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18.側近 源市正

 


1548年 9月(天文十七年 長月)



 昨年、父上より万千代様のお側に付くよう言われた。

 万千代様は我が家が仕える一条家の嫡子にあらせられる。

 そのお方にお仕え出来ることは大変な名誉であり、粗相は許されぬと言われている。


 万千代様にお仕えするのは某と安並家からもう一人。

 幼き頃より父上と母上に厳しく躾けられ、一通りの事は一人で出来る様になってきたがお家から離れるのは寂しい。

 母上に「お断りする事は出来るのでしょうか?」と問えば、叱責されお断りするなど言語道断だと言い捨てられた。




 万千代様に初めてお会いしたのは、六月の初夏。

 緊張していた某達を見て笑顔でお言葉を掛けて下さいました。

 そして、本来であれば御所内にて寝泊まりする所をまだ幼いのだから親元から通うべきだと仰られた。

 正直、お家から離れるのが辛かった故、安堵していた。


 万千代様は外見もさる事ながら所作も美しく、博識で奢ることがない。

 何事にも動じず、凛としたお姿をされており常に側近の某達を気に掛けて下さる。




 桜も散り終えた春の日に、万千代様より下緒を頂いた。

『紺色と白色の絹で織られた竜甲打』の下緒で万千代様と同じ物を頂戴した。

 絹はとても高価な物だ。

 恐れ多く頂けないと何度もお断りしたのだが、せっかく作った物が無駄になってしまうからと最後には有難く頂戴する事となった。


 久左衛門はそれは嬉しそうに小刀の鞘へ巻き付けて何度も眺めていた。結び目は下緒が目立つ熨斗結びだ、久左衛門らしい。某は短刀結びにしようと思っている。



 家に帰り脱刀すると父上に見咎められた。


「市正、その下緒はどうしたのだ?」

「恐れ多いと何度もお断りしたのですが、万千代様に頂くこととなりました。久左衛門も同じ物を頂いております」

「そうか。ちと、見せてみよ…………絹で拵えた竜甲打だと!? しかも織り目が細かい。かなりの値打ち物だ」


 父上は見て驚いている。

 それは仕方ない、絹は高価なのだから。


「父の下緒より遥かに値打ちがあるな……」


 聞こえるか聞こえないかくらいの声で父が呟いている。

 その日の夕餉で父上は母上に頼み事をしていた。


「……下緒がな、ちと古くなってきておって買い求めようかと思うておる」

「切れてからで良いではありませぬか」

「下緒が切れるなど! 縁起が悪かろう!?」

「そうですか? 如何ほど御入り用なので御座いますか?」

「ふむ。ちと今回は高くなるやもしれぬ」

「如何ほど?」


 少し母上の顔が引きつっている。


「三貫文……いや一貫文でいい!」

「は!? もう一度、言うて頂けますか?」

「一貫「は!? もう一度お願い致しまする」」

「い「百文で宜しゅう御座いますね!!?」」


 ドン!

 母が台を叩いた。


「宜しゅうございますね!?」

「……御意」


 絹の下緒は三貫文もするのであろうか?

 これは余程大事にせねば……。




 万千代様がお祖母様とお呼びしている御簾中様は、やんごとなき御生まれで眉目秀麗でありながらも温和怜悧なお方だと噂されている。意味は分からなかったので家に帰り父上にお聞きした。


 御簾中様とお話しされる時はいつも人払いをする。

 それは御簾中様へのご配慮故であろう。

 相手のことを考えて行動出来る素晴らしいお方だ。


 その夜、父上からとても熱心に御簾中様の素晴らしさを教えて頂いた。


 ドン!!


 母上が台を叩いた。

 食事中は誰も言葉を発しなかった。



 ◾️◾️◾️



 万千代様は物をお作りになるのを好む。


 爪を切るための道具を頂いて使ってみると容易に爪を切ることが出来た。爪は一人では切る事が出来ない。左右のどちらかの腕は細かい作業を不得手としている。であるにも関わらずその事を感じさせずに綺麗に仕上げられ、尚且つ怪我をすることがない。

 母上も素晴らしい道具だと褒めておられた。


 父上は短刀がある故、必要ないと言うていたが、夜更けにこっそりと爪切りを使っているのを知っている。


 その他にも家中の者の為に、道具を作っては貸し与えている。時に失敗することもあるが、然し乍ら侍女や女中を始め皆が心の内で感謝しており、万千代様のお役に立ちたいと密かに廊下を行ったり来たりしてお声がけ頂けるのを期待している。


 父上には万千代様の素晴らしさが伝わっていない様に思う。

 道具を作るにあたっては毎回小言を言っている。

 万千代様はお優しい方なので嫌な顔もせず最後に「すまんな、頼りにしておる」と、父上にお言葉を掛けて下さる。


 然れど、先日お作りに成られた物は妙々たる物であった。

 書付などを纏める為に紙へ穴を拵える道具と、その穴に竹細工の輪で綴じることで容易に纏められる様になった。

 家臣の者は、皆がとても喜び思い思いに謝意を述べていた。


 それでも父上は万千代様に拝謝することはない。

 遠くから見るに留まっていた。

 これほどの事をして頂いているにも関わらず、父上は何をお考えであるのか一向に合点がいかぬ。


 道具が届いた折、匠人は万千代様が遠くに見える場まで御所内に入る事が許される。

 匠人と話す時は某、道具を使った作業は久左衛門が万千代様の代役を仰せつかるが、久左衛門が細やかな作業を苦手としているため変わることもある。

 それは某にとって万千代様のお役に立てていると言うことであり、大変名誉なことだ。久左衛門も同じ気持ちであろう。

 今後もお役に立てるよう更なる研鑽をする所存。



 今日も万千代様は凛々しくあらせられる。



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