第22話 特訓&疑惑&暗雲
「では侑季君。早速行くので準備をしてください」
「行くって、どこに?」
「もちろん、ギルドにですよ」
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「こんなところもあるのか、知らなかったな」
俺たちがついたのはギルドの10Fにあるトレーニングルーム。
ここにはさまざまな武器が取り揃えられていて、試しに使ってみたり誰かと模擬戦をやるように作られてるようだ。
「ここなら私が教えることが十分にできます。なんでも揃っているので」
あ、そういえばエリルは大体の武器がつかえるんだったな。
「それで、具体的に何を鍛えてもらうんだ俺は?」
「そうですね..私が考える侑季君の戦い方はあくまで召喚士としての戦い方です」
召喚士として?一体どういうことだ。
「召喚士は自分が前線に出ることはなく、後衛にいることが普通です」
「そうだな。魔法とかもあまり難しいのは使えなくなるし、召喚してる間は基本的にそうなるか」
「そうなると必要なのは自衛の剣です」
「自衛の剣…?」
「剣で相手の攻撃を受け流したり受け止めたり、守りに特化した剣ですね」
受け流す…そういえばモラグと戦った時に俺の剣は全部受け流されてたな。
「たとえ自分が狙われたとしても足を引っ張らない、そのためのものです」
たしかに今の俺なら誰が見ても月影をほっておいて俺を倒しに来るだろう。
月影を出してる状態じゃ俺も大した魔法使えないしな…
「あと、ミーシャを守れるようにしてもらいたいという事もあります」
「ミーシャを?俺よりエリルの方がそういう力はあるんじゃ」
「私一人ではできないこともありますし、用心に越したことはありません」
まぁたしかにそれは理にかなってはいるか…
でも、らしくない。
確かにエリルがいない時にミーシャを守れるようにするために俺を鍛えるのは間違ってないのだろうけど、なにか急いでないか?
「エリル、ミーシャのことで何かあったのか?」
「…確証のあるものではないですが、気になることが1つ」
やっぱりか。
「ミーシャにはまだ伝えていませんが、エルトリア王国に不穏な噂が流れています」
「不穏な噂?」
「侑季君は"ガルバドシア"と言う集団を知っていますか?」
「いや、聞いたことがないな」
誰かの名前か何かかな?
「では、まずそこからですね。"ガルバドス"という神様から説明しましょう」
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ガルバドスとはエルトリア王国に伝承されている神話に出てくる人間のことだ。
この世界に実際にいたらしく、元は人間だった彼はその勇敢さと優しさから人々に愛されていた。
ある時、神の国から落ちて来た龍の形をした化け物を倒すためにガルバドスはたった一人でその龍に立ちむかった。
__________結果は相打ちだった。
竜を倒したもののガルバドスもまた死んでしまうこととなった。
しかし、神様は勇敢に立ち向かったガルバドスを讃え、また神の国の者が人間界を傷つけたことを詫びた。
その証としてガルバドスをかたどった巨大な像を神は創った。
と、ここまでがエリルの語ってくれた話なわけなのだが。
神さまって複数いるよな?
まさか俺の知ってるあれじゃないよな…
「なんていうか、つまりガルバドスは英雄ってことか?」
「そういうことですね、神に選ばれた英雄と言われています」
(確か神様ってあんまり人間に手出ししちゃいけないんじゃなかったっけか?)
この世界に神様がどれくらい根付いて信じられてるのはいまいちわかんないけど、神話とかあるくらいだし結構信じられてるのかもしれないな。
「話を戻しましょう。"ガルバドシア"というのはガルバドスを崇める者の総称で、エルトリア王国には一定数いるのです」
(宗教団体..みたいな者だよな要は?)
「神じゃなくて、ガルバドスを崇めてるのか?」
「ええ、人の身で神様に認められた英雄として崇められているそうです」
彼らの理念はガルバドスへの信仰と人々が忘れないように話を伝承して行くことらしい。
「それだけなら、他人に迷惑をかけていないしむしろ良い団体なんじゃないのかな?」
「ええ、そうです。ですが、ガルバドシアの者がエルトリア王国でガルバドスの像を破壊しようとしたらしいのです」
「…は?」
壊すって…自分たちが崇めてる存在を?
「結局未遂で衛兵に捕らえられたらしいのですが、このことは明らかに異常です」
「ガルバドシア…ミーシャを襲ったやつと関係は?」
「確証はないです、まったく関係ない可能性もありますが…私たちの王国で何かが起こっています」
エルトリア王国で何かが起こったなら、それはミーシャに関係があることもあり得る話だな。
「この話は他に誰が?」
「ミーシャ以外には全員入っています。ミーシャには伝えるべきか迷っています」
ミーシャには、確証もないうちに下手に心配させるのは愚策か。
「今はまだやめておこう」
「私もそのつもりです」
よくわからない団体だが、ガルバドシアという名前は覚えておいた方がいいだろう。
「話が長すぎましたね。とにかく何かあった時では遅いということです」
「あぁ、そういうことならミーシャを守るために俺も頑張るよ」
「では、人に教えるほどではないですが。私の剣術についてお教えします」
そう言ってエリルが俺に手渡して来たのはなんの変哲も無い普通の剣だった。
数ある武器の中から普通の剣?
しかも、手入れがほとんどされてねえ。
質の悪いなまくらの剣だこれ。
「エリル?これじゃちょっと斬り合っただけですぐに折れるんじゃ」
「そうですね、以前モラグと戦った時のようなやり方では一発で折れます」
いや、折れますじゃなくて…
「ですので、私の剣は全て受けるのではなく流してください」
「流すって…これで?」
「もちろんです。では、行きますよ」
「ちょ、まっ!くっ」
ガキン
突っ込んできたエリルに対してとっさに剣で防御態勢を取ったが、エリルの剣を受け止めきれずに折れる。
「はやっ!一発で折れやがった…」
「だから言ったでしょう。幸いここには再利用されるための古い剣がいっぱいありますが」
「つまり…?」
「そうですね…10分間折れずに耐えるのを目標にしましょうか」
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エルトリア王国
地下牢
エルトリア王国の地下牢はそれほどの大きさがない。
優秀な衛兵たちと治安の良さからエルトリア王国では犯罪者が極端に少ないためだ。
そのため、現在この地下牢にいる囚人はじっと座っている一人だけである。
そして、同時にこの地下牢内で意識があるのはその囚人1人と、マントを羽織った女性だけである。
「お!やっと来てくれたかクイーン。いい加減出してくれよこのきったねえ所から」
牢屋の中にいる男はフードの女に気さくな調子でが話しかける。
「デュース。私はお前に像の破壊を命じたはずだが?それがなぜこんなところにいる」
「いや、それがちょっとしくっちまってよ。いいから出してくれや」
「お前は立場がわかってないな。一番下のお前がミスをして許されようとは」
「わかってるわかってるから。次はぜーったい成功させっからさ」
「ふん、軽い男だ」
クイーンは鉄のドアを素手で破壊し、デュースという男を牢屋の外へ出す。
「いやー生き返った生き返った。それで?俺はもう一回あの像を壊しに行けば良いのか?」
「いや、キング様がそれはもういいと言った。だが、近々気になる情報を調べに行ってもらうことになるぞ」
「気になる?」
「エルトリア王国の王女、ミーシャの居場所に関してだ」
その話をした途端、デュースの目が鋭くなる。
「..へえ、ようやく見つかったのか」
「よかったな、貴様が殺せば以前取り逃がしたことは見逃していただけるだろう」
「はいはい、そろそろ怒られないように頑張りますよ」
二人は倒れた数十もの衛兵を背に、牢屋を後にしていった。