譲歩と落とし所
失踪はいつも通りですね
気まずい……気まずいです、全国の男子諸君。
「…………」
ちらっと横目で見ると雹堂さんの方もこっちを見ていたのか目が合ってしまう。
───。
少しの間無言で見つめ合ったあと、どちらともなく交錯していた視線を外す。
「はぁ」
ほんの少しだけため息を零し、手に持った550mlサイズのコーラを一気にあおる。
気まずいです。なんですかこの状況。
学校終わってゲーセン来てみたらスーパー美少女の雹堂霞さんがいて。しかも屈指のマゾゲーの最高難易度をプレイしていて見事に勝っていて。その時点でもう驚きものですよ。
だって、先入観と偏見あるけど美少女がゲーセンでガチな方面のゲーマーって誰が想像出来るよ?プロ顔負けの実力だよ?
色々驚愕してるうちに腕を掴まれて休憩コーナーのベンチに座らせられるし、訳分からないですよ。
「ゲプッ」
やべっ、ゲップ出たわ。
「汚いわね」
「ご、ごめん……」
冷ややかな口調で言った後に彼女はツンとそっぽを向く。
「見たんでしょう?」
「え?」
「だからバッチリ私がプレイしてるところを見たんでしょうと言っているの!」
主語がねぇのに全てを理解するのはきついぞ。生憎と頭の出来は普通なんだ。陰キャに隠れハイスペックなんてねぇんだよ、一部を除いてな。
「ま、見られることを警戒せず呑気にプレイしていた私の落ち度ね……まずったわ……」
「え?何が?」
「高校生になって初日でまさかバレてしまうなんてね」
「はい??」
やばい、話が見えてこない。ついていけないですボクちん。
訳が分からないって顔をしている俺を見て少しの間目を瞑る。そして、口を開く。
「学校で噂になっている子がこんなハードゲーマーで、お嬢様がまさかゲーセンにいるなんて思わないでしょう?」
「それはさっき思った」
「それなのに現実として私がこの場でゲームしていたのよ。もしあなたが学校でこの情報を回すようなことをしたら大炎上よ」
その言葉を聞き少し考える。
学校でこの噂が広まったら。
初日で気丈に振る舞い、他者とは違う風格を見せつけ孤高となっていたのにその印象は崩され安っぽくなる。近寄りやすい印象になってしまうのだろう。まだ、こちらの方はいいかもしれない。対応の仕方次第でどうとでもなる。
だが、この話は雹堂霞が絡むと規模が広がる。
雹堂グループのお嬢様が学校帰りにゲーセンに寄り道して遊ぶなんて話が出回ることになる。
雹堂グループに傷がつきかねない他、誘拐に繋がる可能性もある。
「雹堂さん」
「そうよ、大問題よ」
俺が少し焦りの表情を見せるとその発想は正しいと言わんばかりに頷きながらそう言う。
ただ、この話の着地点は────
「目撃者のあなたの対応ね」
────そこに尽きる。
「グループの力を使ってあなたを先んじて社会的に抹殺し、発言に信憑性を失わせるのもありだし、もちろん物理で解決もできるわ」
「んな、物騒な……」
あまりにも殺伐とした解決方法に引き気味になる。
「第一これは雹堂さんのミスから生まれたものだろ。全部の責任を押し付けるのはどうなの?」
そうなのだ。雹堂さんが念入りに周りの情報を調べ、どこのゲームセンター行くかなど決めればよかったのだ。そうすれば同級生と、ましてやクラスメイトと鉢合わせすることもなかっただろうに。
「そうなのよね……確かに間違いなくこれは私の落ち度だわ……」
そして、自嘲気味に笑い、複雑そうな顔を浮かべた。
「あなたは何を対価にしたらこのことを黙ってくれるのかしら?」
「ん?」
「お金かしら?」
なんだか雲行き怪しくなってきたぞおい。黙って武力で脅しておけば良かったじゃねぇか。
「それともカラダ?」
両腕を抱いて引く動作するんじゃねぇよ。にしても見事に平らだなおい。何も寄せられてねぇぞ。
いやそもそもの話
「俺が黙ってりゃいいんだろ?なら黙っててやるよ」
何も対価要らねぇだろ。いや欲しいけど色々。魅力はあるけど。特に後半の方。
貰ったところで後で雹堂グループに報復されたりしちゃかなわんし、誘拐とかでこのゲーセン潰れたら帰るルート的にもうちょい遠くまで行かなきゃ行けなくなるし。
俺も困るし、雹堂さんだって困る。だったら黙っているのが得策だろ?
「そうは言ってもねぇ……信用ならないというか、出会って初日の人を信用しろというのは無理がありすぎるというか……」
それもそうだ。
それでも。
「ここ潰れたら困るし、俺の身にも何かあるかもしれねぇんだ。お互い様でしょ」
そうを聞いて彼女はあまり良い顔を浮かべなかったが、少しの間を開け
「それもそうね。特にうちの方があなたに何かする可能性は高いしね」
そう言った。
「分かりました、これで行きましょう。互いに譲歩して、現状ベストだも思われる手段を取りました。」
「そうだな」
「ですが」
そこで少しだけ平常時よりも目つきが鋭くなる。
「できるだけ学校では近くで行動して監視させていただきます」
「勘弁して」
即答した。
いや、キツいって。陰キャにずっと美少女がついている状態って何?どんなラノベ?頭沸いてるの?
「あんまり関わられると困るんですよね……目立ちたくないというか」
「逆にあれはあれで目立つと思うのだけれど」
「それでも話しかけてくるやつは減るでしょ」
そこまで話すと哀れな目を向けられた。なんだよ、平穏に暮らす術としては上出来だろ。関わりすらないんだからよ。
「とにかく、ある程度は監視させていただくわ。」
そう言って立ち上がり、出口の方へと歩き出した。
明日からめんどくさいことになるなとぼんやり思いながらその背中を見送っていると彼女が振り返る。
「それと、学校でもそっちの方がいいと思うわよ」
そこではっと気づいた。
ヘアピン付けたまんまやった。