15.鸚鵡
1548年 7月(天文十七年 文月)
貿易に行っていた船が戻ってきた。
かなりの強行軍だったらしく、予定よりもふた月以上は早い。
何でも仕入れた動植物を早く届けたかったらしいが、この時期は野分いわゆる台風が来る。同行した商人も気が気では無かっただろう。
安全な運航をしてもらいたいものだ。
これは鸚鵡か?
確かに珍しい生き物がいたら連れてきてくれとは言ったけど、アラブの石油王みたいに珍獣を飼いたいわけじゃない。
いや、彼らは忠実に任務を遂行してくれた。
その証拠に、皆の顔が褒めて、褒めてと輝いている。
「う、うむ。良うやってくれたな」
「はっ。若様のご命令とあらば如何なる苦労も厭いませぬ」
そういう割にはドヤ顔だけどね。
うーん。
正直、ホルスタイン種の牛とかを期待してたよ。
「他にもまだ畜生がありますれば」
畜生!?
そんな言い方すんの?
せめて生き物って言ってくれよ。
畜生って言われると人間の業の深さとでもいうかなんと言えばいいか分からないが、とにかく心が痛くなる。
続いて連れてきたのは羊さんだった。
そうそうそう、これこれ。
キターって、こういう高揚感が欲しかったの。
「見て下され!色が黒い獣と白い獣で御座います」
黒羊と白羊か。
角があるな。
ただ、五頭か。欲を言えばもっと多ければな。
「某が、某が見つけた獣で御座いまする。白い方は明の港で買い付けて参りました」
「う、うむ。大義であったの」
先程とは別の男がグイグイ前に出てきて説明してくれたので、うんうんと頷きながら褒めておく。公家も楽じゃないぜ。
次は驚いたというか、これぞ馬という感じの中間種の馬だった。今いる日本の馬はポニーくらいの大きさでしかない。
そのため、一条家は馬車ではなく牛車を使用している。そもそも馬車があるかもわからないが。
と思ってたらスッゲー寄ってきた。
近い近い近い、怖っ。
なんだよいきなり。
自分の体の小ささもあって余計に大きく感じる。近寄られると怖いな。
あっ、おい!?
押さえようと頭の上に手を上げた時にはすでに遅く、馬に烏帽子を取られた。
俺の一髻に結われた髷が露わになってしまった。
公家は平安時代より人前で髷を晒すということが、袴の奥に隠れているポケットのモンスターを晒すのに等しいほどの恥ずかしい行為とされている。男性器も斯くやといったどちらかといえばアダルティな張り型の様な形に結っている髪が晒されてしまった。
透けて見える烏帽子の中に、直立不動の卑猥な陰影が見え隠れする。それをチラチラ見る侍女や女中達。さらにそれを楽しむ俺。
一部の者達が一緒になって密かに悦楽にふけるのが暗黙の了解だったのに。
あぁ、皆がこちらを見ている。
老若男女問わずこの場にいる皆が。
……なんか、悪く、ないかも。
夏だからかな、こう開放感に満ち溢れている的な?
侍女や女中達たちは顔を赤らめている者もいる…… やはり、まずいかもな。お母様が見たら卒倒するやもしれん。
…… お祖母様には見せてこようか。
お祖母様はどういった反応をするだろうか。
顔を赤らめたりしちゃったりするのだろうか?
これは見せるべきだな。
『どうですか? 如何ですか?』 もっと良う見て下され。なんなら触って確かめてくれてもいいんですぜ。グヘヘヘヘへ。
……よくよく考えたら一緒に寝るときは烏帽子を脱いでいるのだから、どうという事はないのかもしれない。
あっ、羊が逃げた。
馬鹿なことを考えていたら、紐で繋がれていた羊が逃げだした。
皆が声を掛け合って、追いかけ回している。
だが、羊も怯えて逃げる、逃げる。
随分と追いかけっこをしていたが、どうしても人垣の隙間から逃げられてしまう。
埒があかないので俺も参加した。
空いているスペースに逃げようとした所を、勢いよくバッと手を広げて遮った。
羊が速度を落とした刹那に、他の者達が飛び掛かり捕まえた。
ふっ、知らなかったのか?
大名からは逃げられない。
厳密にいうと大名はお父様で、俺はその嫡子なのだが。
動物は馬ニ疋、羊五頭、鸚鵡一羽。
馬は両方とも雄だったので繁殖は出来ない。
うーん、こればかりは仕方がない。
次の貿易に期待しよう。
◾️◾️◾️
お父様達が戻りドタバタしていたし、芸事も大変で何にも進捗していない。
搾油機のネジ部分を作ってもらうにあたり、まずは鉄の丸棒を作りを依頼したが、かなり大変な様だ。
そもそも丸い棒にするには、どうすればいいのかという所からやり始めている。作り方を知らないので、「とりあえずやってみて下さい」と伝えてもらった。
酷い頼み方だな。
ネジを上手く削れる様に大工さんへの説明用として木で見本を作ってもらうことにした。木なら比較的削りやすいし頼みやすい。それで上手く出来なければ諦める。
いや、既に諦め半分でいるが、鉄をひたすら正確かつ均一に削って下さいなんて頼みづらいことこの上ない。職人達は作業しながら文句を言うことだろう。
「あのボンボンがいい迷惑だぜ」くらいは言うかもしれない。勢いに乗って殴り込みに来るかもしれない。そんなことになりでもしたら一揆の温床になってしまうやも。
やはり、頼みたくない。
石鹸作りも試せていない。
今回の戦で亡くなった人がいて悲しみにくれた村へ訪れて、豚脂か牛脂を売ってくれなんてダメでしょ。一条の若君から頼まれておるとか名前を出された日には一揆になってしまう可能性がある。
あっちも一揆、こっちも一揆。
没落真っしぐら。
結果、何も進んでいない。
進めたい気持ちもあるが、進んで欲しくない気もする。
土佐一条家は、本願寺の協力を得て1537年に唐船を造りました。同年、石山本願寺建立の資材として材木が一条家より送られていることが證如上人日記などに書かれています。
枕草子にも鸚鵡のことが出てきますので、かなり古くから知られている鳥と考えられます。