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13.怪談

 


1548年 4月(天文十七年 卯月)



「お主ら、知っておるか?」

「何の話だ?」

「蔵の幽霊のことよ」

「聞いた、聞いた。何でも、その昔に教房卿に仕えていた者と下女が逢引の末に自ら川に身を投げた話だろう?」

「お〜。確かに聞いた。何とも(むご)い話よのう」



 四、五人で何か話してるがよく聞こえない。

 俺の悪口を言ってないよな?

 これは確かめるべきか。



「あの話には続きがあってな。こんな月が出てない晩にあの蔵を警護しておると、蔵の中から女子(おなご)の声がするそうな。『お見逃し下さい〜。お許し下さい〜』ってな」

「某も聞いたぞ。その声を聞いた者は決まって次の日に病に罹るらしい。蔵にお供え物を持って行かなければ命も危ぶまれるってぇ話よ」



 ひぃーーー!

 こんな夜更けに何つう話をしてるんだ。

 わけがわからないよ。


 夜番の話を盗み聞きなんてするんじゃなかった…… どうしてくれんだ。一人で厠に行くのが怖くなってしまった。


 今日は新月だが雲はなく星が出ているので、星明かりで辛うじて影の濃淡くらいはわかる。が、それでも遠くは暗くて見えない。


 そんな中でよくも怪談話なんてする気になるな。事これに至っては仕方無し、お祖母様の部屋に行って癒されるしか無い!


 ムフフフ。


 いや、待て。

 ダメだ…… そっちには巷で今一番ホットな話題の蔵がある。


 いとあさまし。

 さっさと用を足して寝よう。


 早足で厠に行き、戸に手を掛けた。

 …… まさにその時、向こうから戸が開いてきた。中にはこちらを見下ろす女の人がいた。


 !!?!


 全身が硬直して動けない。本当に恐ろしいと人って動けなくなることを改めて思い知っている。



「きゃぁっ…… 万千代? はぁぁ、驚きました」



 お母様だった。

 驚いたのはこっちだ。


 侍女が外で待ってなかったので誰か居るとは思わなかった。俺の部屋付きの侍女は居眠りしてたからそのままにしてあげていた。


 何故、白い襦袢は恐怖を感じさせるのか。

 何故、日本の屋敷はこれほど恐怖を助長させるのか。


 夜番の話を盗み聞きしたことが間違いの始まりだ。なぜオレはあんな無駄な時間を…… わたくしは、もはや厠への小用は無くなり申した。



「お母様、足元にお気を付け下さいませ」

「どうされました? …… そなた、粗相をされたのですか?」



 笑顔でお母様に告げた。



「自分で片しますから」


 …………

 結局、片付けを手伝ってもらった。

 気がつけば、おれの頬は涙で濡れていた。


 全ての人間は二種類に分けられる。

 漏らした事がある者と、そうでない者のどちらかだ。




 ◾️◾️◾️




 市正によると、洗濯板は芳しくない反応だったらしい。踏んだり蹴ったりだ。


 あればあったで使うし、別に無くても困らないみたいな。石鹸が無いから洗濯板の効果が半減しているのかもしれない。


 ごめんね、大工さん。

 張り切って十枚も作ってもらったのに。

 しかも二日という短時間で。

 火熨斗が出来るのが十日後だったのでもっとゆっくりで良かったのに頑張ってくれて。そう思うと、胸が苦しい。


 期待していた火熨斗もあんまりだった。

 余計な仕事を増やしやがってみたいな事かもしれない。上手くいくと思ったんだが。


 今までが上手く行き過ぎてたのかもしれない。

 思い返せば、職人さんがいい具合に改良してくれていたのだから感謝しかない。


 こうなったら、やはり搾油機に賭けるしかない。


 ネジの部分は正確に長さを測れれないと上手く行くわけがない。


 搾油機の前に物差しを作らないとならないな。

 小学生時代は、竹製の物差しを剣がわりにして遊んでいたが、今考えると何と罰当たりだった事だろう。あの物差しが今ここにあったならどんなに心強かったことか。


 一尺は30.303(さんまるさんまるさん)センチだから、半分の長さに割っていくと……。

 くっ、筆算で計算しなければ。

 あまりに閃くものだから、実は頭が良くなっているんじゃないかと思っていた。

 ポンと答えが頭に浮かぶ的な事を想像していたが、何のことはない紙に書いて計算せねばわからん。


 1ミリに近い数字だと、一目盛が1.18ミリか。


 ネジピッチってそんなに広くない。

 M6はピッチが1ミリでその前後もそんなに変わらないと記憶している。


 ただ、少し広くしとかないと削るのが大変だからな。三目盛の約3.6ミリぐらいで、まずは試してみよう。


 上手く行くか分からないし、呼び径は太めがいい。失敗しても削って使えるかもしれないから。ダメなら、また手で削ってもらおうとか考えてるけど職人さんには地獄かもしれない。


 キリがいい数字にしたいが、二十六目盛で約30.8ミリと三十四目盛の約39.2ミリのどっちかだろう。両方作るのもありだが流石にいい顔されなさそう。


 あっ、ネジ谷の深さも考えないとならないのか。大変だ。とても作れる気がしない。それでもやろうと思うのは、自分で作る訳ではないからだ。


 違う、そうじゃない。

 私は一条家の職人さんを全面的かつ圧倒的に心の底から信じておるだけなのです。


 まずは、竹細工師さんに物差しを作れるか確認してからだな。物差しが無ければ、搾油機も上手くできる筈も無いのだから。もしそうなら、ネジ作りなんていう拷問をさせずに済む。



 そう、今から気を病む必要はない。

 昨日、五右衛門風呂が完成したとの知らせがあり今日から湯を沸かしてもらっている。


 今は、何も考えず湯船に浸かってゆっくりしよう。


 

平安時代はおまるに用を足していたようですが、時が経つにつれて部屋に便器が備え付けられるようになりました。戦国では微妙ですが、衛生面を考えて厠にさせていただきました。あと、身分が高い者は、夜な夜な一人で出歩くことはありません。

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