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34.数学書

 


1550年 8月(天文十九年 葉月)




 二回目の田植えを終えた。

 温度管理が大変だが上手くいっているのか確認も出来ないので温度計と湿度計が欲しい、本当に。まだ発明されていないのだろうか?


 今度、南蛮人に会うことがあれば聞いてみよう。



 一条家の式条で制定している税率は五公五民であるが、それでは民の生活は苦しい。年貢を差し引いて生活するには三公七民くらいが必要だ。


 しかし、今やっている二期作が計算通りに収穫できたとすると例年の四倍の米が取れる。五公五民のままであっても倍の米が手元に残ることになり、民の暮らしも楽になるだろう。


 米が多ければ売って金銭に変えることも出来る。問屋を通すと米価が下がり安く買い叩かれてしまうだろうし、一条家が問屋から買い入れても輸送代などを上乗せされて高くつく。


 であれば、一条家が直接領民から買い取る方がお互いのためになる。



 今、手習いでは九章算術と周髀算経(しゅうひさんけい)を学んでいる。これらは検地に必要な面積の計算法や平方根・ピタゴラスの定理などと共に租税の計算や比例算も記載されている数学書だ。既に九九は知られているのでこの数学書があれば計算することが可能だ。ただ、本自体を皆が知っている訳ではないので読んだことが有ると無いとではそれこそ雲泥の差が出る。そして、理解できている者は商人や書を好む者または公家の一部といった少数派であろう。


 筆算ができないと、九九か足し算でひたすら計算するしかなく間違いも多くなる。加えて、筆で書き入れるので小さい文字も書けず必然と帳簿も増える。この問題を解決するために毛細管現象を利用したペンを作ることにした。


 ペンを作ると言ってもガスバーナーが無くガラス工芸では作れる物が限られる。ガラスペンは出来ない部類に入るだろう。もしかしたら南蛮の技術が伝わってくれば作れるようになるのかも知れないが、今は無理。


 ガラス製は諦めるが……鉄を丸棒にするにも苦労するし塗装材も漆に松脂を混ぜたものとボルトと同じように下地メッキをしたいくらいだ。そうなると消去法で木製になった。


 ペン先に細い溝を五・六本彫って漆を塗装する。思いの外、早く出来上がり試用してみたが、ぬれ性も問題なく墨を吸い上げてくれた。表面張力とぬれ性の計算なんかは出来ないけど、墨に浸けて垂れることなく紙に書けるからそこは問題無いか。


 問題なのは、文字の線が細すぎることと紙を突き破ってしまうので机に直接置いて書くと机にも墨が付いてしまう。線は太く出来そうな気がするので今後も改良をお願いしたが、墨が机に付く問題は厚手の和紙を下に敷く位しか思いつかない。



 それと併せて木版画職人に頼み帳簿をつけるための枠が描かれた用紙を大量に摺ってもらった。絵師と彫師はただの枠だけで作業に不満そうだったが、摺師は楽でいいと嬉しそうだったとか。帳簿用紙のついでに測定用紙も作ったので、米作りとかの記録にも使えそうだ。


 もう一つ計算をやり易くするため算盤(そろばん)を作る。梁の上側に五珠を一つ、下側に一珠を四つの構成を全部で二十列。それらを枠と軸で組みあげる。二十列ぐらいだったような気がしたが足りないかな?


 材質は細工師に任せたが、珠は菱形の形状と硬い素材にしてほしいとの要望は伝えた。


 作っても使い方を教えられなければ意味がない。算盤なんて小学生の時以来だから、使い方を思い出せるだろうか?


 掛け算と割り算が怪しいが、思い出すのに練習が必要か。




 先日、税率の確認も含め一条家の式条を一通り見た。公家法を基本としている式条だった。


 各大名の分国法は武家法の影響を受けているため基から異なる。公家法は御成敗式目や建武式目の一部分を取り入れたりしているが基本的には平安時代より継承されてきたものだ。


 御成敗式目も公家法の法形式に即している面もあるし、建武式目では『婆娑羅(ばさら)』を禁じていた。婆娑羅は天皇や公家の権力に対する反発と驕傲といった社会的風潮であり、派手な身なりや行動を好む無法者と言われる傾奇者や大名への下克上の遠因ともなったものだ。


 公家も大名家の分国法に婆娑羅へ通ずる法が制定されないか神経質になっているようで、調べたものの写しを房通からお父様に譲られていた。影響を受けている法体系が違うにも関わらず、税率や細かいところに差異はあっても大まかな内容は似ていた。


 諍いや犯罪行為に対する裁きなどは殆ど同じで、農民の住居移動を制限していなかったりするところは分国法より一条家の式条の方が幾分か緩いといったところだろうか。


 分国法も一から作られたわけではなく公家法を参考にしている部分があるのかもしれない。もしくはその逆か。




 ◾️◾️◾️




 有職故実に革帯(かくたい)というものが記載されていた。この革帯は革製の帯と鉸具(かこ)と言われる留め具で腰に巻く、いわゆるベルトだ。


 記録では大宝元年から存在しているが、今では使用している者はいない。だが、帯に刀を差すよりもベルトに帯刀出来るようにした方が効率的だし腰も痛くならない。


 鴨履(かもばき)という漆が塗られた革製の靴の記載もあった。これは蹴鞠用の鴨沓(かもぐつ)のことだと思う。


 そのままは使えないとしても少し改良すれば使えるようにならないだろうか?


 洋風の革靴やブーツを模してもいい。


 草鞋(わらじ)では尖った石や木、戦場などで(やじり)を踏んだだけで足を怪我したり移動するにも苦労するが、靴であれば鋭い物を踏みつけても草鞋よりは被害が少ないと思う。靴に変えることで兵の動きが早くなればそれだけ有利になる。



 この二つは作ってもいいと思うので材料となる革を購入しよう。今まで戦に関係ない、生活を便利にする道具ばかり作ってきた。


 だが、今日からは武具・防具も作っていこうと思っている次第である。一条家滅亡という歴史を塗り替えられるように。

 



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