27.告解
1549年 4月末(天文十八年 卯月)
御父様の葬儀は身内だけの密葬となった。
やはり狂気の末の自害では外聞も悪く、大々的に行う事が出来ずに淋しい葬儀となった。
「万千代、そないに無理せんでも宜しい。以前のように笑っていなさい。其方が笑えば家中の者も安心できるやろ」
お祖母様にそう言われたが、お父様の最期のお言葉を守るため気を張っていた。
「其方はどっしりと構えて居れば良いのです。あとは家臣達がやってくれるはずです」
「無理する必要はないんよ。若御所様は賢い子やから大丈夫やわ。皆が支えてくれるやろ」
お母様とお祖母様が優しいお言葉を掛けてくれる。でも、どうしても言っておかなければならない事があるのだ。
「お祖母様、お母様。麿が色々と造っていたせいで刺客に襲われ、お父様は命を落としてしまわれたのやもしれませぬ。……申し訳御座いませぬ」
頭を下げる。
もしかして叱責されるかもしれないと思うと、正直怖い。
「万千代……気に病むことあらへん。悪ない、悪ないんよ。そないに謝らんでもよろしい」
「そうですよ、万千代。この上、もし其方まで失っていたらと思うと悲しゅうて」
涙が止まらない。
告解して楽になりたかった。
でも、許してもらえるとは思っていなかった。
俺のせいだとは思ってないと言ってもらえて安堵した。
安心した、と同時に涙が止まらない。
本当は誰かに俺のせいではないとそう言って否定して欲しかったのだ。
「まことに、これまでと変わらずで宜しいのでしょうか?」
「大丈夫です。お家のことは家司の者達に任せておけば良いのです。気にせずとも良いのですよ」
お祖母様とお母様の言葉に救われた。
……ありがとうございます。
また、皆でお父様を偲んで泣いていた。
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1549年 8月(天文十八年 葉月)
四十九日も終わり、初盆を迎えた。
お坊にお経をあげて弔う。
人というものは、やはりすぐに変わることは出来ないダメな生き物だ。人というよりも俺がか。
お祖母様とお母様に俺のせいではないと言ってもらえて安心してしまったし、以前と変わらぬ姿で居てこそ家臣が安心すると言われその言葉に甘えてしまった。
だけど、決めたよ。
二度とあんなことが無いように、この一条家を守っていくよ。それがお父様が望んだこと。俺がお父様にできる最後の孝行でもある。
だから、一条家のためになることならば躊躇してはいられない。時には、非情な決断を迫られることがあるだろう。その時が来ても冷徹に判断を下せるように心構えだけはしておこう。
色々と道具を作る事も控えていた。
これからは、より人のため、一条家のためになるものを作ろう。そして、滅亡という史実だけはかならず避けてみせる。家族を露頭に迷わすようなことは断じて認めることはできない。
現、九曜の御所守護番と言われていた者たち。
いわゆる忍びだ。
忍びではあるものの、他家に噂を流したり変装したり、情報操作、情報収集等が出来るわけではない。
出来るのはあくまで護衛であり、武に特化している。足音を殺して走ったり、塀を飛び越えたり何て事は出来ているっぽいので暗殺くらいなら可能かもしれない。
だが、体も鍛え上げられ一回り大きく感じる。
忍び込んだ所で直ぐに見つかってお終いなのではないだろうか。
ついでに言うと忍びの里もない。
中村の町の一番外側を囲むようにそれぞれの家が点在し町民として別れて住んでいる。夜、家に居ながら警備も出来るし外に出てる必要も無いので怪しまれない。
もちろん、定期的に集まって情報共有などは行なっているようだ。
もう一つは、くノ一がいない。
武を重んじているだけあって、どうしても筋力で劣る女に比べると男が有利になってしまうからだ。
少し忍びとはイメージが合わないし里もない、だから忍びの里の名前もなかったのか。しかし、戦へ出ている間に懸念される御所内での横暴などは容易ならざることであろう。有難いことに心配は減る。
広い中村の町を二百人ほどで護るのは多いのか少ないのか、よくわからない。ちなみに武に秀でているというのも本当であろう。先の襲撃では俺も狙われていたが犠牲になった守護番の一人は敵三人を同時に相手して、一人を討ちもう一人と相打ちになり怪我を負っていた。
だが、やはり多勢に無勢。最後は討たれてしまったが、お陰で俺を護ってくれた守護番の頭領に敵が集中しなかった。
強いとは言っても無敵な訳じゃない。
油断すれば討たれるし、敵にしても鍛えられてきた者なのだから一方的にはならないのだろう。
そんな事は当たり前か。
マンガの見過ぎで無双する奴がいてもおかしくないと考えてしまっていたが、万能な忍びがいるなら武家なんて必要なくなるか。みんな忍びにすればいいという話になる。
そんな感じだから、九曜は基本的には町や人の警護が仕事になる。
もしかしたら有力大名には忍びがいるかも知れない。謀反を起こした陶家を滅ぼして領地を拡げるから、今はまだ毛利も領地が少ない。
大内家へ、その辺り注意する様に伝えておこう。毛利よりは大内の方が断然に一条を贔屓にしていると思う。
一条房冬の側室には大内家の姫を迎えており、一条房基の腹違いの兄弟である晴持が大内家へ猶子となっています。同じ頃、細川晴元より本願寺へ鉄炮の礼状を送っているようです。




