二枚目
「では今回の報酬です!」
「ありがとうございます!」
冒険者ギルドのなかはいつも騒がしいもので、受付での普通の会話も周囲の喧騒に負けないように自然と声を張り上げてしまうもので、受付嬢も俺も結構な大声ていつも会話してしまう。
今回の依頼内容は近場の洞窟の最奥にある鉱石を指定個数取ってくる、というものでそれほど難しくもないのだが、その洞窟が奥に行けば行くほど入り組んでいて迷いやすく、更に罠も増えていくため冒険者たちはあまり行きたがらないのだ。
「いつも面倒くさい依頼ばかりこなしていただいて助かってます!」
「面倒とか言うなよ! 俺だって必死なんだよ!」
20歳前後らしい受付嬢の眩しい笑顔が中年のおっさんの心にグサグサと突き刺さる。ではこちらお返ししますね!、と返された銀色の冒険者カードには、「この世界での」俺の個人情報が満載だ。カードの表側には名前や年齢、出身地、職業や賞罰履歴など。なんだか履歴書の左側を彷彿とさせる。裏側には直近こなした依頼数種類と、基礎能力など。裏側を見れば確かに先程依頼達成したばかりの「キラキラ鉱石採掘依頼(アイライ洞窟)」と書かれている。
っていうかキラキラ鉱石ってなんだよまじで。採掘したときはなにもキラキラしていなかったし、試しに一個割ってみたけどやはりキラキラしていなかった。何がキラキラなんだ。
「それにしても、その年齢で銀ランクなんて本当に素晴らしいですね! 将来が楽しみです!」
「……はは、俺ってばそんなに年齢不相応?」
本当は35歳のおっさんなんですよー、と心の中で呟いてみても、受付嬢の耳に入るはずもない。眩しい笑顔を浮かべたまま彼女は言った。
「ええ! そうそういませんよ、12歳で銀ランクの冒険者なんて!」
というわけで、見た目は子供、頭脳は……中身は大人を地で行く俺です。
いわゆる異世界転生というやつです。好きなやつは好きなんだよこういう話。現に俺だって好きだった。異世界で俺最強をする話は気楽に読めるし、何より気分が良かった。なんというかヒーローもののお約束展開を見ている気分に近い。強敵難敵が現れても、ぱっと倒せてしまう。必ず、倒せてしまう。その安心感とテンプレ感が何よりも心地よかったのだ。
だがだからといって己自身が異世界転生するのはいただけない。全くと言っていいほどいただけない。
冒険者ギルドをあとにして、街の中を歩く。ここは中堅ランク……銅ランクや銀ランクの冒険者たちが多い「アイライ」という街だ。俺がついさっき依頼をこなしていたあの洞窟の名前と同じである。この街に来たのは七日ほど前のことで、すぐに定宿を決めて冒険者ギルドに飛び込んではすぐに済みそうな依頼を淡々とこなし続けていた。
街は夕暮れ、行き交う人々も家路や宿への道を急いでいる。せかせかとした雰囲気と裏腹に、家々から漂って来る夕飯と思わしき香りにどことなく郷愁を誘われた。ああ、俺もお家に帰りたい。帰れない。辛い。
ぐぅと鳴った腹をさすって、とりあえずと向かう先は市場だ。
食材の買い出しである。
無論わかっている。異世界だ。異世界ならではの美味・珍味、名も知れぬ素材に料理を楽しまずにどうするんだというのは至極まっとうな意見であり、自分でもそう思っている。思っていても乗り越えられないことだって存在するのだ。
石畳をカツカツ音を立てて歩きながら市場へと行けば、もう品物をすべて完売してしまったのか明日への備えか店じまいしている店舗もチラホラとある。こうしちゃいられないとまずは青果店へ。
「おや坊や、今日も来てくれたのかい?」
「坊やっていうなよ! 俺にはグレンって立派な名前がだな……」
「はいはいわかってるって。グレン坊や、今日は何を買ってくれるんだい?」
「だから……坊やっていうなよ……。」
七日も通えばすでに見知った中、というわけでもないが、おばちゃん特有の気安さで会話はポンポンと気持ちよく弾んでいく。青果店にならんでいるのは、元の世界と似たような、けれどもやっぱりどこか違う野菜たちだ。味が正反対だったり全く同じだったり、食感が違ったりするのがなんとなく面白い。慣れてしまえばどうということもないし、こちらに飛ばされてからすでに数年は経っているのだ。その間ほぼ自炊しているのだから元の世界にいたときよりも料理の腕はメキメキと上がっている……はずだ。
「じゃあ今日はこれとこれ、あとこっちも一つで。」
「はいよありがとさん! 全部で360ピースだよ。」
1ピースが約1円くらいの価値であろうことを考えると、この世界の物価は案外安く思える。だがそれは冒険者であるから懐に余裕があって安く思えるだけで、冒険者ではない一般職の給与からすればまあまあ妥当な金額なのだろう。
「はいよちょうどだね。次は肉屋かい?」
「うん、今日はいいブロック肉が入るかもって聞いたから期待してるんだ。」
「そうかい、気をつけていくんだよ!」
青果店のおばちゃんはやっぱり気安く俺の頭を撫でながら豪快に笑った。この距離感、元の世界だと結構苦手だったのだが、今はまあ、案外心地よくも感じる。変われば変わるものだ。
青果店から更に市場を奥へ20メートルほど行けば、軒先にぶらりと枝肉をぶら下げている店を見つける事ができる。ただ店じまいをし始めている雰囲気があって、慌てて走りながら声をかけた。
「親父さん! 待った待った!」
「お? おお! グレン、今帰りか!」
危うく店をしまうところだったぞ、と店の親父は体を揺らしながら豪快に笑った。青果店で買った荷物を抱えながら走って上がった息を整つつ、肉を買わせてくれとお願いした。
「おう、お前のためにとっといてやったぞ!」
「本当!? やったー! ありがとう親父さん!」
両手をぱっと上に上げて喜ぶ仕草など子供そのものだ……、俺もうまくなったもんだ。子供の擬態が。
親父さんは目尻を下げてどことなく孫でも見るような目つきになりながら、少し待ってろよ言って肉を切り分け始める。
こちらに来た当初は年齢不相応の落ち着きや言葉遣いで不審がられたり気味悪がられたりしたものだが、腹をくくって「そういう年齢」の演技をすればこれがまたすんなりと物事が運ぶ。というか優遇してもらえる。子供ながらに一人旅、まして冒険者で生計をたてているとなると年を食った人々には格好の可愛がり対象になるようだ。
「ほれ、おまけしといたぞ。」
「ありがとう!」
木の皮に丁寧に包まれた肉を受け取り、代金を支払う。気をつけて帰るんだぞ、と店の親父さんはその大きな手のひらで俺の頭をぐりんぐりんと乱暴に撫でてきた。撫でるのはいいけど、親父さん、あんたのその手、脂まみれじゃ……。