第54話 本気&やる気&勝気
「くそ、油断した!油断した!」
吹き飛ばされてきたクイーンは天井を見上げながら恨めしそうに叫ぶ。壊れた天井からエースがすうっと降りてきた。
「これだけ弱ればもう障壁もないようなものね、どうするのかしら?」
「まだだ!すぐに障壁を戻して」
「もういい」
王座でじっと座っていたキングが初めて重い腰をあげて、クイーンの元へ近づいた。クイーンはその時に何かを決意したような顔をしてキングを見つめた。
「クイーン、あとはたった一人の魔力だけで事足りるほどになった」
「…はい、喜んで」
少しの間をおいてクイーンはにっこりと笑顔になった。キングの言葉に何かを感じ取ったエースはクイーンを睨む。そして、今からクイーンがやることに気づいた。
「待ちなさい!」
「[サクリファイス]」
クイーンの体が眩く光り、消えていく。その瞬間、地面が赤く染まり国を囲む魔法陣が完成される。その光景をみてキングは大きく高笑いをする。
「さすが魔女の血だ!たった一人の犠牲でこれほどの魔力を補ってくれようとは」
こいつ…まさか味方を犠牲にして無理やり魔法を使いやがったのか。それじゃあエースの杖での封印が間に合わなかったのか…
「貴様らもよく頑張った。まさか我をここまで追い詰めるとはな」
「そんな…間に合わなかったの?」
エースが膝から崩れ落ちる。それはつまりこれを止める術がないことを意味していた。発動してしまった魔法はもう止めることはできない。
「あとはそこで絶望に沈むのみだ。我はこれから魔法陣と一体化する」
キングの姿が地面と同化していき、やがて完全に姿が見えなくなった。何か、何か手はないのか。
「エース!」
「…ダメよ、こうなった以上止められないわ」
エースは諦めたようにつぶやく。止められないって…それじゃあこの国はどうなるんだよ。
「まだだ、何か方法があるはずだ」
こんなところで諦めてたまるか。まだこの国のことを俺は何も知らない。何もわからない。そんなままで終わらせていいはずがない。まだキングを止める方法が何かあるはずだ。
「無駄よ、こうなったらどうにも」
「言ってる暇があったら考えろ!」
諦めたら何かが変わるわけじゃない。何かを変えることができるのは行動した時だけだ。
『随分と威勢がいいな、侑季と言ったか』
この声は…キングか。姿は見えないけどどこからか声が聞こえてくる。
「まだこっちは諦めてねえ、お前のことをぶっ倒してやる」
『ほう?まだ歯向かうか。その気概に免じてこれから起こる絶望を教えてやろう』
これから起こること…神様を殺すってエースは言っていたけど、この魔法陣が何に関わってくるんだ。
『じきにこの魔法陣に吸い寄せられるように神が現れる、その時我は剣となり、ガルバドスの栄光にかけて神を断罪する』
その声を終わりにキングの声は聞こえなくなり、代わりに空に暗雲が立ち込める。分厚くかかる雲はたった一部分だけを除いて光を遮断して、唯一全く雲がかかっていない部分が光を差してガルバドスの像が存在していた所を照らす。
「神が現れるって…」
「侑季君!」
声に気づいてハッと振り返った。聞こえて来たのはミーシャの声だったが、振り返るとエリル、オウカ、モラグの四人が来ていた。
「みんな、無事でよかった」
「それより!これどうなってるの?」
どうなってるかと言われると、たぶん状況は最悪だ。頼みの綱だった作戦も間に合わずすでに魔法は完成している。こうなったら魔法を止めることはできない。
『ううん、止めれる』
「え?」
誰の声?いや違う、この声は…ルナ。
「ルナ?どうやって止めればいい」
周りが誰に話しかけてるのかわからないと不思議な顔をしている。やっぱりさっきの声は俺にしか届いてなかったのか。
『もうすぐ全員揃う、そしたら説明する』
全員揃う、今ここにいないのは迅雷さんとリリー、それにトレイとケイトか。本当にどうにかできるんだろうな?もうこの状態じゃルナに頼むしかない状況なんだ。それは向こうも神さまをどうにかしようとしてるのを止めるのが俺だからお互いにどうにかしてもらいたい状況であることは間違いない。
「侑季君、下におったのも全部連れて来たで」
迅雷さんが疾風に何人も載せながらやってきた。…なんか俺の知らない人がだいぶいるんだけど、増えてることに関しては今聞いてる場合じゃないか。
『揃った、それじゃあ始める』
ルナの合図を機に、俺の周りが の人が気を失ったようにバタバタと倒れていく。タイミング的にみてルナがやったことは間違いない。
「おい!ルナ…!」
「ごめん、姿を見られるのはあまり好ましくないから」
頭の中でルナに呼びかけようとしたが、俺の目の前にルナが現れた。ちゃんと実態を持った感じがあるし、わざわざここに降りて来たってことか。
「急に人が…」
「侑季君、知り合い、なの?」
って全員寝かせたわけじゃなかったのかよ、思いっきりエリルとミーシャに見られてるけど大丈夫なのか。
「それはあなたのため、それより…そろそろ来る。見て」
ルナが空を指差す、暗雲のない空の穴から一人の小さな神様が降りて来た。
「嘘だろ?」
いや、考えなかったわけじゃない。ていうか俺の知ってる神さまなんて二人しかいないんだ、可能性的には少ないと思っていたがないことではないとも思っていた。でも、何も言わなかったじゃねえかそんなこと。
________何してんだよアマテラス
そこに現れたのは間違い無くアマテラスだった。全身に大きな鎖がまとわりついて身動きが取れないようになってるが、豪華な着物と長い髪は間違うはずがない。
「わかった?時間はあまりない、だから急いで助けないと」
「助けるって…どうやって」
まさか、魔法を止められる術があるのか?それなら
「キングの魔法を上回る攻撃で打ち消すの」
「キングの」
「魔法を」
「上回る!?ルナ、お前何言って」
話にかろうじて付いて来ていたエリルとミーシャもルナの突飛な提案に驚きを隠せずに大声を上げる。一番大声をあげてたのは俺であることは間違いないが。
「可能、銀雪の攻撃ならそもそもキングの魔法よりも強い魔法は使える」
マジで言ってんのかよ…だとしたらありがたいことではある、それなら希望も見えてきたかもしれない。
「あとは、月影がみんなを守れるかどうか」
「キングと銀雪の魔法がぶつかった時の衝撃から全員を守れってことだな」
「そう、そのためには魔力がたくさん必要。だからここにいるみんなからもらう」
倒れてるみんなから魔力が流れ込んで来る、今までにない力が身体中を駆け巡る。これを全部魔法に転換できたとしたら…想像がつかないほどの何かが起こるだろう。
「…なぁルナ、なんでミーシャとエリルからは貰わないでこうしておいたんだ?」
「…」
ルナが黙った、そういえば初めて会った時もこんなだったな。あの時は会話も成り立たなくてすごい苦労した気がする。あぁごめんなルナ、今回のはわざわざ聞いた俺が悪い。言わなくても身体に流れてる魔力が物語ってるからいい。
___________魔法を使ったらたぶん俺の身体がもたないんだろうって分かってる
身体に流れてる魔力もそうなんだけど、俺の身体がアマテラスによるところが大きいからなのかもしれないけど、この量の魔力を一気に放出しようものなら身体がぶっ壊れるだろうことは結果を見なくてもわかる。わざわざミーシャとエリルに話す機会を与えてくれたのもたぶんそういうことなんだろう。
「私は少しの間だけ消える、準備ができたら呼んで」
そう言うと、ルナの姿がスゥッと消えていって見えなくなった。こんなに切羽詰まった時間でも別れの時間をくれるのはルナなりの優しさなんだろう。利用してるみたいな罪悪感が神様にもあんのかな?だいたいアマテラスが死んだら俺の身体も死ぬんだろうからどっちにしろ死ぬの確定みたいなもんだろこれ。だったら誰かを助けて終わる方がいいし、それにアマテラスを助ければなんだかんだ生きれる可能性もありそうな気がする。
「侑季君」
「説明してもらいます、納得いくまで」
エリルが納得するまでって…絶対納得するわけないだろそれ勘弁してくれよ。ミーシャもそんな不安そうな顔すんなって…勘が良いから何かしら察してるんだろうけどさ、だったら笑顔で送り出してくれって。
「黙ってて悪かった、全部話すよ」
_____________________________
俺は話した。もちろん全部、俺が異世界から来たことも神様のことも含めて。信じてもらえるかどうか疑問だったが目の前で起こった出来事が鍵となったのかエリルもミーシャも疑う様子はなかった。それと同時にこのタイミングで全てを明かした理由はなんとなくながらエリルとミーシャにも伝わってしまったようだ。
「それで、私たちに明かしてこれからどうするの?」
「アマテラスを助けるためにキングを止めに行く」
「助けたあとどうやって戻ってくるの?」
率直に言えばない。誤魔化すことも考えたけど、間違いなくバレる。何よりこうやって返答に詰まってる時点でバレるに決まってる。
「私は怒ってるよ、私はみんなを守りたいって言ったよね?」
「あぁ、言ったな」
そんなに睨まないでくれ頼むから、最後くらいは笑って見送って欲しいんだけどな。
「…行かないでください」
「エリル、それはできな」
「死ぬなら行かないでください!」
初めてエリルの大声で叫ぶのを聞いたかもしれない。俺だけじゃなくてミーシャもびっくりしながらエリルを見つめている。
「侑季君が生きてるなら誰と付き合ってたっていいです!誰を好きになってたって!だから…だから死なないでくださ」
エリルが言い切る前に月影が軽くエリルを攻撃すると、気を失ってその場に倒れこんだ。
「恨まれんのは俺に任せとけ相棒」
「…悪いな月影」
誰と付き合ってもとか好きとか、なんでこのタイミングでそれが出て来たのかは考えないことにしておく。考えるだけ辛いからな。
「私だって納得はしてないんだからね?」
「ミーシャ…ごめん」
分かってはいる、エリルにもミーシャにも酷い仕打ちをしていることは。約束も破ってるしな。
「だから、帰ってきたらお説教の続きだからね」
「え…?」
「だって、止められないのは分かってるよ。エリルに止められないものを私に止められるはずがないもんね」
「ミーシャ…」
「でもね、私だってわがままは言うよ。だから…絶対戻ってきて」
最後までその顔されるのはずるいなぁ、やっぱり無理に笑わなくていいよ。それだけ行くのが辛くなるからさ。
「月影」
「おう、それじゃあ行くぜ」
月影の背中に乗って、ルナのところへ向かう準備をする。ミーシャとエリルの方を振り向こうとしたけれど、振り向いたら発つことができなくなる気がして向けなかった。
「行ってくる」
「うん…」
たったひとつそれだけ言葉を交わして、俺はその場を離れた。ルナは俺の方を見ると、準備はできてると言うふうに地面の魔法陣を指差す。
「あと五分くらいでここから大きな剣が現れる、それがアマテラスに触れたら死んでしまう」
「その前に俺が壊せばいいってことだな」
銀雪を全力で召喚した上で月影も全力で使わないとダメなんだろうな。一発勝負な時点で自分の体を労ってる余裕はないんだろうな。
「私も魔力を預ける、だから寸前まで侑季君は魔力を高めて」
ルナの言う通りにゆっくりと魔力を高める。一番良い状態で攻撃を繰り出せるように。大丈夫、失敗しなければ生き残れるかもしれないんだし…あんまり期待してないけど。
「相棒、生き残ったらどっちと付き合うんだ?」
月影の声で魔力が完全に乱れた。もうちょっとで完全に体から何か漏れでそうだったぞまじで。いきなり何を言いだしてんだこのエロ狐は。
「俺がいつそんな浮いた話をした?」
「あ?あんなにいい子達と一緒にいてどっちも好きにならないなんてあったら相棒の性格か趣味を疑わなきゃなんねえぜむしろ」
何が悲しくて狐にまじめに哀れまれなきゃいけないんだよ、高校の友人みたいなノリで話ふっかけてきたけどお前外見人間と一ミリも似てないからな。
「少なくともお前にいう義理はねえと思うけどな」
「おいおい、相棒の相棒は俺なんだぜ?それくらいいいじゃねえかよ」
やかましい、気が散って仕方ないから黙れ。だいたいこの場にはルナがいるんだぞ、だからどうってわけでもねえけどさ。そもそもそれ以前に状況を考えろよ。こんな呑気な話をしてるような場面ではどう考えてもないだろ。
「相棒、こういう時は生き残った後のことを考えるんだよ。そうすれば生きる気も湧いてくるだろ?」
あぁ、その発想はなかったな。変に未練を残すと決意が鈍って変になるかもしれないから考えない方がいいと思ってたけど、たしかに月影のいうことにも一理ある。
「死んだってどうせ知ってんのは俺だけだ、どうせならぶっちゃけちゃおうぜ」
お前はほんとに修学旅行のノリの高校生かよ、いたよそういうやつ。知ってるか?そういう奴は間違いなくバラすんだぜ。それを抜きにしても月影という奴は間違いなく面白がってバラすタイプの奴であることはよく分かってるしな。
でもまぁ、どうせ死んだら誰にもバレないで終わるわけだし最後くらいはこいつにはバラしておいてもいいかもな。
「お前にはバラしておいてやるよ」
「お?乗り気になってきたなー。で、どっちだ?エリルちゃんか?ミーシャちゃんか?」
残念だったな月影、その二択の中に答えは含まれていない。お前の想像では俺の考えを理解することは不可能だったようだな、さぁ答え合わせといこうじゃないか。
「両方」
流石の想定外の答えだったようで月影も目を丸くしてやがる、お前のそんな顔見たの初めてだよ。これはなかなか面白いものが見れたな、もし死んだら冥土の土産として持って行ってやるよ。
「いや、この世界ではまぁないことではないし…一応相棒の世界でも国によってはあるって聞いたことはあるけどよ。生まれも育ちも日本だよな相棒」
正確には語弊があるぞ、生まれは日本、育ちは日本と異世界だ。かっこいいだろ?ハーフだぜ。月影のいうとおり某有名な宗教では平等に愛する限り妻帯は4人まで許してるところとかもあるみたいだし、月影がいうにはこの世界でも一応一夫多妻制みたいなのはあるみたいだな。
まぁ日本で育ってる俺にとっては一夫多妻なんてファンタジーというか何言ってんだこいつみたいな感じに思えてたけどな。源氏物語とかやべえものとして見てたし。
「月影、世の中はな…理屈どおりにいかないことの方が多いんだよ」
俺の名誉のために弁解はしておこう、俺はあくまで同時に二人の女性に好意を抱いてるだけだ、別に同時に付き合ってるわけじゃない。自分の心の中でだけの話を月影にちょっとバラしただけだ、これで俺が非難されるいわれはない。よってここは完全に俺は開き直らせてもらうぞ。
「まさかなー、相棒からは予想外の返答だったぜ」
「俺だって昔の俺に聞かせたら信じられねえっていうだろうよ」
「そいつはそうだろうな、でもよかったじゃねえか」
「よかった?」
「おう、生き残る理由が二倍に増えたからな」
単純に掛け算していいものではねえだろこれって、こいつは馬鹿なのか?だいたい生き残った後に二人に同時に告白する前提にならなきゃだろそれ、二兎追うものはなんちゃらってことわざ知ってるか?
「あぁ、そうだな」
でもまあ、否定はしないでおくよ。