25.しのぶもの
1549年 4月 12日(天文十八年 卯月)
その男は下男の格好をしていた。
どこかで見覚えがあると思っていたら、いつも気がつくと庭の隅の方で作業をしている男だった。
掃除や小間使いをする為に、いつも待機しているのだろうと大変だなと思っていた。
「若様、我は土佐一条を影から護る事を仰せつかっておりました俗に言う『忍び』で御座います」
「我等の祖先は文治の頃より禁裏を護っておりました禁裏守護番の公家であり、武勇に優れた者達でした。教房卿と共に京より土佐に移り、今日まで仕えて参りましたが、主君を討たれるなどという失態を犯したからには一族郎党首を落とす覚悟で御座います」
一条家に忍びがいた何て初めて聞いた。
「忍びがいたとは知らなんだ。……そうだな。皆には死んでもらうしかないようだな」
「はっ。然らば、御前を失礼致しまする」
「待て、話は終わっておらぬ。お主らと同じように麿もまた死なねばならぬ」
「……それはまた如何なる理由からで御座いましょうか?」
「死ねと言ったのは命を断てという意味では無く、一度死に今日この日より新たに転生するのだ。麿も其方等も。お父様が最期に仰られたのは『皆を守れ』とのお言葉よ。其方等がおらねば守りも薄くなりやがては一条家は滅びてしまう事だろう。一条家の滅亡が望みか?」
「そのような事は決して御座いませぬ!」
初めて強い口調で否定した。
「であれば、転生してみせよ。其方等、忍びの名はなんと申す?」
「名前など御座いませぬ。ただ、守護番と」
「そうか。……ならば『九曜』の名を与える。家紋は九数図の魔方陣と星の配置を共にした紋である。紋様は後日渡す故」
恐らく、この家紋はまだ誰も使っていない。
「本日より麿に仕える事が出来るか?」
「然れど、我らは主を守りきれなかったので御座いまする」
「人の心というものは刹那毎に生滅流転を繰り返す。それを心相続といい、一度無我に身を投じ新たなる心相続を成せば人はまた生きていける……と和尚が言うておった。己は三世の内の来世に転生したと思えば良いのではないか?」
男は下を向き何も言葉を紡がない。
「次も同じように主君を討たれるほど腕が未熟か?」
「いいえ、辛酸を舐め腕を磨いて参りました。同じ過ちは繰り返す事など致しませぬ」
「お父様もそれを望んでおる筈、麿を護ってはくれぬか?」
「…………」
「頼む、この通りよ」
「……! 頭をお上げ下され」
「頼む」
「……若様が頭を下げられる必要は御座いませぬ。我ら、天地神明に誓い必ずや御守りする所存に御座いまする」
「そうか、すまぬな。では、忍びの者全員に伝えてくれ。お主等は皆、転生し九曜となると」
「はっ」
「無闇に命を散らさぬ様な」
「はっ、失礼仕りまする」
◾️◾️◾️
山伏の男は全てを話したらしい。
事実を確認するまでは殺さないと言っていたので、生かさず殺さずと言ったところだろう。
あの者も哀れな男だ。
この仕事の前に妻に先立たれており、男を縛るものが無くなってこの仕事を最期に遠くの地で真っ当な職に就くつもりだったらしい。忍びは人質を取られて里に忠誠を半強制されているという事か。まぁ、話した内容を信じるのならだが。
毎年、熊野から一条家へ来ていた山伏達は殺されてしまった様だ。巻き込んでしまい申し訳なく感じる。
男が話した内容を報告に来たのは宿直の者だ。
平時であれば御殿に上がる者は許しがない限り、家老や家司などの上位の身分の者のみだ。
あんな事があったから今日は特例なのだろう。
宗珊は未だに涙を流しながら怒り狂っているらしい。
遠くの方で叫び声が聞こえる。
俺も叫びたい気持ちでいっぱいだ。
だが、嫡子としてはお父様の最期の言葉を守らねばならない。
それが唯一できるせめてものお詫びだ。
俺も辛い。そして怖い。
お父様の死が俺のせいではないかとの考えが拭えない。
それでも、今だけは……せめて今だけは当主代理として差配しなければ。
これ以上、悪い事が起こらないように。
これ以上、誰も死なせないように。
やれる自信は無いが本当にやるしかないと思う。
「お父様……うっゔぅ」
誰にも聞こえないように手で口を押さえ声が出るのを必死に堪える。
◾️◾️◾️
山伏に扮した忍びは伊予の西園寺に雇われた者達だった。
毎年の様に大友と一条に攻められ苦渋の末の姦計なのかもしれない。西園寺との戦の原因は不明だがちょっとした小競り合いから始まったのだろう。
西園寺本家は清華家の家格で、一条本家の家令だ。
そのため、ことある毎に京の本家同士が話をし、両家から互いの分家に鉾を収めるように要請が下る。
だが、すでに大名として領地を納めており家臣もいる手前、無条件での和睦・和平などありようが無い。
結果、何度も戦さをしている。
それが両本家には面白くないため何度も強要する。
大名側も相手が悪いと言って、堂々巡りになる。
いつしか互いの領地の民同士も仲が悪くなり、事ここに至ってはどちらかが滅ぶまで戦を続けるしかないという状態か。
平和的に解決できるのが一番いい、が難しい。
せめて互いの子供が同年代の異性であれば婚姻という形で両家が折れる事が出来たかもしれない。
まぁ、どちらにせよ忍びの男の言う事を完全に信じた訳ではない。他家の二虎競食の計である可能性も捨てきれない。この時代で証拠を消そうと思うと簡単だ。最初から残さない様にやれば尚更に。
偲ぶ者と忍ぶ者、相伴って一条家を守らねばならぬ。
とにかく今は、急ぎ家臣達を集め死んでいった者達の身を綺麗にしてあげたい。
西園寺家がお好きな方には申し訳ありません。小説の都合上、敵役にさせて頂いております。




