19.羽毛
1548年 9月(天文十七年 長月)
「万千代様ー。見て下され! 良い鳥を手に入れました」
それ、鴨じゃん。
「すぐに羽を毟りますので、焼いて頂きましょう」
「しっかり焼いて食べねばならぬぞ」
「はい。上手く焼けましたら万千代様にもお裾分け致します」
お裾分けかい!
くれるんじゃないのかい。
別に食べたかったわけじゃないけども。
いかん、いかん。
何を偉そうにしてんだ。
それからしばらくすると、廊下を走る音がして顔を上げれば久左衛門が障子を開けて羽が毟られた鳥丸ごと掲げて、誇らしそうに見せてきた。
顔や手に血が付き、服には羽がまばらに付いている。ちょっと生々しいんですけど。
いや、いいんだよ。いいんだけど、ちょっとってだけ。
「見て下され! こんなにも丸々太っておりまする。美味そうではござらぬか? 気も御座いましたぞ。はっはっはっは」
「……そうだな」
それ、ネギじゃん。
何故かネギも一緒に持っていた。
返事を聞くとすぐに出て行った。
障子くらい閉めてけよ。
だんだん久左衛門がワイルドになってきている。
何があった、久左衛門。
男の性格が変わる時は、漢になったときか或いは大人の階段を登った時だ…… いやいやいや、それはない。
部屋には鳥の羽毛が落ちていた。
鳥の羽って病原菌がたくさん付いてそうで怖い。どうやって捨てようか。
ふぅーと息を吹きかけると滑るように床を這って飛んでいく。ダウンジャケットから出た羽毛みたいだ。
ふわふわしている…… 正真正銘のダウンじゃないか?
ダウンって、水鳥の胸部にある綿毛の事だよね。通販番組で言ってたから間違いない。
冬がすぐそこまで近づいており、人肌恋しい季節がやってくる。俺は羽毛布団を作ってお祖母様に差し上げるのだ。きっと喜んでくれるだろう。
待てよ。
人肌が恋しいからこそ一緒に寝て抱きついても許されるのではないだらうか。ムムム、だが羽毛布団を贈って喜ぶ顔が見られれば満足かもしれない。これは悩みどころだ。
領民が毟ったダウンを買い取る旨を伝えよう。
買い取るとなればすぐに集まりそうだ。
量と価格が問題だが、どうするか。
そもそも、重さで測るのが公平だがダウンが軽すぎて測れないかも知れない。
重量を計るなら天秤秤が要るな。
◾️◾️◾️
近頃、頓に思うことがある。
もしかして、俺って凄くないんじゃないかって。凄いのは職人さんなんじゃないかって。
そしてひとつの結論に達した。
転生した者が普通の人間では駄目なんだと思う。
頭の回転が早かったり、物知りだったり、一芸に秀でていたりしなければ駄目なんだ。そうでなくても東海道か畿内であれば、まだ有利だったかもしれない。
俺は、ただの薄っぺらい人間だった。
自分一人では何にも出来ない。
気づきたくなかった。
『職人さん』なんて生意気に言ってたが、これからは『職人様』と呼ぶ必要があるだろう。
せめて俺も役に立つ、まともな人間になりたい。
この間の貿易で仕入れた種を片っ端から植えておいたが、六割程度は芽を出してくれた。結構育っているようだ。ただ、何の植物か不明なのでこの後どうすればいいのか。
植える時期とかも重要だろうし、農作物は全く分からん。唯一分かるというか手伝っていたのが米だ。
中学までは祖父達と暮らしていて、古い農具や農法も少し分かる。古いと言っても平成の世だから限度はあるが。
そして翌月。
『三好筑前守謀反』
この報せは瞬く間に日本全土を馳け廻る。




