば出来なくないかも?
原始的ではあるが、いずれは水鉄砲の要領で手だけで霧吹きを実現する道具を作れると思う。それまでの応急処置みたいなものだ。
道具のことを暫く考えた後、大内家への協力をどうすれば承諾してもらえるかと思案していた。そんな折に、お母様が訪ねてきた。
随行している者たちは隣の座敷にいるが、お母様は奥の間に部屋を用意されており、この部屋とは離れていた。
「万千代、入りますよ」
寝転んでいたところを、突然に声が掛けられた。慌てて行儀良く座り直し、部屋に入ってもらう。
「どうかされましたか?」
「船の上で、そなたは大内で謀反の気配があると言うておったでしょう?」
「はい、然様にござりまする」
「今し方、こちらで仕えている侍女から聞き及びました。大内から使いの者が来ており府内に逗留しておることを」
どういうこと?
「大内館にて陶という若人がおりましたね?」
「はい、おりました」
「その者の使いが府内に居るのです。妾の舎弟を大内家の当主として迎えたいと言うておるそうです」
益々、わからない。
「一度は猶子として大内家へ渡ったにも関わらず、その話を反故にされたことで兵部卿宮様を恨んでおるのです。この話を受けると言ってはばからないそうです」
えっ?
「今はまだ弟も躊躇うておるようですが、事と次第によってはこの話を請けるやもしれませぬ」
そうなの?
「分からぬのですか?」
は?
「一条を疎んでおるやもしれぬ者が大友家と手を結ぼうというのです。よもやあるまいとは思いまするが、妾たちの身も危うくなるやもしれぬということですよ!?」
ええっ!!?
事情を話してくれた侍女というのは、お母様が土佐に来る直前まで仕えていた者で信用できるらしい。
これは、思ったよりもまずい状況のようだ。
義隆に協力する者が居なくなるかもしれない。
その上、ここに居る一条家の者たちも危険に晒されるやも。
急ぎ、何らかの手を打たねばなるまい。




