16.パンチ
1548年 8月(天文十七年 葉月)
竹細工師が物差しを作って持ってきた。
注文通り出来てやがる。
これでネジ加工を依頼することになってしまった。
なんか作るのがかなり大変だったようだ。
竹にも切り出し時期というものがあり秋から冬にかけて水分が少なくなった時に切っているのだが、依頼した時期が悪く昨年末に切り出してあった竹を使用しているらしい。
比較として切ってすぐの青竹でも作り、湯をかけたり火で炙って油を抜いてくせを直し最後に乾燥させて水分を抜く。そうして乾いた物の中から更に厳選された材料を加工する。
幾通りもの加工方法や焼入れなんかを試して満足する物が出来上がったのがこれ。
危うく「出来るまでに結構時間がかかったね」なんて言ってしまうところだった。言っていたら激怒しただろう、一揆は未然に防げたようだ。
竹細工師も腕がいい頑張り屋さんだということが証明された。というかこの時代の職人さんは腕がすこぶるいいような気がする。加えて不屈の闘志も持ち合わせている。
なにはともあれ物差しがでけた。
これを番匠と鍛冶師のところへ持っていこう。
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一条家に届く書や文の類が多い。
一昨年、津野氏と大平氏を降してから拍車が掛かったらしい。一条家へ私事で届く書類や家内の書類は康政が管轄している。
纏められるものは書物の如く糸で縫って綴じてまとめる。
この作業が結構大変な様だ。
新たに紙が来たら糸を解いて束に付け加えて、また糸で綴じる。次の日も来たら解いてまた綴じる。書棚に付きっきりになり、酷い時は半日がその作業で終わることもあるのだとか。
だからか、俺が頼み事をするとあまりいい顔をしない。新たに書類が増えるから作業が増える。
康政がそのような愚痴をこぼしていたと市正から聞いた。対策はなんとなくイメージできている。
まあ、恩を売るにはいい機会だ。
日頃から小言を言ってきている俺に助けられたらどんな顔をするか見てやろう。
ケッケッケ。21世紀のファイリング技術を目の当たりにして恐れ慄くがいい。
「政所に行くぞ」
「お待ちくだされ。草鞋を持ってまいりますので」
『四十秒で支度しな!』
政所に着くと、康政が俺達を見つけて話し掛けてくる。
早速か、目ざといな。
「政所に何用ですか?」
「いや、少し書棚を見に行こうと思うての」
「何故に?」
「少しな」
「少しではわかりませぬ。何故、若様が行かれる必要があるのです?」
ほんとうるさいな。
「見るくらいは良いであろう?」
「では某も共に参りまする」
めんどくせー。
ヤな奴! ヤな奴! ヤな奴!
書棚をざっくり確認したが想定の範囲内だったので、何とかなりそうだ。
ふっふっふ、今に見てろよ。
「若様にも困ったものですな。そんなことは若様がなさらずとも良いではありませぬか、まったく」
カッチーン。
心の中でボクサーさながらのパンチを康政に浴びせる。
シュッ、シュッ、シュシュ。
「またも何ぞ拵えるのですか?」
一瞥して「フンッ」と鼻息を鳴らし御殿に帰ってきた。息子である市正は、俺と康政の間で板挟みになり可哀相な事をしたと思う。
とりあえず、穴あけパンチと単語帳リングで何とかなると思う。リングの材質は竹でいい。熱で炙ってリング状にする。慎重に外せば中折れしないと思う。それか、予備をたくさん用意するとか。
穴あけパンチは一つ穴タイプを作る。
ハサミのように握って穴を開けることができる。
二つ穴タイプは構造がイマイチ分からなくて職人さんへの詳細形状を説明出来ないので断念した。あんなに百均へ通っていたのに細かく構造を見ていなかった。
見ていたのは、色の種類とかきっちり並んでいるか…… なんていう本当にどうでもいいことだ暇すぎて馬鹿になってたのかもしれん。
グリップの間には板バネを挟む。
スプリングバネは針金が無いとできないからな。
針金か。
細く無くても手で容易に曲げられるくらいになっていればいいわけで。
金属の材質も鉄か銅あるいは黄銅でも最悪いいかもしれないわけで。
結局作るのは職人さんなわけで。
製造方法は全く知らないけど、丸投げすれば頑張ってくれるわけで。
それにしても、康政はほんとうるさいな。
うるさすぎてお祖母様にチクってやろうかと思う。
まあ、対策出来そうだし、やるにはやるけど。
やるんだけどー、礼を言えというわけではないが希望としては小言を控えさせる事が出来はしないだろうか。
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胡散臭い陰陽師のせいで毎月二日・五日・八日は何か起きるんじゃないかとちょっと心配になる。本当に余計なこと教えてきやがって。
今のところは大丈夫そうだが、心配しすぎだろうか。もっと気楽に考えた方がいいかもな。
完成された書物は数十年もすればボロボロとなるため、書き直す作業があります。それらは糸で纏めた方が丈夫ですので、リングは使用しない予定です。




