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一枚目


───暗く閉ざされたその道に、灯火が生まれた。ゆらりゆらりと揺れる頼りなげな炎は、それでもしかりとその姿を保ち続け、その少年の行先を照らしている。洞窟の奥深くまで、ぽつり、ぽつり、てん、てん、少年の歩みを先へと導くだろう。

 文字は朗々と紡がれ文章となり、それが綴られた紙は二つ折りにされると少年の唇へと挟まれた。ふぅと息を吹き込んで、体の中を巡る魔力をちょいとその紙に載せてやれば、それは一瞬の熱を持ってハラハラと塵になる。それと同時に目の前に広がる暗澹たる洞窟にぽつりぽつりと火の玉が浮かび上がる。ほんのり赤いそれは空気の流れとはまた異なるなにかに揺らされて踊り、不規則な影の動きを生み出していた。

 少年は洞窟の入り口に立ち尽くし、大きく大きく、ため息を吐いた。

「そりゃ廃れるわ……、文字魔法なんて。」

 そう呟いてから一呼吸、二呼吸。少年はまた大きくため息を吐いてから、その洞窟へと足を踏み入れた。


 少年は洞窟を一歩一歩慎重に歩きながらも、先程と同様に紙を咥えては息を吹き込んでいく。そのたびに少年の身の回りには、不可思議な光がちっちっと煌めいては消えていった。少年が右手に持っているのは分厚い紙の束で、一見すればメモ帳にも見えなくもない。ただ、新品のそれとは異なり、何かを書きつけたものが幾枚も重なっているせいで不自然にかさばっているようなメモ帳だ。おそらく白紙の紙はほとんどないだろう。左上の隅に穴をあけ紐で結わえただけのそれは手で引っ張ると簡単にちぎることができる。少年はそれを内容を確認しつつ無造作に引きちぎり、二つ折りにして紙を咥えては息を吹き込んで塵にする作業に勤しんでいた。そんな彼の足元が不安にならないようにと、火の玉はゆらゆらと揺れながら一歩先を進み照らしていく。

 お前も難儀な魔法を身に宿したものだな、といつぞや誰かに言われた言葉が少年の脳内をくるりと回る。彼自身それはつくづく痛感していたことだったし、しかし「それ」を自ら選んだ自業自得も相まって、ただただ肩身の狭い思いをしながら体を必死に丸めて小さくなるばかりであった。この能力を授かったあの日あの時あの瞬間に戻りたい、ああ、戻りたい。少年はそう思いながらも、紙を塵にする作業を終えた。残り半分ほどまでに減ったメモ帳を、それでもしまうことはせず左手に携えたまま洞窟の中を歩き続ける。

 長い長い一本道だった洞窟は、不意に分岐点に差し掛かる。左の平坦な道、右の砂利混じりの坂道だ。少年はそれぞれの道をじっくりと見つめると、脳内に誰かの声が響く

【この先左の道、正規ルートです。この先右の道、後に更に三叉路に分かれるものの行き止まりとモンスターハウスがあります。】

「……誰が好き好んで右の道を行くかってんだ。」

 脳内の誰かの声……()()()()好奇心で自分の声を録音して聞いたとき確かこんな声だった、と以前思ったことがある……を少年は気にすることもなく、あっさりと左の道を選択した。そのまま突き進むと、不意に目の前30センチほどのところに半透明の窓のようなものが現れる。

【注意、注意、この先1メートル先に落とし穴の罠があります。】

 赤い文字、「日本語」で「注意」と書かれた窓には、その先の通路が透けて見え、そして地面の一箇所が真っ赤に塗りつぶされていた。少年はなんのためらいもなしに、その窓に指を触れる。すい、すい、と「液晶パネル」をいじるように指を動かせば、画面には目まぐるしく文字が踊る。

「罠の解除は……、岩を落とせ、か。」

 少年はふむ、と一つうなずき、窓を右手の手のひらで左側に撫でるように動かした。すると窓は少年の目の前から左半身側へと忠実に移動する。次に少年は左手に持っていたメモ帳をペラペラとめくり、下の方にある白紙の紙を選んでそのまま引き抜いた。ついでメモ帳の一番上にその白紙を置き、なにか文字を書き付けても歪まないようにすると、懐から取り出した万年筆のキャップを行儀悪くも噛んで外して、白紙にさらさらと文字を書き付けていく。

 インクの色は、濁ったような赤褐色だった。

───少年の数歩先で、突然落盤が起こった。轟音とともに、しかし規模は小さいままに落盤は収まった。落ちた岩は地面を覆い尽くし、土埃を巻き上げるだろう。

「……こんな文でいいかな。」

 少年は首をひねりながらうんうんと唸る。自分に語彙力も表現力もないことは重々承知していた。それでも書かなければいけない。それが、「ルール」なのだから。

「少し変えるか。」

───腹へと響く地響きの直後、少年の数歩先で、突然落盤が起こった。範囲は1メートルほどと小規模ながら激しい音を立てて崩れ落ちた岩が地面へと積み上がっていく。湧き上がった土埃は通路へと広がった。ほんの数秒の出来事ではあったが、ころころと名残のように落ちてくる小石の音が、落盤の激しさを物語っているようだった。

「これでよし、と。」

 特に傑作というわけでもないがまあこんなものだろうと納得し万年筆をしまってから、少年はいそいそとその紙を二つ折りにすると、また唇でそれを挟んだ。

 体内を血液と一緒に流れる魔力、心臓に溜まったそれを食道から喉へ、喉から口へ、口から外へと流れをイメージする。そうして吐き出し紙へと染み込ませるように魔力を乗せる。

 紙が散り散りに細かくなって消えると同時に、文字通り「腹へと響く地響きの直後、少年の数歩先で突然落盤が起こった。」

「うおっ!」

 轟音とともに何かが崩れる振動が、少年の足元を、体を揺らす。ついで湧き上がってきた土埃が目や喉に入って激しくむせる羽目になった。たった「数秒」の出来事だったが、すぐに「ころころと名残のように落ちてくる小石の音」がして、それらが収まったことを知る。

 目に入った土埃をなんとか取り除けた少年は、涙目になりながらも眼前の道を見据えた。ゆらゆら揺れる火の玉に照らされた道の先には、激しかった音には見合わぬ小さな瓦礫の山だった。普通に通行することも可能だ。

 少年は左半身側に寄せた窓を再び目の前に持ってくる。今度はメモ帳を持った左手で、無造作に窓を右側に撫でる程度だったが、それでも窓はちゃんと動いて少年の目の前に来る。

 その窓には先程の「注意」の赤い文字は消えていて、半透明の画面の向こう側はただ道が広がるばかりだった。

「……普通の魔法ってのは、唱えればいいだけなんだろうなぁ。」

 少年は肩を落としてため息を吐きながら、窓を下へと手のひらでなでおろした。

 窓はそのまま跡形もなく消え、そして少年は道の先へと歩みを進めたのだった。

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