6.貿易
1547年 10月 (天文十六年 神無月)
淡水化装置を造ってもらった。
二つの鍋に蓋がされた、上下二段構造になっている。
上段の鍋と下段の蓋は竹で繋がっていて、上段の鍋に入れた海水が太陽熱で蒸発し、竹の筒を通り下段の鍋に飲める水として溜められ、上段の鍋の海水は水が蒸発した分だけ塩分濃度が高いかん水が残る仕組みだ。
もしかしたら、海水の量を少なくすれば塩だけが残るかもしれないが、その辺は試してもらうしかない。どちらにしろ、砂からかん水を取るよりも作業は楽になる。
かん水を作る副産物として飲める水もできる。
海水を上段の鍋に入れるだけだから、老若男女問わず作業できるため、少しは労働者不足を解消できるだろう。
それと併せて、鍛冶屋に塩釜用の平たい鉄釜を造って貰っている。俺が見たことがある塩釜は、釜を焚く時の煙道の熱を利用して予備釜でかん水を温め、少しでも早く水分を飛ばせるようにしていた。
幾分かは薪の節約に繋がるだろう。
先に設置する村だが、伊屋村からに決めた。
平野村の村民は怪我を負ってはいるが、治れば作業に復帰できる。だが、伊屋村は海に出たまま戻って来ていない。残念だが、戻る可能性は低いだろう。
人手不足としては伊屋村の方が深刻だ。
うまくいけば、塩田を行なっている全ての村も改善すればいい。
ただ、問題はお金が掛かることだ。
いつ戦になるか分からない。
そんな事にお金と鉄を使うくらいなら刀を造った方がいいと思うかもしれないが。
どちらにしてもお父様に話してみなければならない。
厠に行く途中で宗珊に会った。
「御殿で会うとは珍しいな。近江守」
「これは、万千代丸様。ご機嫌麗しゅうございまする。御所様に頼まれた物を届けに参りました」
「さようか」
一条家には、鉄釜を造っている余裕があるのだろうか。
筆頭家老の宗珊なら知ってそうだ。
「時に、一条家の財政はどうなっておる?」
「何ゆえ、さようなことを仰せに?」
そりゃそうだ。
急に聞いたら不審に思うよな。
だが、やましい事はない。
胸を張って強気で聞けばいいのだ。
「うむ。今、鍛冶屋に鉄釜を造らせておる。掃部に聞いておらぬか?」
「その儀は、聞き及んでおりまする」
「さようか。首尾よういけば他の村にも造る事になろう」
「それゆえ、銭が掛かるという事にございますな?」
目が鋭くなった。
宗珊の体は着物越しでも分かるくらいに胸板が厚く、鍛え上げられているのがわかる。その顔から滲んでいる、凄みのようなものに気圧されてしまう。
「いや、まあ、そうなのだがな」
圧が強すぎて、しどろもどろになってしまった。
いや、やましいことなどない。
堂々とすればいいのだ。
こういう時は、奥の手を使おう。
「お祖母様が、塩が無くなるのを心配なさっておるからな…… 」
「さようにございましたか。であらば心配には及びませぬ。入用となる塩は買い付けに行かせております」
「さようか」
あぁ、そうか。
無ければ買ってくればいいのか。
それにしても、さすがは宗珊。
お祖母様の名前を出しても動じなかったな。
多分、康政なら簡単に教えてくれただろう。
「とはいえ、政にご興味があるのは良きことでござりまする…… 我が一条家は海と山に加え、大きな川がありますな?」
「四万十川か」
「さよう。ここ中村の御所は渡川と後川のあいだにあって水運も良い。海・山・川の幸を受くることが出来るのでございます。他家よりは恵まれておりましょう。その上、明や朝鮮・琉球その他の異国とも商いをしておりますれば、一条家の財は他家と比べるまでもありませぬ」
知らなかった。
一条家は貿易してたのか。
余裕があるはずだ。
その他の異国って言わなかったか?
もしかして南蛮…… とか。
「他とは?」
「琉球より、西へ向かった先にあります呂宋という地にある国にございます」
ルソンかぁ。
東南アジアだったよね。
そういえば、他の国という認識があるんだ。
漫画だと信長も日本以外を知らなかったみたいな表現だったけど。内陸の貿易をしてない大名は他国を知らなくて当然かもしれない。一条家は貿易をしているから海の向こうに国がある事を知っている…… と。
そもそも、それだけ貿易してたら商人よりも儲けててもおかしくない。
「まあ、一度に語り今は解せなくても、無理はありますまい」
「相分かった。異国との商いがあらば、この先も一条家の財政には余裕があるという事だな?」
「…… ! さようにござりまする」
一瞬、おっという顔をして宗珊が微笑む。
「さであらば、鉄釜は造っても問題は無いということか?」
「御所様のお許しあらば、どうぞご随意に」
「戦さのために、武具は造らないのか?」
「刀を造る鍛冶と釜を造る鍛冶は違うておるゆえ、心配はご無用かと」
それも初めて知った。
刀鍛冶とは違う鍛冶師が造っていのか。
まあ、どっちにしろ上手くいけばの話だ。
◾️◾️◾️
その夜、お父様の部屋に許可を得る為に訪れた。
「お父様、鍛冶に塩を作るために鉄釜を拵えせておりまする。首尾よくいけば、他の村へも造ってやりたく思います」
「その儀、宗珊より聞き及んでおる」
「お許し頂けるでしょうか?」
「良い、差し許す」
あっさり許可が出た。
「かように、お許しになられて良いのでございますか?」
「良い」
「何ゆえにござりまする?」
紙に筆を走らせていたお父様がこちらを向いた。
「万千代。先にも爪を切る道具を作りおったな?」
「はい」
「京の叔父上が喜んでおった。万千代からの手紙にも喜んではいた様子だが、何より良き道具をくれたとな」
お父様のいう叔父上とは関白を務めている一条本家の房通のことだ。
爪切りを造った時に、何個か送ってやった事があった。
「宗珊も万千代が賢いと褒めておった。康政は…… あれだが。それにな母も万千代の好きな様にさせてやるべきだと言うておってな」
お祖母様が?
それよりも、やぁすぅまぁさぁぁぁあ!!
人をイラつかせるのがうまい奴だ。
「母が言うには万千代が病を治してくれたとな。あの子は賢いと。万千代は何故、鉄釜を造りたいのだ?」
「お祖母様が塩が無くなるのではと心配されておりましたので。それに民の助けにもなるかと思ったのです」
取ってつけた様な言い訳だ。
上手くいけば、ご褒美にお祖母様と寝たい為とは言えない。
「うむ、そこよな。儂も民の為になるのならと戦をしておる。今は朝廷が困窮し公家というだけでは土佐を安んじることが出来ぬ。本家の叔父上には公家が戦をするなと言われておるがな」
お父様は周りに人がいない時は一人称が儂になる。麿って言うのが恥ずかしいのかもしれない。
俺でも麿って言ってるのに。
喋り方もお母様から公家らしい話し方をと言われて、気をつけているのに。
「家臣や民の為になると思うた事をしておるのよ。万千代も人の助けになると思うておるからこそ道具を作っておるのであろう?」
「さ、さようにござります」
「だからこそ、万千代がする事を許しておるのよ。人の為ならざる事であれば許すことはない」
眩しい、後光が差して見える。
清い心の聖人を前にして、自分が淺ましくて隠れてしまいたい。
この世に外見も性格もこんなに優れた大名など一条房基以外に居るのでしょうか?
いいえ、おりません。
こんな立派な父が居るのに何という淺ましさ。
このままでは、兼定の代での没落待った無し。
琉球を含め、他国との貿易を行なっている記述が多く残っており、中には胡椒を山科言継へ贈った旨が言継卿記に書かれています。




