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14.地球

 


1548年 4月(天文十七年 卯月)



 痛っ。


 昨日、風呂に入るときに掌を火傷した。

 熱くなった風呂釜に触れてしまったから。

 あのまま入っていたら、足裏も火傷したかもしれない。


 何故、そんなことにも気づかなかったのか。

 少し考えれば分かりそうなものを。

 直接火で炊いてるんだから鉄釜が熱くなるのは当然だ。


 昨日は、薪を沈めて入ったが、今後は簀の子(すのこ)が必要だ。急ぎで大工さんに作ってもらっている。




 手習いの時間。


 市正と久左衛門も一緒になって手習いを受けている。 二人は同じ年に生まれたが俺が一月、久左衛門が六月、市正が十二月で俺と市正はほぼ一年違う。


 市正は弟の様な感じだが礼儀作法もしっかりしており、実家では相当に厳しく躾けられたに違いない。武芸も手習いにも一生懸命で真面目な性格が顔にも出ている。


 久左衛門は俺よりも少し背が高く目つきもキリっとしており明け透けな性格で武芸を好んでいる。手習いは苦手らしく武官向きなのかもしれない。



「御所様、風はどこから吹いてくるのでござりましょう?」

「海からであろうの」

「なにゆえで?」

「よいか、見えてはおらぬが我らの目の前には空気とよばれるものがある」

「目に見えぬのでござりまするか?」

「見えぬ」

「見えぬものが何ゆえあると言うておられるのでござりましょう?」



 市正が信じられないと言った感じで唸っている。



「我らの息は空気を吸っては吐くを繰り返しておるのだ。手に息をかければ感じるであろう?」

「まことにございます。目には見えなくとも『くうき』はあるのですね」

「うむ、この空気はな日を浴びることで温められる。しかし、海の上にある空気は温まるまでにときを要する」

「海の上にも空気があるのですか?」

「ありやる。至るところにあるのが空気なのだ」

「ほう、さようで」



 空気の成分に違いはあるが、そんな細かい話は説明するのが難しい。



「つまりな、温かい空気は上へと昇り、冷たい空気は下へと降る。そうすることで、くうきに流れが起こりそれは風となって吹くということなのだ」

「なにゆえ、温かいと上に行き、冷たいと下へ行くのでしょう?」



 密度の話をした所で理解できないだろうし、納得させる自信もない。

 


「…… あー、湯を沸かさば煙が出るであろう」

「はい。湯気にございますな」



 湯気は知ってるんだな。

 恥ずかしい説明の仕方をしてしまった。

 よりにもよって煙って。



「湯気は上へと昇るであろう?」

「言われてみれば、上へと行きまするな。得心がいきましてございます」 

「夜になれば、逆に風は海へ向かい吹きつけるがな」



 そう、温度差によって上昇気流と下降気流が生まれ空気が循環する。これは上空と地上で気圧が変わり温度も変わるからだ。そのため、雨が降り蒸発して上昇気流に乗って空へと戻り、また雨となって地上へ降って、またそれが巡っていく。


 空気は膨らむと冷え、縮むと温まる性質がある。

 そのため高さによって重さも異なり、山の上は地上と比べて空気が軽くなり冷えている。


 自然というものは均衡を保とうとするために、空気や海水・マグマなども循環しているのだろう。



「風が吹き雲が流れておるのは、この大地が丸くなっておるからよ」

「ぷふっ、大地とは平たいものですぞ?」



 久左衛門、馬鹿にしてるな。



「平たく見えても丸いのだ。それに、大地には物を引きつけようとする力がある。その力は筆にも硯にも、また男と女の間にもある。だからこそ、男と女は惹かれ合い恋に落ちるのよ」



『キランッ』という効果音が鳴ってもおかしくないほどのキメ顔をしているのに、二人は無反応だ。


 いとあさまし。

 このロマンティックかつウィットに富んだ話を理解していないのか?



「若様」

「何だ? 市正」

「恋とはどういった意味合いなので御座いましょう?」

「好いた女子(おなご)が出来るということよ。そなたも女子を好いた事くらいあろう?」

「いえ、御座いませぬ」



 『それは坊やだからさ』



「さようか。まぁともかく、その引きつける力のことを引力と言う。この大地はその力がとても強いからこそ、木の実は地へと落つるのだ」



 『君は「引力」を信じるか?』



「要するに、この世は広いということよ。こんな小さなところでは争うのではなく、皆で団結し互いを助け合いながら生きて行かねばならぬ。そうは思わぬか?」

「「思いまする」」



 仲間意識や集団意識を高め、外に仮想敵を作ることによって団結力を養う。こういう地道な洗脳で裏切りの可能性を潰していくのだ。



 何故、こんな事をしているかというと今まで近すぎて気がつかなかったが、近習の二人と親密になれているだろうかとふと疑問に思った事が始まりだ。


 この二人も小刀ぐらいは持っている。

 二人は俺と同じでまだ幼いが、刀で斬りつけることくらいは出来る。斬り付けられても死ぬことはないかもしれないが手傷は負うかもしれない。


 この時代で傷を負うのは危険だ。

 傷口から菌が入り破傷風になる可能性もある。

 うぅ、首筋が寒い。

 げに恐ろしきは女の嫉妬と病原菌なり。


 だからこそ、二人との仲間意識を養う必要がある。


 先日、依頼しておいた刀に付ける下緒が届いた。紺色と白色の絹で織られた竜甲打の下緒で三人お揃いだ。二人に渡したら、感動しきりだった。



 こいつら、一歩一歩着実に洗脳されているな。

 クックックッ、これは万千代にとっては小さな一歩だが、兼定にとっては大きな飛躍となるだろう。




 ◾️◾️◾️




 月が変わる頃、お父様達が戦から帰ってきた。

 当たり前だが、かなり薄汚れている者が多くいる。


 つうか、クッサ。

 汚れきった海外の公衆便所みたいな臭いがするんですけど?

 海外行ったことないから、わからないけど。


 戦場で少しくらい体を拭いてはいたのだろうが、当然風呂に入ることはできないし、川も近くに無かったのかもしれない。それだけ大変だったのだろう。


 ただ、今まで嗅いだ中でも一番強烈な臭いを皆が発していた。


 政所に集まっているが、この後は当然完成したばかりの風呂に入ったりするんだろうな。

 嫌だなぁ。


 こんなことなら動物性油脂で石鹸を作っておくべきだった。作る時に出る臭いなんて少し我慢すればいいだけだ。御所の外でやればお祖母様にも迷惑が掛からなかったのに。


 くぅ、またしても判断を誤ってしまった。




 今回の戦で一条家が得るものは無かったようだ。それでも、何人もの兵が亡くなっている。

 兵は領民であり働き手だ。


 見舞金が振舞われるとのことだが、働き手を失った家はこれから大変な思いをするのではなかろうか。辛いな。


 もし、長曾我部に敗れたらここにいる者も何人かは命を落として、その家族は大変な思いをするのだろう。そして、それは起こり得る事だ。

 なんせ史実では没落しているのだから。


 想像するだに恐ろしい。


 ……落ち着け。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 桶狭間の戦いが起きるまであと十年以上はある…… 史実通りなら。


 もし、起こらなかったり早まったりしたら慌てよう。長曾我部もまだまだ攻めてこないはずだ。大丈夫、大丈夫。



 ふぅ、なんか気分が沈む。

 お祖母様のところに行こう。

 

 

お洒落として、下緒や印籠・根付など腰に下げる小物が盛んとなったのは江戸時代からです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史物にありがちな、時系列と事象を延々と書き連ねて行くだけの話じゃなく、きちんと小説になっている所。 主人公の小物臭漂う言動と、生活感あふれた発想。 特に主人公のちょっとしたズルさが大好き…
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