第27話 怒り&理不尽&サモン
「なんで動かないかって顔してるな?正解はこいつだ」
再び斧を構えたデュースは斧の先をモラグに見せる。よく見ると先端の部分が銀色に輝いている。
「その色は..ヒドラの牙か」
「正解、高かったんだぜーこれ?即効性の毒のはずがかすっただけじゃ中々効かなくてあせったけどな」
(あの斧がかすった時か…死にはしないが、まずいな)
「じゃ、てめえに用はねえんだ。そこで黙ってもがいてな」
デュースは勝負がついたと思い、モラグには目もくれようとせずに後ろの二階の扉へと向かい歩き始める。
(まだ逃げ切れたかはわからねえ…少しでも時間を稼いでやらねえと)
モラグは痺れて動かない体を無理矢理にでも動かす。全身は震えて上手く動くことすらできないが、それでもモラグは全力を振り絞った。
振りかぶった拳を残った力全てで思い切り床に叩きつける。
途端にモラグとデュースのいる一直線の地面にだけ亀裂が入り、床が抜ける。
「うぉ!?」
「へ、ざまーみやがれ」
「こいつ!悪あがきを!」
「てめえの魔法が無駄に傷つけてくれたおかげで、簡単に抜けてくれたぜ」
最後の力を振り絞り体もほとんど動かないモラグはそれでもなお落下しながら挑発じみた言動でデュースの神経を逆なでする。
二人が落ちた先は銀の槍の一階の下、つまり地下。そう闘技場へと落ちていった。
ガラガラと音を立てて落ちていき、二人とも闘技場へ落ち切ったあと、デュースの目が変わった。
「あーくそ、もういいわ。お前を先に殺す」
デュースは冷たくそう言い放つと、斧を構えてモラグへと構える。
(くそ…ここまでか)
「あばよおっさん」
「[ファイア]!」
突如、どこからか火の玉がデュースに向かって飛んで行く。不意を取られたデュースは避けられずに直撃して吹っ飛ばされる。
「あああ!!今度はなんだ!」
デュースが向いた方向には、魔法を打った張本人が怒気を纏って立っていた。
「侑季…てめえなんで逃げてな」
落下の衝撃で声を出すのも苦しそうなモラグだが、心底驚いた顔で侑季に問いかける。
「二人は無事です。安心してください」
そう言ってモラグに軽く笑いかけたあと、デュースの方を向いて怒りをあらわにする。
それは今まで見たことがないほどにキレた顔だった。
「おいおい、なんだよその目は。キレてえのはこっちなんだがなぁ」
「お前が、ガルバドシアのメンバーだな」
「あ?だったらなんだってんだ」
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ルナの眷属になってすぐだった。ルナは急に俺に向かって早く銀の槍に戻るように告げられた。
今起こってることを伝えられた俺はすぐに戻ると、ミーシャとエリルとオウカが3人がちょうど俺の部屋のドアを開けた。今から逃げようと俺をちょうど呼びにきたのだ。
「ま、待ってください。モラグさんは?一人じゃ危ないんじゃ」
「私が今やるべきことは、貴方達3人を逃がすこと」
「いやでもオウカさん!もし何かあったら」
「侑季君、あの人なら大丈夫」
オウカさん…思ってないですよねそんなこと?だって手が震えてますよ。ほんとは不安なんですよね?
(それなのに、俺たちのことを逃がそうとしてくれて…)
「彼の守りたいものは貴方達よ。私がするべきなのは貴方達を守る事」
声…震えてます。それに声も上ずってます。
「さ、わかったら早く。貴方たちは私が守るわ」
オウカがうながした途端、下から大きな音がして、バキバキと音を立てた。
「!?…さぁ、早く逃げましょう」
(違う!だめだ!)
「オウカさん、二人をお願いします」
「待って侑季くん!何をしに行くの!?」
「そんなの決まってます!」
俺がこの世界に転生してきてから色々なことがあった。
濃い時間がさらに濃縮されたかというくらいには刺激的な日々だったし、その時間はこの銀の槍で過ごしたものがほとんどだ。楽しさがいっぱい詰まってて、いつも笑顔でいることができた。
今俺がここで逃げて、モラグを見捨てたりなんかしたら一生後悔する。
「俺も、モラグさんの守りたいものを守ります。俺なりのやり方で」
それだけ言い残して、俺は下へと降りていった。駆け下りると食堂の床に穴が空いてるのが見える。
(さっきの大きな音はこれか)
この下にあるのは闘技場、てことはモラグもそこにいるはず。俺は躊躇せずすぐに飛び込んでいった。
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「あの、オウカさん」
「ミーシャ…ごめんなさい。見苦しいとこ見せちゃったわね」
侑季が去った後、とうとうオウカから1つの涙がこぼれた。その涙は自分への不甲斐なさと、モラグへの心配と、色々なものが混ざっていた。
「私たちも残ります」
しかし、そんな場所においてもただ1人。この場においてただ1人だけ気丈に振る舞える者がいた。
「ミーシャ、どうして…」
「侑季君は正しくて、私のために誰かが戦ってるのに逃げちゃいけない気がするんです」
「貴方のせいなんて誰も思ってないわ」
「きっとみんなそう言ってくれます、でも今の私は本当に弱くて、足手まといで」
そう語るミーシャの拳は自分を強く握りしめていた。
「だから、モラグにも侑季君にもまだまだ鍛えてもらいます!二人は絶対に帰ってくるので」
普段と変わらない元気な声と笑顔でミーシャはそう言い放った。突然の敵の襲来、全員が正気を失って慌てる中でミーシャだけはただ一人普通でいた。
戦いにおいて何も手助けができない自分の無力さを知ってなお、この場に佇む決断をした精神力は誰よりも強く、気高く、王女の風格そのものだった。
(それに、今逃げたらきっとエリルが...)
ミーシャが横目でエリルをちらりと見ると、エリルが何も言えずに佇んでいる。その目は正気のようには全く見えない。自分が今何をしているのかを分かっているのかすら怪しいレベルだ。
(侑季君、モラグ..お願い。無事に帰ってきて)
ミーシャはただひたすらに二人の無事を祈ることしかできなかった。
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「あー、お前はつまりあれか。あのどっちかの彼氏かなんかか」
「何ふざけたことを言っ」
「どっちだ?王女の方か。やっぱり地位ってのはいいよな〜。遊んで楽して、最高じゃねえか」
地位?そんなもんどうでもいい。だいたい、そんな理由があろうがなかろうが俺はあいつらを助けてやる。
「俺、お前みたいなの大っ嫌いだわ」
「あ?知ったこっちゃねえけどよ」
「お前にエリルもミーシャも殺させやしない」
「いやいや聞けって、随分とご執心だけどよ。あの二人は汚れてるんだよ」
汚れてる?それはお前の目で見たらどんなものでも汚れてるだろうな。
「まあ聞けって。あのな、俺らはガルバドシアだよお前のいう通り」
「…だから何だってんだよ」
「わかるだろ、ガルバドスってのは素晴らしいお人だったのよ。それはそれは神のようなまばゆいお方で」
わざとらしく全ての演技を大げさにしてデュースが語り始める。その語り口は全てが嘘のように聞こえてくる。
「それをどこのどいつだか知らねえが神さまなんかの手違いで死んじまいやがったんだ」
「別にそれが二人に関係」
「いいから聞けって。謝罪の意思だか何だか知らねえが、建てられたのはあの忌々しいクソみてえな像だ」
エリルから聞いた話では、エルトリア王国にはガルバドスを崇めた大きな石像があるという話は聞いたことがある。
「それを崇めて平和にのこのこ暮らすのは正にガルバドス様への冒涜!ましてやそれを保護している王家の人間など万死に値する!」
やはりどこか芝居掛かった、それでいて本当は興味なさそうな目をしながらデュースは語る。
「…あー、なんか反応しろよおい。やりづれえな全く」
「その嘘くさい言動をやめてから言いやがれ」
「ま、バレるかそりゃ。ただガルバドシアってのはこういう集まりだ。つまりあいつらは間違ってて俺らは正しい、オーケー?」
良いわけがない。こいつは本当に何を言ってるんだ。
「俺はただ王家の方々を殺しちまえば金も地位もなんでも手に入るって言われたからやってるだけだけどな」
「…お前らには頭のイカれた奴しかいねえのか」
「いや?昔は信心深くあの像を崇める宗教団体だったらしいぜ。だがまあ、"キング"が来てからそんな奴らは全員殺されたよ」
「…もういい」
「聞く気もねえか、まあどうせあの二人はもう逃げてんだろ?これじゃあ金貰えねえじゃんかよったく」
話せば話すほどどこに吐き出せばいいかわからない怒りが込み上げてくる。ミーシャは初めて会った時からずっと元気で笑顔が絶えない子だ。誰よりも辛い境遇だったはずなのに悲しそうにせず、明るく元気に振舞っていた。
エリルはまっすぐな子だ。
たった一人でミーシャを必死に守り抜こうとして、自分が危険な状況に陥ることも厭わずに飛び込んでいく子だ。
この二人がこんなクソみたいな理由で殺されようとすることが許されるはずがない。ましてや、それが正義であるはずなんかがない。そんな正義なら、クソ喰らえだ。
「[サモン]!」
出て来たのは見るものの目を釘付けにする狼。神聖さがただよう真っ白の体と、見るものを震え上がらせる紅い瞳。召喚したのはルナから新しく受け取った新たなチカラ。
種族は白狼
月影が守護者であるとするなら、白狼はその逆。
_________破壊者である。