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26.錯乱 / 九曜 武者小路兼実

 


1549年 4月 13日(天文十八年 卯月)



 九曜とは以前に土御門有尚と話している折に出てきた名で、占星術にも使われているらしい。


 九曜と九星は似てはいるが同じではない。


 深曽木の儀でも使われる様に、古来より碁盤は高天原を表していると言われている。黒白点で表される天地十数は宇宙の星々を表す。


 九数図の配置において白点と黒点が織りなす綺麗な模様は、調和というに相応しい。その天地十数に従った九数図の魔方陣、後天定位盤に見立てた角九曜を家紋とした。




 忍びに九曜と名付けたのは九星より言いやすいってだけだ。結果、名前は九曜だが由来は九星という感じになってしまった。そして、九曜の家紋といえば西園寺家の三つ巴紋と同じくらい、模様の見栄えがいい。


 忍びを雇って名付けたいと密かに考えていたが、本当に付ける事になろうとは思わなかった。




 襲撃から半日が経ち、朝を迎えている。

 家中の者がある程度、集まった所で今後について話し合いが行われた。


 先ずはお父様の葬儀について宗珊から話があった。


「御所様が襲撃により命を落としたなどと御触れを出せませぬ。そのような事を言い回らば刺客が容易に送り込めると思われ、襲撃者は後を絶ちませぬ故」


もっとも(尤も)だと思う。

 ましてや宿直や忍びの者たちの心中を考えれば尚の事。

 だが、葬儀は行わなければならない。


「そうか…… 病という事になるのか?」

「否、西園寺の手の者が領内に潜んでいる可能性も御座いまする。病気では良い薬師がおらん、領内で病が蔓延しておるなどと悪質な流言蜚語を流されないとも限りませぬ」

「…… お怪我をされた事にしては?」

「それでも襲撃の噂が流されましょう」

「では、如何するのだ?」


 言い淀んでいたが、躊躇いがちに答える。


「…… 狂気による錯乱の末…… 自害された…… と」

「なっ! お父様に汚名を着せよと申すのか!?」


 それは、あんまりだ。

 お父様だけではなく、お祖母様やお母様が酷く悲しむ。


「これは一条家の御為(おんため)に御座います。何卒、堪えて下されませ」

「他には? 他には良い思案はないのか?」

「誠に遺憾ながら…… 御座いませぬ」

「死して尚、苦しめる事となろうとは…… お父様」

「申し訳御座いませぬ。若様」


 もし、俺が元服していれば少しは違ったのかもしれない。弔い合戦の準備をしたかもしれない。

 家臣達も歯を噛み締めて泣いている。




 ◾️◾️◾️




 昨日は、我ら守護番にとっては、(こと)の外ひどい一日であった。




 山伏の祈祷の最中に曲者騒ぎがあった。

 宿直の者たちが急ぎ向かっている。

 御所様の御下知により我も蔵へと向かった。

 数人の守護番を残して。


 蔵には密かに帝より貸し与えられた『坂上(さかのうえの)宝剣(たからのつるぎ)』が納められている。

 それを狙っての犯行やもしれぬ。

 陰ながら守る事に徹するため、遠くで様子を見やる。

 その時、祈祷を行なっていた庭園で叫び声が上がった。


 (抜かった! 宝剣を奪おうとするは陽動か!!)


 急ぎ戻ったが時既に失っしており、刃が御所様を貫いていた。辺りを見れば山伏達が若君様にも刀を向けているところである。


 『申し訳御座いませぬ、御所様』


 心で詫び、せめて若君様だけでもお守りするべく山伏と対峙した。






 我ら禁裏守護番は、どの摂関家の家令にも属していない。


 古く家令に属さぬは、故意に仇なす者が摂関家であっても討ち取る事を躊躇わない様にとされている。


 属さぬ非家令である九家(三条、徳大寺、三条西、河鰭(かわばた)、久我、武者小路、中院、北小路)の一部の者が土佐一条氏に従い下向した。


 それは当時の藤原長者が一条家の者であったことも要因ではあろう。いつしか家格に関係なく武や術が優れた者が守護番の筆頭となり皆を率いてきた。






 それにしても偶然とは恐ろしいものよ。


『……ならば『九曜』の名を与える。紋様は後に渡す故』


 家紋は九数図の方陣と星の配置を共にした紋であった。


 天地十数に従った方陣。後天定位盤に見立てれば、我らが一条家と共にいる事で完全なる調和が生まれると考えられる。

 九の方陣に対し九家。


 これは本当に偶然であろうか?

 あまりに出来過ぎている様に思う。

 これが必然とすると、五百余年も前に禁裏守護に就いた時点で運命づけられている事となる。


 寒気がする。

 あの幼さで斯様なことを考えられたのだろうか?


 それに加え、惨憺たる状況にも関わらず毅然としておられた。


 然れど悲しんでおられぬわけではない。

 足が震えておった、無理もない。

 我が部屋から去ると声を殺して泣いておられた。



 守護番は全て若様の為に準備されてきたのでは……と一度思うたら、その考えが拭えぬ。

 八家である事も家紋の数が合うている事も。


 今まで命が危ぶまれる様なこともあった。敵と対峙し恐怖を感じたこともあった。

 だが、この恐ろしさとは比較にならない。


 もしも『定め』であるならば、対峙する者は天をも敵に廻す覚悟をせねばならぬやも。


 想像するだに恐ろしい。

 これほど、敵対せずに済んだことを安心した事もない。一条家に逗留している陰陽師も以前に言うておったが……。


「八百万の神々より加護を受けし御子」


 今は、我も同じように思う。

 これは近くで感じねば分からぬ事だろう。

 言ったところで守護番の連中にも笑われるだろう。



 だが同じように密かに心の内で思うておる者は少なくないだろう。

 既に我を含め三人は確実におるのだから。



基本的に公家の家は、五摂家のいずれかの家令となりその庇護を受けています。ですが、それらに属していない非家令の家も存在します。有名どころでは、三条家や三条西家がありますが、家の力としてはかなり強かったのではないかと思っています。

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