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96.需要

兵部少輔 = 入江(いりえ) 兵部少輔(ひょうぶしょうゆう) 左近(さこん) (従五位下、公家)

久左衛門 = 安並(やすなみ) 久左衛門(きゅうざえもん) (兼定の側近、直敏の嫡子)


 


1553年 5月(天文二十二年 皐月)



 左近(さこん)らと二手に分かれ、京へ帰る道すがら寺院を巡る。


 一条兼良が残した『藤河(ふじかわ)の記』に沿って『勧修念仏記(かんじゅねんぶつき)』で学びながらの旅路だ。これが意外におもしろい。


 当時から変わらない景色や建物、それに対して変わっているであろうものを比べながら歩く。さればこそ、歴史の重みと人々の思いを感じられるというものだ。


 なかには、本当かどうかあやしい記述もある。

 たとえば、御蓋山(みかさやま)(ふもと)にある春日大社。その神殿柱に金花や銀花が咲いているのを見て、これは仏教の経典にある優曇華(うどんげ)ではなかろうか、などと書かれており、ある種の小説を読んでいるようで自然と笑みがこぼれる。



 今日は、奈良の春日興福寺を訪れた。

 興福寺と言えば、南都六宗のひとつであり、西国三十三所にも数えられている。一条家はそのむかし、摂津国の福原庄にある荘園を寄進しており、なにかとゆかりが深い寺院であった。


 多くの公家にとって数ある寺院の中でも興福寺は特別な意味を持つ。藤原氏の氏寺ともなれば摂関藤原北家と繋がりが深く、帝や摂家の血を引く者が代々の門跡を務めている。そして、大乗院門跡であり興福寺別当となった者の中でも有名なのが、兼良の子であった尋尊なのだ。



 興福寺の歴史は火難(かなん)とのたたかいでもある。

 そのことも悪評と併せて、広く名が知られている理由のひとつだ。創建以来、六度(むたび)も火事が起こり、宝物や仏像、多くの命が仏閣と共に焼失している。


 火事の原因となっているのは、主に灯明と落雷である。夜に灯された油皿を落とし、火が燃え広がる。あるいは、塔やお堂に雷が落ちて火事になってしまう。




 今回の旅は、お祖母さまのお見送りと、寺院を巡ることを目的としている。とくに五つの門跡寺院である延暦寺、醍醐寺、南禅寺、相国寺、そして興福寺。これらの寺院には力がある。


 それは物理的なものではなく、寺院の格という意味でだ。寺社である限り格式(きゃくしき)を避けることはできない。


 社格であれば伊勢神宮を頂点としたもの、寺格であれば官寺における勅願寺、門跡寺院、五山、十刹とに分けられる。


 つまり、その他の寺院はこれらよりも寺格が落ちる。もちろん、その他の中には本願寺も含まれているのは言うまでもない。




 ■■■




 春日興福寺の門前には小僧さんが立っていた。



「本寺にご用がお有りにござりまするか?」

「一条家でありやる。取り次ぎを願いたい」



 先触れで伝えているので問題はないだろう。



「今朝、宿を発たれた先で桶には水が入っておられましたか?」

「なみなみと溢れんばかりに。いつ底が抜けるかと思うて、住持さまより有難き説法をたまわれますればと考え、まかり越した次第」

「直ちに伝えて参りますゆえ、こちらでお待ちくださりませ」



 そう言うと、小僧さんは急ぎ足で本堂へ行く。

 小僧さんを見送ったあと、久左衛門が口を開いた。



「桶の水とは妙なことを」

「あれはな、寺の『挨拶』なのだ」

「挨拶…… ?」



 寺で取次ぎをしてもらう際には挨拶の決まりがある。


 ここでいう挨拶とは問答のことで、何気ない会話に本意が隠されている。さきほどの会話で言えば桶の水とは煩悩を指しており、入っているかとは煩悩がありますかと問われていたのだ。それに対し、己でわかるほどにあり、底が抜ける、つまり煩悩が無くなり悟りを開けるのはいつになるか知りたいので説法を所望しますと答えていた。


 その昔、千代野という名の女性が水をたたえた桶の底が抜ける様を見て無常を感じ悟りが開いた。それを引用して、桶に水は入っているか、底は抜けていませんとの問答となった。もし、桶の話などどうでもよいから住持へ取り次いでくれなどと言えば「あいにくと出かけておりますのでお会いできません」と追い払われていることだろう。文字通りの門前払いである。


 その受け答えの深長によって仏の教えに対する姿勢と智見を見極めようとする行為で、どこの寺でも行われている。もし、門前払いをされたとしたら、その者が住持と会うことは相当に難しくなるわけで、寺に赴く者には教養を試される。左近は、公家としての礼儀作法や知識もしっかりしているので任せることができるが、寺への使いを頼める者は一条家でも数えるほどしかいない。



 先とは違う小僧さんがやってきて、境内へと招き入れられた。すでに、住持である二条尹房の子の尋憲が待っていた。一見、愚鈍にも見える丸顔でにこやかにしている。


 中くらいという表現が似合う低すぎず高すぎず耳さわりの良い、よく通る声だった。



「一条さんかえ、よう来やったなぁ」

「恐悦でありましゃる。一条家が差左少将の兼定にござります」

「うむうむ、さように(かしこ)まることはありませぬ」



 その時、尋憲がおやと首を傾げた。



「虎将さんは、なにゆえ(おえり)にお狐さんを乗せられておりやるのか?」

「は?」



 は? 右の肩、左の肩と確かめたが、当然なにも乗っていない。


 今一度、尋憲に目を向ければ、あっと目を見張ってから得心が言ったかのように二度、三度とうなずいた。



「美しげなる小さき狐ゆえ、よもやとは思うたが…… なるほどのぅ」

「いかなることにござりましょう?」

「ふふふ。よきかな、よきかな」



 おい、説明しろ。

 相も変わらず、にこにこと笑ってばかりだ。

 もしや、肩に狐が憑いているのか?


 この国では三大憑き物として、狐と蛇と(いぬ)がある。土佐の憑き物としては狗神(いぬがみ)が知られているが、狐も同じように憑き落としができるのだろうか。



「悪しきものであらば、(はら)えが要りましょうや?」

「いやいやいや、そは良きものゆえ、さようなことは要り申さぬ。そこもとをお守り下さっておるのだ」

「さようで」



 たしかに白狐などは神の使いとしても知られている。だが、なにかしっくりとこない妙な気分だ。



「くれぐれも、お山の御心を損ねることがなきよう」

「…… はい」



 お山…… この寺にいる間は良からぬことはしてくれるなということかな。



「昨夜、夢を見申した。東と西にそれぞれに明るく光る星があり、二つの星は互いに近づいていき相手を責めるがごとく当たっては離れを幾度となく繰り返すと、東にあった星が天高く登り強き光を放っておりました。西の星はといえば転げるように落ちて消え、その後は見えなくなったという次第」

「ほう、それは妙な夢にございますな」

「さよう。ほどなくして、そこもとが参られた。よもや、左少将さんに関わる夢ではあるまいかと思うてのぅ」



 …… 不吉な。

 いまいち、会話の折り合いが悪い。



「であるとしたならば、麿は東と西、どちらにござりますしょう?」

「さあてのぅ。敵が西におれば東であろうし、東におれば西とも言えようし、判ずるは難しいの」



 つまりは、常に東へ居るべきだと。

 一応、憶えておこう。




 ■■■




 こうして寺院を回る理由は三つある。


 ひとつめは、東大寺の開眼供養に向けた参列の是非を問うためである。来たる日には、宗教派閥の垣根を超え、信仰に従事する者らすべての代表者を集めることで、神仏への尊ぶ心、引いては帝のご威光を知ろしめすことができる。


 開眼供養が滞りなく行われたあかつきには、いま一度、寺社と朝廷の結びつきを強め、いかなるしがらみがあろうとも朝廷が仲を取り持つこともできるようになる。



 ふたつめに、一条家としての顔つなぎだ。

 摂関家の一条として会うのは造作もない。しかし、参列の是非を確かめるということは口に出さずとも背後には帝がおられるのが明らか。つまり、帝から信用され秘密裏に調べていますよと言外にほのめかしているのだ。


 それでなくとも、千年の節目ということで儀が盛大に執り行われることは想像に難くない。その儀に参列したとあらば後世まで名が残るであろうし、それほどの大事となれば寺社を代表する栄誉は計り知れないものがある。その上で支度金と土産物を渡すとなれば、喜ばれこそすれ、眉をしかめられることはないだろう。ゆえに是非を問うまでもないのだが、敢えて訪れることで一条家がその寺の答えを重く考えていると示す行為であり、これも悪い気はしないはず。



 みっつめは、商いのためだ。

 商いで良しとされるものにはいくつか条件がある。

 生活に欠かせず需要があること。

 消耗品であること。

 儲けが大きいこと。

 小さくて軽いもの。

 重宝するもの。


 では、ろうそくと線香はどうか。

 これは小さく軽い持ち運びが容易なもので、あれば重宝し日々の生活で使う消耗品。しかも高値で取引きされるため儲けは大きく、需要と共に利益は増える一方と条件をすべて満たす。便利であるがゆえに、使い始めたら欠かせないものとなるだろう。


 さらに材料は入手が難しく製法も容易に調べることが出来ないとなれば、向こう十年は市場を独占できること請け合いだ。



 しかし、それにはまず需要を増やす必要がある。だからこそ、こうして寺院を回り寄進しては試してもらう。そこで良い品だと分かれば当然、また欲しくなる。すると、寺から一条家へ報せが来て、また同じように寄進する。


 それを三度ほど繰り返したあとに、他の寺院へ渡す分がなくなるため、しばしお待ちあれと伝えたとする。ところが、そうは言っても中には待てない寺も出てくるわけで、横から買い取ろうとする輩が現れるはずだ。他の寺も同じく銭を出してでも欲するところが出て、いつしかそれが当たり前となる。そこからは、濡れ手で粟の掴み取りのごとく、黙っていても銭が転がり込んでくる。


 需要とは自らが生み出すものであり、それが出来てこその商いなのだと書物に記されていた。購買欲があるとしたら御仏に仕える身でどうなのかと思うところもある。まぁ、売れなかったのなら、そのときは卸し先を商家に変えるだけだ。商人であれば欲があっても問題にはならないし。



 かつて興福寺に属していた運慶によって彫られた仏像も含め、噂に名高い三面六臂(さんめんろっぴ)阿修羅(あしゅら)像など、貴重なものが数多い。それらを失わないための対策も、目的のひとつである。


 ろうそくは油に代わる灯明だ。

 昔から油皿を落として火が燃え広がる火事が度々起きていた。だが、ろうそくの火であれば、たとえ倒れたとしても、すぐには引火しない。引火したとしても小火にとどめられる。


 さらに建屋の防火対策として、避雷針を用いることを勧めた。寺院の屋根には鴟尾(しび)や相輪といった金属製の装飾が施されている。当然、古くから落雷による火災が後を絶たない。


 竹筒に銅の芯と砂を入れたアースを繋げ地面へ落とす。完全ではなくとも、被害を回避する確率はある程度は上がると思っている。




 行く行くは、これらの努力が実を結び朝廷の力となってくれることを切に願う。そして、その力で復興へ向けた歩みを後押ししてほしい。



 

 

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