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7.滑車

 


1547年 11月 (天文十六年 霜月)



 あぁ、水飲みたい。

 まだまだ昼日中は暑くて、すぐに喉が渇く。部屋にある水瓶が空になっている。



「水が無い」

「直ぐに汲んで参ります」



 ただ呟いただけなのに、近くにいた侍女が聞き留めて水を汲みに行ってくれるらしい。


 こういうところは駄目だよな。

 暗殺されたりしないように近くの人間の信頼を集めねば。そのためには、日頃から言動には気をつけていかないと。



 水を汲みに行くって言ってたな。

 井戸で水を汲むのだろうか?

 井戸を使ったことなんてないが、俺でも汲めるだろうか?


 一度、見ておいた方がいいかもな。

 侍女を追いかけようと思ったら、市正と久左衛門が厠から戻ってきた。井戸の話をすると二人も一緒に行くと言うので、急いで侍女の後を追った。


 庭にあったのは、つるべ井戸だった。

 侍女は少し重そうに綱を上から下へと引いている。


 やましい気持ちはないが、お尻に目が行ってしまう。美しい曲線を描いている。お代官様の気持ちも分からないでもない。


 『よいではないか、よいではないか』

 『あーれー』


 やましい気持ちはないが、妄想が暴走してしまった。



「重いんか?」

「あっ、いえ、さほどのことはございませぬ」



 急に質問したからか、驚きながらも答えた。大丈夫と言う割には重そうに見える。


 その時に閃くものを感じた。

 まぁ、閃きというか動滑車のことを思い出しただけか。綱や滑車の重さを考慮しなければ、理論的には半分の力で済む。



 造ってもらおうか?

 ついでに桶も大きくすれば手間も減る。



「その引いている物は何だ?」

「これはつるべという物です」

「そうか、邪魔したな」



 つるべで間違いないようだ。

 もし、うまくいけば感謝されるだろうか。

 尊敬されでもすれば儲けものだな。


 ふふふ。

 お父様に許可を得ても良いが、あんまりお願いばかりして居ると康政がいい顔をしない。


 ここは、お母様に聞いてみよう。

 化粧料としてお金を貰っているお母様にお願いするのが一番だ。お祖母様も化粧料はあると思うが、お母様よりは少ないだろう。


「作ってもらいたき物が御座いまする。誰ぞ頼める者はおりましょうや?」

「何を造らせたいのです?」

「井戸にあるつるべにございます」


 そう返事をすると困ったような顔をされた。



「造っていかがするのです?」

「水を汲むのが楽になるかと思いまする」

「なにゆえ、さようなことをせねばならぬのですか?」

「あー、いや、何と申しましょうか……」



 理論派なのか、グイグイ聞いてくる。

 いや、急に言い出したら当たり前か。



「ふぅ、役に立つ物にありまするか?」

「さように思うておりまする」

「では、御父様のお許しが出ればという事に致しましょう」

「…… 」



 結果、お父様にお伺いすることになってしまった。




 夕餉を食べながら、お父様にお伺いしてみる。



「何? つるべの一部とな?」

「ええ。万千代、そうですね?」

「はい」



 お母様から問われて返事をする。



「悪うはないが、御裏様(おうらさん)が教えたんか?」

「妾ではありませぬ。万千代から言うて来たんです」

「であらば、無下には出来んの」

「お許しになられるので?」

「どうなるか見てみたい気もするしの」

「左様で御座いますか。万千代からもお礼を申し上げなさい」



 慌ててお礼を言う。



「ありがとうございまする」




 ■■■ 




 お父様のお許しが出て、康政が職人を呼び出してくれた。

 番匠という大工っぽい人だ。


 ただ、領民と直に話すべきではないということで家司をしている康政が間に入る。


 細かく説明をして、お願いしたら五日で造ってくれるそうだ。しっかり、定滑車と動滑車の位置が修正されていることを確認した。繋ぎの部分も丈夫に作り変えてもらい、桶は少し大きくなっている。


 番匠が訪ねて来る間に思い付いたのだが、輪軸を利用したハンドルも併せて作ってもらうことにしよう。ハンドルを回せば、より楽に桶を引き上げる事ができる。



 五日ほど過ぎた頃、出来上がった物と設置具合を確かめていたら、いつの間にやら結構な人が集まっていた。


 ここで失敗したら評判が悪くなるのでは?

 そんな心配をしていると、水汲みをしてくれる侍女が来た。



「あの、この井戸で水をお汲みすれば宜しいのでしょうか?」

「うむ、前とは違って片側にしか桶は付いておらんが。緊張することはない」



 緊張しない様にと言っても、人が多いせいか少し緊張しているようだ。



「この取手を回して汲んでほしい」

「これを回すのですか?」

「そうだ、右に回すようにな」



 侍女がハンドルを回し始めると輪軸に綱が巻かれていく。しばらくすると桶が上がってきた。



「前と比べ、如何(いかん)?」

「これは、ほんに楽になりました!」



 上手くいったようで良かった。

 桶に水を移している時に「あっ」と言ってこちらを見やるので、ひとつ頷いた。



「桶の大きさも変えておる。前よりも楽になろう」

「は、はい。ありがとうございます」



 笑顔で言うと、侍女に笑顔で礼を言われた。これで、この侍女の信頼度も少しは上がっただろう。


 それからは、水汲みをしたいという者で列が出来ている。下働きの者達に好評だったので、御所内にある他の井戸でも同じように作ることにした。



 

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