8.風呂
1547年 12月 (天文十六年 師走)
土佐一条家には風呂がある。
この時代に風呂がある屋敷はそうそう無い。
その為、家臣も入りに来る時がある。
まぁ、風呂といっても蒸し風呂でサウナみたいなものだ。それでも無いよりはいい。
四国には火山フロントが通っていないから温泉が湧かないのは仕方ない…… はずなのに伊予には温泉があるらしい。
念のため聞いてみたが、土佐に温泉は無かった…… 何故に土佐だけが?
風呂に浸かりたければ、湯を沸かして入らなければならない。塩釜を造った際に、五右衛門風呂を造れるのではないかと閃いた。薪ボイラーと桶で出来る風呂も考えたが、溶接が出来ないこの時代で造るのは大変そうだ。
場所も確保しなければならない。
「どちらに行かれるので?」
市正が聞いてきた。
風呂に入れ。
そう囁くのよ…… 麿のゴーストが。
「風呂に入る。二人も行くか?」
「「はい」」
久左衛門も返事をした。
何やら着替えを準備するとの事で、先に行くことにした。
風呂場に先客がいる様だ。
この時間に入るのは、お父様くらいだろう。であれば、気にすることもない。
ヤバっ。
年上の女子が脱衣場で体を拭いていた。いけないと思いつつも目が離せない。
『…… 無いはずのものが見える
有るはずのものが…… 見えない…… 』
信じられん、男なのか?
その顔立ちで?
嘘だと言ってほしい。
脱衣場の外で待っていると、すれ違いざまにお辞儀をして先客が出て行った。市正と久左衛門が着替えを持って来た。
「今の方はどなたでしょう?」
「女子の様な顔でしたな」
「わからんが、家中の縁者であろう」
市正と久左衛門にはそう答えたが、内心は穏やかではない。 男の 娘であることをこの目でかくにんしてしまった…… こういう時にこそ、風呂に浸かって全てを忘れたい。
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五右衛門風呂の件を康政に相談すると、呆れた様なため息をつかれた。またですかという雰囲気だ。いつも、そんな事をする必要は無いと、公家らしく高貴な佇まいを要求してくる。
小言を言われたが、最後は教えてくれた。
鐘や人が入れる様な大きさの釜は鋳物師が造るらしい。鍛冶屋で鉄板を叩いて丸くするのは流石に厳しいか。
造る場所についても、庭の外観がとか何とかブツブツ言っている。だから、お祖母様も楽しみにしていると言ってやった。
「いいえ、御簾中様がその様なことを言う筈が御座いません」
「いや、言っておった」
何回も言った言わないのやり取りの後、めんどくさくなって直接聞きに行くことにした。
お祖母様の部屋の前に着き、障子越しに声を掛ける。出自が親王家であるお祖母様は、例え家臣といえど不用意にお姿をさらすことはない。絶対ではないので見られたとしても大事には至らないものの、皆が気をつけているのだ。
「お祖母様、いらっしゃいますか?」
「おりますが、どないしはったん?」
「掃部が言うに、お湯に浸かることが出来やる風呂など作らないと申しておりましたのでご報告に参りました」
少し大げさに報告してやった。
狼狽えろ、ケッケッケ。
「なっ……」
隣で康政が絶句している。
「ほんに残念やなぁ。出来るんを楽しみに待っとったのに」
「お待ち下さい! 御簾中様、康政でございます。某は作らないなどとは言うておりませぬ」
慌てて話に入ってきた。
おい、どさくさにまぎれて直接話しかけるんじゃない。
「そうやったんか。ほな、造うてくれるんやな?」
「はっ、直ちに造らせまする!」
こいつ、やっぱりお祖母様のファンだな。
その後は、ウザいぐらい執拗に話を聞いてきた。場所はお父様と相談してもらうが、離れを造ることになりそうだ。
完成するのは来年の春くらいだろう。
平安の頃より、沐浴以外でも出かけた先で温泉に浸かる行為もあったようです。




