異世界にて。
書き溜めていたのでが、それを保存していたUSBを無くしました。。
これからも更新はゆっくりになります。
エブリスタにも同じものを投稿していて、そちらの方が短く更新
していますので、そちらもよろしくお願いします。
辺り一面は毒にでも侵されたかのように真紫の濃霧に覆われ、それにより気配は当然、音ですらも漏れることのない、とある大陸の一角。一歩でも足を踏み入れてしまったが最後、周りは濃霧に包まれ、二度と出ることが出来ないと言われており、周囲に生息している魔獣ですら立ち入ることは無いとされている。
その中心部には大きな湖が存在し、そこだけは霧が晴れている。湖の畔には、太古に栄えていたであろう種族によって建てられた、少々小さめな城のような建築物がポツリと佇んでいた。
風化により、所々剥がれ落ちていたり罅が入っているが、濃霧に守られていた為か非常に保存状態が良い。考古学を専攻としている研究者等にとっては、オーパーツと並ぶ程価値のある建造物であろう。
そんな歴史的価値のある城の内部、位置的には王の間に続いている通路。床には色褪せた赤い絨毯が敷かれており、その上を進む一つの影があった。
「何時ぶりであろうな。確か最後に来たのは二百年程前だったかの・・・・・・」
その影は歩調を緩める事無く周囲を見渡し、感慨深げに笑みを浮かべる。
窓から見える湖は月明りを反射し、周囲の濃霧達を幻想的に煌めかせている。
その光景をまた、懐かしむように眺めつつ進んで行く。
「・・・・・・ん?」
影の目的地であろう王の間に近づくにつれて、声のようなものが聞こえてくる。はっきりとした言葉ではなく、鳴き声のような。
この何人も寄りつけぬ異界の地に生物が紛れ込んでしまったのか、しかしこの湖以外の場所は全て濃霧に支配されている為それはあり得ない。
「我の異次元魔法障壁を突破する者が現れた・・・・・・いや、しかし」
あれやこれやと悩みつつ歩調は変わらない。普通の者ならば警戒する場面ではあるが、この影にとってその正体が何であれ警戒するに値しないのである。興味深い何かであれば干渉し、そうでなければ消してしまえばいい。単純な話である。
何の警戒もせず、先程と変わらぬ速度で進んでいたならば当然、目的地に着くわけで。
通路を抜けた先には大広間があり、その奥には未だに色褪せず綺麗に残された王座が。
それは周囲にある窓から差し込まれる月明りによりピンポイントで照らされており、ここを建てる際にそうなるように設計されたのであろう。幾ら時間が経とうとその光が反れることは無いのだ。
「ほぅ、可笑しなこともあるものであるな。もう少し早めに立ち寄ればよかったか」
先程から聞こえる声はその広間に入ることにより、より鮮明になり、鳴き声では無く泣き声であることが分かった。
生まれたばかりの幼子であろうか、その声は母を求めるというよりは誰でもいいから返事をしてくれと懇願しているかのようである。聞く人によってはヒステリックな、これが本当に幼子の声なのかと疑問に思うかもしれないような。
影は面白いモノでも見つけたかのように王座に駆け寄り、そこに置かれた揺り籠をのぞき込む。
垂れてくる白銀の美しく、長い髪の毛を耳に掛け直し入っていたモノに目を輝かせる。
「おぎゃー!!」
「おぉ~、よしよし。何故にこのような辺鄙な地におるのだ~?」
先程までの表情から更に、にへらと崩し入っていた赤子を抱き上げる。
上質な真っ白の布に包まれた赤子は、安心したかのように泣き止み自らの指をしゃぶりながら影―――女を見上げる。
女は笑顔を絶やさず赤子が怖がらないようにと背中を軽く叩いてやる。
もう一度言うが、ここは濃霧に囲まれた特殊な場所だ。この女により周囲との接触を完全に断たれ、常人どころか世界でトップクラスの実力者であれ訪れる事が無い。そんな場所に赤子であれ、結界という名の濃霧を撒き散らせた張本人以外の生物が何故存在するのか。
赤子を抱き抱えながら考えるが、幾ら思考を巡らせたところで答えは出てこない。だが、可能性としては極めて低いものの仮説は立てられた。
一般的に考えると低いどころかゼロであり、人と共有しようものなら頭を心配されるような馬鹿げた仮説である。しかし、先程可能性が低いと言ったばかりではあるが、この状況下ではこれ以外考えられない。
「はぁ、彼奴も面倒なことをしてくれたものだ。毎度毎度、自分の面倒なことを我に押し付けおって。まぁ、今回は可愛いから許すがな」
困ったと、と眉を八の字にし赤子に目をやる。人に会えたと安心したのか、既に船を漕いでいた。その幸せそうな表情を見て女は笑いかけ、踵を返す。
歩を進める女の顔は赤子に負けず劣らず幸せそうな、それでいて決意に満ちた表情をしている。この赤子を育てる決意が出来たのだろう。
城内から出てきた女は歩調を変えることなく歩き続け、軽く吹いた風と共に猛然と姿を消した。
そこに残るは月明りに照らされ水面に映った城跡と、風に揺らめく霧だけだった。
「まだご帰還なされていないのかっ!!」
「まぁまぁ、落ち着いて。いつもの事だろ?そんなに心配しなくても」
「し、しかしだな!」
大きく開けた室内、そこには巨大な円卓が設置され、五脚ある椅子の内三脚には座る影がある。その内の一人、艶やかな黒髪を綺麗なオールバックにセットしている燕尾服姿の眼鏡男が、大きな音を立てて立ち上がる。
「そもそも、あの人が何者なのか忘れたのかよ。俺たち魔族の頂点に君臨するお方だぞ?」
苛立つ眼鏡男の隣に座る赤髪の男が制止を掛ける。男の頭には二本の角が生え、右の角が半ばから折れている。
呆れた表情で机に肘を付き、まだ時間はあるだろと続ける。
「そんな事重々承知しているが・・・・」
「はぁ、まっマモンの心配症は今に始まったことじゃないか」
呆れを通り越したぞ、とばかりに深いため息を吐き眼鏡男――マモンから視線を逸らし、何気なく自らの真向かいに座る人物に目を向ける。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
視線の先には、動物の耳のようなモノがフードについた黒いローブを着た鮮やかなピンク色の髪を持つ小柄な女の子が、寝ぼけ眼で赤髪の男等を見つめていた。
その胸元には可愛らしい花柄を模ったピンクの“へる”と書かれた名札が見受けられる。
「・・・・・・さたん」
「お、おう。なんだヘル。」
「・・・・るしふぁも・・・・・・ないよ」
サタンと呼ばれた赤髪の男は、思い出したかのように自分とヘルとの間にある空席に目をやる。ここに座るはずの人物、ルシファーに事前に連絡を貰っていたことを思い出し伝える。
「あー、あいつは魔王に頼まれ事があるから、今回は参加できないだとよー」
「貴様っ!!様をつけろ!!様をっ!!!」
「・・・・・・あい」
二人の会話に頭を抱えていたマモンが大声を挙げて入り込んでくる。それを心底面倒臭そうにジト目で見つめるサタン。疑問は解決した、と落ちかけていた瞼を完全に閉じるヘル。
この三名は魔族の中でもトップクラスの実力を持つ者達であり、同種族や同盟を結ぶ他種族からは憧れの的である。しかし、同時にそれ以外の種族からは恐怖の象徴とされ、その者たちが歩いた後には草木どころか塵一つ残らないと恐れられている。
だが、そんな実力者であれ、こういう気の置ける仲間同士では和気あいあいとしていることもあるのである。
そんな、傍から見れば楽し気な雰囲気の室内にある人物が到着したことにより、先程とは打って変わり緊張した空気が流れる。
「待たせたな。今帰ったのだ」
あたかも元々居たかのように一際目立つ椅子に腰を掛け、ニヤリと口角を上げる。
その腕には純白の布の塊が抱えられており、時折きゃっきゃと幼い笑い声が聞こえてくる。
その人物が現れたとほぼ同じタイミングで、三人は立ち上がり自らの左胸に拳を宛がっていた。さほど重要な会議でもないので緊張する必要は無いのだが、その人物の魔力に当てられた者は例外無く身体が硬直してしまう。
しかし、今回はいつもとは少し違う。
三人は聞こえた声に疑問符を浮かべ、その出所である白い塊に視線を向ける。
「ま、魔王様。ほ、本日も麗しゅうごさいますね」
「マモン、それより聞くことあるだろ」
「・・・・まおう・・・・それなに・・?」
ヘルに指を差されたモノを抱え直すと、魔王と呼ばれた女は中身が見える様に上体を傾けて見せた。
それを見た三人は口を揃えて驚きの声を上げ、魔王に寄っていく。
「こりゃたまげた。なんだって赤ん坊拾って来たんだ?」
「し、しかも!人間族の子ではないですかっ!!いけませんよ魔王様っ!!」
ヘルに頬を突かれ擽ったそうに笑う赤子を、母親のような眼差しで見つめる魔王を見てマモンがヒステリックな叫び声を上げ気絶する。
「この子はな、あの忘れられた地の城内に居ったのだ。余りにも可愛くてな。」
てへっと可愛らしく舌を出す魔王に、サタンは何も言えなくなる。もう一度赤子に視線を落とし、なるようになるかと小さく呟く。
魔王と同じ白銀の髪に、海のように透き通ったサファイヤ色の瞳。まだ生後間もないであろうが、既に将来は美形に育ちそうだと思える顔立ちをしている。
赤子からは魔力を感じないので、人間族の子であることは確かだろう。人間族の三分の一は魔力無しであるということは有名な話である。例え魔力があったところで、魔族と引けを取らない者は極少数である。
そんな事を思いながらサタンは、今後起こるであろう事を考え頭が痛くなる。
「魔王よぉ、あの城に居たからって拾ってきたらまずいだろ。もしその子供が人間族の重要人物の子供とかだったらどうすんだよ。ばれたら戦争だぜ?」
「してヘルよ。この子の名を考えてやりたいのだがな、何がいいかの?」
「聞いてねぇ・・・・」
俺は忠告したからなと告げ、気絶したマモンを引きずり部屋を出て行くサタン。その背後でヘルの提案した名前に背筋をゾッとさせる。
扉が閉まった事を確認し、魔王は今までの柔らかい表情から切り替え口を開く。
「やはり、あの二人はこの子を魔盲と見たようであるな。お主にはどう見える?」
期待はしていなかったと扉から視線を外し、ヘルを見やる。小柄で可愛らしく、魔族の中でも妹にしたいランキング一位のヘルであるが、その実力は魔王を除いた魔族でトップ。現在の魔王が居なければヘルが魔王になっていた程である。
「・・・・・・のびしろ・・・・ぐっど」
「ふふ、そうであろう。恐らくこの子は祝福を受けておる・・・・彼奴のな」
「・・・・!!」
悪戯が成功した子供のように笑みを浮かべる魔王。ヘルは驚き、常時半分落ちた瞼をこれでもかと見開く。可愛い顔をしているが中身は本物。今、ヘルの指を握り笑っているこの子は将来、一握りで一国を落とせるような力を持ってしまう可能性があるのだ。しかし、逆に一振りでどんな怪我も病気も治せるような力を付ける可能性もある。どちらに転ぶも家庭環境が影響を与えるのは間違いない。
とんでもない子供がやって来たな、とヘルは笑みを溢す。
「・・・・・やっぱりなまえ・・・・・・ぽち」
「却下」