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プロローグ 203高地

―明治37年(1904年)11月30日・中国遼東半島旅順203高地―

 「突撃ー!」小隊長の号令で、塹壕から兵士が出て山の斜面をかけて行く。小隊長、ラッパ兵、軍旗を先頭に押し立てての突撃だ。そこに山の上から砲弾が降り注ぐ。ヒューという飛来音に続いて、ドーンと音がして爆発。そのたびに兵士が吹き飛ばされる。やっとのことで鉄策のあたりまでたどり着き、越えようとすると、そこにガガガガガガガと音がして機銃弾が飛んでくる。もはや一方的な殺戮。山裾に紺色の服を着た兵士の死体が転がる。

 ここは戦場。極東の小国が世界有数の大帝国と戦争をしている場所だ。つい最近まで、ちょんまげ着物の国だった大日本帝国が急速に成長し、ロシア帝国と戦争を始めてから10カ月がたとうとしている。黒木第一軍、奥第二軍が比較的順調に―もっとも苦戦は強いられているが―進撃している中、乃木第三軍は旅順要塞で足止めを受けていた。東洋のセヴァストポリの名は伊達ではなく、多くの流血を強いられていたのである。

 

 「旅団長!第16連隊の前線が壊滅寸前です!」電話を受け取った旅団の通信兵が友安治延少将に言う。ここは、後備歩兵第一旅団司令部。地下に造られたこの司令部には、旅団の幕僚と前線との連絡を取る通信兵の数人がいる。そして俺もここに―。

「ええい第28連隊は何をしている!」バーンと机の図面を叩きながら友安少将は言う。

「敵の砲台からの銃砲撃が激しくとても進軍できるような状態では、、、。」旅団参謀の一人が言うが、友安少将の怒りは収まらない。

「偉大な大日本帝国陸軍の指揮官が死を恐れてどうする。だいいち、第十六連隊の香月中佐を見殺しにするつもりか!通信兵、第28連隊の村上中佐に繋げ。俺が電話に」友安少将がそう言いながら立ち上がり電話に向かって歩き出した瞬間、とてつもない飛翔音が聞こえてきた。

―ヒュルヒュルヒュルヒュル。まるで踏切のそばで汽車が走る音を聞くぐらいの轟音を聞いたと思ったその直後、

ズドーン!すさまじい振動と光、風が俺らを襲った。そして俺は意識を失った。


 「んん。くそ何が起こった...」どれくらい意識を失っていただろうか。俺は目を覚ました。視界に飛び込んできたのは、一面血だらけの世界だった。

「お、おい、、、うそだろ、、、ここは地下だったんだぞ、、、。」床一面に、肉片や内臓、足や手が散らばり、軍服を着た男たちが転がっている。そして、天井は消え失せ、空が見えている。

「そうだ、旅団長は?!」俺は慌てて友安少将を探した。すると、吹き飛ばされた机のある方からうめき声が聞こえた。俺はそこに駆けより、机をどかした。そこにいたのは友安少将だった。

「旅団長、旅団長。ご無事ですか?」俺は抱き起こし問いかける。

「副官か。ああ、大丈夫だ。すまない手を貸してくれ。」友安少将は俺の手を握って立ち上がった。

「なにがあったのだ。」友安少将が俺に尋ねる。

「はっ。恐らく敵砲台から発射された大口径砲弾が直撃したのではないかと。司令部は破壊され、司令部要員は全滅しました。」俺は今わかりうる限りのことを答えた。

「そうか。ところで君は怪我はないか?」友安少将の言葉で自身の怪我がないか調べる。

「はい。問題ありません。」

「そうか。なら良かった。」友安少将はそう言うと電話に向かった。

「しかしこれでは旅団司令部が機能せんな。第28連隊へも連絡していなかった。この際だ。第28連隊から代わりの要員を出させよう。」友安少将は電話を手に取り、第28連隊に電話をする。しかし―

「くそ、案の定電話線が切れてしまっていたか。」友安少将は電話を地面にたたきつける。

「しかし第28連隊に連絡を取らなければ、第16連隊はおろか、司令部すら機能しません。」

「ああ。だとするならば、誰か伝令に行かせねばなるまい。しかしこんな銃砲弾の中を行って帰ってこれるのか?第一、ここに伝令に出せるようなものは現状―。」そこまで言って友安少将は黙り込んでしまう。それもそうだ。なぜならここには死体と重傷者しかいないのだから。無傷なのは俺と友安少将だけだ。

 少し間をおいて俺は覚悟を決めて言う。

「、、、。旅団長。私が伝令として村上中佐のもとへ行ってまいります。」

「しかし、君は、、、。」友安少将が言いよどむ。俺の親のせいだ。俺がただの副官の少尉だったら迷うこともないだろうに。

「私とて、誇り高き帝国軍人の一人です。戦死など恐れません!」

「君が戦死を恐れないからいいということではない!君が戦死したらお父様に申し訳が立たないではないか。ただでさえ先日君の兄が戦死したというのに。」友安少将が言う。

「しかしどうしようもないではありませんか。旅団長御自ら伝令に行くことはあり得ません。ここは一副官、一少尉としての私にご命令を。」俺はそういうと、まっすぐ友安少将を見つめた。

 かなりの間をおいて友安少将が答えた。

「、、、、、。分かった。乃木保典少尉!貴官は伝令として第28連隊に赴き、同連隊長村上中佐に即刻損害を顧みず突撃を強行し、第16連隊の支援をすること、そして旅団司令部員が全滅したので代わりの要員を出すように伝えよ。必ず生きて帰ってきてくれ。復唱!」

 俺はそれに背筋を伸ばして答える。

「はっ。本官は、第28連隊に赴き、同連隊長村上中佐に即刻突撃の旨と、代わりの司令部要員を出すように伝えてまいります。必ず生きて帰ります。」そう言って俺は敬礼をした。友安旅団長も答礼する。それを見ると俺は軍刀の柄を握って司令部を走り去った。


 累々たる死体を乗り越えて、山の斜面を駆けていく。近くで砲弾が炸裂したり、銃弾が跳ねたりするが、それをいちいち気にしてはいられない。できるだけの全速力で山を駆けあがって、村上中佐に指示を伝えることしか考えていなかった。突然山の上のほうから、轟音がこちらに向かって聞こえてきた。俺は反射的に近くの塹壕に飛び込み伏せた。2,3秒後、さっきまで俺が走っていたあたりに着弾した。ズドーンと音がして、爆風が付近の兵士を―生死を問わず―吹き飛ばした。俺はすぐに立ち上がると、塹壕から出て、再び第28連隊を目指して駆けだした。


 俺が第28連隊のところに行くと、連隊の将兵は全員塹壕の中で敵の激しい銃砲弾を耐えていた。塹壕の先には一個小隊規模の日本軍の将兵が斃れていた。俺は近くの兵士に連隊長の村上中佐の居場所を聞き、言われた場所に向かった。

歩兵第28連隊連隊長村上正路中佐は勇猛な指揮官だが、決して無理はしない。攻め時をしっかりと心得ていて、そしてそのときに元来の勇猛さを発揮する指揮官である。今彼は、最前線の塹壕に身を隠し、ちょっと頭を出して双眼鏡で敵の砲台を眺めていた。

「村上中佐。」俺はそう言いって村上中佐の横にしゃがんだ。

「乃木少尉か。よくここまで来れたな。それで何の用だ。」

「はっ。伝令としてまいりました。友安旅団長からの命令です。第28連隊は直ちに敵陣に対して損害を顧みることなく突撃を敢行し、第16連隊の支援を行え。また、旅団司令部に敵弾が直撃、司令部要員が全滅したので代わりの要員を派遣するように、とのことであります。」

「そうか。だから電話が突然切れたわけだな。にしても損害を顧みることなく突撃せよだと?馬鹿げているにもほどがあるだろ!旅団長は敵陣を落とせなくとも我々が死ねば満足なのか?!」村上中佐は怒鳴る。

「しかしながら、第16連隊は突撃を敢行し現在も損害を出しているのが現状です。このままでは香月中佐が、、、。」俺の言葉に村上中佐は黙ってしまう。そして少しの間の後、吐き捨てるように言った。

「、、、。了解したと旅団長に伝えろ。司令部要員の件は、うちの連隊司令部要員を派遣すると併せて伝えろ。」

「はっ。」俺はそう言うと直ぐに元来た道を駆け戻り始めた。俺が駆け去ったところから、村上中佐が連隊の将兵に向けて訓示を行う声が聞こえてきた。そして突撃前の万歳斉唱も。それからやや時がたってから、突撃の号令とともにラッパの音が鳴り、にわかに戦場が騒がしくなた。第28連隊が突撃を開始したのだ。後方で小銃の射撃音や大砲の発射音、炸裂音、機関銃の発射音がする。砲弾が炸裂する音がする度、それは日本軍将兵の死傷を知らせているようなものだ。ただ、俺は振り返ることはしなかった。自分が命令を伝えたことで死んでいく兵士の姿を見たくなかったのだ。俺は一目散に戦場から逃げるように、旅団司令部に向けて走って行った。が―。

 

 突然、背後から轟音が迫ってきた。砲弾だ!俺は瞬時に反応したが、不運にも近くに隠れられるような塹壕や窪みはなかった。目の前に砲弾が落下し、炸裂する。眩しい光を見たと思った瞬間、俺は空を飛んでいた。爆発音は聞こえなかった。爆風で鼓膜が破れてしまったのだろう。空に吹き飛ばされている間、全てのものがゆっくりに見えた。目線を前線に向ければ、山肌一面に第28連隊の将兵の死体が転がっていた。

 くっそたれ、帝国軍人が命令を完全に遂行することなく死ぬのか。俺は地面にたたきつけられる直前こんなことを思っていた。

―もし来世があるとして、そこでまた帝国軍人になったら、次こそはどんな命令でも完遂できる軍人になる。そして、俺を殺した露助の野郎に復讐してやる―と。

 そして、身体がすさまじい衝撃を感じた後、俺は深い眠りに落ちるような少し心地よさを感じ、意識を失ったのだった。



                                              続く





こんにちはthe August Sound ―葉月の音―です。はい、新連載です。

3つ回せてける自信ないですけど、絶対ほっぽり出さないんでよろしくお願いします。

この話は、日露戦争から「魔法ありの」第二次大戦へ飛ばされた主人公の活躍を描く作品です(多分)。皆様のご趣味に合うことを祈ります。

超ゆっくり更新ですがよろしくお願いします!

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