37.外交 【地図あり】
1551年 4月中旬(天文二十年 卯月)
「お母様、船の旅路は気持ちが良いですね」
「ほんに。万千代、あちらに見えるのが大友家が治めている地になるのです」
「そうなのですか。帰りには寄って行きましょう」
「そうであれば、兄も喜びましょう」
心地いい風が吹いている。
船の帆が風を全面に受け、かなりの速度で進んでいるとは思うが、陸地が遠く体感で速いとはあまり感じない。
空を見上げればゆっくりと雲が流れ、時折り影が掛かるものの清々しい青空が広がっている。そんな中をかもめが飛ぶ、平和だなぁ。
この時代でもかもめはかもめだ。
今、俺はお母様と一緒に船に乗っている。
転生してから初めて中村御所の外に出た。
同行している人数は百人ほどで、護衛のため九曜の者たちが三十人と兵が四十人あとは身の回りの世話をしてくれる侍女、女中がいる他は俺とお母様と飛鳥井曽衣に町顕古。
そして何故かついてきている陰陽師が一人。
妹の阿喜多(六歳)と峰子(三歳)は中村御所にて留守番をしている。
乗っている船は、本来であれば堺と土佐の間を行き来している唐船を使用している。乗組員は船匠の岡源次郎を始め一条家の者達が約三十人ほど。護衛船も二艘いる。護衛とはいうものの、海賊と出くわしたら艘別銭という津料を払うらしい。
「~~~~~~~~~~~~~~~~」
「この様な立派な船まで出して頂きありがとうございます、と申しております」
この船の目的地は、大内氏の居館だ。
それは、通訳越しに感謝の意を示しているこの男のために向かっているとも言える。
事は、この男が土佐を再訪したことから始まった。
◾️◾️◾️
──── 十二日前。
謁見の場に赴くと、前回とは違い煌びやかな衣装を身に纏った南蛮人と通訳の男がいた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「本日は突然の訪問にも関わらず、謁見をお許し頂きありがとうございます。これらは我が国より持って参った品々でございます。御所様へ献上致します、と申しております」
献上された物を見るに、小銃・眼鏡・鏡・置時計・洋琴・絵画・書物・ガラスの水差しだった。 有難いが、たぶん今から言うであろう要望には答えられない。
「~~~~~~~~~~~~~~~~」
「京に行きましたが帝にも大将軍にも拝謁が叶いませなんだ」
そりゃそうだろう。
急に行ってなぜ会えると思っていたのか。
俺の代わりに、市正が声に出して問う。
「して、本日は何用で参られたのか?」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「御家に先の関白様が下向されていると聞き及び、お取次をお願いしに参りました」
なるほど、やはりそうだろうな。
伝手があれば、房通経由で帝に謁見するのが一番の近道ではある。直接行くよりは、よほど堅実的だ。
だが、房通は以前にザビエルが来た時にも同席を嫌ったし、この謁見前に一応確認したが、下向先で勝手に使者と会うことも親書を受け取ることもできないと断られている。その事を伝えた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「この国の人々は親しみやすく優れています。私はイエズスの同士に我が国王へ文を送り日本を占領しないように伝えました」
とんでもないことを言ってきた。
もし友好的な国で無ければ占領しようとしていたのか……。それを伝えてきたのは恩に着せるためか、それとも脅しなのか?
「~~~~~~~~~~~~~~~~」
「どうしてもこの国の王たる帝に親書を届けたいのです。どうかお取次を」
そうは言っても本人が嫌がっているのだから無理だろう。でも、案がないわけではない。幕府職に就いている者に取次を頼み大将軍へ親書を渡し、大将軍経由で帝へと親書を献ずる。
帝へ直接は無理でも、これなら望みがあるかも知れない。最悪どこかの公家経由になったとしてもやれる事はやってみるべきだろう。
となれば、公家にも武家にも顔が利く人物に取次を頼むことになる。そんな都合がいい人物がいるのかと考えてしまうところだが…… 一人だけいた。
その者の名は、大内義隆。
幕府職を有し官位も高い、これ以上の適任はいない。ということで、その旨を伝えた。すると、ザビエルと通訳した男が顔を見合わせた後に下を向いた。明らかに落胆している。
「実を言えば、以前に大内様へ謁見した際に男色を非難したことで大層お怒りになられました。そして、再び領内に立ち入るようなことがあれば斬って捨てると言い渡されております」
ああ、そういえばそうだった。
なら、ダメだ。
それか死ぬ覚悟で会いに行って謝るしかないないが、それではあまりに可哀想か。例えば俺からの文を託せばどうだろうか?
その文を届けるという名目であれば、もしかしたら会えるかも知れない。
ついでに、献上品の中で不要な物は返そうと思う。ただ、小銃・眼鏡・鏡・時計は貰おうかな。欲を出さずに半分くらい返却したほうが印象が良くなるんじゃないかとの思惑もある。
そして、以前に頼んでいる技術を早く教えて欲しい。こちらからの親書の提案は房通に却下されているので、使節団はやめて留学生として派遣して技術を学んで来てほしい。
文の件を伝えた。
「若様より文を認める故、それを持って大内殿へお会いすれば宜しかろう」
「……! それで罰せられぬのでしょうか?」
「それは分からぬ。然れど、若様の文があれば無下には扱われまい」
「さようでありまするか……」
あんまり信じていないな。
殺されるかもしれないのだから無理もないか。
さすがに文のひとつで安心しろとは言えないけど。
「万千代、妾と共にそなたが同道すれば宜しい」
!?!
今日の謁見にはお母様も同席していた。
お母様!?
俺は一応は当主なのだからそんな簡単に外に出るのは許されないと思うのだが……。
「大内殿への謁見の帰りに、大友家にも立ち寄り兄とお会いすれば宜しい。さすれば大内も大友も一条家を悪くは思わぬのではありませぬか?」
まあ、確かに当主自ら行くというのは効果はありそうであるが。正直、御所から出たことないし外では何が起こるか分からないから怖いんだよなぁ。
「お母様。当主たる者、容易に御所を離れるわけには参りませぬ。政務が御座います故」
「然れど、そなたは政に携わっておらぬのではないかえ?」
…… 確かに、お母様の言うことにも一理ある。外交のことでもあるので、政所で聞くだけ聞いてみてもいいかも。
「これより政所へ諮る故、その方らは下がっておれ」
「はっ。何卒、御頼申しまする」
市正が、ザビエルたちを下がらせた。
ザビエル達は控えの間へと一旦下がる。お母様を伴って、政所に向かい同道する事を提案してみた。すると協議の結果、意外にも同行者を選定の上での同道が許された。
理由は、代替わりして各大名家との関係を再認しておきたかった事と、大友家でも代替わりがありお母様が大友家の血を引いてはいるとはいえ、大友家の意思を確認したかったためである。
房通は『呼びつければ良いではないか?』と言っていたが、町顕古ら家司の者や家老職の者が賛同したため許された。渋々ではあったが護衛と侍女・女中はそれなりに連れて行くのを条件に最後には房通も頷いた。
謁見の間に戻り、同道する旨を伝えた。
「それは誠で御座いまするか!?」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「アリガトジョンジマル」
男が通訳すると、ザビエル本人が片言で礼を言ってきた。
気持ちは伝わってくる。
ほっこり。
とりあえず、四国近くの大大名である大内と大友に挨拶に赴く意味は大きいだろう。襲撃されたりしなければ……
今回の外交が上手く行くことを祈るのみである。こういう時こそ土佐一条家の当主として威風堂々とする必要があるだろう。




