痛み―オモイ―
(頭の中がスーってする……私……負けちゃったんだ……。胸元がなんかスースーする……そっか……斬られたんだっけ……)
薄れていく感覚の中で、断片的に私は状況を理解しようとした。それに反比例して、昔のことは一瞬で思い出した。私が一体何をして来たのかも。
――侵略戦争。隣国の資源と技術と領土が欲しい為に、祖国は戦争を起こした。その為の下準備として、事前に内部の情報を獲得する為に多くのスパイを送り込んでいた。――私と両親もその1人だ。やがて私は1人の少年と仲良くなり、共に育った。時には助け合い、励まし合い、泣き、歌い、笑った。
やがて私は情報を入手する為に軍に入隊した。
――幼馴染の少年と一緒に。
辛く厳しい訓練も互いに分かち合う私達は、昔馴染みなのも相まってかお互いに深く理解し合った。周りからも夫婦と揶揄されることも少なくなかった。だけど、私達に恋愛感情はなかった。――長く一緒にいた影響からか、私達は互いを異性として認識しなかったからだ。兄弟のような、そんな感覚だったのだと思う。だからだろう、隣国の――敵国の人間である彼を偽っていることに、胸を痛める感覚を覚え始めたのは。
そう考えるうちに、彼への見方が。変わった。彼のちょっとした仕草や格好が気になった。そしてどこか、引き込まれるような感覚を次第に感じ始めた。――意識しだしたのだと分かった。異性として――彼に、恋をしたのだと。
そして待ちに待った戦争が始まった。情勢の変化を考慮して、私と両親は引き続き隣国にいることになった。
情報を流して祖国を有利になるも、隣国もしぶとく簡単には倒れなかった。かえって隣国も見事に劣勢になったことにスパイの存在に感ずいた。それにいち早く気付いた私を始めとするスパイ達に、祖国は撤退命令を出した――つまり、裏切りがばれたのだ。
時期が被ったこともあってか、前線への次の戦場で再開した時は即、敵と認識された。私は戦った、彼と。私が裏切り者だと、彼は非難した。仲間に引き込むのは無理だった。先の戦いで流した情報で、彼の両親が死んだからだ。おかげで彼は私を非難した。それはとても苦しいことだったけど、まっすぐに私を見てくれているのだと思った途端に、喜ぶに感じてしまったのだ。怒りも、憎しみも、集中も、全て私に向けて来てくれてると思うと、胸が昂った。
――たまらなく嬉しかった。胸の奥底で、腹の底から力を、想いをぶつけてくれるのが。それが憎しみだとしても、強く、重く、奥に届く程に私を想ってくれることなのだから。
――その結果、私は負けた。彼に胸を、胴体を切り裂かれたんだ。――思い出した。負けた時、最後の頼みで、私を最後のその時まで抱き締めて欲しいと言ったことを。言って見たかっただけの頼みだったのに、彼はそれを了承してくれた。今私は、彼に抱き込まれるように横になっている。彼の右手の指は私の左手の指に絡み、右腕は締め上げるように巻き付いて、全身で私を包み込んでいた。瀕死の私の傷を、圧迫して塞ぐようにも思えた。彼を私の顔に頬を当て、鼻歌を歌っている。それは子供の頃に一緒に歌った歌。思い出の歌。――もう二度と、歌うことがなかった歌。
(……どうせなら、身動きを封じて監禁して、薬漬けにでもすれば良かったなー……)
そんな考えが頭に過って後悔していると、顔の近くで吐息が当たり、滴が私に滴った。――……泣いているの? 後悔しているの? 私を想っての涙ナノ? そうね、戦争なんて無ければ、こんなことは起きなかった。出会うこともなかったけど、お互いはきっと幸せだった。
「……っと……――強――」
声が出なかった。けど、彼は思いを理解して、より一層力を込めて私を抱き締めてくれた。潰れて折れてしまいそうな程の力が身体に伸し掛かるけど、痛みはなかった。それどころか、奥底にまでに力が浸透する感触と感覚が溜まらなく気持ち良かった。
感じられる――それは私が存在しているということ。ここにいる証明。そこに彼の息遣いと臭いが、彼の存在を感じさせてくれた。私がいる、彼がいると。
恋は無理だった……――こんなやり方でしか、彼に振り向いて貰えなかった。でも、どうせ良かった。私達は、互いに祖国を、自分の信念を曲げることは出来なかった。互いの想いを尊重していたら無理なのだから。
それが分かってた私は、そうすることにした。振り回された私は、身勝手な理由であなたを振り回した。
今こうして私にする抱擁も、私の身勝手がそうさせたもの。だからこそ私は、罪悪感を覚え、痛みを感じる。
あなたを裏切った時も、傷を付ける時も、痛みを感じた。でもそれは、あなたを大切に想っていたから覚えた痛み。そしてあなたは、私を傷付けた。非難して、手を振り上げて傷付けて出来た痛みは、私に向けた想いが込められたもの。あなたの想いが形となったもの。
互いに傷付き、痛み合う――それが私の、想いの伝え方。……私の恋心が、選んだやり方。こんなことでしか、あなたに伝えられなかったこと、感じられなくって、ごめんなさい。
だからありがとう。私の我儘に付き合ってくれたことを、感謝します。
これからはずっと一緒だよ。あなたは私の生命を奪ったのだから、あなたの中で生き続けることだ出来るのだから。私自身の断罪も出来るし、一石二鳥でしょ? ――寧ろ、それが目的なのかもしれない。自責の念に堪え切れないから、今迄あなたを連れ去ろうとせずに、今ここでこうなってるのかもしれない。でもちょっと欲を出してしまったから、ずっと抗って痛みを受け、与え続けたのだけど。
取り敢えず、あなたのものになるということだけを今は考える。嘘か本当かは今は良い。そう思った方が、私にとっての幸せなのだから。
やっぱり私は、最後まで、我儘なのね――。
一応、相手を傷付けるタイプのヤンデレということで。
監禁型に持っていけなくてそっち方面の方々を楽しませられなかった事を謝罪します。