24.護摩祈祷
1549年 4月 12日(天文十八年 卯月)
─── 今日、お父様が死んだ。
◾️◾️◾️
「万千代様。少し大変かもしれませぬが、終わるまでご辛抱下され」
「承知しておる」
宿直番の宗珊が微笑みながら言ってきた。
本来であれば家老が宿直などはしないのだが、宗珊の子が宿直番であるのが理由だろう。祈祷を行う外部の者が大勢いるからなど適当なことを言っていたが。
今年元服したばかりの息子がよほど心配と見える。
「懺悔懺悔六根清浄、懺悔懺悔六根清浄」
山伏による護摩祈祷が始まった。
四方と鬼門に弓を放つ法弓の儀を終え、法剣の儀、法斧の儀を経て表白が読み上げられた。
護摩壇に火が点された後、護摩木がくべられていく。
今年は俺も参加している。
一条家の男子は出席した方が良いとお話しがあったらしい。
しばらくすると宝物が納められている蔵の方で騒ぎがあった。
どうも曲者が出たらしい。
大半の宿直の者らが蔵に急ぐ。
お父様は下人の男に何かを言って、その男は足早に去って行った。
◾️◾️◾️
お父様の下に急ぐ。
俺は涙目になっているだろう、既に泣いているのかも。
「お父様、直ぐに手当てをいたしまする! …… えっ、いま何と!?」
「…………………… 」
口に耳を当ててようやく聞き取れるくらいの微かな声だった。言い終わる前に手が力なく落ちた。
「お父様? お父様!? …… うぅぅ、お父様ぁぁあああ!!」
死んでしまわれた、お父様が死んでしまわれた。
悪い夢でも見ているような、息苦しくて、寒くて、怖い。
だれか夢だと言ってくれないだろうか?
「ゴボッ」
横を見ると西小路教康が身体中切られ血を大量に流し、お父様を守るように上に覆い被さっている。
血を吐き出しながら謝罪を繰り返す。
「ゴホッゴホッ、見抜く事が出来ませなんだ。申し訳御座いませぬ若様、申し訳御座いませぬ御所様」
「この傷、父を守ってくれたのであろう? すまなんだな」
「っうぅぐ、お守りする事…… 叶いまぜ… なんだ。ゴボッ、ゴボッ」
「無理はするな。もう話さなくとも良い」
「お許じぐだざれ、若ざま。お許しぐだざぇ…… 」
涙を流しながら謝罪の言葉を口にし事切れた。
彼が謝った理由は、毎年行なっている護摩祈祷では顔見知りの山伏が大半なのだが、今回は新顔ばかりであったのだ。
この祈祷を取り仕切っていたのが、教康だった。
不審に思い宿直番の人数も増やしていた。
だが、急な曲者騒動の後、十人からなる山伏が仕込み刀を抜き一斉に襲ってきた。
警護していた者がかなり減っており、山伏は全員がお父様を目掛け刀を向けた。本当に一瞬の事だった。
俺を守ってくれたのは下人の男だ。
下人とは思えない刀さばきで山伏達を切って捨てた。
山伏は一人を残し全員斬り殺されている。
本気の殺し合いを目の当たりにして恐怖で動けなかった。
守ってくれた下人は正確に首の動脈を斬りつけ、蹴りを入れ相手を怯ませる。相手は斬られて数秒しか経っていないのに気づけば大量に血が流れている。その後何度か刀を振ったが突然糸が切れた様に崩れ落ち、何度か荒く息をしたと思ったら呼吸を止めていた。
四人相手にそれを繰り返す。
騒ぎを聞きつけ蔵から戻ってきた宿直達が残りの者を切り捨てた。
ざっとみるとこちらの被害は七人だ。
宿直番四人と下人が一人だろうか。
蔵の方に駆けつけていた、宗珊が涙を流し哭き叫びながらメチャクチャ切れてる。しばらくすると、急に押し黙った。
捉えた山伏に近づき何も言わずいきなり太ももに剣を刺し捻り上げた。
堪らず呻き声を上げた山伏を家臣達に押さえつけさせて何度も刀を捻りあげる。
その間、誰も声を発しない。
痛みに耐え切れない山伏の叫び声だけが聞こえてくる。
「止めよ! 近江守!」
まるで声が聞こえていないかの様に続けている。
「止めよと言うておろうが! 宗珊!!」
やっと声が届いたのかこちらを睨む様に顔を向ける。
顔は真っ赤に染まり、目を血走らせて、ギリギリと歯を噛んでいる。憤怒という言葉が当てはまる表情だ。
普段は、優しげな笑みを浮かべ紳士然としている宗珊とは思えないほど頭に血が上っている様だ。
「今は忙しい故、後にして下され」
そう口にしてまた刀を捻りあげようとする。
「待て! それ以上痛めつけるでない!」
「何故?」
怒りの矛先がこちらに向くのではないかというほど低い声を発し、目だけをこちらに向いている。
「此奴に全てを喋らせるのだ」
「少し痛めつけた後、吐かせまする」
「宗珊!!」
「 豎子は黙ってろ!!!」
歴戦の武将の恫喝に怯んでしまう。
「部屋にお連れしろ」
「それ以上、傷付けるでない」
「早くお連れしろ!!」
宿直番ですら恐怖で震えている。
やっとの事でという感じで、一人の家臣が俺を部屋へと促す。
部屋に戻りあの惨劇を思い返してしまう。
「何でだ………… 何でだーーーーー!! うぅぅ」
お父様を思い出し涙が止まらない。
いつも、信じてくれていた。
普通であれば子供にお金なんて使わせない。ましてや訳がわからない物を作るなんて事させてもらえない。
なのに、無条件で信じてくれていた。
とても優しく頼りになるお父様が誇らしく大好きだった。
尊敬しているからこそお父様と呼んでいた。
歴史を知っていたら、回避出来ていたのか?
俺の知識が豊富であれば、こんな事は起きなかったのか?
………………!
ま、まさか、俺が余計な事ばかりしていたせいで起きてしまったのか?
…… 嘘だろ?
ヤバイ、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
ああぁぁぁ、どうしよう、どうしよう。
俺のせい? 俺のせいなの?
なら、死ぬなら何で俺じゃなかったんだ。
お父様の代わりに俺が死ねばよかったのに。
お祖母様とお母様のすすり泣く声が聞こえる。
ごめんなさい。ごめんなさい。
俺がお父様を死なせてしまったんです。
ごめんなさい。
「みな……… ま…… も…」
『皆を守れ』と言いたかったであろう最期の言葉を思い出していた。




