10.うろこ引き
1548年 2月 (天文十七年 如月)
二月の初頭に呂宋への貿易船が出航した。
船が戻るのは半年以上先だ。
出航にあたり、サツマイモとジャガイモを探してもらうように頼んだ。呂宋では栽培してないかもしれないが、他の島と取引もしてる交易品として市場に出ているかもしれない。
二つの芋があれば、凶作に際しての備えとなり得る。あとは、珍しい物や動植物なんかも取引をお願いした。
商人らも一団となって行くらしいので、最悪は商人経由で購入してもいいと思う。ただ、一条は百人という大人数で出航していった。
一条家にそんな大きな船があったことに驚いたが、話を聞くとお祖父様である房冬が、本願寺へ協力を求めて唐船を造営したらしい。その後も、船大工を土佐に呼び船を新規で造営する度に大きくしていったのが今の大型船ということだ。
…… 一条家が恵まれすぎている気がする。今のところ、これといった穴が見つからない。それでも没落に定評のある兼定が当主になるとダメなのか。
入港した土地では新鮮な野菜とフルーツをなるべく食べるように薦めておいた。島伝いに移動して寄港先で食料を仕入れる事が出来るので、壊血病対策は要らないとは思うが念のためだ。
それから、お父様が戦に出かけた。
大友家からの要請を受け、伊予の西園寺に攻め込むらしい。これまでも何度か出陣の要請を受けていると、お母様は満足気に説明してくれた。
宗珊も同行しているし大丈夫だとは思うが。織田家のことは分かっても、一条家の事が分からない。分かっているのは、いつか長曾我部が攻めてきて滅ぼされるという事だけ。
いつ、どんな戦があるか分からないって…… 怖いな。
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夕餉の魚を食べた時に、何か硬いものを噛んだ。指で取ってみると魚の鱗だった。
それを行儀が悪いとお母様に咎められた。
「何をしておるのです! はしたないではありませぬか」
「すみませぬ。鱗が付いていたもので」
「左様ですか。二度とこのような事が無きよう、後で料理番に伝えねばなりませぬ」
いや、そこまでのことでは無い。
何かイラついているみたいだ。
「あっ …… 麿は大丈夫です」
「いけませぬ! そなたが良いと申しても、しっかと言い含めなておかなければならぬものなのです」
なんてこった。
料理番に可哀想な事をしてしまった。
逆恨みによる毒殺待った無し。
仕方ない。
後で久左衛門にフォローに行ってもらおう。
ただ、今後の魚料理にも鱗が入らないとは限らない。
そんな事を考えていたら、また右腹が痛くなってきた。さっき見たら青あざになっていたので、もしかしたらただの打ち身の可能性もあるが。
痛みで閃いた、うろこ引きがあるな。
こんな時こそ思い出すのだ。休日にどこにも行くところがなくて、百均を一人で探索していた時の記憶を。
ちなみに、うろこ取りとも言うが店で見た時はうろこ引きと記載されていたのでこっちが正式名称だと思っている。ただ、みんなは『うろこ取り』って言うけど俺は『うろこ引き』って言うってカッコつけたいだけかもしれない。
実際は地域による呼び名の差なのかも。
わからないけど。
思い出した。
素材は金属製かゴム製だった。
ゴムは材料が無くて論外だし、金属は鉄でしか作れないからすぐ錆びる。
木で出来ないかな?
硬い木を削って表面は火で焼きを入れれば腐りにくくなるかもしれない。材料とかその辺は作る職人さんに任せよう。
丸投げだ。
そう、丸投げなのだ。
だが決してめんどくさいからという理由ではない。昨年、いろいろお願いして気づいたのは、職人さんに依頼するとかなりこだわって良い具合に仕上げてくれると言う事だ。駄目な所があっても対策を講じて説明もしてくれたし、さすがは一条家お抱えの職人たち。
更にもうひとつ作る。
銅板のおろし金だ。
銅板は、刀みたいに槌で何回も叩くわけじゃないから大丈夫…… だと思いたい。
あとは職人さんが鏨と金槌で叩いて、ひたすら三角の刃を立ててもらうだけだ。これも丸投げすれば、職人さんクオリティで何とかなってしまうんだろう。
康政は戦で不在のため、加久見に頼むとすぐに手配してくれた。康政だったら四半刻は軽く超えて小言をぶつけてきた所だ。
少し寂しいと思わなくも無くもない。
いや、気のせいだ。
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依頼してからたった三日で仕上がった物が手元に届いた。
見たところ、おろし金は完璧だ。指で触っても刃が起きていてよく削れそうだ。うろこ引きの方は見ただけじゃ分からないため、実際に試す必要がありそうだ。
今日は鱗がある魚を調理することも確認済みなので、久左衛門に頼み作った道具を渡してもらう。
「よく鱗が取れると大層喜んでおりました」
「ほう、さようか。おろし金はどうだ?」
「そちらも包丁で刻むのとは違い、早くて綺麗に出来ると申しておりました」
今まで、包丁と真魚箸だけで全ての調理をしていたことに尊敬する。何はともあれ、信頼度は上がったことであろうし、これで少しは安心できる。
万千代丸は、明日も皆の信頼を得るために頑張ります。
料理道具といえば包丁のみであり、包丁一本で全てこなすことが普通だったようです。高貴な家に仕える料理人は、色々な料理を行うため技術が高かったのではないでしょうか。




