第2話:1人の少女
導入のような場面なので少し短いです
「ハァ……ハァ…ハァ」
陽が落ち、夜の闇が広がる森の中を無我夢中に走る。
恐怖と寒さで震える体をなんとか動かし、荒い呼吸を繰り返す。喉を痛めてしまったのか口の中で血の味がにじむ。
「何処に行った!?探せ!!!俺様から逃げた事を後悔させてやる!お前ら絶対に殺すなよ!あいつは金になる!多少痛めつけるのはいいが絶対に殺すんじゃねぇぞ!」
後ろから聞こえてくる男の声。自分の手足は彼らに嵌められていた手錠のせいで青黒く変色していた。
彼らの隙をついて枷を外して逃げ出したけれど、逃げても逃げても彼らは諦めてくれなかった。
真っ暗な森をただただ走る。月明かりも木々が遮ってしまい、明かりがなければ腕の少し先くらいまでしか良く見えない。
「だ…だれ……か…………たす…け…て」
口の中にせり上がってくる苦いものをなんとか呑み込む。
黒く染まり始める視界を弱々しく瞬きしてなんとか戻し、一寸先まで広がる闇に向かってそう声を発する。
しかしその言葉に帰ってくるのは、夜の森が織りなす騒めきと後方より迫ってくる恐怖だけだった。
「………い…やぁ…………しに…た……くな…い………」
抑えつけても抑えつけても心の奥から恐怖が沸沸と湧き上がってくる。
体力が底をつき、気力だけで走り続けているのももう限界になってきた。
手足の震えが止まらなくなり、瞬きをする都度に目蓋が重たくなってくる。
徐々に走る速度は落ち、後ろから追ってくる男たちとの距離は縮む。
どんどん近づいてくる声…それに呼応するように大きくなる鼓動。
耳鳴りが止まらない…鼓動が痛いくらいに激しくなる。それで男たちの声が聞こえなくなれば良いのに、奴らの声は頭の中に響いてくる。
「………ひ…かり……?……たす…か……る…の?」
闇に染まりつつある視界に突如射し込んだ光。
それに向かって残った力を振り絞り歩を進める。その選択が、自分の運命を大きく変えることになるとは今の私は知らなかった。
光を発していたのは、丸太で作られたウッドデッキだった。人が居るのか窓から光が漏れているのが霞む視界の向こうでうっすらと見える。
ほとんど感覚の残っていない足を引きずりながらもなんとか辿り着く。
ガチャ…
「た…す………たすけ……て…………」
ドアをかすかに開けたところで力が抜けてしまう。
視界が暗転し、意識が闇へと落ちていく。
口からかすかに漏れ出た言葉にヒタヒタと何かが近づいてくる音が答えてくれた。
闇に落ちていた意識がわずかに浮上する。
耳にはチャプチャプと水の跳ねる音が響いてくる。
「………………う……うぅ………」
まるでお母さんに抱かれているような暖かさが体を包み、冷え固まり傷ついた体が癒えていくのがわかった。
「もうちょっとだけ眠ってな…」
その声が聞こえると共に頭を撫でられているような感覚がした。
「……あ……………うぅ…」
あの男たちのような乱暴に髪を引っ張るのではなく、ただ優しく撫でている。
自らが涙を流していることに気付かないまま、再び深い眠りについたのだった。
◇◆◇◆◇
「可哀想になぁ…こんな子供に何をしているんだ………」
バスタブの中に張られたお湯に浸かりながら静かに眠っている少女を見て、こちらに近づいて来ている存在に怒りを覚えた。
「俺の縄張りで好き勝手した報いは受けてもらおうか…」
*バスタブの中には敷物が敷かれており、少女が水に浸かって溺れることの無いように配慮されているようです