森の中で
呻き声を上げながら、目を覚ますと周りは見慣れない景色だった。森は闇に包まれていて、空には星々が煌めいている。
あれ……。
ここって、森か?
ていうか、俺はなぜ此処に……
あ、俺…トラックに轢かれたんだったよな。
まあ、身体も痛くないし、なぜか視力も上がってるから大丈夫だろ。もしもの時は病院へ行けばいいしな。
ん……。
おかしい。
俺は地元に居たが、此処までの大木が生えている森なんか、見た事も、聞いた事もないぞ。
記憶が曖昧なのか、何度も唸りながら考え込んでいる。
まあ、考えても分からないものは後回しだな。
今感じたけど
俺、夜なのに何でこんな見えるんだ。
俺は夜型人間だが、こんな特殊なスキルは持ってないぞ。毎日徹夜したりすると視力が上がったりするのか。
それに、目が良くなったって言っても限度があるはずだよな……。
数百メートル離れた場所を何故見えるんだ?
視線の先には、傷付きボロボロになっている者がいた。
纏っている鎧は、いたる所に傷跡を残し、どれほどの激戦なのかを容易に想像出来る。
腰には、精緻なレリーフが施された長剣を差しているが、血に汚れていて美しさが損なわれている。
それに、一番の問題は顔だ。
兜の中から覗く顔は、所々、鱗が見えている。
瞳は爬虫類を思わせる縦型の瞳孔だが、瞳に生気は薄く宿っているだけで寿命が尽きようとしているのが分かった。
瞳が虚空を彷徨っていたが、こちらを向く。
おいおい。
何だよ、あのコスプレは。
日本に居た重度のコスプレイヤーでも、あんなに凝ったコスプレはしないぞ。長剣所持とか完全に犯罪だしな。
「……でも、本当に死にそうな感じだし、情報収集も兼ねて行ってみるか。」
暫く歩いて行くが、聴覚も良くなっているからか、樹々の騒めきや生物の息遣いが聞こえてくる。
聞こえてくる音に怯えながら、暫く歩いていく。
近づくにつれ、血の生々しい匂いが漂ってくる。嗅覚もおかしくなったのか、生々しい匂いを嗅ぐたびに、食欲を刺激する。
「……血の匂いで食欲湧くとか事故の時に頭でも打ったかな。」
そんな事を呟きながらも近付いていくと、気配を感知したのか目が合った。
「…お、お前は…ま、魔族か……。な…ぜ、こんな…ところに…。」
いやいや、俺がコミュ障なの忘れてたよっ!!
しかも、妄想の設定を話しだす痛い人だし。………関わらない方が良かったかな。
「……私は…これでも…アヴァロン王国聖騎士だ!!」
アルトボイスって事は女なのか?
女にしては胸が無いようだけど……。鎧の所為だよな。
うん、俺は人のコンプレックスを弄る趣味は無いからな。何も考えてないぞ。
俺の視線に気付いたのか、胸のあたりを腕で隠し女騎士はキッとこちらを睨みつける。
「……くっ。…殺せ。」
おお、出たよ。定番のセリフ。
地元に、こんなガチのコスプレイヤーがいたなんて知らなかったわ。
……写メでもお願いしようかな。もし俺が話しかけれたらだが。
よし、ここは俺のカビの生えかけた勇気を見せとくか。
「……あ、あの。」
「…何だ、吸血鬼…。…殺すなら早くしてくれ。」
「……写メ…と、撮っても…良い、ですか?」
よし!!!
言えたぞ!
何年振りだろうな、女の人と話したの。……小学校から話した記憶が無いんだが。
「…?…シャメとは何だ。」
「…え?」
女騎士の一言は本当に知らなさそうな雰囲気だった。……一瞬だけ、さっきまでの鬼気迫る表情が無くなってたからな。
俺が黙っていると、何を勘違いしたのか、女騎士は長剣を杖代わりにして立ち上がった。
そして、そのまま長剣を構えて–––––
––––斬りかかってきた。
「……うわっ!?」
思わずのけ反り、長剣を回避する。なぜか上昇した身体能力のお陰なのか、余裕で回避出来た。
にしても、本当に危ないやつだな。
アレ、偽物でも痛そうだぞ。当たったら青アザ出来そうだから当たらない様にしよ。
「くっ、こんな状態じゃなかったら下位吸血鬼など…。」
さっきから吸血鬼とか、魔族とか言ってるけど、本当に設定好きだよな。
「ファイヤーボール!!」
女騎士が、左の掌をこちらへ向け呪文を叫ぶと火球が現れ、飛んできた。
すかさず、横へ跳躍し避ける。
さっきまでいた場所は、火球により焼き払われている。
おお、アレどうやったんだ!!!
カッコよすぎるわ!
あの人に弟子入りしたら教えてくれるかな。でも、あんなに凄いマジックだから難しいかな…。
傷だらけで動き回ったのが仇になったのか、女騎士の鎧の隙間からは、血が溢れてきている。
辺りに、蒸せ返る程の血の匂いが充満する。
…血の匂いで頭がクラクラする。
あぁぁ!!
マジで気絶しそう。
秀才の瞳が朱く染まっていく。急激に犬歯が伸びて、唾液が溢れてくる。まるで、目の前のご馳走を待っている犬の様に、欲望に滾った瞳を女騎士へ向ける。
「…くっ、狂化とは…。私も…これまでか…。」
女騎士は両手で長剣を持つと剣先を、俺に向け何かが、長剣と女騎士の身体を包んでいく。
「はぁぁぁぁ!!!」
勢いよく飛び出した女騎士の光景を最後に–––––
–––––秀才は意識を手放した。