第3話 侑季&ミーシャ&エリル
「で、どうだ?気に入ってくれたか」
「月影...ね。まあいいんじゃねえかな、悪くない」
「えー私はもっくんの方がいいと思うけどな」
月影の目が少し見開き、冷や汗らしきものが顔から垂れる。そんなにもっくんは嫌だったか...よかったなその名前にならなくて。
「まあいいさ!あんたら二人の間で決めたんなら私は口出ししない!それじゃ名前も決まったところでそろそろ行こうか」
アマテラスはあっけらかんとしながら言ったが俺はそれを聞いて少し身構える。
______とうとう俺は異世界に行くのだ
正直今までの1ヶ月のほうがよっぽど未知の場所なのだろうが、それでもこれから行く未知の異世界に対して不安がないといえば嘘になるのだ。
「緊張しすぎだぜー相棒。ふぁ〜あ」
「あくびするほど緩むやつに言われたくはねえよ」
「はいはい、おしゃべりはそこまで。それ以上は舌を噛むからねー」
アマテラスはそれじゃ、というと体全身に魔力を巡らせ力を練りはじめた。
「二人に幸あることを祈ってるよ。それじゃあね![リンカーネイション]」
魔法を唱えると同時に俺はさっきまでいた場所から奇妙な空間に飛ばされた。魔法でてきた空間のようで少し不安定なようだ。ていうかちょっと酔いそう...うぷ
(あ、これ結構やばい感じの酔いかもしれない)
別段乗り物に弱いとかそういう体質ではないのだが、空間が歪んでいるせいか五感すべてに気持ち悪さが伝わってくる
「おい相棒?顔色悪いぞ大丈夫か」
「これが大丈夫に見えるならお前は眼科にでも...うっ」
軽口を叩く余裕もなかったようだ。というか喋ったら吐きそう..
なんでこいつはこんなピンピンしてやがるんだくそ。
「まあ俺はなんだかんだこういうことになれてるからなー。慣れないうちは苦しいかもな」
月影は人の死にそうな表情とは裏腹に余裕そうな顔で語る。
「お、あともう少しだな。ほらあとちょっと頑張れって」
こいつなりに励ましてくれてはいるのだろうかと思ったが今はそれどころではなかった。一刻も早くこの気持ち悪い状況から出たかった。
そして、出口よりも先に俺の限界がきた。
「も、もう無理..」
これ以上は吐く。死ぬ。そう思った俺はギブアップサインを出す。
「ん?しゃあねえ。よし、じゃあしっかり掴まってろよ」
そういうと月影は俺を背中に乗せて出口もあるかわからない空間を駆け出した。
「あと10秒くらい我慢しろよ?最短で脱出するから転移先は保証しないぞ」
そう言った途端、空間から一筋の光が差し込んだ。月影はそこに向かって足を早める。
やっとこの気持ち悪さから解放される。
「よし、それじゃ相棒。行くか!異世界」
そういうと月影は光の中へ飛び込んだ
_______________
異世界に転移されてから数十分は経っただろうか。俺はようやく気持ち悪さもなくなり辺りの様子を探り始める。
どうやらここは遺跡のような場所みたいだ。光は差し込まず周りには崩れたガラクタしかない。
「だから言ったぜ?どこに転移するかは保証できないって」
月影がやれやれといった様子でこちらに語りかけてくる。こちらとしてはあんなにきつい思いをするなら洞窟でも海の中にでも転移したほうがよっぽどましである。
とりあえず何か情報が欲しいと思いあたりの岩に触れてみる。
ひんやりと冷たいが湿ってはいない。
水場が近くにある様子でもないようだ。
遺跡の中にこれだけの空間があるとなるとなかなかの大きさなのだろう。このまま魔法を撃って脱出しようかとも思ったがここの壁はかなり年季が入っている。
下手に崩しでもしたら俺が潰れて死んでしまいそうだ。
「とりあえず歩いて抜け出すしかないか。月影、いい加減その大きさでいるのやめたらどうだ?」
「そりゃ相棒の魔力の調節次第ってもんだ。俺は相棒を主人としてるんだから」
あ、そうだった。と思いながら俺は左手のグローブに魔力を巡らせる。ちょうどいい大きさになるように魔力を絞って絞って...これ意外とむずいな。
「まあこんなもんでいいか月影?」
現在の月影のサイズは自分の背丈より高かった姿から大型犬くらいのサイズへと変わっていた。こうしてみると尾が九つに分かれていること以外は犬などと大差なく見える。
「んー、ちょっぴり力は出ないが。問題はないぜ」
心なしか月影の声も少し幼くなっていた。今は中学生くらいのあどけなさ残る声になってしまっている。
「月影、なんか似合わねえなその声」
思わず口に出してしまう。しまったと思ったが月影にそれほど怒った様子も見られなかった。
「ま、この姿になった以上は仕方ねえ。あの神さまの前でこの姿になるのはもうごめんだがな」
なにがあったのかと聞こうと思ったが月影の目がだんだん死んで行くのを見て全てを察した俺は口に出さないことにしてやった。
「とりあえずまずは出口を探して進んでみるか、行くか月影」
ずっと気分が悪かったせいかまだ本調子ではないがそれでもとりあえず歩き出すのが正解だろう。
「そうしようぜ。陽の光もないここにずっといたら腐っちまうぜ」
そう言って俺たちがとりあえず動こうとした時だった。
背後に気配を感じ途端に臨戦態勢を整える。
______振り返ると二人の女の子がこちらに敵意を向けていた
少女が持っている松明の灯がゆらゆらと揺れて二人の顔が見える。
一人の女の子は敵意をむき出してこちらを睨みつけている。
もう一人の女の子は敵意というよりはこちらを警戒していると言った感じだ。
敵意を向けている子の方はかなりの手練れであると直感的に察する。
「...えっと、とりあえずこちらに攻撃する気は無い。だから穏便に済ませたいかな」
「こちらも無闇に攻撃する気はありません。が、ここに人がいるとは予測していませんでしたので」
先程から敵意を向けている子は少し警戒のレベルを落とすとこちらに対話を求めてくる。
「エリル..向こうも悪い人じゃなさそうだから。ね?」
先程警戒をしていた子の方がエリルという少女をなだめる。
「ミーシャは甘すぎますよ。油断をさせて私たちを攻撃する気だったらどうするんですか」
こちらに攻撃する気はないのだが、今のミーシャという子の言葉よりエリルという子の言葉の方がこの場では正解の行動だろう。
ひとまず俺に敵意はないことを伝えたいのだが、どうしたものか。
「ここに人がいるのが珍しいって言ったが、まずはこの場所がどこか教えてくれないか?」
俺はひとまず情報が必要だと思い二人の少女に現在俺がいる場所を尋ねる。
エリルという少女はこちらを頭がおかしいのだろうかといった目で見つめてくる。
「あ、いや。なんていうか」
目の前の少女の誤解を解こうとなにか喋ろうとするが何を説明すればいいかわからず迷ってしどろもどろになる。
「いや相棒、自分の今の場所を尋ねるって相棒そりゃねえよ」
俺の横にいた月影が苦笑する。たしかに俺のミスだが笑うんじゃねえよあとでしばくぞこのやろう。
「わっ!あの狐さん喋った!」
ミーシャという少女が月影を見て声を出した。喋ったことに興味津々という顔をして目を輝かせている。
「あなたはじゃあ魔物なんだね?」
ミーシャが月影に声をかける。
「どうかそんなに警戒なさんな。俺はこの男の使い魔の月影って言うんだ」
月影は俺に任せなと言った目をしたあと、二人に向かって語り始める。
「俺たちはいわゆる旅人でね。特にあんたたちに危害を加えようって気はない」
「それは先程も聞きました。ですから私はあなたたちがここにいる理由を聞いています」
理由といっても転生しましたとはまさか言えないだろう。どう言えばいいかと悩んでると
月影はまた流れるように喋り始める。
「別に理由はないんだがな。ただ移動魔法を使おうとしたら移動先がかなりずれてしまったみたいでね。とりあえずはこの場所がどこか教えてもらいたいんだ」
月影はうまく転生してきたことを隠しながらちゃんと俺の知りたい情報を得ようとしている。これには感謝するべきだろう。
「月影さん、だっけ?ここはサマルの遺跡だよ。ここに用がないんだったら私たちが来た道を戻れば外に出られるはずだよ」
「ミーシャ、またそうやって無用心に」
ミーシャは月影に興味を持ったのか俺たちへの警戒を解いて親しげに話しかけてくる。エリルはその警戒心のなさをたしなめている。
「エリルってば顔がきついよ。ねえねえお兄さん!あなたのお名前はなんていうの?」
エリルの忠告も聞かずミーシャは俺たちの元へ近づいてきた。
「そういえば名乗ってすらいなかったな、俺は神楽侑季っていうんだ」
このままでは怪しまれたままだろうと思いまずは自分の名前を答えておく。
「ゆうき..?あぁ、きっと"雅"の国の人だね。私はミーシャっていうんだ。あの子はエリル!よろしくね」
そういうとミーシャは俺に手を差し伸べてくる。握手を求めているのだろうがあまりに無警戒すぎないかと思ってエリルの方に目をやるとエリルは仕方ないと言った顔でこちらにやってきた。
「ミーシャは明るく人懐っこい子ではありますが人を見る目はちゃんと持ってる子です。だから大丈夫なのでしょうきっと」
俺に向けてそういうとエリルは敵意はなくしてこちらに近づいてくる。俺はそれを見て一安心しミーシャが差し出した手に握手をする。
ミーシャという子の方は緑髪になぜか跳ねてるアホ毛が目に止まる。身につけているのは女性用にデザインされた軽装の銀鎧。腰に剣を持っているところをみるとこの子も戦うことはできるのだろう。
「侑季君顔色悪いね?体調が悪いのかな」
ミーシャは俺の顔を覗き込んでくる。体調が悪く見えるのはまず間違いなく転生の弊害である。
「あー、まあ少しな。気にするようなことじゃないよ」
「だめだよそうやって無茶しちゃ。エリル、あれやってあげてよ」
「...わかりました」
ミーシャはエリルになにか頼みごとをする。エリルは素っ気なく返すと俺に近づく。
「じっとしていてくださいね..[ヒール]」
エリルは魔法を唱えるとさっきまで回復しきっていなかった俺の体が万全の状態へと戻っていった。
「これはすげえな..ありがとうエリル」
「お礼ならミーシャへ、私は従っただけです」
礼を言ったが特に感情もないようにそっけなく返されてしまう。
このエリルという子、金というよりは黄金色に近い髪で長い髪を後ろで束ねただけだがサラサラに見えてとても綺麗である。
人を見るときに髪から見る癖があるのは最近俺のフェチなのではないだろうかと頭をよぎったが断じてそんなことはないと思う..たぶん。
白いコートに身を包んでいて武器のようなものは見当たらない。だがかなりの手練れであることは間違いない。証拠として足首に巻きつけているリングは装飾品ではない。微弱だが魔力が感じられることからおそらくなにかしらの細工がしてあるのだろうと予測する。
さっきのヒールを受けたときにわかったがこの子はおそらく魔法の扱いに長けている。流れてきた魔法がよく練り上げられた魔力からできているのがしっかりわかるいい魔法だったのだ。役割的には二人は前衛と後衛のパーティなのだろうか。しかしそうするといささか前衛に不安もあるような気がするが。
「いや、君も回復してくれたんだ。ミーシャもエリルも、二人ともありがとうな」
「いえ、お気になさらず」
「困ったときはお互い様だよ、ね?」
それにしてもこの二人はかなり対照的に感じる。ミーシャは人懐っこく明るいがエリルは無表情をほとんど崩さない。だが冷たいといった印象もなく掴み所がない不思議な感じだ。
これが、俺とミーシャとエリルの、はじめての出会いだった。