第28話 拳&雪&決着
魔法陣から現れた大きな狼は凍てつくようなオーラを纏っている。
「貴様が侑季か、主は何を望む?」
「あいつを倒す」
「舐められたもんだなぁ俺…そこの倒れてるおっさん倒したの俺なんだぜ?」
意識は保っているけど体を動かすことができないくらいにはまずい状態だ。あの痺れ方は、毒か何かを食らったのか。
「侑季、そいつの斧には毒がある」
「ちっ、言うんじゃねえよ!」
「モラグ!」
デュースは悪態をつきながらモラグを蹴り飛ばした。抵抗できないモラグは壁へと飛んでいき、背中を打って気絶する。
「まあいいや。どうせちょっとでも触れれば動けなくなるんだ、せいぜい触れないように気をつけるんだな」
「...」
「避ける自信もないか?それじゃあそのまま黙ってくらいな」
デュースはこっちに向かって素早く真っ直ぐに向かってくる。侑季は一歩も動かずにそこに佇んでいる。
「はっ!避ける気もねえってか」
デュースが侑季を倒すために斧を構えたその瞬間だった。
「…今」
白色の一閃がデュースの斧を通り抜けた。すると、斧は折れて先端の部分が地面に落ちて音を立てる。
____________その折れた切り口は凍っていて白い煙を立てていた。
「な!?」
突然の出来事に何が起こったか理解できないデュースは呆気にとられる。
こんなんで気が晴れるわけじゃねえけど、一発歯を食いしばれよ。
「てめぇはぜってえ許さねえ」
全力で拳を握りしめて、デュースの顔面をぶち抜く。デュースは勢いそのままに吹っ飛ばされて地面に倒れこむ。殴った手には血が付いて滴り落ちている。
「ってぇ..ざけんじゃねえぞ!」
怒り狂ったデュースが、武器は折られて更に瀕死状態にもかかわらず我を忘れて突っ込んでくる。
「[砕氷]!」
すかさず俺も魔法を唱えて連撃を叩き込む。白狼の爪が目の前の空間を切り裂くと、大きな爪の痕が浮かび上がり、そこから無数の氷塊が現れてデュースに襲い掛かる。
「ぐっ!くそっ!」
デュースが避けきれずに当たり地面に倒れこむのを見ると、白狼はデュースに飛びかかる。
終わりだ。
「[氷華]」
デュースの体が白狼に触れたところから凍っていく。地面までその温度は伝わっていくほどだ。
「や、やめろ!この、くそ…」
一瞬にして全身が凍りつき、デュースは動かなくなった。
「…殺してないよな?」
「無論、動きを止めただけだ」
「そうか、よかっ」
あ、あれ?体がうまく動かない。
「よっと!あぶねえな」
「え…倒れてたはずじゃ」
「バーカ。お前が頑張ってんのにいつまでも寝転がってられっかよ」
いやそんな根性論でこんなすぐに回復してるなんてありかよ。でも…よかった。
さっきまで倒れてたはずのモラグと元気だったはずの俺が一瞬にして逆転してるな。ただ、申し訳ないけどこれは甘えさせてもら…
「すいません。ちょっと休みます」
慣れない魔法を使ったからなのか、それとも別に理由があるのかよくわからないが、とにかく身体が言うことを聞かない俺は半ば気絶するように眠りについた。
「うぉっと!..ったく、どっちが怪我人かわかりやしねえな」
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「あーあ、出番なかったぜ俺?」
「仕方ない、貴方はもう攻撃する時に呼ばれる必要がない、というか用済み?」
侑季が去った後に、月影とルナはのんびりとしながら話をしていた。その雰囲気は友達同士のやりとりに近かった。
「このままずっと呼ばれない、なんてことは勘弁してもらいたいぜほんと?」
「..リストラ?狐なのに、リスとトラ…なんちゃって」
「悪いがそんなくだらない冗談はいちいち返したりしねえぜ」
「残念..」
月影からすればあくまで元ではあるが主人であるルナだが、ルナも特に気にすることはなくむしろこれがスタンダードといった感じで親しく話している。
「にしても、これで相棒は二重に眷属化しちまったわけか」
「うん、ごめん」
「別に謝ることじゃねえと思うが、俺はそれよりなんで嘘をついたのかを知りたいね」
「それは…」
ルナは少し俯いて顔を隠している。月影はそれを見ると少しの間黙っていたがやがて口を開いた。
「確かにあれが起こるかは不確定だ。だがこうなった以上はもう相棒は無関係じゃないんだぜ?」
「わかってる。いずれ話す」
月影は表情を崩さないまま聞いている。ルナは真っ直ぐに月影を見つめる。
「これは私のわがまま。だから侑季君には謝らなければいけない…かも」
「ま、タイミングが悪かった。それにな」
月影が穏やかな雰囲気になったかと思うと優しい声で言った。
「相棒はきっと助けてくれるぜ。あいつはお人好しだから」
そう言った月影をみてルナは少し元気を取り戻したようで小さくうん、とだけ言って頷いた。
「んーいいこと言った!こんだけ褒めたんだし次回の戦いは俺の出番が当然あるはずだよな?」
「..残念、台無し」
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目が覚めるとあたりには何もない無の空間だけが広がっていた。いや、正確には俺はまだ目覚めてないのかもしれないな。
(夢なら刺激を与えれば起きるんじゃ)
思いついたのでとりあえずほっぺを引っ張って見る。
痛い。
...しかも目覚めない。どうやらだめだったようだ。
一人でこの何もない空間にどうしていればいいのかわからないまま立ち尽くしていると、急に空間に歪みが生じた。
「…よう、これお前の仕業?」
「そうだな、半分くらいは私の仕業と言えるのかもしれないな?」
突如として現れたのは白狼だった。ついさっき俺の召喚獣になった新しいパートナー?とでも言えばいいのだろうか。
「久方ぶりに目覚めてみればまさか人間が私の主人になるとは思っていなかったのでな。興味が湧いたのだ」
「なるほどな。それはいいんだけど、俺今どうなってるの?」
「主の体は疲れて気絶したまま眠っている。1日ほど経ったところだ」
てことは丸一日あの後俺は気絶したまんまってことか。だいぶ心配されてるだろうな。
「案ずるな。もうじき目覚める。それまで私と語ろうではないか」
初めてみたときは、怖い。というか気迫の塊のように感じていたが、なるほど。こうして見ると頼れる姉御のような人と話してるような気分だ。
「話すって、何を話すんだ?」
「ふむ、ではまず私に名を授けていただきたい」
「名前?」
「白狼は種族の名前だ。あいつは…今は月影といったな。なかなかいい名前だと思った」
「そっか、それは嬉しいな」
「奴が九尾でないのなら、是非とも私にも名前をつけてもらいたい」
自分でつけた名前を褒められるのはわるい気はしない。しかし、もう一回名前をつけることになるとは思ってなかったな。
「それは…どんな名前でも?」
「無論だ。主に従うのが私の務めだ」
(うわー..これ中々責任重大なやつ)
月影の時も思ったが人…ではないか。まあ動物にしたって魔物にしたってそんな急に名前を名付けてくださいって言われてもこちらの準備が出来上がっていないんだけどな。
(こうなりゃ直感だ直感)
月影のときは、綺麗な毛並みの色が金色みたいに見えて月を連想したから付けた。今回は毛並みは真っ白に輝いてるように見える。
白というよりは..むしろ銀色?
あ、そうだ。ちょっと安直だけど…
「"銀雪"(ぎんゆき)でどうだ?」
捻りがないかなりストレートな思いつきだが大丈夫だっただろうか。機嫌悪くなったりとかしないよな?
「銀雪…悪くない。では私は今から銀雪だ」
「気に入ってくれて何よりだ」
「では改めて、私の名前は銀雪。主、よろしく頼むぞ」
「こちらこそよろしくな」
固い握手を交わし(爪と手だけど)、月影に次いで俺に新たなパートナーが増えた。




